「とにかく、あの売国団長をどうにかしなくちゃならない」
ハーデン・ヴェイル謀反の情報をなぜか国外にいたイリーナたちが先んじてつかんでいた。
わたくし当ての書簡からとりのぞかれたのは、アシュハがマウとの戦争で配色濃厚になった場合は、隣国デルカトラに国をあけわたす密約を交わしているという告発の部分。
デルカトラは消耗している相手から漁夫の利を得ることができ、ハーデン親子は敗戦の責を負わされるよりはマシな待遇をあたえられる。
「皇国を手中におさめる、うまくいかなければ売りわたしてしまう……」
わたくしは失望した。
役立たずの女王に代わって国を導こうと考える者がいたとして、それが国家、国民のためであるならば理解はできる。
しかし、ヴェイル親子はそうではない。
「そんな連中が権力を手に入れたところで破綻するのは目に見えてるぜ」
オーヴィルの言ったとおり。
いざ窮地に立たされたとき彼らはきっと全力を尽くさない、そんな人物に国家の存亡はたくせない。
「事情を知らない人々がそれに気づくのは、敗戦奴隷になるか民族浄化がはじまったあとってことかぁ……」
悲嘆にくれたイバンの言葉をアルカカは笑いとばす。
「なりゆきに任せるしかない衆愚には奴隷がお似合いだ」
「女王のまえですよ……?」
愛すべき民衆にむかってそれはあんまりだ。
四肢のかけた不自由な体でコロシアムを制覇し、道を切り開いた彼からすれば無知、無力は甘えなのだろう。
敵はマウ王国、デルカトラ連合、そしてアシュハ皇国騎士団──。
これが侵略戦争で他国をおびやかしてきたことへの報い、あるいは国を衰退させたことへの罰か。
──たらればの話をしてもしかたない。
イリーナの告発がとどいていたら今日のことを防げたかといえば、ヴィレオンやチンコミルと切り離された時点で難しかっただろう。
このままではアシュハは滅びる。
そうならないために何をすべきか。
その問いに対する明確な回答をイリーナは提示する。
「そうならないために、ハーデン・ヴェイルを失脚させなきゃいけないよ」
それしかない。
「コロシアムのときみたいなことをやるのか?」
オーヴィルがたずねた。
最高権力者を引きずり下ろすために戦力を集めて騎士団と直接対決する。
状況は似ているけれど、今回は彼が考えるほど大規模な作戦にはきっとならない。
「楽観をふくみますが、ダーレッドの部隊を全滅させた時点でハーデンの戦力はすでに半壊したと推察します」
ハーデン団長が騎士団の頂点といえど、従えているのはアシュハの騎士であってデルカトラの騎士ではない。
それをイリーナが要約してくれる。
「そうだね、こんな一発アウトな陰謀を全員に共有してるとは思えない」
そんなことをすればかならず反発する者がでてくる、衝突がおきるか情報がもれるかしているはず。
「共犯者と呼べる者はおかかえの数名ていどと考えられませんか?」
ダーレッド隊の十二人全員がアシュハ騎士の誇りを持っていなかったことは残念だった。
──けれど絶対に裏切らない騎士もいる。
最近になって復帰したメジェフたちはともかく上層部にそれなりの期間いたチンコミルが把握していない時点で、ほとんどの騎士たちは知らされていないに違いない。
「きっとそうだね」
わたくしの発言に皆がなっとくしてくれた。
事実を知ったとき、絶大な影響力をもつ騎士団長と、たよりない女王とを天秤にかける者はきっと出てくる。
騎士団の誰が敵かは分からないけれど、そのほとんどはまだ敵ではない。
「首謀者を直接たたければ戦争にするまでもないってことだな」
アルカカの言うとおり、ハーデンから騎士団長の地位を剥奪することさえできれば仲間同士で殺し合うことはない。
その結論にアルフォンスが補足する。
「ハーデン騎士団長を打つとして、明確な敵である黒騎士の存在を無視するわけにはいきません」
神出鬼没であるそれを放置するのはたしかに危険だ。
イバンが悔しそうにボヤく。
「せっかく拷問したんだし、ダーレッドに正体を吐かせとけばよかったですね」
「それはゴメンだけど、白状した相手を痛めつけつづけるメンタルはボクにはないんだよ……」
わずかでも気を許せば芝居がつづかなかった、イリーナがわたくしの復讐を優先してくれた結果だ。
調査隊は手を抜けないくらいには手強かったし、みんな怒りに駆られていたのだから責められはしない。
「『猫の手』の調査に進展はないのでしょうか?」
「聞いてないですね」
