人気もなければ舗装された道もない、秘境じみた森の奥深くに私の生家兼、死霊魔術の研究所がある。
「……日陰者なんだね」
森に踏み入るなり勇者が言った。第一声から罪人扱いとは、失礼極まりない感想に私は反論する。
「死霊術師がみな悪人というわけではありません。軍事利用だって国の要請と国民からの支持を得てはじめたんです、それをとつぜん禁止だの処刑だのと堪ったもんじゃありませんよ」
必要なときには散々利用しておいて、都合が悪くなったとたんに人類の敵あつかいだ。
「――『死霊魔術』の起源は死者蘇生と伝わっています」
命の再生、その追及は殺戮目的の兵器とは対極の思想だ、発端は大切な人の死に奮起した誰かの切実な願いだったのかもしれない。
そういう意味ではわれわれを弾圧している教会の根幹たる『治癒魔術』に近い系統の研究だ。
それがどうして、こんな不便な場所に隠れ住まなくてはならないほどの仕打ちを受けなくてはならないのか。
いや、近しいからこそわずかな差異さえ忌避するのかもしれない――。
われわれ死霊術師は理不尽な弾圧に対する孤独感のなかで生きている。
「アルフォンスの家はなんで禁術の研究なんかしてるの?」
私はそれを疑問に思ったことすらない。しかし、勇者からすればとうぜんの質問だ。
「わが家は代々その技術を受け継ぐ家系、技術を継承することはもはや宿命なのです」
先祖が百に向かって何十と積み上げてきたものを、いまさらゼロに戻すなんてことはありえない。
研究を進歩させることで将来、死にゆく数千万人を救うことになるかもしれない、私が研究をやめたときその可能性は失われるのだ。
使命感とは違う、私はそれを自分に与えられたアドバンテージと考えている。
目標こそが人生において最上の宝であると私は考えていて、大望を持たない生には価値を見いだせない。
無為に時を過ごし顛末を受け入れるだけの人生ならば、リビングデッドと変わらない。
それが言い過ぎだとしても、私にとってなんとなく生きている人々の人生は偉業を成す人々と等価ではないということだ。
「伝統工芸みたいなもんか」
後継者が育たなければ技術が潰えるという意味では同義か、しかし私たちのやっていることはもっと発展的だ。
「死霊魔術とは言いますが、死体を動かすことに執着はありません。先人たちの求めたものは『死者蘇生』ですが、私たち家族の研究テーマは『不老不死』ですから」
私は胸を張って宣言した、しかし勇者は小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべる。
「なんかきな臭いね……」
「なぜですか! いたって健全な発想でしょう!」
老いへの抵抗、死との闘いは生物にとって最大のテーマであり、その達成に疑問を抱くほうがどうかしている。
とくに母は前者、父は後者を追及していた。
「ふーん……」
興味なしか、勇者はあごに拳を当て小指で下唇をピロピロともてあそびながら思案している。
「――家族は女二人って言ってたよね?」
「それがなにか?」
質問の意図は分からないが、なにかに思い当たってそれを確認でもしている様子だ。
「ゾンビを召使いみたいに使ってたりする?」
「しませんね、気色悪い」
リビングデッドを人間同様の労働力として扱える死霊術師もいるだろうが、私は制御関係はあまり得意ではないので、できて単純作業の繰り返しくらいのものだ。
リビングデッドの作業精度には鮮度が重要で、劣化により効率が急激に落ちる。
その道の最先端がどのあたりまで進んでいるのかに興味はあるが、わが家の研究とは方向性が異なる。
「犯人わかったかも――」
などと勇者がのたまった。
なにを神妙に考えていたのかと思えば、こりもせずにバダックをリビングデッド化した犯人当てをしていたようだ。
「またですかぁ?」
先日も私を犯人と名指しして恥をかいたばかりだ。熱心なことには感心するが、特定するだけの新情報をなにも得ていない状況でのそれは妄想と言わざるをえない。
「不老不死研究に投資してる金持ちが犯人ってのはどう?」
「あ、えっ……」
私はドキリとして狼狽えた。
「おたずね者が研究を続けるには出資者の存在が不可欠でしょ、そいつらがなにか悪いことをたくらんでるんじゃない?」
われわれの研究を支援する組織はたしかにある、『不老不死』を求めるその支援者を勇者は黒幕と勘繰ったわけだ。
「――だって、女二人だけで運び出せる遺体の数じゃなかったもんね」
共同墓地から三桁におよぶ剣闘士の遺体が根こそぎ運び出された、それを母と妹だけで行うのは難しい、大勢の人手が必要という推察から背後にある組織の存在を勘ぐったまではいい。
「不死を求める人物がなぜ感染型のリビングデッドを野に放つという発想になるんですか?」
「知らないよ、不老不死を欲しがるってことは悪人でしょ?」
――ひどい! 根拠もなく印象だけで決めつけて……。
支援者はむしろ国民を守る側の人間であり、意図的に市民を危険にさらすとは考えにくい。
そんなことをして困るのは自分たちであり、現在も問題解決のために奔走しているにちがいないのだ。
その正体を口外することはけして許されないが、それを言ってしまうのがこの私だ――。
