イリーナと合流後、わたくしはすぐに意識を失ってしまった。
執念につき動かされていただけで体力はとっくに尽きており、そのまま失血死していてもおかしくなかったと思う。
気がついたときにはオーヴィルの背に負ぶさっていて、ながかった地下迷宮を脱出し地下遺跡の集落跡にでたところだった。
「脱出が二段階あるのってぬか喜びっぽくて気持ちわるいね!」
朦朧とする意識に仲間たちの会話が流れ込んでくる。
「姉弟子は景色が楽しめて得したって気分にはならないですか?」
「初見は感動したけどさぁ……」
寝覚めの良さには自信のあるわたくしだけれど、さすがにしんどい。
魔具の回収は失敗に終わってしまったのだな。とか、背中の面積すごいなぁ。とか、ぼんやりと考えながら仲間たちの会話を聞いた。
「勇者さま、このさきはまだモンスターがでるので気を抜かないように」
「分かってるよ。でも、平気だろ?」
「足をひっぱってるやつがそれを言うのはどうなんだ? 義足の俺が言うのもなんだが」
「ひっぱる足がないだけにね。って、笑いにくいわ!」
どうやらみんな無事のようで楽しそうに雑談に興じている。
「笑えばいいのです、私なんか命すらありませんからね」
──?
気の抜けた雑談に安堵し、ふたたび眠りにおちかけて不可解なことに気がついた。
わたくしは腫れあがって圧迫感のあるまぶたをこじあける。
「あれ、ティアン起きてる?」
わたくしの覚醒にイリーナがいちはやく気づいた。
「おはようございます、イリーナ。あの……」
「おお、姫さん。揺らしてわるいがしばらく寝てたほうがいいぜ?」
「オーヴィルさん、荷物になってしまい申しわけございません。その……」
興奮状態が切れて痛みも発熱もある、たしかに寝ていたほうが楽ではあるだろう。
けれど、こればかりは解決せずに眠れるわけもない。
「ティアンにおもしろい話をきかせてあげるよ、このデカブツがさ――」
「ちょ、ちょっと待ってイリーナ!」
おっ、なんだ。というふうに皆が立ち止まった。
──皆さんはどうして、そんな平時のような振る舞いなのです?
「おや、ティアン嬢がなにか言いたそうにしていませんか?」
「そう、アナタです!」
不可解の原因を指してわたくしは言った。
それはこの場に存在するはずのない人物の声。
全身を包帯でおおいかくしフードを目深にかぶった声の主、それは亡霊剣士ニコランド──。
「……アルフォンス様、なのですか?」
「…………」
「黙らないでください! お亡くなりになったはずでは?!」
ニコランドの正体はアルフォンスだった。
さまざまな思いが去来して、わたくしはどれを取捨選択して良いか分からない。
「あー、俺から説明させてください」
混乱状態のわたくしにイバンが答える。
「──遺体をあずかった日、ティアン様たちがいなくなったあとにアルフォンスさんは動きだしました」
それはありえない、彼の死は何度も確認したはずだ。
アルフォンスはあっけらかんとして答える。
「はい、死者を動かすことは私の専門ですから」
「死体を、動かす……」
それはつまり、彼がすでに死人であるということ──。
アルフォンスは得意の【死霊魔術】をもちいて自らをリビングデッド化していた。
そんなことが可能なのかという驚きと同時に、すでに死んでいるという事実に対する不安がこみあげる。
「なぜ、すぐにでも教えてくださらなかったのですか?」
たとえば、イバンを呼び出して遺跡探索の打診をしたときなど絶好の機会だったはずだ。
イバンが答える。
「敵が死んだと判断しているなら、それで裏をかけるなと考えました」
それは黒騎士サイドをあざむくため。
そのまま『盗賊ギルド猫の手』と協力して犯人さがしをするつもりだったらしい。
しかし直後に礼拝堂の襲撃、地下遺跡探索の決定と忙しなくそちらはあとまわしに。
イバンの寝坊により、アルフォンスは単身でわたくし達を尾行することになった。
アルフォンスがつづける。
「敵の正体を看破するまでは潜伏するつもりで距離をおいていたのですが、デルボルトの暴走により介入せずにはいられなくなりました」
もともと騎士団をうたがっていた彼は、偽名を名乗ることで正体を隠しつづけた。
その言い分は理解できる。
実際、黒騎士はハーデン騎士団長の差し金で調査隊はその一味だったのだから。
「──知性を維持することに魔力を割いているので、【通信魔術】のほうは残念ながらろくに機能しなくなってしまいました」
ときおり聞こえていた声はその残照だった。
アルフォンスの警告が断片的にわたくしにとどいていた。
ゴーレムやリビングデッドは基本的に単一の命令に従うものだ。
思考能力を持たせるとなればどれほど緻密な調整が必要か想像もつかない。
物体を動かすことに魔力をさけば制御の難しい魔術を使えなくなって然るべきだ。
イリーナがつぶやく。
「もったいないね」
たしかに強力無比な【通信魔術】を失うことはおおきな損失だ。
とはいえ、そんな呑気なはなしではないと思う。
「おかげと言ってはなんですが、リビングデッドの怪力を活用することでウロマルド・ルガメンテの剣技を模倣できたというわけです」
「そういうのすぐ実践できちゃうのなんなの?」
イリーナが嫉妬するとアルフォンスがそれを煽る。
「センスの差でしょうね」
「死にたいの? って、死んでるし!」
不謹慎すぎる冗談に背筋が冷えたけれど、アルフォンスを筆頭に皆かまわずワハハと笑った。
──いまの許されるんだ!?
