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三幕一場「勇者の真実」


「……イリーナ、記憶が?」


彼女は異世界から召喚された際に現世での記憶を失い、劇作家だったという推察をして以降それに言及したことはなかった。


「アルフォンスの告白をきっかけにして、リビングデッド事件を鎮圧するまでには粗方のことを思い出してはいたんだ」


驚いた、一年もまえのことだ。


「なぜ言ってくれなかったの!」


わたくしは目的も忘れてその話題に食いついた。


「えっ、聞きたかった?」


意外そうな素振りをしているけれど、わたくしにとってそんなことは当たり前。


「イリーナの事ならなんだって知りたいわ、あとはあなたに話す気があるかどうかだけ」


彼女はなんだか決まりが悪そうにしている。


「べつに話すほどのことはなくて……。そうだ、歴史とか文化の違いを比較したら面白いかもしれないね?」


いったいなにを恐れているのだろう。


言ったとおり私はイリーナのことなら何にだって興味がある。


それと同時にその内容がどんなものであっても影響がないと断言できる。


彼女の正体がたとえ大罪人でも、異常者でも、いまとかけ離れたなにかであってもかまわない。


今日までの事実があれば私の気持ちは変わらない。


だから大切なのは一つだけ、記憶が戻ったことで彼女がどんな気持ちでいるのかだ。


だから私は真っ向からたずねる。


「どうして自殺したりなんかしたの?」


わたくしはどんな真実にもむきあう覚悟ができている、絶対に後悔はさせない。


そう思って臨んだ。


しかし、彼女の返答はまったく予想もつかない言葉で私を驚愕させたのだ。



「ウケると思って……」


イリーナの前世での死因は、ウケ狙いによる自殺──


「……えっ、全然わからない」


軽いパニック状態だ。


「──なぜ命を絶つことが面白いなんて思ったの?」


一方、イリーナはいつものトーンでさも当然とばかりに語り出す。


「犯罪、セックス、そして死亡は一番手軽なエンターテイメントだよ。教養レベルを無視して多数を喜ばせる常套手段だもん」


当然、それを思いとどまる理性を持たなくてはいけなかったんだけど。と、彼女は付け加えた。


「──寝ても覚めても、どうやったら人の心を揺さぶれるかを日々考えてた。自分にできる究極を模索した結果、それは『自分の葬式』なんじゃないかって思ったんだ」


「葬式……?」


劇作家である彼女は常に人を楽しませる方法を考えていた。


そして、より感情を刺激するシチュエーションのひとつとして葬式にたどり着いた。


「アイツが泣いたら嬉しいなとか、アイツが泣かなかったら悲しいなとか。ボクの死は誰かに気づきを与えたり、まったく与えなかったりする。


参列者から未知のリアクションを引き出せると思うとドキドキした。だからボクはおのれの死をポジティブな好奇心で捉えていたんだ」


人の感情を揺さぶる手段としての死、それがウケ狙いによる自殺。


悲しいこともない、苦しいこともない、激しい怒りもない、誰も恨んでないし事件性もなければ物語すらもない。


悲観的な要素のない好奇心による自殺──。


私は不満を訴える。


「納得できない……」


犯罪、セックス、死──。


それらは容易に他者の感情を刺激し、熱量の高いリアクションを獲得できる。


犯罪を起こせば名が広まり、肌をさらせば儲かり、死ねば無視していた人々が立ち止まる。


才能や功績で名を馳せるのは困難だけれど、それらは能力の有無に関係なく誰でも簡単に承認欲求を満たすことができる。


「──そんなの、あまりにも志がひくい!」


その説明では、わたくしの境遇に重ねて「おなじ」と言ったこととの整合性が取れない。


すくなくとも、わたくしは安易な選択として死を受けいれたわけではない。


「行き詰まってたんだよ、色々試したけどけっきょく安直なものが強かったからね」


それを前振りにしてイリーナは死を選んだ経緯の詳細を語ってくれた。


わたくしは彼女がそうしてくれたように、話が終わるまで黙って耳を傾けた。



イリーナは子供の頃に両親を失い天涯孤独の身だったらしい。


同じだな。と、そう思った。


それでも私とは大きく異なり彼女は自由奔放に過ごしていた。


そして十五の春にある『物語』と運命の出会いを果たす。


「その物語と出会ったときにとても衝撃を受けたんだ、吸っている空気も踏みしめている大地の感触も違って感じるくらいにボクの価値観は劇的に変化した。


救済を得たかと思うほどに感激したボクはその感動を仲間たちと共有したいと思った。


シンプルな感情さ、はじめて口にした美味しいものを隣人に分けて。ほら、最高でしょう! って、手を取り合って喜びたかったんだ。


でも、どんなに説明しても新鮮な感動を共有できたことは一度たりとも無かった。いや、あったのかもしれないけど不十分で、当時のボクにはそれがとても寂しく、そして怖かったんだ」