「私たちの支援者は『元老院』です」
沈黙――。
「元老院だって……」「馬鹿な……」
私の発言を飲み込むとしだいに護衛部隊がざわつきだす、中には「なにぃぃぃッ!?」と絶叫し馬から転げ落ちる愉快な者もいた。
三大権力の一角を担う『教会』が撲滅を推進する禁術の支援者が、同列に上げられる『元老院』であるという事実は、権力中枢の暗部をかいま見た気分だろう。
しかし、国の運営を助ける彼らがリビングデッドを町に放つ理屈がない、老人たちが不死の研究に執着するのは当然のことで、それとこれとはまったくの別の話だ。
私は勇者の推理を否定する。
「彼らが率先して民衆を危険に晒すわけがありません」
元老院が黒幕、それは最高に刺激的な物語だ。
勇者はあらゆる可能性に敏感に気が付くが、結果ありきの物語性の強い分析に偏っている。
現実の事件は必ずしもドラマチックとは限らない、その場の勢いや予期せぬ失敗などで引き起こされる偶然の要素が大きいはずだ。
勇者のたくましい想像力はそういった動機のない犯行、いわゆる事故を見落とす原因になる。
「――なので、勇者様の犯人予想はハズレです」
しかし私は失敗する者を否定しない、そこには行動と挑戦があるからだ。
軽蔑すべきは失敗した者ではない、挑戦した者を批難するだけのなにもしない輩である。
失敗を恥じることはない、正解にたどり着くためのプロセスと考えればいい、試行錯誤を繰り返すことこそが肝要なのだ。
「『元老院』はありえないか……、じゃあさ」
と、勇者がさらなる推理を切り出したのを従者アルカカが遮る。
「尾行されているな――」
『元老院』が死霊魔術に肩入れしている事実にうろたえることなく、冷淡な声色だ。
「尾行!?」
追跡者の存在にそれぞれ周囲を警戒するが、怪しい影は四方のどこにも見当たらない。
「騒ぐな、気づいてないふりをしろ。通り過ぎるかとうかがっていたが、どうやら一定の距離をたもってついて来ているようだ」
言い方からして、だいぶ以前からその存在に気づいていたようだ。
「それ、先に言っといてよ!」
先にも武装集団の襲撃を受けたばかりだ、勇者はあきれ声でアルカカをとがめた。
「俺が警戒していた、知らせても結果は同じだ」
事実、先に知らせたからと言って敵と判明するまではどうしようもない、アルカカはそれを省いたにすぎないと主張した。
警戒するのに十分な猶予をもって報告されたことから、どちらにしても結果は変わらなかっただろう。
「同じじゃない、君の好感度がちがう!」
勇者はそう言ったが、ほかの騎士たちとのやりとりからも彼が円滑な人間関係を求めているとは思えない。
「殺ろう!」
部隊長のニケがみもふたもない提案をして、勇者がそれを止める。
「まてまて、まだ敵と決まったわけじゃないだろ!」
後をつけて来るから殺す、という訳にもいくまい。あちらもこちらの正体を警戒しているだけかもしれない。
「野盗のたぐいでしょうか?」
私がなんとなしにつぶやくと、騎士Aが否定する。
「盗賊が騎士隊を襲撃するとは考えにくい、普通なら素通りさせるでしょう」
言う通り、日々の略奪を生業とする連中が命懸けの勝負を挑んで来るとは思えない、そんなことでは明日につながらない。
「――今朝の襲撃も同様、ならず者をよそおった刺客だったのではないですか?」
そうだった場合、事情はかなり入り組んでくる。
リビングデッドの件に関係するか否か、無関係ならば誰の差し金でなにが目的か。
「狙いは当然、勇者様でしょうね」
「ボク!?」
思い当たる節はいくつもある、彼女は敵を作りすぎた。
「武装してるね――」
その声は頭上からした、上級騎士ニケがまるで猫のような身のこなしで木登りをして高所から謎の追跡者を確認していた。
従士アルカカが声をかける。
「何者か分かるか?」
「うーん、分からん。こっちの倍くらい連れてるね、騎士っぽいっちゃぽいかも」
それなりの武装をした集団ということか、人数では少し分が悪いようだ。
「――めんどくさいから殺っちゃおうよ!」
隊長のニケが痺れを切らしている、いるかも分からない黒幕の追及より現在後方に迫る一団を一掃した方が早いとでも言いたげだ。
「そろそろ目的地に着きますが?」
参考までに、我が家が目前に迫っていることを伝えた。
「用事を済ませてすぐに立ち去れば、手を出して来ないかもしれないよね?」
勇者は敵との遭遇を避けたい願望丸出しだ。
無駄に刺激しないで通り過ぎるのが賢明か、相手の出方をうかがいながら私たちは先へと進むことにした。
「そうだ、勇者様。さきほど、なにかを言いかけていませんでしたか?」
ふと思いだした、アルカカが追跡者の存在を知らせる直前のことだ。
「え、そうだっけ? なんだろう忘れちゃったな」
勇者はすっかり失念してしまったようだ。こういう場合は往々にして思い出すのには時間がかかる、私は言及することを諦める。
「いや、気にしないでください、必要にせまられればそのときに思い出すでしょう」
仮にこの時点で思い出していた場合、勇者の推理からわれわれは犯人の正体と後続の部隊の正体を特定できていただろう。
しかし、アルカカとのやり取りではないが、それを知ったところで結果は変わらない、この時点でわれわれに打つ手はなかったのだから。