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三礼「読み合わせ」


わたくしとイリーナを除いた三人、イバン、スタークス、そしてもう一人──。


筋骨隆々の体躯の長身に黒褐色の肌が特徴的なインガ族の若者、あのウロマルド・ルガメンテの長男であり族長候補と一目置かれている人物。


名を、マハルトーと言った。


「戦いの匂いがしてこない、前線での闘争よりも価値のない要件ならば帰らせてもらう」


最強を至上価値とするインガ族。


彼らは小部族のため大勢に影響をあたえてこそいないが、個人の力が一個中隊に匹敵するとされる超人集団だ。


戦場においてその価値を体現しつづけるインガ族の活動拠点は現在、アシュハとマウの国境付近にある。


「退屈させてゴメン。だけど、帰ったところで暇でしょ? 戦線は膠着状態なんだから」


イリーナの言ったとおりなのでマハルトーは座りなおした。


チンコミル将軍が西側の守りに加わったことと、小競り合いが起きるたびにインガ族が介入することでマウ軍も攻めあぐねている。


「──あちらは手に入れた竜騎兵を試したいだろうし、スマフラウ戦で半壊した部隊の編入にはまだまだ時間がかかる」


竜騎兵は戦争を劇的に変えるだろう、その投入まえに兵力を消耗させるのはもったいない。


アーロック第三王子の功績が大本営の方針に大きな影響をあたえたことで、しばらく本格的な戦争は起きないはずだ。


総力戦の開始を予感して陣取っていたインガ族はあてを外し、彼らはいま闘争に飢えている。


「敵はなんだ?」


彼らは年間参戦数の記録を塗り替えようと必死だ。


それを引き止める以上、そこには戦いがなくてはならない。


「正体不明の黒衣の騎士さ──」


「えっ、あ、ええっ!?」


イリーナの返答にわたくしは驚愕した。


黒騎士の正体はヴィレオンだと発覚している。


「──ヴィレオンとは和解できたのでは?」


すると皆が、なにを言っているんだ。という表情でこちらを見ている。


「できたよ?」とイリーナ。


──なんですの? この空気。


「あの、黒騎士の正体はヴィレオンだったのよね?」


おそるおそる訊ねると、イリーナは顔面に「?」を貼り付ける。


「……なんで?」


──なんでって!?


護国の窮地に無能な主君の存在をうとましく思ったヴィレオン将軍は、王位の奪還を企てたヴェイル親子と手を組んだ。


それは私情を捨て、使命に徹したということで理解することができた。


騎士団や調査隊にまぎれる訳にいかず、正体を隠す必要があったことにも納得できる。


「黒騎士の兜を持っていたじゃない!」


捕縛されたときに勝利を確信した彼が嫌味たらしく見せつけてきた、あれは自白ととれるはずだ。


「あれは黒騎士が逃走の際に廃棄していったものだよ、目立つし甲冑一式かついで逃げるのが面倒だったんだろ?」


イリーナの説明に今度は私の表情が「?」である。


──まって、どういうこと?


「決闘のときにイリーナが言ったのよ、仲間の仇討ちだって!」


だから私はあれが黒騎士との最後の一騎打ちだと……。


──あれ? でも、決闘自体がウソだったのだから、それは……。


困惑する私にイリーナは心配そうな眼差しを向ける。


「公開処刑が終わったら、黒騎士を倒しにいくつもりだよって伝えたつもりだけど?」


わたくしは思考停止しそう。


「──ボクたちは表向き死んだ人間だし、オッサンも忙しくなってなかなか連絡とれなくなるからね」


スタークスが補足する。


「ヴィレオン将軍が兜について情報を提供してくれたおかげで、新たな手掛かりを得ることができたんだ」


得意げに甲冑の説明をしていたのはこちらへの情報提供──。


ヴィレオンが言った、猫の手にもよろしく。という言葉は文字通りの伝言であり、裏の意味はなかった。


わたくしは顔面がこれ以上なく発熱するのを感じる、爆発しそうだ。


「やだっ!」


すごく恥ずかしい!! ヴィレオンが黒騎士のわけがないのに!!


勝手に思い込んで、勝手に悩んで、勝手に苦しんで、見当違いの覚悟に酔っていた!!


「──でもでも、あの状況で冷静な判断なんてできるわけないじゃない!」


とがめられてもいないことを弁明せずにはいられないほどに取り乱した。


そんな私にイリーナが憐れみの言葉をかける。


「人間は恥ずかしい生き物だ、気にするな」


「もうやだぁっ!! わたくしもう何も話さない!! 散髪なんてしてる場合じゃないわ、誰か私の舌を切り落としてっ!!」


取り囲んでおいて『上手くいった』とか言うんだもの、そこにきてあの兜を見せびらかされたりしたら裏切られたって思うじゃない!