ギルドマスター・スタークスは歓迎会に出入りしていた客人のリストを整理していた。
黒騎士は内部の人間である可能性が高まった、外部からの侵入者を当たっているなら無駄足になるかもしれない。
「黒騎士の正体はもしかすると──」
「勇者さまは黙っててください、絶対に当らないので」
「絶対とか言うな!」
「誰だったら意外でおもしろいかって視点で考えている時点で雑音なんですよ!」
たしかにそれは推理とはいえない真相から遠ざかる行為だ。
しかしイリーナはこりずに発言する。
「さっき倒した連中のなかにいた可能性は? それって一周まわっておもしろいんだけど」
ダーレッドかあるいは調査隊の誰かが黒騎士だった──。
アルカカもその可能性をさぐる。
「計画の大詰めに主力を投入しない理由はないか……」
黒騎士はハーデンがダーレッドに王位を継承させるために暗躍させていた手駒、ここで使わずにどこで使うのかという疑問がわく。
それをニコランドあらためアルフォンスが否定する。
「あのニケ嬢を圧倒した黒騎士がなんの存在感も発揮することなく倒されたとは考えにくいです」
戦闘で手を抜いて死んでしまったでは本末転倒もよいところだ。
「たしかに、あの程度の敵に手こずったというなら帰って首を跳ねるところだ」
「やめたげてよ!?」
鍛えた価値がない。と、厳しい意見のアルカカをイリーナはいさめた。
──正体を隠しとおすために魔術もつかわなかった?
計画を明かした時点で正体をかくす意味はないように思える。
「この中にいたりして!」
「勇者さまは思考からおもしろいを切りはなしてください……」
ダーレッドは黒騎士をつかまえた現場にいた。
デルボルトほどの巨漢ではなかった。
やはり調査隊のなかにはいなかったのではないだろうか。
「黒騎士はなぜあらわれなかったのでしょう……?」
正体にせまることができないでいると、大人しかったオーヴィルが議論に一石を投じる。
「騎士団長が黒騎士なんじゃねえかな?」
「…………」
黒騎士の正体はハーデン・ヴェイル騎士団長――。
動機、実力的な説得力において他の追随をゆるさない人物。
しかし皆はオーヴィルをいちべつだけして何事もなかったかのように議論を再開する。
「黒騎士、誰だろうね?」
「黒騎士、いったい何者なのでしょう?」
あからさまな無視に大男は「あれ?」とつぶやいた、困惑が背中ごしに伝わってくる。
「そうか、これだ!」
「どうしたイバン?」
「ダーレッド隊に黒騎士が参加していなかったのは、その場にそぐわない人物だったからでは?」
イバンのひらめきにオーヴィルが今度こそ確信をもって発言する。
「やっぱり騎士団長一択なんじゃねえかな?」
たしかに、小隊規模の作戦で指揮をとることもダーレッドの下につくことも不自然。
考えれば考えるほどそれしかないと思えてきた。
けれど、なぜか誰も賛同しないどころか彼を無視しつづけている。
「顔見知りの犯行ってこと?」
初対面なら気にもとめない、参加することが不自然な人物という観点ならばその可能性はある。
「だから顔かくしてんだ、誰だよ!」
「だとしたら殺された私がショックなんですけど……」
殺される直前、アルフォンスはハーデン団長と言い合いになっていた。
腹が立ったから殺した。というダーレッドの発言とも結びつく。
「団長が黒騎士だって!」
オーヴィルの意見に賛同しようとわたくしが挙手しかけたところをイリーナがさえぎる。
「オーヴィルくん、ハーデンはすでに黒幕であることが割れている。彼が黒騎士ならこの議論は必要ないんだよ」
「えっ?」
疑っていないのではなく、もはや議論の必要もないからべつの可能性をさぐっている段階なのだと言った。
「ほかに誰を警戒すべきかという議論ですからね」
「そういうこと?」
要点を理解したオーヴィルにアルカカが辛辣な一言を浴びせる。
「どうやら一匹、いちぢるしく知能の低下した生物がまざっていたようだ」
わたくしは挙手しかけた手をこっそりとかくした。
議論はつづき、別件を優先、または体調不良で不参加だった。など、いくつかの可能性があがったところで結論はでない。
「デルカトラの人間だったら?」
「お手上げです」
だとしたら仮面をかぶってないときに目立ちそうではある。
「まあいいさ」
迷走する議論をイリーナが締めくくる。
「──団長が黒騎士だとしても配下の誰かだとしてもやることはおなじ、騎士団長をボコす方針に変更はない」
黒幕は騎士団長ハーデン・ヴェイルなのだから。