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一幕四場「インガ族の戦士」


ウロマルド・ルガメンテ、勇者がコロシアム絶対王者の名をつぶやいた。


襲撃者が人知の及ばぬ怪物でもない限りは、すでに敗北した聖騎士二名とその隊があれば警備状況は万全と言えたはずだ。


他に知っている人物がいないところからの発想なのだが、たしかにそれくらいの人物でなければこの報告には説得力がない。


敵本拠地の単騎襲撃と聞いて『皆殺し』という不名誉な異名を持つ知人の顔が思い浮かんだが、彼はインガ族ではないので除外される。


「襲撃者は闘技場の英雄ウロマルド・ルガメンテでしたか?」


マリーの確認に修道士は首を捻る。


「いや……インガ族の男というだけで、私はあのような場に足を運んだことがありませんので判別はできませんでした」


ほとんどの偉人は勇名だけが広がり実際にその姿を認識される機会は限られている、地方に行けば国王の顔だって知らない者だらけだ。


人類最強と称される男すら剣を交えた相手か闘技場の客くらいにしか知られていない、しかし皇国の誇る聖堂騎士団を蹴散らし聖騎士を二人も撃破できる者を彼以外には想像できない。


「ボクたちを助けに来たのかな?」


勇者が同意を求めてきたが確証はない。


剣闘士時代、ウロマルド・ルガメンテは我々にとって敵であり最大の障壁だった──。


偶然居合わせた酒場で救われたこともあるが彼とは明確に仲間と呼べるほどの付き合いはなく、この込み入った現状を把握しているとも思えない。


拉致現場を目撃していたとして、よし教会を襲撃しよう! という思考にいたるプロセスは想像できない。


「護衛部隊の報告を受けて現状を把握した騎士団、あるいはティアン姫が差し向けた救援という可能性も考えられないことはありませんが……」


それも疑わしい、騎士団と教会の衝突を回避するため部外者に救出を依頼したとして、なおさら正面突破などを命じるはずがない。



「おのれ! 大胆にも正面からの罪人奪還を試みるとは!」


聖騎士ミッチャントが怒りをあらわにした、しかし報告にきた修道士はそれを否定する。


「ところが、襲撃者は二人とは無関係の様子で」


「「えっ!?」」と、勇者と私の反応が被った。


教会襲撃は私たちとは無関係──。


ならば皇国の象徴たる教会を単騎襲撃する意図はなんだ。


「襲撃者の要求は聖騎士との決闘です!」


ウロマルドの要求は聖騎士との決闘──。


その真実に私と勇者は驚愕する。


「まさか、強そうな相手がいる場所に喧嘩を売りに来ただけ……?」


「狂っているとしか思えない!」


どうやらコロシアムの閉鎖に伴い対戦相手に困窮しての凶行という結論。


「面白い、では客人を出迎えに上がりましょう」


報告を聴いたマリーは揚々と立ち上がり、ミッチャントがそれをさえぎる。


「なりません、大司教は安全な場所に身をお隠しになってください!」


しかし、リビングデッドと化したミッチャントは【死霊魔術】の効果で妹の意思には逆らえない。


「余計な心配をするな、従え」


「はい、かしこまりました」


例によって術者の一言で傀儡の意見はひるがえされた。


不死であるマリーに命の危険が及ぶことはない、ならば好奇心が優先されて当然だ。


「望み通り聖騎士を連れて参上すると伝え、襲撃者を礼拝堂に誘導してください」


マリーは修道士に指示を伝えると、楽しい催しに出向くかのように満面の笑みを浮かべて歩き出した。



不測の襲撃に対して招集できた兵力は聖騎士一名に修道士十数名、つまりミッチャント隊のみだが、彼らはニケ上級騎士ひきいる護衛部隊を壊滅に追い込んだ精鋭たちだ。


私たちは連行されるかたちで大聖堂へと移動、そこで襲撃者と対面を果す──。


