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三幕五場「聖騎士」


私と上級騎士ニケが見守るなかで勇者は意識を取り戻す。


「痛ったたた……」


皮膚が裂けて流血していたが骨折は無さそうだ、さいわい私の研究室は止血用の道具と包帯には事欠かない、それで勇者の頭をぐるぐる巻きにしてやったところだ。


「意識はハッキリしていますか?」


無理もないが、勇者は朦朧とした様子でコチラを見ている。


「……なんだっけ、ボクはたしか『聖竜』を祭る巫女で断崖をつなぐ吊り橋の上で儀式を――」


訳の分からないことを言い出した。


「勇者様は巫女ではなく救国の英雄です、私たちと一緒に悪王フォメルスを討伐したじゃないですか」


混乱する勇者に記憶の手掛かりを提供すると、彼女はほうけ顔でつぶやく。


「……ループ物?」


「それ、すごい既視感があります」


思えばコロシアム時代から何度目の気絶だろう、つまりはそれだけ能力に見合わない窮地に立たされているということであり、無茶を強いているのは他ならぬ私なのだ。


「あ、そうか戦闘があったんだ……」


勇者は周囲を見渡して状況を理解した。


治癒術師の死体が三つも転がっているのに傷の治療がままならないのはナンセンスだが、生かしておいたところで協力は得られなかったに違いない。


倫理観の布教を担う教会の使徒たる聖堂騎士団だが、指針が明確であるがゆえに話し合いが通じる相手ではない。


「頭を打っているので気をつけてください」


頭部への衝撃は目に見えないダメージを脳に与えていることが不安視されるが、安静にしている場合ではない、上では聖堂騎士団と護衛部隊が開戦中だ。



「のんびりしている時間はないね、上に加勢に行かないと」


部隊長のニケをここで遊ばせておく訳にはいかないし、かといって彼女を一人先行させた場合、不測の事態を私一人で勇者を守り切る自信もない、部隊との合流をはたすべきだ。


今回ばかりは相手が悪い、彼らは蹂躙のプロなのだ。


勇者は立ち上がろうとするが「うう、立ち上がれない……」と、体が自由にならないことを訴えた。


「仕方ありませんね」


私は彼の肩と膝の下に腕を通すとヒョイと抱え上げた。上まで運んでやろうという親切心からの行動だ、しかし勇者は思いのほか激しい拒否反応を起こす。


「お姫様抱っこやめろぉッッッ!!?」


ひどくうろたえて語気は強いが、弱っているので大した抵抗はない。


「背負って運んだほうが体が密着して良いのですが、振動が勇者様の怪我に良くなさそうなので、これで我慢してください」


半分は建前だ、だって頭を打った人間は低くない確率で吐くでしょう、背負った状態でそれをされたら堪らないというのが本音だった。


「くぅぅ……」


納得はしていない表情だが足を引っ張っている手前、勇者は黙して耐えることにしたようだ。


しかし、階段を登っているあいだも「死にたい……」と、私の腕の中で悲痛な面持ちで繰り返しつぶやき、しまいには「こんなのってないよ、あんまりだよ……」と言って、泣き出してしまった。


――そんなに? 私に抱えあげられることはそれほどまでに苦痛なんです?


嫌われているにしても有事であり必要なボディタッチだ、ここまで拒絶することはないだろうに。


――なぜだっ!! 私は天才だし容姿だって整っているじゃあないかっ!!


