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第十二話「中央公園」


磔にされたロッコの体力は限界が近かった──。


朦朧としている、しかし引き千切れそうな手首の痛みとおぼつかない足元への不安感が意識の切断を妨げている。


このままでは翌朝の公開処刑を迎えるまでもなく絶命してしまうが、オーク達にとってそれは問題ではない。


たとえ死んでしまってもそれが外部に漏れなければよかった。


公開処刑はあくまで囮、すべては野良たちをおびき出すための作戦だ。


数区画分もある広大な敷地に煌々と松明を張り巡らせ、国家間での戦争に相当する二個大隊を超える兵士を待機させた。


万全の警備網を突破して公園の最奥に辿り着くまでに数百から数千の兵士との遭遇は避けられない。


処刑台の周囲は見晴らしがよく、たとえ野良たちが総出で現れても即座に物量による制圧を行える手筈になっている。


人質まで辿り着けることはありえない。


人間は同族をかばう性質をもっている、ゆえに敵側のスパイをいたぶれば吊れるだろうという過去の教訓をいかしていた。


子供を妻を仲間を見捨てられずに死んでいった愚かな種族ならば人質を助けに来ると考えた。


──さあ、薄汚い人間ども。下等な種族のくだらない同族意識などすべてお見通しだ。


しかしそれは野良たちに行動を起こすきっかけを与えただけで、彼らが人質を目指すことなく散らばり見境なく豚狩りをはじめたのは想定外。


野良たちがあらわれる気配がないまま、方々で爆発や火災がおきていることに豚どもは混乱する。


対応に向かうべきか持ち場を守るべきか、その判断ができないでいるオーク達の合間を縫って処刑台へと歩み寄るひとつの影──。


オークの目論見は根本から間違っていた、しかし結果がすべてであるならば根本が間違っていることなど問題にもならない。


たとえ目論見が外れていようと、野良たちの殲滅という目的自体は今夜の内に果たさるだろうからだ。


最たる問題は一つ、この中央公園の防備がすでに突破されているという事実──。



ステージに歩み寄っているのは人間の男だった。走るでも忍ぶでもなく、ただ一直線に歩を進めている。


同じ空間に居るというのに多くの豚はその存在を認識すらしていない。


一匹のオークが無意識に男の進行方向を塞いでいた、人間の男が「どいてくれ」とオークを押しのけるとオークは「ああ」と言って道を譲った。


いままさに野良羊の侵入を許しているというのにだ。


「なんだ? 二足羊……」


その様子を遠巻きに見ていたオークが呟く、呟いただけで惚けてその姿を見送った。


オーク達はなぜ人間を制圧に掛からないのか、それはその男の有り様があまりにも堂々としており、脳が敵襲と認識するに不十分だったからだ。


敵がただ一人で渦中に登場することを誰一人として想定していなかった。


オーク達の想定している野良との遭遇と状況があまりに剥離している為、理解が間に合っていない。


敵はそれなりの戦力を整えて来るだろうし、遭遇すれば即戦闘が開始される。そういった先入観による見落としだ。


敵が人質を奪い返しに来た、というよりかは誰かの連れ込んだペットかなにかだと錯覚した。


「なにか変じゃあないか……?」


遠巻きに見ていた一頭が違和感を覚え始める。


「……お、おいっ!」


そしてさすがに放置しておけないと呼び止めた。


「なんだおまえ、なにをしている――!?」


男の前に立ち塞がってはじめてそのオークは気付いた。


男が通ってきた道程に百か、二百か、おびただしい数の同胞の死体が転がっている。


その人間は進行の妨げとなったオークを残らず始末していた。


にもかかわらず誰も異常事態に気づかなかったのだ。


音もなく速やかに、周囲にさとられることなく周囲を血の海へと変貌させていた。


「――ひ!?」


驚声が頭を抜ける間もなく、豚は胴体を半ばまで切断され連なる死骸の道の一部になっていた。


男はたった一本の剣だけを携えて、たった一人で現れた。