「わたくし、やっぱり無能なのかしら……」


「過去の失敗に頭を抱えられるうちは理性的だと思うよ」


あの、上手くいった。が、台本通りにことが進められた。という意味なら、ヴィレオンも大概うかつだ。


それでも、いつものポーカーフェイスのせいで芝居だとは気づかなかった。


「こんな思いをするくらいなら!! あのとき処刑されておけば良かった!!」


「おいおい……」


わたくしが恥辱の限りを味わった時点で、イバンはようやく全貌が把握できたことに相づちを打つ。


「なるほど、いまだ黒騎士の正体は謎につつまれている……」


そしてあらたな疑問を投げかける。


「──たしかにハーデンがそうであった証拠は出ていませんけど、そうであった可能性も否定されてませんよね?」


ヴィレオンが黒騎士ではない以上、ハーデンが黒騎士であった説は濃厚になる。


そしてそれを明確にできる物証も証言できる人物の宛もない、手詰まりだ。


他に容疑者がいないのだから、ハーデンがそうだったと結論づける以外に決着はないように思える。


けれど、イリーナはそれに納得がいっていない様子。


「あの甲冑さ、暗殺向きじゃないよね? 実際、リヒトゥリオが殺されたときには女中が姿を目撃している。人目を気にしていたら平凡な兜を選択するに決まってるんだ」


敵を怯えさせるためにデザインされた鉄仮面が暗殺用には目立ちすぎる、騎士の往来がめずらしくない場内で目撃者の印象に強く残ったくらいだ。


「──あんな兜、特殊な状況でないとなかなか着けれない。実力が見合ってないと笑われるし、よっぽど自分に酔ってないと……」


隠密行動には不釣り合いであり、平時ですらはばかられる。


イリーナの意見に黒騎士の調査をしていたスタークスが賛同する。


「リスクを負ってこの兜をチョイスしたんだとすれば、そこには強い思い入れか見合った思惑があったってことだ。


実際にこの兜で戦場に出ていた人物か、逆に兜の持ち主に濡れ衣を着せる目的だったか。


これを普段使いしてる奴がいたら誰だって知っているはず、なのに該当者はいなかった」


甲冑は戦場や式典の正装、人目に触れる前提のものだ。


「──誰も見たことがないっていうのは、いったいどういうことだ?」


あれだけ威圧感のある甲冑の持ち主を特定できないわけがないのに、『猫の手』は兜の持ち主にたどり着かなかった。


「新調した、とか……?」


それなら知られていなくて当然だ。


自信はまったくと言っていいほどないけれど、それくらいしか思いつかない。


わたくしの無責任なひと言にイリーナが反応する。


「今回のためにわざわざ用意したってことなら、あのデザインはやっぱり必然じゃなきゃおかしいよ」


「狙って目立つ甲冑を着たっていうのか、なんのために?」


スタークスの質問に答える。


「自己満足のため?」


その回答には一同、腑に落ちないといった反応だ。


けれど彼女は真剣に解説する。


「任務に不向きなものをあえて着用した、緊急だったならともかく二回目は説明がつかない」


あの造形が安価なはずもなく、隠密にも持ち運びにも適していない。


それらの不利益を度外視して、強いこだわりを優先したことを自己満足と言いあらわした。


「──見栄えを気に入っているとか、テーマを表現しているとか、とにかく黒騎士はこの任務にノリノリだったんだ」


「ノ、ノリノリ?」


あの恐ろしい見た目にそんな愉快そうな表現。


「ノリノリだよ!」


黒騎士はすっかり陽気な人みたいな風評だ。


「──ハーデンは息子ほど乗り気じゃなかったって言ってて、実際そんな印象だった。その人物像と一致しない」


憶測でしかないけれど、ハーデンならばやはり無難な兜を選択する気がする。


ヴィレオンを遠征させ、チンコミルに責任を問い、権力奪取の手段に政略結婚を画策するなど衝突を避けるタイプだ。


もちろん、意外とそういう面もあったという可能性は否定できない。


イバンが挙手して発言する。


「完全な部外者って線はないんですか?」


たとえば雇われ暗殺者、またはデルカトラの人間。


だとしたら真相は闇の中、雇い主のハーデンが死んだ時点で任務失敗、撤退して姿をくらませたことだろう。


「調査を打ち切って解散するか?」


スタークスが確認した。


これ以上の犠牲者は出ない、ヴェイル親子を倒したことで意趣返しは済んだという考え方もできる。


なのに、わたくしにはどうしても黒騎士が部外者だとは思えない。


勇気をふりしぼって発言する。


「わたくしは内部の犯行だと思います……」


根拠はなく、いたずらにみんなの時間を奪うことになるかもしれない。


わたくしはもう女王ではないし、なんの権限も持っていないのに──。


みんなが次の言葉をまっている。


うつむくことしかできない、まとまりかけた話をかき乱しただけだ。


「ボクもそう思う」


賛同してくれたのは黒騎士とは一度の遭遇もないイリーナ。


「──この兜をえらぶ理由があるとすれば、それはシンプルに標的に恐怖をあたえるためなんじゃないかな。


部外者が一過性の仕事で標的に恐怖をあたえたいと考えるかな?」


それが、黒騎士の自己満足の部分。


