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三幕四場「聖堂騎士団」


ワンフロアを占める研究室は広いスペースだ、しかし五人が大立ち回りを演じるのにはやや窮屈か。


私は距離をたもちながら一対一に集中できるよう適切な位置まで相手を誘導する、対峙するのは先ほどニケに顔面を一突きにされた男、修道士Cだ。


大剣で頭部を貫通された彼が魔術を使う素振りもなく復活したことから、自動で発動するタイプの【治癒魔術】が付与されていると推測できる。


即死に到らないダメージは即座に回復してしまうということだ――。


敵との間合いが詰まっていく、強硬派の彼らが慎重になっているのは上級騎士ニケの攻撃に驚異を感じたからだろう。


買いかぶってくれているようだが、私にはあんな怪物じみた動きはできない。


万全な武装の修道士に対して私の武器はありふれた片手剣一本、防具に制限があったコロシアムならばともかくメインウェポンとしては心許ない。


準備不足をとがめられそうだが長距離を移動するのに荷物を増やしたくなかった、今回ばかりは護衛部隊に任せておけば自分の出番などないと思っていたのだ。


――いや、考えが甘かった。


敵は即死さえしなければ不死身であるうえに斬撃無効の装備をしていて、刺突、打撃は有効だが切断などの致命的なダメージは与えられない。


この鉄の塊を全力で叩きつければ膝や前腕の骨はたやすく砕け、頭蓋骨を割ることだってできる。


有効部位はやはり頭部だろう、露出しているのは顔面のみだが頭蓋に対する打撃は有効だ。

それにしても縦長のシールドをかいくぐって当てるにはあまりにもマトが小さい、弱点への対処も万全というわけだ。


――しかし、二重の意味で狙いにくい……。


明確化された弱点は言わば狩猟罠の上にぶら下がった餌、敵の狙いがわかればカウンターをとるのは容易い。


――さて、どう攻略するか。



「よろしくお願いします」


攻撃の間合いに入ると私はていねいに挨拶をしたが、相手は不愛想に無言を貫いている。

試合じゃあるまいしとも思うが、禁術使いと交わす言葉など無いということだろう。


【治癒魔術】は奇跡で【死霊魔術】は呪いという認識か、私から言わせればメジャーとマイナーの差でしかないのだが。


さて、相手の武器はフレイル。


持ち手からぶら下がった鎖の先端に殴打用のオモリが付いている鈍器、遠心力を利用して破壊力を得る打撃武器、対峙するのははじめてだ。


構造上、攻撃のたびおおきく振りかぶる必要があるだろう、動作の差から速度ではこちらが勝る、注意すべきは振り子による変則的な動きだ。


威力を得るために修道士Cがフレイルを大きく振りかぶる、裸ならガラ空きの胴を抉りに行くところだが、積極的に盾を振り回してくる。


二合、三合と攻撃を交わす。


タワーシールドが小振りなのはそういうこと、これはつまり二刀流だ、盾で殴りかかって相手の剣を弾きフレイル攻撃の機会を探っている。


私はヒラリヒラリと相手の攻撃を回避する。


立ち回りを一見すると私の方がうわてに見えるかもしれない、闇雲に突進を繰り返す彼よりも回避に専念する私の方が洗練されて見えるだろうからだ。


しかし、そうではない。


不死身を盾に相打ちも辞さない覚悟で組み掛かって殴り殺す、彼らの戦法には攻撃を食らうことすら織り込み済みなのだ。


修道士Cは盾を振り回して突進を掛ける、私は距離を取って遠巻きにすることで攻撃をかわした。


防御に意識をさかない大雑把な挙動、付け入る隙はあるが即死させられない攻撃を当てる意味は薄い。

魔力の消耗を狙う手もあるが、一足一刀の間合いで一方的に攻撃を当て続けられるほどの実力差はない。


相手と違って私はぞんがい簡単に死ぬのだ。


腕であれ足であれ一撃受ければパフォーマンスを損なう、たとえ軽傷でも能力の低下を招けば相手にトドメの機会を与えることになる。


「――ぬうッ!?」


今のは危なかった、間一髪で敵の攻撃を回避できた。


両手に武器があることで二択が生じる、加えて彼らは第三の選択肢を迫って来る。


どちらを使ってくるか、否、両方使う。


フレイルの振り子打撃、シールドバッシュ、合間にフレイルの関節を利用して目隠しにした盾の裏から攻撃するという器用な不意打ちを交える。


ただでさえ軌道の複雑なフレイルによる攻撃の手元を隠しての攻撃、逃げ腰の戦法でなければ避けられない。

棒状の武器ならば問題もなかった、しかしフレイルの動きは変則的、受け止めた盾や武器の側面から慣性を使って襲い掛かってくる。


さすがは聖堂騎士団の長い歴史と共に磨かれた戦法と合致させた装備、技の引き出しは多そうだ。


