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二幕七場「そしてボクは死んだ」


明日をもしれない命──。


イリーナの意見にヴィレオンは素っ気なく返答する。


「魔術師ギルドに出資し研究班を作らせた、成果がでるのを待つしかない」


それは正論だ。


この場で議論したところで進展することはないのだから、それぞれが与えられた役割に対して最善を尽くすしかない。


しかしイリーナが主張したいのはそれとはまたべつのこと。


「政務だ自粛だって城内に閉じ込めて、これじゃあコロシアムの頃となにも変わらない」


すぅと息を吸って覚悟の表情で提案する。


「──もう、ティアンを女王から解放してやろうよ!」


何百年もまえから確認されているにもかかわらず治療法が確立していない症状、明日、明後日に成果がでるわけもない。


だからせめて、残された時間くらいは自由に――。


ヴィレオンは「それはできない」と、イリーナの意見を突っぱねた。


二人のあいだを険悪な空気が漂う。


「なんでさ、ティアンよりも適した人物がきっといるはずだよ!」


「能力や適正は関係ない、血統を重視することがなによりも大事なのだ!」


口数の少ないヴィレオンに変わってメジェフが補足する。


「能力の秀でた者にならば資格がある。となれば、これは厄介なことだ。誰も彼もが自分がより相応しいと考えはじめ、忠義の所在が曖昧になってしまう。


そうなれば地位をめぐって血で血を洗う抗争がくり広げられるだろう。


君主は無力でも構わない、換えが利かないということがより重要なのだ。


揺るがぬ中心を定め、そのために一致団結し、国力を強大足らしめることこそが肝要」


能力主義にした結果、フォメルスなりハーデンなりが王座についた場合、あるいはよく知らぬ何者かが権力を手にしたとき。


騎士たちは忠誠を誓えるのか、またはそれを強要できるのか、その結果が現在の状況だ。



「ありがとうイリーナ、でもいまこそ一致団結して国家の存続を目指すときなの」


いま女王を降りれば国民は混乱する。


いまは戦時中だ、血統主義に問題があったとしてそれを議論するにはタイミングがわるい。


「だけど……」


その「いま」が過ぎ去った頃には私はいない、イリーナはそう考えたに違いない。


ヴィレオンが念を押す。


「陛下には早急に相手を選出し、後継者の問題に取り組んでいただきたい。


期限は非常に厳しいかと思います。しかし、治癒術師などを動員し一日でも延命し間に合わせるよう務めてください」


皇帝はその能力を敬われているのではなく、普遍的価値を尊ばれている──。


中心が揺るがないことで各々が役割に対して力を発揮できる、そのための血統主義だ。


だから、血筋を絶やさないことが女王としての最後の使命。


「分かっています、サポートを頼みます」


「ざっけ、んな……ッ!!」


激昂したイリーナがヴィレオンに掴みかかった、それを周囲の者たちがひきはがして押さえつける。


「イリーナに乱暴しないで!」


わたくしはとがめた、それで解放がかなわないほどにイリーナは激しく抵抗する。


「オッサン、見損なったぞ! それが人間の扱いかよッ!!」


自由意志を無視した必要に応じた出産、それは確かに体系的で情緒に欠ける。


勿論、憧れやときめきとはほど遠い


「国家存続のためだ。皇帝とは国家の礎、それゆえ宿命と重責を背負う。


我々はその尊き御身に対してこそ忠誠を誓い命を捧げるのだ、何者のためにでも死ねるほど我等の命は安くはない!」


役割こそ違えど覚悟が必要なのは皆おなじ。


凡庸な娘に屈する膝などない、個人ではなく国の礎に魂を捧げている。


「アンタの事を信じてたのに!! ティアンを救ってくれるって!! 大事に扱ってくれるって信じてたのに!!」


「おまえは柔軟でユニークな思考の持ち主だが感情に偏りすぎる、すこし頭を冷やせよ」


ヴィレオンが「連れていけ」と指示し、イリーナは執務室から連れ出された。


はっきりとした罵声が遠ざかっていくのを見送っていると、ヴィレオンとメジェフが私のまえに膝を着いた。


「陛下、よくぞ御決断なさいました。大変ご立派になられましたな」


限られた人生の多くの時間をかけて、地位を捨て、泥をすすり、絶望的だった復権を夢見て尽くしてくれた。


そんな彼らの期待をどうして裏切ることができるだろう。