白を基調とした荘厳な建築内、豪奢なステンドグラスを背に二本の大剣を携える黒褐色をした武力の体現者の姿は神々しくさえある。


神聖と暴力のコントラストが強烈だ。


予想は的中、勇者は襲撃者に呼びかける。


「ウロマルド・ルガメンテ!」


聖堂騎士団の精鋭たちが一斉に取り囲んだところで絶対王者は一切動じた様子がない。


「──まさか、ボクたちを助けに来てくれたの!」


申し訳なさそうに勇者はたずねた。


だとしたらこれほどの無茶をさせたことに罪悪感を抱くのが当然、しかし両手を拘束されたわれわれにこの囲みを突破できるわけもなく、彼の力を借りずして現状を覆す術はない。


形振りなど構ってはいられない、ここは彼の厚意に甘えるべきだ。


──がんばれウロマルド・ルガメンテ!


勇者の呼びかけを受けてウロマルドが答える。


「勘違いしないでよねッ!!」


屈強な肉体から放たれた声はまるで重力に干渉するかのような重みを纏って場を張り詰めさせた。


「勘違いしないでよねって言った、低音で!?」


勇者が取り乱しているが私にはなにが意外だったのか理解できない、ウロマルドの発した言葉に矛盾はない、ニュアンスが気になったのならばそれは勇者の語彙力の問題だ。


襲撃者は目的を明らかにする。


「我は闘争に来た! 常に窮地に身をさらしておかねば成長はとどこおる、我らは鈍り、老い、朽ちる、停滞は維持ではなく退化だ!


死闘を繰り返さなければ弱体の道を辿るが道理、我は全盛期をとうに過ぎ弱り続けている、しかし全力を尽くすに足る相手が見つからぬのだ!」


弱い者と戦っても経験値にならない、最強ゆえに全力を振るう機会がなく運動になる相手すら見つからない、それゆえに弱体の一途を辿っているとウロマルドは主張した。


「神の使徒よ、我と闘え! 我は神を殺しに来たのだ!」


その一言に勇者は驚嘆する。


「さすが、人類最強の価値観はボクごときの理解がおよぶ段階にはないな……」


「ただのダジャレですよ」


正確に伝えることより韻を踏むことを優先して話している以上、本位からねじ曲がっている表現もあると思われるが、彼はたしかに喧嘩を売りに来ただけだった。


「用件はうかがいました、では望み通り存分に力を振るっていただきましょう」


マリーの合図に従い修道士が礼拝堂のすべての扉を施錠、逃走を封じて確実に袋叩きにしようという算段だ。


──これは都合が悪いな。


避難所としても想定される礼拝堂の扉は頑丈だ、騒ぎに乗じての逃走も視野に入れていたのだが、そのためには修道士の誰かが持っている鍵の回収が必須となってしまった。


マリーが絶対王者を挑発する。


「あなたをここまで誘導した理由がわかりましたか?」


密室にして逃走をふせぐため、それにくわえて礼拝用の長椅子が等間隔に並べられたスペースは動きがかなり制限されることが想像できた。


絶対王者は歯牙にもかけぬ様子で答える。


「闘争の場所を選ぶようでは戦士失格だ」


非常に頼もしいがこの多勢に無勢ではまったく安心ができない、特に騎士ミッチャントの強さは破格だ、もしも彼が闘技場に参加して頂点をとったとしても私はうたがわないだろう。


騎士ミッチャントがウロマルドの前に立ちはだかる。


「蛮族の戦士! この大聖堂での暴虐の数々、神への冒涜とみなす!」


闘技場の英雄に敬意はない、聖堂騎士団は不信人者を全力で排除する。


十五人の聖堂騎士団が一斉に武器を構え囲いを詰め始めた。


ウロマルドは宣言する──。


「我は神を殺しに来た、神の加護を持って敗北したならばそれを信仰の死と受け止めよ!」


ダジャレだった。



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