いずれは相手のペースに押し切られる、なかば圧に負ける形で手を出してしまう。


「ふん!」


大雑把な防御の隙を縫って長剣を文字通り頭部に叩きつけた。頭蓋骨陥没か脳挫傷か、本来ならばただでは済まない攻撃だ。


しかしそんなことは織り込み済みの特攻、修道士Cは数歩下がっただけですぐに体制を立て直した、魔術が同時進行で怪我を治癒しているのだ。


その姿はまるで知性、理性を備えた理想的なリビングデッドのようだ。


「こんなことを言うと怒られてしまうでしょうが、やはり我々は親和性が高いと思いますよ?」


案の定、逆鱗に触れたのか修道士Cは雄叫びを上げて打ち掛かってくる、私はそれを真っ向から剣で受け止めてしまう。


「おわわっ!?」


即座に失策に気付き思わず声を上げてしまった、判断を鈍らせたのは敵の雄叫びのせいだ。


戦闘経験のない者には戦闘中に大声を出すことが滑稽に見えたりもするだろう、しかし声を発することによって生じる利は多い。


自らを鼓舞し相手を委縮させる精神的な効果も見込めるし、自らの筋肉の緩急にも作用する。


私は辛うじてフレイルの強打から逃れたが、受けた剣がフレイルの鎖に巻き取られてしまった。

敵は上から剣に圧を掛けて私の右手の自由を奪う、手際の良さからこれが得意な体制であることが伝わってくる。


互いの武器を封じておいて、自由になっている盾のほうで殴打する寸法だ、鉄で補強された四角いシールドの角は十分な殺傷力を持っている。


メインウェポンであるフレイルを囮にシールドでトドメを刺す、これが必勝パターンの一つ、つまり次が必殺の一撃。


――集中しろ! ここで気を抜けば死ぬぞ!


武器の解放に手間取えばクリーンヒットされる、剣を捨てればシールドバッシュの攻撃範囲から逃れることはできるが、丸腰になれば後の展開で致命的な不利を招く。


思考する暇はない、私はとっさに剣の鞘を刃とそれに絡まる鎖のあいだに差し込むようにあてがうと、フレイルの柄を押しやって剣を抜き取る。


抜き取った動作の反動で右足を軸に一回転、先ほどまで私の頭があった場所を必殺の一撃が通り過ぎた。


――紙一重。


剣を放して下がっていればそれがもっとも安全だった、しかし最善手と思われる行動は相手も予測しやすく対策を用意している可能性が高い。


そこには最善手へと追い込む【罠】が貼られている可能性がある、相手の得意な型ならば尚更だ。


コロシアムでの敗戦は良い教訓になった。最善手を選択してはならない、裏を欠かなくては決闘には勝てないのだ。


それでもまあ、私ってば天才だから、相手の必殺技は逆転への好機に変える。


武器の解放と攻撃の回避、一呼吸で二つの成果を上げたことで、相手の攻撃終わりに私の攻撃はじめが間に合った。


敵は真正面、シールドの空振りで隙だらけになった顔面に思いきり剣を突き立てた。それは修道士Cの頭蓋骨を砕いて貫通し、脳へと達する。


文句の無い決着だ、コロシアムで観客に観せられる仕上がり。


しかし決定的な一撃を食らわせるも、傷口へと魔力が充足していくのが分かる。修道士Cの意識は完全に途絶えているが、魔術は自動で傷を治癒する。


「感心しますよ、技術の進歩は素晴らしいですね!」


意識が途絶えてなお機能している魔術に私は感嘆の声を発した。


しかし勝負は着いた、寄りかかることで辛うじて起立していた修道士Cを私は床に転がした。


彼はまだ生きている、しかし突き刺さった剣を取り除くことはできず異物で塞がらない傷に魔力を垂れ流し続けている。


いずれ魔力の枯渇と共に絶命するだろう。



――さて。


修道士一人ひとりの戦闘技術の高さを堪能した私は、ニケ上級騎士に加勢すべく状況を確認する。


「ニケ嬢!」


振り返った私を上級騎士ニケが賞賛する、そちらも決着が真近だった。


「イリーナの護衛の人、結構強いんだね! ちょっと待って、すぐ終わるから!」


どうやったのか、聖堂騎士団の手練れをすでに一人絶命させ、残った一人も池に転がしてその頭を靴底で水中に押さえつけている。


「……なるほど、溺死させてしまえば治癒魔術も無意味というわけですね」


ニケ上級騎士の足の下で抵抗をしていた修道士Aだが、もがく度にザクザクと背中を抉られ脱出を妨害される。


「しつっこいなぁ! んっ! おとっ! なしく! 死ねっ!」


そのつど激しく痙攣する修道士A、水中にある苦悶の表情は確認できないが地獄の形相であることは想像に難くない。


やれやれ、自分史上最高の名勝負を繰り広げたつもりが、護衛部隊隊長ニケの前ではそれすら格下のお遊びでしかなかったようだ。



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