わたくし一人の幸福のために数百万人の国民をどうして見捨てられよう。


皆が一生懸命に役割をまっとうしている、わたくしも使命を果たすだけだ。


「……とても格好の悪いことを言います。本当はいやなのです、でも仕方がないではありませんか」


悲壮感に彼らが気を病まないようにと、わたくしは微笑みながら弱音を吐いた。




夜半過ぎ──。


イリーナがどこに連れ去られたのか不明のまま政務を終え、居場所を聞けば地下牢に軟禁中だと知らされた。


やりすぎだと腹を立てた私はすぐに地下牢へと向かう。


罪人の収容所とはいえそこは重要人物専用の牢獄、市内の駐屯所にある地下牢とくらべてはるかに清潔感がある。


リビングデッド事件の際に解放して以来、収監者はいない。イリーナが独占しているため警戒する必要もなく足を踏み入れることができた。


「誰?」


足音を聞きつけたイリーナがすぐに呼びかけてきた。


「わたくしです、あなたを説得しに来ました」


すぐに解放してあげられなかった申し訳なさにかしこまってしまった。


鉄格子さきで彼女は膝を抱えて丸くなったまま、不貞腐れた態度で座っている。


「説得ってなんだよ、ティアンはアイツらの言いなりなの?」


そう言って、膝に顔を埋めてしまった。


「困らせないで、わたくしのワガママに民衆を巻き込むわけにはいかないわ」


わたくしは彼女を閉じ込めた独房のまえに座って身の上話をはじめる。


「──地下迷宮の調査は身のほどを知るための冒険でした」


「……なんで敬語?」


「あなたを言いくるめようだなんて、恐ろしいからよ」


彼女の弁舌家ぶりを知っていればこそだ。


「ボク、口がわるいもんね」


わたくしは否定せずにフフと笑って話をつづける。


「とても辛い事があったけれど、そのおかげで私は現実を知ることができたのです」


わたくしの行動は悲劇の引き金になり得るということ、それが起きたときに打開するだけの力がないということ。


「女王になって、わたくしは使命感から身の丈に合わない努力を沢山しました。


無価値だった自分に光栄にも役割が与えられたのだと奮起して、女王らしくあろうだとか、人々の幸福に貢献しようだとか、この国を良い方向に導こうだとかそんな大それた事を考えていたのです。


でもそれはただの思い上がり、なんとかしようだなんて思うこと自体が間違いだった」


思い知ったのは、わたくしは何もするべきではないという現実──。


死に物狂いでがんばったところでなにも変えられない。


優れた人材が円滑に物事を進めるために、ただそこにいて成り行きを見守るだけでいい。


だから、どうしたいとか、どうなりたいとか、もう考えるべきじゃない。


与えられた結果をそれがどんな結末であろうと享受するだけのこと。


それが宿命であり、わたくしの役割なのだ。


「悲観してる……」


イリーナは不服そうな顔だ。


「それが最善なの」


わたくしの能力に価値はない、けれどここに居ないと皆が困る。


それは名誉なこと。


だったら従おう、わたくしが生きているのは大勢からの期待による成果なのだから。


説得できる内容ではなかった、ただ自分の考えを伝えたといったところだ。


イリーナは否定などせずに黙って話を聞いてくれた。


今日まで権力者や臣下などと口論になれば、大声で遮られて満足に話をさせてもらえない場面も多かった。


だから改めて、彼女は誠実な人なのだなぁと思う。


「身のほどを知るってことは自殺なんだね」


話が終わると彼女はしみじみとそう言った。


わたくしはイリーナにたずねる。


「怒らないの……?」


「なんでさ」


「だってイリーナはわたくしのためにヴィレオンに歯向かってくれたのに」


わたくしはそんなあなたの肩を持たずに妥協をうながしている。


裏切りと取られても仕方がない。


「怒る資格がないんだよな、ボクだってとても人のことを言えた人生じゃあなかったんだから。


過信もせず、無力を認め。それでも素晴らしいことなんだって、価値のあることなんだって自分の夢に邁進して来た」


いつの話をしているのだろうと耳を傾ける。


「──身のほどを思い知ったボクはその世界に未練がなくなってしまって、みずから命を絶ったんだ」


それはイリーナがこちらの世界に召喚されるまえの出来事。


勇者ではなく、劇作家だった頃の記憶だ。



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