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二幕五場「終わらない殲滅戦」


教会の敷地を出るとそこは予想通りの地獄だった。


全方位で人の悲鳴と断末魔が鳴り響いている。


通りすがりの者、あるいは爆発で目覚めわざわざ外に確認に出てきた者も、リビングデッドに襲われ死んでいく。


逃げても追いつかれ、立ち向かっても力負けし、その場にうずくまり無抵抗のまま死んでいく者もいる。


そこの家には武装したリビングデッドたちが窓を引っ剥がし、ドアを叩き割って侵入して行った。


身を潜める者も睡眠中の者も皆、食い散らかされていく。


人々が悲鳴を上げて逃げ回り、転げ回り、派手な行動でリビングデッドの気を引いてくれる。


そのおかげで私への襲撃が最小限に抑えられた。


声を殺し身を潜め、、囮となっている人々を見捨てながら私は先に進んだ。


私が一人を助けるあいだに百人が感染するであろう状況で、できることはなにもない。



思えば勇者の護衛に着いて以来、単独行動は滅多になかった。


身軽だが心細い。


いたからといってどうということもない、一人の方がやり易いくらいだ。


情に流されて襲われる人々を助けようとする必要もない。


だというのに、以前なら無かった雑念が邪魔して私の心を苛んだ。


人々を見捨てて進む足取りが重い。


コロシアム収監から今日までに、多くの人と関わり過ぎたせいだろう。



イバンから聞いた目的地は現在地から城までの道中、貴族たちが住む高級地区にある。


歩いて行くには長距離だ。


リビングデッドの襲撃に気付いてもぬけの殻になるか、その区画が死者の台所になる前に到着する必要がある。


なんとしても『彼女』に会わなくてはならない。


この周辺はまだ教会から上がる大火が照明になっているが、夜半過ぎであり視界は最悪だ。


物陰から突然にリビングデッドが飛び出して来る恐れもあった。


新品のリビングデッドの頭をイバン宜しく拝借して来た手斧でカチ割り、先を急いだ。


華麗な剣さばきが身上の私がこじんまりした手斧を振り回す無様は不本意ではあるが、武器にはそれぞれ用途役割がある。


リビングデッドは脳を破壊しない限り活動を停止しない、四肢を落とそうが胴を両断しようが首だけになろうが動き続ける。


狙うは頭部の一点だ。


剣などは人間同士の駆け引きありきの武器。高い防御性能を誇るが、硬い物をただ割るだけならコレの方が効率が良い。


直線的に駆け寄って来るゾンビ。その頭部に真っ直ぐ振り下ろせば、道具はスムーズにその役割を果たした。


一見して容易に見えるかも知れないが、加減を忘れたリビングデッドは敏速にして獰猛だ。


いざと言うとき動きを止められるという保険がない者に、それをしろと言うのは酷な話ではある。


リビングデッドは生者には不可能な無理を加え、その怪力を発揮し、限界一杯の敏速さでガムシャラに動く。


それを恐れずに人間の形をした物の頭部に躊躇なく凶器を叩き込める者にだけ、撃退が可能なのだ。



「!?」


進行方向で人が襲われている、目と鼻の先だ。


私は見捨てて去ろうと踵を返し、それを撤回した。


進行方向であるということ、そして被害者が子供を庇って動けない母親であったことが回り道との天秤を左右した。


「頭を下げてっ!!」


私は折り重なって地面に這いつくばる母子に呼びかけ、圧し掛かろうとするリビングデッドの頭に手斧を叩き込む。


頭蓋骨を粉砕する衝撃で手のひらと手首が悲鳴をあげた。


リビングデッドが活動を停止するまで押さえつけながら、母子に指示を出す。


「速く、遠くへ! できるだけ教会と反対の方向へ走って!」


母親は恐怖に引きつった顔で「ありがとうございます! ありがとうございます!」と何度も礼を言いながら、子供を抱きかかえて走り去って行く。


助ける意味もない。どうせこの道の先、あるいは曲がった角の先で食われて感染する連中だ。


私はただ進行方向の障害物をどけただけに過ぎない。


腕の下でガクンガクンとリビングデッドが跳ねる。


「くっ、浅かったか!」


押さえつける腕に掛かる力が弱まらない。


体制が悪かったせいか疲労からか、上手く刃が食い込まなかったみたいだ。


あらためて深く打ち込むべく、リビングデッドの肩を押さえて突き刺さった斧を引き抜こうとする。


――したが、手が得物からすっぽ抜けた。


「しまった!?」


抵抗する力が強く、暴れる手足に巻き込まれて転倒したのだ。


武器は奴の頭に刺さったままだ。


至近距離、背を向けて逃げようとすれば状況は悪くなる。

次の手を決断する間もなくリビングデッドが獣のような唸り声をあげて覆い被さって来た。


母子を救ったのは身のほど知らずな行動だったのか――。


私は後悔し、死を覚悟する。


ドカカッ──!!


