悪魔封印の跡地でイリーナたちとダーレッド・ヴェイルひきいる精鋭部隊が対峙する。
「なんだ、戦力になりそうなのは大男がひとりで、のこりは女、子供、そしてカタワじゃあないか!」
ダーレッドが援軍を嘲笑した。
イバンが「こどもぉぉ?」と異議を唱える。
少年のように小柄だけれど、彼の年齢は騎士長とそう変わらない。
「そんな珍妙な顔ぶれでは誉れ高き我らの相手はとうてい務まらんよ!」
ダーレッドの態度も当然。
上級騎士に相当する手練の十二名を相手に、こちらはもはや歩くことすらかなわない私をふくめたたった五名。
イリーナとイバンは実戦経験があるとはいえ戦闘員かといえばそうではない。
アルカカは達人と聞いているけれど片手、片足の先がない。
闘技場で大剣を振り回していたのは昔のことで、いまは片手でとり回せる手斧という小振りな武器をあつかっている様子。
だとしても、矢おもてに立ったオーヴィルの二メートルをこえる刃はたのもしい存在感を放っている。
「死にたいやつからまえにでろ」
彼のひとことは騎士たちからうすら笑いをかき消した。
勝ち負けは抜きにしても、自分の命をおびやかす存在であることを皆が感じとったに違いない。
「たかだか数名、オーヴィル・ランカスターはとりかこんで無力化し、雑魚の掃討後、全員で対処する」
ダーレッドも彼を脅威と認識しているようだ。
騎士たちが指示にしたがってわたくしたちを包囲するように散らばる。
経験豊富な彼らは人数の有利を過信したり、加減をくわえるようなことはしない。
彼らの目的は最終的な勝利ではない、一人の犠牲もださずに任務を遂行することこそを最上の結果としている。
「気をつけて、彼らは騎士団の精鋭部隊です」
確認するまでもない、イリーナは「そうだろうね」と答えた。
想定していないはずもないけれど、ここまでその有能さ見せつけられてきたからこそ伝えずにはいられなかった。
あらくれ者や野生の獣を相手にするのとはわけがちがう、敵は集団戦闘のプロフェッショナルだ。
わたくしたちはあっという間に騎士団のつくる円陣のなかへと押し込まれてしまった。
こちらの一番の戦力がオーヴィルだとして、彼が攻勢に出てしまえばわたくし達は身を守りようがない。
「大仰な啖呵を切ってくれたが袋のネズミだな、女王派の曲者どもをもろとも始末できる好機をあたえてくれてありがとう!」
ダーレッド・ヴェイルが高らかにうたった。
「包囲されましたけど、いいんですか!」
不安そなイバンにアルカカが答える。
「ならばすこし散ってもらおう」
そう言って義足の男は無造作に突出していく。
長年、片足だったとは思えない自然な、それでいて落ちついた歩調で騎士たちとの距離をつめていく。
騎士たちが困惑し、わたくし達も理解がおいついていない。
アルカカが駆け出していたら戦闘に突入していた。
けれど、預かりものを手渡しにでもいくかのように無防備に歩きだしたので対応に困っている。
騎士たちは包囲という指示を堅守する都合、アルカカの突出に対して輪を広げざるを得ない。
手がとどく位置に来てダーレッドが攻撃命令をくだす。
「やれ! デルボルト!」
彼にとってはおあつらえ向き、そこは調査隊最強の剣士デルボルトの正面だ。
「俺のまえに立つとは運のないやつだ!」
デルボルトの巨躯は目立っている、アルカカはむしろ相手が分かっていて直進したのではないだろうか。
それは迷いのない足取りにあらわれている。
「うおおお!!」と、巨漢の騎士が吠えた。
絶好にの位置だと、アルカカの頭部に向かってその剛腕で上段から剣をふりおろす。
つぎの瞬間、アルカカの手斧が上から左へと半円をえがくと絡めとられた剣が横を素どおりして地面をたたいた。
ちょっと体制がくずれた、そんな表情のデルボルトの左胴をアルカカの手斧が一閃する。
受けと攻めのきりかえがすみやかで、剣をふりおろしたデルボルトが勝手につまづいて前のめりに倒れこんだように見えた。
そしてピクリとも動かなくなってしまう。
片手の戦士は嫌味たっぷりに周囲を挑発する。
「なにかあった?」
直後、直近の騎士がアルカカの背後から襲いかかる。
