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三幕二場「不死の完成」


「「ええっ!?」」


二人が驚くのは無理もないが、これは真実である。


この巨大両生類こそ大天才魔術師である私をして嫉妬するほどの才能を備えた、わが妹リングマリーの姿なのだ。


「いや、おまっ! 妹は肌ツヤが最高だとか気持ち悪いこと言ってるなとは思ったけどさ! これはそういう次元の問題じゃないだろ!」


そうは言うが、見ての通り。


「ツルツルで、テカテカでしょう?」


私が同意を求めると上級騎士ニケが感想を述べる。


「でも、ヌメヌメしてるよね」


この短い手足と、のっぺりしたツラがまえが見るほどに愛嬌があり。


「可愛いでしょう?」


「でも、ヌルヌルしてるよね」


いまいち望む賛同が得られない、私も馴れるまでには多少の時間を要したし仕方のないことなのかもしれない。


私が上級騎士ニケに同意を求める傍らでは勇者が妹に弄ばれている。


「ああああああッ!!!」


半年ぶりの来客にマリーも興奮ぎみらしく、勇者の上でゴロゴロと転がっていた。


――実に和む。


どうやら聖堂騎士団は私と母を捕らえたことで満足し、屋敷を荒らさずに立ち去ってくれたようだ、おかげで妹も無事で済んだ。


「苔を食べて命を繋いでいたようですね、良かった良かった」


「ニケはいったいなにを見せられているの?」


生き別れになっていた兄妹による感動の再会シーンだ。


妹の下敷きになっていた勇者がその柔らかい腹の下からようやく抜け出してくる。


「ぶへぇ……。ペットは、ハァ、家族だから……、妹同様の存在って、そういうアレ……?」


全身を粘液にまみれさせた姿がある意味では艶かしい、サラマン汁だが。


「違います」


さて、何から説明したものか。


「――ええと、私たちの研究テーマは不老不死だと言いましたね?」


「う、うん」


勇者は陳腐と言わんばかりの反応だったが、妹がヌルヌルになった理由、それは私たち兄妹の不老不死研究の根幹に由来する。


「不老不死を目指すに当たって両親は肉体の劣化を抑制、および停止する手段の模索をしていました。それはもう、切り取っては貼り付け、抜き出しては取り替え、沢山の素材を消費したのです」