イリーナの問い掛けに皆、順に意見を述べていく。


「決闘では恐怖した方が負ける、効果的な手段だ」


マハルトーは、戦闘を想定していれば部外者であるかは関係ないという意見。


「考えないだろうな、できれば姿を見られるまえに始末できるのがベストだ」


スタークスは、やはり暗殺には不向きとい意見。


「性癖や宗教観が理由であれば、辺境の騎士団に由来する兜をチョイスするのは不自然です。独自の物か、もっとシンボリックなものを使用する気がしますね」


イバンは、風俗的な視点で意見を述べた。


暗殺でありながらも積極的な戦闘を想定していた。


黒騎士は騎士団と結託していて警備の目を盗むことは容易く、寝込みだって襲えたはずだ。


統一感のない皆の意見からイリーナが結論を導き出す。


「なんにしても姿を見せたくて仕方がない犯人の心情が透けて見える、犯人はティアンを恐怖させたかった。


自分を認識させて、恐怖させて、その上で殺すつもりだったんだ」


犯人は姿をさらす前提で動いていた、理由は私に恐怖をあたえるため。


「わたくしを憎んでいる?」


その回答にイリーナは「そう思うね」と賛同した。



「黒騎士の正体が部外者ではないと考える根拠か……」


撤退しかけたスタークスを納得させた意見を、イリーナは一転して否定する。


「人間の行動になにからなにまで筋道は通ってない。憎くなくても人は殺せるし、そこにあった兜を被っただけかもしれない、アルフォンスはそう言っただろうね」


相棒のことを思い出して脱力する彼女をスタークスがフォローする。


「兜は局地的な作戦で使い捨てにされたもので流通していない骨董品だ。ただそこにあった兜でもなれば、憎しみがなかったわけでもないんだろうさ」


生産地こそ判明していたけれど流通がないと言い切ったのには驚いた。


兜の情報を得たのは昨夜、それからは公開処刑の段取りで忙しかったに違いない。


イバンが付け加える。


「兜の産地がラクサなら東の国境よりだ、西よりで首都勤務をしていた騎士団長が行き来したとは考えにくい」


「そこが糸口にならないかな?」


イリーナの注文にスタークスが答える。


「オーケーだ。ヴィレオン将軍以外でデルカトラ間をラクサ経由で行き来する任務を与えられていた身内が怪しいってことだな」


二人が調査方針について調整しだしたので口をはさむ。


「……あの、わたくしはもう女王ではありません。当初の契約は果たせませんし、今回の報酬を払うあてもありません」


もともとは『盗賊ギルド猫の手』を女王直属の諜報部として雇う約束だった。


「まあ気にしないでくれ。ここまで来たら仕事というよりは趣味の範疇だ、黒騎士の特定まではやらせてもらうさ」


スタークスに気を使っている様子はない、知的好奇心を抑えられないといった感じだ。


「──けっきょく誰だったんだろうな。って、考えつづけるのも体に良くなさそうだろ」


イバンも追従する。


「お二人が闘技場を解放してくれてなきゃ、俺たちも今ごろ生きてるか怪しいですからね」


何者でもなくなった私に力を貸してくれることには感謝しかない。


「ありがとうございます」


わたくしはふかぶかと頭を下げた。



「このまま逃げてくれるなら、正直いって放置してもいいんだけど……」


言い出しっぺのイリーナが水を差すようなことを言った。


それにつづく言葉を私は代弁する。


「もし本当に私怨で動いていたなら雇い主の有無は関係ない……」


あの甲冑の意味が私に恐怖をあたえる目的であったなら、動機が『仕事』ではなく『私怨』だったならば、兇行が続かないとは言いきれない。


イリーナはうなずく。


「今後もボクらの大切な人に危害を加える可能性があるなら、それは食い止めなきゃいけない」


黒騎士の正体はおろか目的すらもわからない。


それは明日、誰が殺されてもおかしくない状況だということ──。



「それが我を呼んだ理由か」


マハルトーが立ち上がった。


『盗賊ギルド猫の手』が黒騎士を特定し、マハルトーが制裁をくだす。


それがイリーナのプランだ。


「相手はかなり厄介そうなんだ、思いつく限りで最強そうな助っ人に声をかけさせてもらった」


彼が絶対王者ウロマルド・ルガメンテに匹敵するならば当然の人選だ。


イバンがたずねる。


「オーヴィルさんは?」


「あいつはバ……いや、なんか、魔法に弱そうだなぁって……」


そうでなくとも居場所がわからない。


黒騎士の撃退を依頼されたマハルトーは異議を唱えない、強敵の存在をみずからの糧にするだけだ。


そういう意味でも頼りやすかった。


本当は自分たちで決着をつけるべきなのだろうけれど、そうも言っていられない。


黒騎士の特定は急務だけれど、それ以上に私の『魔力循環不全』が深刻だったから。



それが公開処刑直後、いまから三ヶ月ほどまえの出来事──。


『魔力循環不全』の治療法はまだ見つかっておらず、わたくしの寿命はすぐそこまで迫っている。


そして今日、わたくし達はレンドゥル元近衛兵長と再会した。




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