しかし振り向きもせずに放たれた手斧に頭部を二分割されてあっけなく絶命した。
一瞬の出来ごと。
「──手ごたえがないな。雑魚に気を使ってくれたところわるいが、もっと使える奴をよこしてくれ」
デルボルトは腹部から内蔵を飛び散らせて血だまりを作っている。
それがダーレッド隊最強の剣士。
片手の小男があっというまに二人を撃退した光景に調査隊は静まり返った。
それだけ倒された騎士のつよさに信頼をおいていたに違いない。
アルカカは悠々と手放した手斧を回収、そして騎士たちに向かってひと言。
「おい、まさかやめてくれよ。おまえたちは女を嬲るのに特化した部隊かなにかなのか? だったらなぜウチのニケを仲間はずれにしたんだ、女を嬲る部隊としての誇りはないのか?」
誇り高き騎士団の精鋭に対して最大限の侮辱の言葉。
「すっごく口がわるいですね、あのひと……」
仲間のイバンすら戸惑わせたほどで、それにはイリーナも同意する。
「思ってるほど実力が認知されていないことに剣闘王者としてのプライドが傷ついたんだろう……」
オーヴィルが警戒されている横でふつふつと怒りを感じていたらしい。
「こっちもはじめていいか?」
反対側は任せられると判断したオーヴィルがアルカカと対角線上、逆方向に突出する。
戦力が分散したことで包囲作戦は意味をなさない、ダーレッドは作戦の変更を伝える。
「二手に分かれろ! 五人でランカスターと、四人で手斧の男を制圧するんだ!」
すくない数を割り当てられたアルカカが舌打ちをまじえながらかまえる。
「……まだ俺を怒らせ足りないのか?」
「代わってくれてもいいぜ」
消極的な返答をしつつもオーヴィルの態度は余裕に満ちていた。
オーヴィルとアルカカが敵をひきつけてくれたことでわたくしたちへの包囲は解かれた。
「ティアンにできるかぎりの手当てを、止血をいそいで」
イリーナの指示にしたがってイバンが荷物袋から道具をとりだす。
「イバンさんご無事でしたのね、わたくしはてっきり敵の罠におちたものと……」
「……それはですね」
無事をよろこぶわたくしに対してイバンは決まりが悪そうな態度。
そんな彼をイリーナがとがめる。
「言ってやれ、調査隊と合流できなかったのは、寝坊が原因だと。寝坊がッ! 原因だとッ!」
ことの真相にわたくしは拍子抜けした。
「もぉぉぉし訳ございませんっ!! 前日、あまりに気持ちがたかぶってしまい、なかなか就寝できず、気が付けば翌日、夜半過ぎにぃぃぃ!!」
平謝りしながらも止血の手をとめない手際には感心する、冒険家の彼は応急処置にも熟達しているみたいだ。
──そうかぁ、寝坊だったかぁ。
「でも、そのおかげでボクらの合流がスムーズにいったし道中で情報の整理ができたんだよね」
謝らせてからイリーナはイバンを擁護した。
黒騎士の件や地下迷宮探索の意味、それらの情報はすでに伝わっている。
きっとアルフォンスらの訃報も。
「くっそぉぉぉ!! 俺が寝坊さえしなければぁぁぁ!! ティアン様にこんな、こんなぁぁぁ!」
イバンは処置をつづけながら滝のような涙を流した。
わたくしは彼をなぐさめる。
「きっと、寝坊して良かったのです」
もし予定どおりの出発であったなら、ダーレッドが本性をあらわしたときにイバンは殺され、イリーナたちの合流は間に合わず、わたくしはここで死んでいた。
寝坊したことこそが幸運、本心からそう思う。
「さて、ティアンを頼むぞ」
そう言ってイリーナは立ち上がった。
オーヴィルたちの加勢に向かうのかと思ったけれど違う。
視線の先にダーレッド・ヴェイルが迫っていた。
「二人に任せて撤退するつもりだろうが、お見通しだ! 家畜以下の雌が!」
騎士たちに強者である二人を任せ単身で私たちを撃退しにきた。
この三人が相手なら一人でもたやすい──。
イリーナやイバンの実力を知っての狡猾な判断、そしてその目算はきっと正しい。
「ハッ、逃げる?」
イリーナは物怖じせずにそれを迎え入れる。
射出済みのボウガンを捨て、グラディウスを抜き放つと小振りなラウンドシールドをかまえる。
「おまえだけは始めっからボクが殺す予定なんだけど」