「上のあれか……」


勇者が眉間にしわを寄せる。


老化の緩和については研究が進み、上手くすれば寿命を倍に延ばすことが可能なところまで漕ぎ着けることができた。


しかし数百年かけて研究した成果が、長寿であるエルフ族の十分の一も生きられないという事実に研究は行き詰っていた。


エルフ族の体に脳を移植すれば不老長寿の完成だ。などと、母が世迷言を言い出したことがあった。


それは理念的に抵抗があったし、いくら肉体が老いなくとも脳の寿命は保証されないという問題が解消されない。


それではただのエルフモドキ、不老不死と呼べるような崇高な代物ではない。


そういう発想もふくめて母とは馬が合わず、言い争うことがあった。


「もっとスマートな方法はないものかと、私たち兄妹は新しい方向性を模索しました」


死体を捏ね回すのも野蛮に思えたし、燃焼する肉体を劣化させずに維持する矛盾にどれほど膨大な魔力を要するかと想像したら途方もなかった。


「――そして、べつのアプローチに着手したのです」


マリーは私同様に天才だった、一歩先を行っていたと言える。


「べつの?」


「つまり肉体の保存ではなく記憶の保存と移行、肉体の不死ではなく精神の不死についての研究を開始しました」


記憶を持ち越すことで肉体が朽ち果てても次代を生きることができる、依り代の脳を利用することで新鮮な状態に立ち返ることができる。


ここまで言って勇者は妹の真実に気が付く。


「……つまり、このオオサンショウウオに!」


「わが妹リングマリーの記憶が移行されています。そう、彼女はついに【不死魔術】を完成させたのです」


そう、勇者の現状が証明しているように、依り代さえあれば肉体が死を迎えた者さえ現世での活動が可能になる。


依り代が寿命を迎えるたびにべつの脳に記憶を移行すれば、理論上は無限の時を生きられる、それが妹の魔術のコンセプトだ。


「……まさか、眉唾話と馬鹿にした不老不死が完成してたなんて」


驚愕する勇者、考えることを放棄しているニケ。


「――でもそれってさ、記憶を移しかえるたびに摩耗したりしないもんなの?」


たしかに記憶の保存が不完全ということになれば、完全な不死とは言えない。


だが記憶の移行段階までは成功している。大きな欠落はあるが、勇者がこうして依り代を自在にしている時点でそれは疑いようはない。


欠落の原因が術自体の破綻によるものなのか、行使者がマリーではなく自分であったことでなにかしらのミスがあったのか、持続もふくめて絶賛観察中だ。


不死が完成したか否か――。


「それを証明できるのは妹が数千年を生きたあとなのです――」


「なるほどなあ」


理論の構築が完成し実験の段階になると、まずはこのサラマンダーで試すことにした。

そして見事に妹の肉体から意識を抜き出し、サラマンダーの脳に移行することに成功した。


「これが妹さんだっていうなら、さっそく情報を聞き出そうよ」


すっかり忘れていたが、勇者の目的はリビングデッド事件の手がかりを得るために死霊術師から情報を収集すること、そして妹マリーならばもとの体に戻る方法を知っていると信じている。


しかしマリーは……。


「喋れません」


「は?」


「妹の肉体からはたしかに意識が消滅し、このサラマンダーへと移動しました。しかし、サラマンダーには人語を発する器官がないので、喋れません」


両生類にそんな高等な発声器官は備わっていない、ギャギャッと鳴くだけだ。


「……じゃ、じゃあ、人間の体に戻ってもらおうよ」


だがしかし、マリーは……。


「戻れません」


「えっ?」


「サラマンダーの脳が小さすぎて魔術を行使することを思いつかないため、再び人間の身体に戻ることはできません」


サラマンダーに魂を移したまではいいが、まさかもとに戻れないという落とし穴があったとは、天才の私もまさかそこまでは思いいたらなかった。


――なんたる盲点ッ!!


「おまえの妹は馬鹿だってことでいいんだよな?」


「天才ですよ! 全人類が待望する不死の魔術を若干十六歳で完成させた大天才ですよ!」


「不死じゃないじゃん! オオサンショウウオの寿命ぶんしか生きないじゃん!」


私がなんとかできないのかという話になってくるが、記憶の移行は妹の魔術だ。


処刑をまえに苦肉の策で模倣したはいいが、勇者は記憶を失っており再現性は保証できない。


「妹さんの体はどうしたの?」


「肉体の保存はまさに母の専門だったので、そちらで保管しているはずで――アアッ!!?」


私の絶叫に勇者は跳ね上がった、よほど驚いたのか心臓あたりを押さえて目を見開いている。


「……なっ、なにっ?!」


恐ろしい想像にいやな汗が浮き出る。


まさか母の研究室に放置され、そのまま腐敗してしまったのではあるまいか――。


私たちにさしたる愛情も抱いていない母のことだ、それくらいぞんざいな扱いをしている可能性がないとは言い切れない。



「ちょい待ち――」と、上級騎士ニケが手をかざして会話を遮った。


不安に震える声で勇者が訪ねた。


「……なに?」


ニケは天井の先を指差して答える。


「戦いの音が聞こえる」


改めて意識すると確かに外が騒がしい、後を付けて来ていた謎の一団による襲撃だろうか。


――しかし、なぜだ。


アルカカの説明ではやつらは先に森に到着していたらしい、屋敷が狙いなら到着前になにかしらあっただろうし、私たちが狙いならばなぜこのタイミングなのか。


目的は不明だが、私たちにはなにかしらの敵勢力が存在することが確定した。


地下への扉が開かれる音が聞こえた、敵はすぐそこまで迫っている。


「護衛部隊のみんなはどうなったの?!」


勇者が仲間の安否を気遣った。


喧騒が続いていることから健在であることはたしかだが、その合間を抜けて敵がせまっているという状況だ。


皇国の誇るエリート騎士たち、彼らに制圧しきれないとなると敵はかなりの戦闘力を有する一団ということになる。


「三人来てる」


ニケが断言した、魔術で人数を特定することもできるがそれを信じることにする。


「一人一殺ですね」


私が平等に分配すると勇者が不満を口にする。


「おまえはボクのボディーガードで飯を食えているはずでは?」


たしかに闘技場を経験した勇者は完全な素人とはいえないが、騎士たちが手こずるレベルの敵の相手が務まるほどの手練れではけしてない。


――では、ひと働きしますかね。


すぐそこに迫っている謎の敵を迎え撃つべく、私と上級騎士ニケは武器を抜いて待ち構えた。



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