きっと、人生において感動を他者と共有することはそう難しくはない。


だけど、わたくしにとって友人を得ることが切実だったように、きっと天涯孤独の身であったイリーナは孤独が人より深かった。


そのズレが噛み合わずにジレンマに変わってしまった。


その部分は共通している。


イリーナは自分が体感したのと同じ方法、つまり物語でそれを成立させたくて劇作家になった。


「なんで劇なのかって言うと、物語に対するリアクションをリアルタイムで見たかったから。


物語に触れた誰かが劇場を出て、いつもと違う空気、いつもと違う大地の感触をおぼえる瞬間を見たかった」


目のまえにその景色が再現されてでもいるかのように、イリーナは身振り手振りを交えて語る。


そのおかげで話に没入しやすかった。


「作品に触れた人々は皆、興奮気味にボクを褒めてくれたよ。それはそうだ、本人と相対したらそうするのが礼儀ってもんだから。


でもボクは変わらず寂しかった──。


ボクの物語に感動したと言って涙を流した人がいた、でも彼は以前と変わらず恋人に暴力を振るい続けた。


犯罪自慢、無頼自慢、手首を切るのを止めない少女、すれ違いざま他人に舌打ちを浴びせる人たちがいた。


ボクの物語は驚くほど他人の世界を変えられなかったんだ」


騎士団が、元老院が、有力貴族が、国を背負って立つことを選んだわたくしを手放しで褒めた。


けれど、誰もわたくしの能力を信用しなかった。


どんなに政務をこなしても、巡礼をくりかえしても、臣下が犠牲になっても民衆の態度は変わらなかった。


いまも、きっとこれからも──。


「自分の無力さに打ちひしがれた?」


わたくしの共感にイリーナはすこし思案する。


「苦しんだこともあったけど所詮は初期衝動だ、思いちがいをしていただけの話。べつに宗教家を目指してたわけじゃあないからね」


平静をよそおったその一言からはたしかな挫折が感じとれた。


良い国にしようだなんて思い上がりだった、優秀な人に任せて座っていることが正解だ──。


わたくしがそう言ったのと同じ。


追いかけていた幻想を振り向かせてそれがまったくべつの姿をしていたとき、以前のような情熱はなくなっていた。


明日、自分がすることに興味が無くなってしまった。


そしてとうとつに死ぬ──。


「誰かが、つぎも楽しみにしてますよ。って言ったんだ。そしたらね、翌日には嬉々として首を吊っていたよ。


人生に絶望したわけじゃない。公演の翌日に死ねば、きのう言葉を交わしたばかりなのに、あんなに楽しそうにしてたのに……。


って、さぞやビックリするだろうなって。そんな子供の悪巧みみたいな理由でボクは命を絶ったんだ」


それが、ウケ狙い自殺の真相──。


悲しいことも、苦しいことも、事件性もなければ物語すらもない。


「深刻なことはなにもなくて、いまだ! って、不意に思っただけ。お酒も入っていたし、いきおいがついちゃったんだな。


もしも両親がいたら、迷惑をかけたくないなって普通に思い止まっていたと思うよ」


イリーナはちょっとした失敗話くらいでまとめようとしている。


けど、そこには確かな絶望があって、わたくしはどうしようもなくもの悲しい気持ちになってしまう。


みんなを幸せにしたかった──。


それができない自分の無力に絶望した結果、地下遺跡にある得体の知れない力を頼った。


それで世界を一変できると考えたのは安易としか言いようがない。


人を感動させる手段として、彼女が安易に死を選択したことと同様。


もう、八方塞がりだった。


善し悪しは抜きにして、それでも犯罪に手を染めずに死を選択したところは愛おしくもある。


だって、その動機は他者と感動を心の底から分かち合いたかったから──。


滑稽で、愛おしい。


「もっとはやく聞きたかった!」


それこそ、一年前のそのときに。


「こんな情けない負け犬の結末、恥ずかしくって話せなかったんだよ」


