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第九話「命を懸けて」


爆心地から数キロ離れた場所で仮面を付けたジン、ロッコの傷を治療した小柄なジンは開戦の狼煙が成功したことに安堵していた。


仮面のジンは野良たちの中でも一際華奢な体型で、戦闘に対する自信の不足から雑務を率先してこなしてきた。


今回も爆薬の調整や仕掛けに参加し、その成功を見届けたところだ。


大量の爆薬を箱の中で爆発させた。規模自体は大きく無かったが爆発音と衝撃は激しく、隅々まで知れ渡ったはずだ。


爆音で心身に異常をきたすことと敵が集まって来るであろうことを危惧し、起爆までの猶予を作って現場を離れたが、うまく作動してくれた。


最悪、合図が無いなら無いで人鬼たちは各々に作戦を決行しただろう、とはいえ最後の大舞台を派手に盛り上げられて良かったと思えた。


大事な役割だったため準備は仮面をふくむ五人のジンで行ったが、時限装置を仕掛けた時点で各自散開した。


ここからは一人──。


元来、仮面のジンは好戦的な性格ではない、苦手なことを好きになるのは難しい。


センスがないうえ、弱さは死に直結するのだから戦闘は恐怖の対象でしかなかった。


仮面のジンは体格に合わせて選択したショートソードの柄に手をかける、切れ味を追求した片刃の直刀だ。


野良オサの作品は素晴らしい。機能的でいて誰の作よりも頑丈で、手に握るだけで誇らしい気分にさせてくれる。


深呼吸を一つ、恐怖を押さえ込み神経を研ぎ澄まさせた。


──最後は独りだ。


任務の時にはジキをパートナーにあてがわれることが多かった。


名付きの野良は任務の達成度を上げる、なかから最強戦士を同行させられていた自分は実力を評価されていなかったということだろう。


昨日までは保護者同伴だったという訳だ。


ジキは口数が極端に少なく、そのくせ強さは味方ながらに戦慄を覚えずにはいられない程だった。


とても軽口など叩けなかったが、適切にフォローをしてくれたし何より料理の腕を褒めてくれた。


そう、料理の腕を褒められた。


たったの一度、それでも強さ至上主義のコミュニティーで褒めてくれたのは先にも後にも彼一人。


人生でたった一度だけ、それが仮面のジンにとっての人生のピーク。


今日、戦って死ぬ身としては十分な拠り所だ



仮面は路地裏を駆ける。屈強なオークを複数同時に相手するのは無謀、目的は各個撃破だ。


今日の目標はただ一つ、自己ベスト──。


今日まで一度の任務で四頭を討伐したのが最高記録、だから今日は最低でも五頭を倒す。


百万頭のうちたったの五頭などと同年代のイツツキや、ましてやジキと比較したら足しにもならないだろう。


しかし、それが仮面のジンの十年の修行の限界だった。


皆伝を与えられると言うことは特別だ、努力次第で誰でも可能という訳では無い。


最年少のイツツキが与えられたというのに戦いにすべてを捧げてきたその他のジン達には与えられていない。


そのように突き抜けた才能を持っていなければ辿り着けない境地だった。


イチキも、ジキも、ミキも、ヨキも、イツツキも特別だ。彼等なら大陸のどこで戦っても名を馳せるだろう。



時折、街道や建物のなかを伺いながら仮面のジンは慎重に進む。


爆発により誘き出されたオーク達で路上は溢れ、孤立した敵を発見するのは容易くはなかった。


しかし、都合よく前方に一頭を発見できた。


路地裏の長い一本道。


仮面のジンはオークに向かい直進する、仲間を呼ばれるまえに仕留めなくては。


オークは直線的に接近してくるジンに気付く。


仮面の走行は無音とまでは言えないが、鼻のいいオークに接近を許すくらいには静かだ。


殺意むきだしのそれをオークはすぐに敵だと認識、掴みかかろうと無造作に手を伸ばした。


仮面はオークの突き出された右腕をカラの左手でつかみ中指を取る。


自分の手首ほどもある指は折ることも叶わないほどに強靭だが、オークが次の行動に出るより速く右手の直刀で固定した手首を下から跳ねた。


刃は丸太のような腕を下から上へと通過する。


鮮血飛び散り、オークが痛みに悲鳴を上げた。


トドメまでに数撃を要する手順は回りくどいが、オークの懐は深くリーチに乏しい仮面では刃が届かない。


加えて、非力な力でただ切り付けたのでは分厚い皮膚の表面を撫でて終わる目算が高く、わざわざ左手で上から固定し下から刃を入れる必要があったのだ。


それでも切断叶わず刃は手首を落とすに到らなかった。


──それで十分。


