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三幕一場「死霊術師の家」


追跡者の存在を警戒しながら、私たちは元老院から提供されている隠れ家に到着した。


いろいろな場所を転々とした記憶もあるが、物心が付いたころにはここの研究室に入り浸っていたし、そんな生活が続くはずだった。


「普通の家だね」


勇者が言ったように立地の不自然さをのぞけば外観はありふれた屋敷だ。


「四人家族が住むにはすぎた豪邸ですが、使いやすい屋敷ですよ」


もともと貴族が狩りを楽しむ際に泊まる別荘だったらしいが、両親が元老院から譲り受けた時点で地下は拷問部屋だったというから闇は深い。


「こんなところに住んでて、賊に襲われたりはしなかったの?」


「狩人が物々交換をしに来るくらいで、たいした危険はありませんでしたね」


何度か強盗が入ったこともあったが、盗賊ごときに遅れを取るような一家ではなかった。


腰を落ち着けるまでの父と母は一流の冒険者だったし、研究の片手間で体を動かすのに剣術の鍛錬は適当だったため私もそれなりの腕前を有していた。


筋肉はどう躍動し、壊れ、育つのか、心肺はどう活動し、関節はどう稼働するのか、人体の構造を理解するうえで医学を学ぶのと同じ理由で運動を取り入れたというわけだ。


体を動かすことで頭も冴えたし、結果としてコロシアムを生き残ることができたのだから芸は身を助けるである。


ちなみに返り討ちにした盗賊は母の実験材料にされていた――。



「……人がいる気配はないね」


わが家を見上げながら勇者は言った、たしかに生活音の一つも聞こえてこない。


地下の研究室にこもることが多かったのでそれ自体は不自然でもなんでもないが、やはり聖堂騎士団に捕縛されて無事だった私のほうが特別なのだろう。


住人は不在ということだ――。


「その可能性は高いと思っていました、しかし他に手掛かりはないのですから仕方ありません」


「成果なしってことか……」


死霊術師の話を聞くという名目だったので無理もないが、勇者は浮かない表情になってしまった。


家族と再会してもそれはそれで良かったが、あの女と対面しなくて済んだことに少なからず安堵している自分もいる。


ご足労いただいた護衛部隊には申し訳ないが、私にはもう一つの目的があるので成果の有無はそれの回収次第というところだ。



「それでは、用を済ませてきますので皆さんはここで休息していてください」


休息とは言っても護衛という任務上、追跡者への警戒は怠れない。


屋敷の周囲は開けており、茂みから突然賊が襲い掛かって来ても事前に発見する猶予は確保できる。

しかしこちらの姿は丸見えで、矢を射掛けられたりしたらひとたまりもない状況だろう。


私は単独行動の了承を取り付けると、皆を表に残して屋敷に侵入する。


ざっと生活スペースを見て回るが、残念なことに一目でそれと分かるはずの『イヌ家の秘宝』が見当たらない。


魔術の行使には膨大な魔力を消費するが、人間が体内で循環させられる魔力は限られている。

『イヌ家の秘宝』はしかるべきタイミングで大魔術を行使するため、一族八代が三百年かけて魔力を貯蔵し続けた宝玉のことだ。


先祖は膨大な魔力を二つの宝玉に分けて貯め続けた、その一つは私が持ち出し勇者を召喚するのに使い果たしてしまったが極めて価値が高い。


それの回収に迫られて帰宅したわけだが、誰かが持ち去ってしまったのかもしれない――。



「ふぇーっ、ここでゾンビの研究をしていたのかぁ……!」


よく通る声がエントランスから聞こえて来た、どうやら勇者がしびれを切らしてしまったようだ。


「お待たせしています、もうすこしお時間をいただきたいのですが」


勇者と合流すると、彼女の後ろには上級騎士ニケが同行していた。


「気が済むまで用事を片付けてもらって構わないけど、せっかくだから見学くらいさせてよ」


「構いませんが、そこらへんにあるものには無暗に触らないでください、人体に影響のある薬品や貴重な品もありますから」


私はそう言って釘を刺した。研究室にある物の中には神経を麻痺させたり、死にいたる薬品もあることから十分な注意が必要だ。


「りょかーい」


しかし、それは分かっていない者の返事だった。


――大丈夫だろうか……。


私たちは研究室を確認すべく地下に通じる階段へと向かう、外の騎士たちが敵の襲撃を警戒しているなか女子二人は旅行気分。


私はニケにたずねる。


「指揮官が抜けて平気なんですか?」


彼女は特権で地位を得た騎士であり戦闘力はたしかにずば抜けているが、教養においては平民の水準にすら達していないように感じられる。


しかし適正はともかくとして、責任というものがあるだろう。


「ニケの頭脳はアルカカだからね、イリーナの護衛が仕事だし戦力を均等に分けたらこうなるかなって」


彼女はどうやら自分一人で外の六人分だと言っているのだ、頼もしくはあるが外を通り越して屋内から戦闘が開始されることはない。


「そのアルカカの協調性に一抹の不安があるんだけど?」


勇者が指摘すると上級騎士ニケは「たしかに!」と言って笑った、結局はじっとしていられないからついて来たというのが本音だ。



私は研究室に続く扉を開いた。


地下は二層になっており各フロアを研究室として使っている、地下一階は母の研究室で地下二階が私の研究室だ。


「悪の秘密基地みたいだね!」


勇者がはしゃぐ。


――なんで悪?