むしろ心に傷を負うべきは私のほうだと思うのだがどうだろう。そして、それすらもちょっと快感な自分がいる事実は新鮮だと言えよう。


階段を上がりきると私はそこで勇者を降ろした。否、突き放された。


「その、両肩を抱え込んで『汚された!』みたいな眼差しでこちらを睨み付けるのをやめてください……」


理不尽だ、戦闘になるだろうから降りてもらって正解なのだが腑に落ちない感情はある。



「戦況はどうかな?」


ニケがつぶやいた。


皇国騎士を含む護衛部隊にとって野盗程度はたいした脅威にもならない、しかし相手が聖堂騎士団となれば話は違う。


チンコミル将軍に推薦された優秀な騎士で編成される部隊と言えど、教会の最強戦力たる【聖騎士】と張り合えるかは疑問が残る。


現在騎士団において騎士の称号を冠するのは準騎士以下を除いた百八十名、比べて教会において騎士の称号を持つものはたったの十二名。


聖騎士とは【真に選ばれた者】の称号だ。


そのパフォーマンスは騎士団における騎士長に匹敵すると言われ、彼らはつまりヴィレオンやチンコミルに比肩する強者と考えて間違いない。


ニケの問いかけに私は楽観的な回答をすることはできなかった。



交戦中の護衛部隊と合流すべくエントランスを抜けて広場に到着、そこで私たちは絶句してしまう。


護衛部隊はすでに全滅していた――。


広場には十数人規模の殺し合いがあった現場と言う以上に凄惨な光景が広がっている。

騎士たちの死体は徹底的に破壊され、それが過剰な感情の発露と勝利以上の目的を浮き彫りにしていた。


「そんな……」


勇者が声を絞り出した。


彼らとの交流は短く親睦が深かった訳ではないが、その凄惨な光景には衝撃を禁じ得ない。


一方、深いつながりのある人物を見失ったニケが叫ぶ。


「アルカカっ!! アルカカ、どこッ?!」


欠落を感じさせるほどに動揺を見せてこなかったニケが感情をあらわにした、それによって全滅した彼ら同様の窮地に自分たちを追い込む。


護衛部隊を八つ裂きにしていた修道士たちが私たちを取り囲んだ。


死者たちを儚んでいる暇はない、私たちはいま絶対絶命だ。


逃走を許すまいと私たちを完全に包囲する修道士たち、その背後で悠然と指示を飛ばしているのが【聖騎士】に違いない。


敵は聖騎士をふくむ聖堂騎士団が七人。ニケが聖騎士と対峙したとして、私と勇者で修道士六人を相手取るのは到底不可能だ。


「この――ッ!」


上級騎士ニケが怒りもあらわに飛び出そうとする、勇者がそれを体を差し込んで制止する。


「なんだか、様子がおかしい」


確かに、この状況で聖堂騎士団がこちらを一網打尽にするでもなく遠巻きにしている目的が不可解だ。


修道士たちを制して聖騎士が私たちの前に歩み出る。


「お初にお目にかかる勇者イリーナ!」


指揮官の目印として羽織った純白のマントは返り血に染まり、自己主張からかチェインメイルのフードを外し頭部を露出している。


三十半ばだろうか、信心深そうでいて精悍な面構え、佇まいには上品さと余裕を備え頼りになる好漢といった印象だ。

自信に満ちた振舞から、さぞ部下や民衆の尊敬を集めているだろうことが想像できる。


修道士たちとは装備も異なり、盾もフレイルもなく両手用の巨大な戦槌を片手で軽々と担いでいる。


「――私は聖騎士ミッチャント!」


蹂躙するだけの兵隊たちと違って指揮官には多少の礼儀がある様子、話し合いの余地ができたと見て私は抗議する。


「聖騎士殿! 救国の英雄イリーナ様への狼藉は女王ティアンが黙ってはいま――!?」


「黙れェェェい!! この邪悪の使徒がぁぁぁッ!!」


騎士ミッチャントが怒号を上げ、私は委縮してしまう。


「……黙ります」


問題を私ではなく勇者を標的にしたものにすり替え、即位前の姫を女王と盛ったにも関わらず説得の成果は得られなかった。


「我々は主と教会の理念に殉じる者なり、たとえ国家元首といえど神の意思に反する指針に従う道理などない!」


どうやら対話が出来るのはポーズでしか無く、交渉の余地は無さそうだ。



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