利き腕の無力化に成功した仮面はかまわず懐に潜り込んだ。


直刀を逆手にかまえ水平にオークの脇腹に打ち込むと、反対の掌底で柄頭を打って刃を深く突き入れた。


鋭い切っ先は強い抵抗を受けながらも深く突き刺さり臓腑を破壊する。


──休むな。


刃を完全には突き入れずに持ち手を変え、もう片手でオークの身体を押して刃を引き抜く。そしてバク転の勢いを利用して後方へと距離を取った。


仮面のいた場所を痛みにもがくオークの腕が空振りする。


二秒止まれば死ぬこともある。


苦し紛れに振られたオークの肘は貧弱なジンの頸椎を破壊するだけの威力を秘めているのだ。


深手を負ってうずくまるオーク、仮面のジンは駆け寄るとその首筋にトドメを打ち込んだ。


──まずは一匹。


今度は距離を取る必要は無い、感触から即死が確認できた。


手慣れたもの、はじめの頃は手応えを感知できずに無駄に追撃を入れていたものだった。


一頭目を手際良く撃破できた、同時に攻撃の角度を少しでもミスれば手首を痛めて以降の効率が落ちることを実感する。


人間の体格で捌くにはオークの重量は大きすぎる。



「おい! いたぞ!」


息付く暇もなく前方に武装したオークが出現した、仲間の悲鳴に駆け付けたのだ。


爆発につられて集まって来た軍隊の一部だ。


行けるか。と、自分に問いかけ瞬時に断念すると踵を返す。


数が確認できない以上、無謀は避けるべきと判断した。


路地裏に入り込んでしまったため逃走経路が直線にしか無い。屋根に乗り上げるには適当な足場が見つからない。


残念ながらイツツキみたいに壁を駆け上がる能力は無い。


「――!?」


前方の突き当たりにオークの増援が出撃する。


先程の個体と似た装備だ、仮面のジンはまんまと挟み撃ちに掛かったことを後悔した。


一瞬戸惑うが後続が迫っている。


足を止めるのは愚策だ、直進を選ぶほかには無い。


正面の敵はさきほど始末した個体とはちがい迎撃体制が整っている。


片手にロングソード、もう片方にかまえたバックラーは掻い潜って刃を突き入れる難易度を上げていた。


わかってはいるが、背後に迫る敵が焦らせる。


──突破するしかない。


オークが剣を振りかぶる、お得意の腕力にまかせた雑な一撃を回避することは容易い。


仮面のジンは敵が攻撃を振り下ろす直前、半歩右に体を躱す。


直前までいた空間をオークの剣が通過しジンは間合いを詰めることに成功、直刀をオークのツギハギだらけのアーマーの隙間に差し込んだ。


しかし刃はオークの表皮を滑って軽傷を与えるに止まる。


舌打ち。


焦りで手元が狂い突き立てるのにほんの少しだけ角度が足りなかった。


正面に巨体、左右に壁、背後には数歩の位置に敵が迫る。


二撃目を入れる間に正面の敵に捕まるか、背後からの一撃を食うか――。


オークの下顎から突き出した巨大な牙に手をかけ、仮面はその肩へと駆け上がった。


乗り越えれば狭い通路で巨体を詰まらせたオークを撒けるはずだ。


仮面はオークの背を滑り降りて駆け出す、そのつもりが蹴り出そうとした足首に強い圧力が掛かった。


足場にしたオークに捕まったのだ。


仮面はバランスを崩して後方へと引き倒される。


「はぐッ!!」


衝撃に呻く間もなく小さな身体が宙に浮く、オークは掴んだ足首をそのままに棒でも振るかのように仮面のジンを持ち上げた。


仮面はとっさに頭を庇う、オークはそのままジンを地面に叩き付けた。


「あああッ!!」


頭をかばっていたため辛うじて意識を繋いでいたが、遠心力と地面への衝突で股関節は脱臼し、膝は折れ、筋は断裂していた。


オークは追撃をくわえようと再度持ち上げたが、粉砕された脚は胴体をささえる強度がなく、ぐねぐねと力なくぶら下がる。


仮面のジンは既に観念していた。


武器はまだとっておきを懐に忍ばせているが、激痛に手足が麻痺してしまって扱える状況では無い。


なにより意識が絶え絶えだ。


死ぬのは構わない、弱い自分には然るべきだと仮面は考えていた。


ただ、どうしようもなく情けなく感じた。


たった一匹、五匹倒すと決めたのにいざ蓋を開けたらこのザマだ。


五匹倒したところで何もならない、誰も救えはしないと言うのに、それでも強い後悔が溢れてくる。


あの世で皆に合わす顔がない。


剣を突き立てられ薄れいく意識の中で、小さなジンは願う。


どうか、死後の世界にも仮面がある事を──。



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