ようやく彼女の正体を知れて、わたくしは恥ずかしいくらいに浮かれている。


「負け犬なんて思わない、イリーナはこの世界でたくさんの偉業を成したじゃない」


あるべきと考えて努力した結果が一人相撲だった。


それが私たちの共通体験だとして、それでもイリーナの目的が人を感動させることなら、この世界でそれは十二分に果たされている。


コロシアムのあの熱狂をおぼえている。


「キミは不公平な人間だな」


だけどイリーナはこの期におよんでそんな風に意地悪を言うのだ。


「どうして?!」


「好意的な相手を贔屓目で見る癖があるよ、ボクやアルフォンスを過大評価してるのがその証拠だ」


「過大評価なんかじゃない、二人とも正真正銘の英雄だもの!」


悪王フォメルスの陰謀を暴き両親の仇を討ってくれた。


リビングデッドの蔓延から国家の消滅を防いでくれた。


そして再び逆臣の陰謀からアシュハ皇国を救ってくれた。


それほどの人物が英雄でなくてなんなのか。


だけれど彼女は首を横に振る。


「ボクが思いどおりにできたことなんて一つもなかった。


革命に乗じてひとり占めにする予定がキミは女王になってしまった。


マリーさんがリビングデッドを街にはなつ現場にいたのに食い止められず、たくさんの犠牲者をだしてしまった。


イーリスを犠牲にしてしまったしサンディを救うこともできなかった。


ハーデンの野望を暴いたのはアーロック王子で阻止したのはヴィレオン将軍だ」


わたくしは悲しいのか、悔しいのか、腹が立ったのかも分からない。


入り交じった感情を発憤させるままに反論する。


「そんなこと言わないでっ!!」


「うおぅ、びっくりした……て、ちょ、泣かないでよ!?」


涙を見られることは恥ずかしいけれど止まらないものは仕方がない、そんな事で引き下がれないくらいに私は興奮している。


「イリーナが意地の悪いことばかり言うからでしょう! あなたの行動で私の人生は劇的に変わったわ! これ以上ないくらいに別物よ!」


幽閉されていた頃、わたくしは何度も死ぬことを考えていた。生きることが苦痛だったから。


でも、いまは死ななくて良かった、生きていて良かったと確信できる。


わたくしは人生を謳歌できているんだ。


人生の半分を牢獄で過ごそうと、どんなに辛く悲しい目に遭わされようと、イリーナと出逢えたからこの人生は大成功だ。


「でも、そのせいでティアンは長生きできないんだよ……?」


弱気の理由はそれだ。


魔力供給不全の原因が自分で、そのせいで私が死んでしまうと焦っている。


そんな罪悪感は必要ない、わたくし自身そんなふうに考えたことは一度もないのだから。


イリーナの手を取ってグッとこちらへと引き寄せる。


「もし明日、わたくしが死んでしまうとして、それが不幸だなんて誰が決めたの? あなたと出会えない百年が、あなたと過ごした一年より幸福だなんて私は思わない!」


じっと視線をかわす。


わたくしは気付いた。いいえ、イリーナに逢って思い知ったの。


フォメルスを追い詰めたのが英雄ヴィレオンじゃなくてイリーナだったから。


アシュハをゾンビたちから救ったのが最強剣闘士ウロマルド・ルガメンテじゃなくてイリーナだったから。


ダーレッドを打ち倒して仇をとってくれたのが、竜殺しのオーヴィルじゃなくてイリーナだったから。


それらは私の心をより強く揺さぶった。


非力なあなたが泣きながら歯を食いしばって、それでも立ち向かってくれたから、それは人類最強よりも尊かったのよ。


ウロマルドの完成度と同じくらい、あなたの無力はドラマチックだし私にとってよりいとおしい。


価値は与えるものだとあなたが言ったように、感動とは気付くことだ。


わたくしはそれに気付いた。


「よく見て! これがいまの私、あなたの物語は私の世界を変えたわ!」




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