ラインの判断があまりにも難しい。
「ティアン、大丈夫?」
うつむいたわたくしをイリーナが心配してくれた。
「顔色がすぐれませんね、さすがに私ほどではありませんが!」
たしかに傷はふかく体調は最悪でいつ死んでもおかしくはない──。
けれど、うなだれた理由はちがう。
「正体を明らかにするなら、これまでに感動的な場面はいくらでもありましたよね!」
それこそ死んだと思われていた人物との再会がこんなことでいいのだろうか。
なんかもっとドラマチックなやり取りがあってもよかったはずではないのか。
「サプライズ目的で正体を隠していたわけではないので……」
「正体をかくすのはエンタメ的に大体サプライズが目的だぞ」
アルフォンスもイリーナも平然としていて、この温度差がわたくしには不服だ。
「感動の再会シーンをわたくしのいない場所で済ませてしまったのでしょう?」
彼の現状を知ったとき、皆それはもう天地がひっくり返るくらいに驚いたはずだ。
遺体が起きあがったとき、イバンは度肝を抜かれたはずだ。
それがぜんぶ、わたくしのいない場所で行われた。
驚きを共有したいときには、古い情報だと言わんばかりのこなれた空気感が出来あがっているではないか。
まるでなにもなかったかのよう。
「わたくしも皆さんと驚きたかった!」
「ティアン嬢、仮にも死者に対して不謹慎ですよ?」
わたくしを叱ったアルフォンスの声はけっこう本気のトーンだった。
──不謹慎のラインがむずかしいですわ!
「フィクションとしては見せ場だけど、現実で謎の人物の正体が明らかになるタイミングってだいたい人づたいに聞いたとかだしね」
〇〇したの✕✕さんだったらしいよ。とか、そういうものなのかもしれない。
「──とにかくボクたちもここまで大冒険だったんだ」
帰還したイリーナたちの合流を手伝ったのは『猫の手』だった。
イリーナがわたくし宛におくった書簡が入れ替わっていた真相を究明するため、さきんじて接触していた。
そこからイバンと合流、わたくし達を追って地下遺跡に潜入した。
入口をふさぐことでダーレッドたちの策略を阻止できたかもと考えることもあったけれど、結果としてはイリーナたちの足止めをせずに済んだらしい。
アルフォンスはわたくしを護衛しながらイリーナたちを最深部まで誘導していたという。
「イバンから聞いて状況は理解してたから、とぎれとぎれの通信でもなんとかなったんだ」
彼の誘導がなければ地下迷宮の入口は発見できなかったかもしれない。
地図を持たないイリーナたちにとって迷宮の攻略は言わずもがなだ。
ホーリーロッドによって魔力制御が遮断されてしばらく停止を余儀なくされたけれど、なんとか復旧をはたして皆と合流することができた。
ダーレッドと対決時、イリーナが勝利宣言してニコランドの乱入があったのも二人が交信していたから。
一人だけ参戦が遅れたのはサンディの埋葬を行っていたのだという。
こんな場所に埋葬するのは可哀想だ──。
しかし放置しておいてグールに食い荒らされたり、わるいものに利用されたりするのは耐えられない。
教会がリビングデッド対策に利用する燃える水を使って火葬にした。
最低限、サンディを放置せずに済んだことにわたくしは安堵した。
「アルフォンス様、おカラダは大丈夫なのですか?」
それはひかえめな質問、大丈夫なはずがない。
「お察しのとおり残された時間は限られています、生前のように振る舞うにはとても魔力の循環がまにあわない。
ちかぢか私はほかのリビングデッド同様の彷徨う死体へと成り果てるでしょう」
それはあまりにおもい言葉で、一同は黙りこくってしまう。
「アルフォンス様!?」
アルフォンスは説明を終えるととうとつに地面にひれ伏した。
「申しわけございません、勇者さまの留守をあずかる身でありながら役目をはたすことが叶いませんでした」
アルフォンスの懺悔にイリーナも戸惑っている。
「なんだ、らしくもない! おまえがダーレッドと一緒になってティアンを痛めつけててもボクは驚かなかったぞ?」
──それはさすがに言いすぎなのでは!?
たしかにアルフォンスの素行は周囲からも批判の対象にされることが多い。
けれど、彼が精一杯かそれ以上のことをしてくれようとしたのをわたくしは知っている。
ニコランドとしてつねに周囲を警戒してくれた。
窮地にはその身をかえりみずがむしゃらになって戦ってくれた。
風貌から怪物じみても見えたけれど、正体をしればそれが必死さのあらわれであったことが分かる。
全身全霊で守ろうとしてくれた。
彼はわたくしの有様に自責の念を募らせ、くい止められなかったことを後悔している。
自分はすでに命を失っているのに――。
「……申しわけありませんでした。わたくし、さきほどはサプライズがどうと言いましたけれど、いまはとても感動しています」
敵は騎士団そのもの、護衛が暗殺者なのだから寝首なんてかき放題だ。
アルフォンスの力不足ではない、個人の力でそれを阻止することは不可能だった。
ここまでの悲劇は彼のせいではない、そのがんばりは賞賛に値する。
それでもアルフォンスは平伏したまま動かない。
「頭あげろよ、ティアンが怒ってないものをボクをふくめて誰もとがめられないよ」
イリーナの言葉はわたくしのそれよりもアルフォンスに響いたにちがいない。
彼がわたくしを守ろうとするのは彼女との約束ありきなのだから。
「──できればさ、おまえが正気のうちにその黒騎士とかいうのをぶっ倒そうぜ」
イリーナはそう言ってアルフォンスと拳を突き合わせた。