瞬間、見上げていたリビングデッドの頭が砕け散った。


大きなものが私の横を高速で通り過ぎて行く。


過ぎて行ったものを追って首を捻る、視界の先には騎馬が一頭。

その上にフルアーマーの騎士がいてこちらへとゆっくりと旋回してくる。


手にした馬上槍、ランスが突撃によりリビングデッドの頭を吹き飛ばしたのだ。



馬上の騎士が私に呼びかけた。


「アルフォンス殿ではありませんか!」


装備から立派な騎士であるとうかがえる。


王都に残っている正式な騎士は十数人程度、どこかで接点があったのだろう。


あいにく私の方は彼をおぼえてはいなかったが、最低でも小隊の指揮官クラスに見受けられる。


完全装備の騎士が単独で行動しているというのはどういうことだろうか。


もともと戦場ではない夜間の城下でだ。


私は返答と同時に質問をする。


「助かりました! 騎士団の動向はどうなっていますか?!」


騎士は答える。


「被害の拡大速度が凄まじく、隊としての行動が追いつかないため全騎分散し確固に撃退に努めているところです! 順次出撃し間もなく全隊が動員されると思います!」


驚くことに騎士団はすでに出撃準備を済ませ、部隊を展開しはじめているという。


私は素直に感心した。


「すごい……! なぜこのタイミングに襲撃があると?」


騎士は詳細を教えてくれる。


「捜査を教会に任せて浮いた人員を教会の監視に充てるようチンコミル将軍から指令が出ていたのです。

戦闘後と思われる聖堂騎士団が荷車を搬入した時点で報告し、事情を聴くために呼び出した司教が不死者だったことで出動命令が出ました。


我が隊は教会に踏み込むため派遣されたのですが一足遅かった……」


騎士は無念そうに言った。 


「いや、これ以上ない迅速な対応だと思います」


誰も教会を疑いなんてしない、監視していただけでも上出来だ。


不死の軍勢の進軍もマリーの気まぐれで突発的に決行された。


その時点で騎士団は行動を開始していたのだ。


相手の進軍決定よりも先に出陣していた、騎士団は最高の仕事をした。


最高の仕事をしたが、力が及ばないというだけのことだ。



「馬を貸しては頂けませんか? 急いで向かわねばならない所があるのです」


私は無理を承知で願い出た。


この修羅場でおそらく指揮官クラスの騎士から機動力を奪うのだ、とても承服されるとは思えない。


思えなかったのだが、騎士は「どうぞ」とためらわずに馬から降りた。


「良いのですか?」


申し出ておいてなんだが、あまりにも速やかに承諾が得られたことに戸惑った。


騎士は答える。


「私にはもうこの局面を打開するどころか次に取るべき道筋もわかりません。なにか思い当たるのであれば、どうぞ我が愛馬をお役に立ててください」


この信頼はおそらく私を勇者の従者と見込んでのものに違いない、このまま馬に乗って逃走するだなんて思いもしないのだろう。


「ありがとうございます。期待に沿えるか自信はありませんが、できる限りのことをしようと思います」


私は礼を言って馬に跨ると、すでにリビングデッドの巣窟と化した区画、地獄の真ん中に命の恩人を放置して走り去った。



騎馬のおかげでリビングデッドを先行し、まだ被害の出ていない場所を抜け、高級地区まで辿り着くことができた。


リビングデッドが雪崩れ込んで来るまで、もうしばらくはかかるだろう。


――目的の屋敷を見上げる。


区画に入った直後は迷うかとも思ったが、外に使いの者が待ち構えていて誘導してくれた。


依頼主もどうやら私の到着を待ちわびていたらしい。


玄関に招き入れられると、その人物はすぐに姿を現した。



「アルフォンスぅ! ずいぶん久しぶりだねぇ!」


非常時に陽気な態度が鼻につくが、まずはその姿に驚く。


「……マリー!?」


そこには教会で会った老父ではなく、記憶にある若い娘の姿をした妹が立っていた。



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