その男こそ彼らの天敵たる野良の中で最大戦力とされる人鬼。


黒毛のジキだった──。


「うわぁぁぁッ!!! 何だこれぇぇぇッ!!!」


一頭のオークが絶叫した。


死骸の道に突き当たった豚がようやく異常を認識できたのだ。


その悲鳴は波及しオーク兵たちは臨戦態勢に入る。


得体の知れない敵が得体の知れない登場の仕方をした。


理解は及ばないが戦闘に備え待ち構えていた兵士たちはすぐに気分を切り替えた。


オーク達に緊張が行き渡り一斉にジキを包囲しに掛かる。


しかし関係ない。オーク達が無防備だろうと臨戦態勢だろうと大差ないといった様子でジキはオークを斬り伏せて進んだ。


前置きも必要ない、トドメまでの段取りも無い、一振りごとに確実に一匹を絶命させる。


オークがどんなに彼の接近を拒んでも、その遠い懐に瞬時に入り込み、首を跳ね、胴体を切断し、流れ作業のように方付けていく。


彼の前では何もかもが無駄だった。


剣を縦横どのように振り回しても、盾を前面に押し出しても、長物で牽制しても、背を向けて走っても、何をしても同様に次の瞬間には懐に入り込む。


そして同時に絶命させられている。


取り囲もうとしても彼の前方は常に穴となり囲みを維持できない、たった一人の前進を止めることが適わない。


気が付けば処刑台の周囲は死体の山だ。


ジキはステージの上に乗り上げる。


ロッコは朽ちかけた意識が覚醒していくのに戸惑いながら、呆然とその姿を視界に捉えている。


ステージ上のジキをオーク達は追撃しない、恐怖に委縮しているのだ。


ロッコはその光景に既視感を覚える。


それは獣の舞踏。


いつしか自分の前に現れて心に深く焼き付いた白刃の閃き、剣舞と血の飛沫。


己を貫くという強い意志の輝きと佇まい、鋭い眼光と刺すような強い声。


呆然と自分を見詰めるロッコにジキは詰め寄る。


「俺と来るか?」


あの時と同じ問いかけ。


ロッコはすでに諦めていた。


産まれてこの方、虐げられ、蹂躙され、それを疑問に思う事すらなく豚共の糞尿でつないだこの惨めな命が終わるなら、むしろ清々するという結論に至っていた。


ジキは繰り返す。


「──来るのかっ!! いま決断しろっ!!」


彼らと自分は違うと思い知らされて、食い下がることをせずその身を家畜へと返した。


本当は憧れていた、自らの認識が狂って人生が壊れるほどに眩しかったのだ。


そしてロッコは今度こそ答える。


「つれて行って!! 私をあなたと一緒に!!」


ジキはロッコの拘束を解くと衰弱しきったカラダを抱える。


「捕まっていろ」


ロッコは言われた通りジキの首に腕を、胴体に脚を回してしがみ付いた。


ジキはそれを左手で介助し、右手に野良オサの最高傑作である剣を携えてステージを降りる。


周囲には千を下らない軍隊が集結している、ジキの戦闘力を目の当たりにしたオーク兵が周囲の部隊を招集したのだ。


オーク軍最強の騎士団二個大隊、対するは剣士一人。


ジキはしがみ付くロッコに言い聞かせる。


「なにがあっても絶対に放すな。かならず外に連れ出してやる」


ロッコはジキの肩に頭を擦り付けて数度頷いた。


自分には何もできない、それを承知で彼は迎えに来てくれたのだ。


信じて身をゆだねる他に無い。


「今度は見捨てない、その為に俺は力を手に入れたんだ」


ジキには一人でこの国をあとにする事など出来なかった。


オサに抱えられて幼い自分は生き延びた、しかしあのとき噛みついてでもその腕を振りほどくべきだった。


たとえあの場で姉と心中する羽目になっても、今日まで後悔を引き摺るような惨めな日々は送らずに済んだからだ。


姉を見殺しにするしかなかった無力な自分を呪い、誰よりも強さを渇望しいまの自分がある。


今度は負けない、今度こそは見捨てない。


屈辱に塗れた自戒の日々に鍛え上げた技はすべて今日、この瞬間の為。


ジキはオークの軍隊に向かって雄叫びを上げて特攻を仕掛ける。



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