「やましことはありませんよ。ただ、できることなら生活スペースと研究室は切り離してほしかったですね」


死者を扱うこともある都合、墓場で生活しているのと変わらない環境だが、そこは死霊術師の宿命か――。


「なんか、生臭いね……」


地下に続く階段の入り口は脱走者死体対策として厳重な扉で区切られてる、臭いなどを遮断していたが、かれこれ半年は締め切られていたことになる。


「私が管理していた池が放置されているので、いろいろ腐っていないか心配です」


「……有毒ガスとかでてないよね?」


「不安なら外で待っていたらどうです?」


「やだ、気になる」


「強情な子供ですか?」


目的の地下二階への道中、地下一階の扉に勇者が手を掛ける。


「こことか気になる、気になるなる」


「あ、そこは――」


制止しようとするが間に合わず勇者は扉を開け――。


「オエェェェェェェッ!!」


放つと同時、その場に四つん這いになって嘔吐した。


「言わんこっちゃない、あちこち触るなとあれほど言ったのに……」


放置して時間の経ったものは私でもキツイ――。


半年放置された母の研究室は地獄だ、生物の内容物がぶちまけられ熟成された空間で吐瀉物くらいどうということもない。


「――速く閉めて、その部屋は封印して二度と開けないことにします」


私の指示に従いニケがなにごともなかったかのように扉を閉めた、なかなかに肝が据わっている。


「上級騎士殿は平気そうですね」


「なにが?」


――なにがって……。


トラウマになるのに十分な光景があったと思うが、皇国唯一の女騎士は大分エキセントリックな感性の持ち主のようだ。


「……こんな非人道的なことが許されるの!?」


人体実験の痕跡を見た勇者はすっかり血の気が引いて、その顔面は蒼白だ。


「術者はそれぞれのテーマに沿って独自の研究を行いますからね、成果の共有はあっても内容に口出ししたことはありません」


「おまえとの付き合い方を考えさせられるよ……グズッ」


勇者よ、泣いてしまうとは情けない。


「だから待ってなさいと言ったでしょう、なにをすき好んで首を突っ込むんです?」


「嫌なことでも経験しておけば、描写するときに臨場感がでるから……うぇぇ」


――言ってる意味がよく解らないな……。



無駄な寄り道をしてしまったが目的地はすぐそこだ、開かずの扉認定した部屋のすぐ真下に私と妹の研究室がある。


残念ながら『秘宝』はすでに持ち出されたあとのようだが、もう一つの目的を果たすべく私はここに帰ってくる必要があった。


「さあ、勇者様の大好きな扉です、開けてください」


「なんでそういう意地悪するのッ!」


ニケの後ろにコソコソと隠れる勇者に一番乗りを譲ったが拒否された。


「では、開けますよ」


私は扉を開いて中の様子をうかがう、室内に池が備え付けてあること以外は一見して普通の書斎と変わらない景色だ。


パッと見、荒らされた形跡もない。


「……よく整頓されてるね」


薬剤や素材、装置などの並べられた棚を見て勇者がつぶやいた。


「ほとんどは先祖がその成果を残したものです、歴史が長いですからね」


私たちの成果はゼロから生まれた物ではない、代々積み重ねてきたものだ。


「こっちの池は?」


さきほどの悲劇を忘れてしまったのか、勇者はさっそく池を覗き込んでいる。いつか好奇心に殺されるぞと私は思う。


「その池では『妹を飼って』いたのですが――」


「なんだその変態発言ッ、縁を切るぞっ!!」


事実を述べたところ誤解を与えてしまったらしく、勇者は派手に拒絶反応を起こした。


パシャ――。


その大声に反応したのか、池で水面を叩く音が鳴る。


「おっ?」


勇者が反応して振り返ると、水面を押し上げその眼前にどす黒い物体が立ち上がった。


「おおおっ!?」


粘液にまみれツルリとぬめった体表を持つ巨大生物が、勇者の鼻先に立ちふさがる。


「うわぁぁぁっ!!」


自分の倍ほどの体積がある生物に勇者が悲鳴を上げた、目鼻の判別も付かない潰れた顔をした黒い生物が「ギャギャッ!」と吠えた。


「勇者様うるさい、その生物ですが――ッ!?」


説明する間もなく上級騎士ニケがロングソードを閃かせた。


――鈍い金属音が響く。


ニケの剣が私の差し込んだ剣を横滑りした音だ。


「ちょっ、待ってください! ニケ嬢!」


家族を危うく一刀両断されるところだ。


「えっ、その黒いトカゲ、敵じゃないの?」


私の反応を見て上級騎士ニケは剣を下げた。


その生物の品種はサラマンダー、とは言っても伝承に登場する火の精霊などではない、この森に生息する巨大な両生類だ。


私がニケを押さえているあいだに、勇者は倒れ込んできたサラマンダーの下敷きになっている。


「うああッ! 冷った!? ひあぁ、ヌルヌルしてる!」


パニックに陥っているが安心していい、雑食だが人を食わないように調教してあるし毒も持っていない。


そして私によく懐いている――。


「紹介します」


私はサラマンダーを指して伝える。


「――妹のリングマリーです」



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