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二幕五場「護衛部隊出撃」


二十人は死んだだろうか、地べたに累々と転がる死体を馬に乗って避けながら私は勇者の姿を探した。


襲撃時には倍ほどいたはずだが格好にも統一感のない集団だ、劣勢になると散りぢりになって逃げ出したらしい



「アルフォンス、こっち!」


味方の騎馬が集結している中心に、私を手招きしている人物を見つけた。


「勇者様、ご無事でしたか!」


「まぁね、みんなが守ってくれたから。……てか、突然なんなの?!」


イバンの報告から多数のリビングデッドが放たれた可能性が浮上したことで、私たちは出発を数日遅らせて騎士団の調査を注視したが、結局なんの発見もされなかった。


そして、当初の予定どおり実家を調査するために都市を離れて間もなく、私たちは謎の武装集団から襲撃を受けた。


「護衛部隊を付けると言われたときは大袈裟だなと思ったけど、外がこんなに危険だなんてビックリだよ!」


王宮暮らしをしていると失念してしまうが、まともな生活をするのはそれだけでもかなり大変だ。

困窮して略奪に走るものはあとを絶たないし、そういった連中のコミュニティーも多様化している。


郊外には漁や狩りなどの方法で生計を立てる者たちが滞在する小さな集落が点在するが、見回りの成果が行き渡らずに死傷者が頻発して問題になっている。


長距離を移動するときは騎士団や傭兵を護衛に雇うのが常識だ。


われわれもリビングデッド捜索が落ち着いて騎士団の空きを待つことで、護衛をつけてもらうことができた。



騎士団による搜索の成果は出ていない――。


しかしいつまでも総動員を続けるわけにはいかず、任務は『聖堂騎士団』へと引き継がれた。聖堂騎士団は騎士団と所属の異なる『教会』が有する軍隊だ。


騎士団の十分の一ほどの規模だが、高い信仰心で厳しい戒律を守り鍛錬を積み重ねた彼らの練度は騎士団を上回る。


加えてリビングデッド対策の専門家で、私たちネクロマンサーの宿敵でもある。


消えた剣闘士たちの遺体が一体すら発見されないことが不気味さを際立たせる。


唐突にはじまった混乱が果たしてどこへ向かっているのか、なにが起ころうとしているのか、なにが目的で誰の仕業なのか。


王都には暗雲が立ち込めている――。



「いやぁ、いまのはすごかったね!」


興奮さめやらぬ調子で言いながら、逃げる賊を追い回していた隊長のニケが合流した。


彼女の風貌は非常に特徴的だ、珍しい赤褐色の肌に切りそろえられた黒い短髪、身体中には無数の傷痕、左眼には眼帯をしている。


女性騎士というだけで極めて珍しいが、上級騎士の地位に見合わない若さとあいまって否応なく目立つ存在だ。


「ニケ殿、部隊長としての自覚を持って単独行動はつつしんでください」


敵集団にむかって真っ先に特攻をかけ、逃げ回る相手を最後まで追い回していた指揮官を年配の騎士がとがめた。


護衛部隊は上級騎士ニケを隊長に正規の騎士が二人、彼らにそれぞれ従う準騎士を含む従士を加えての九名編成だ。


上級騎士ニケとその従士アルカカ。


騎士クベーレテの下には準騎士ヴァートゥナムと従士ヘジル。


ニケに意見した年配の騎士クナピテウスに従うのは、準騎士グウィディケヒトと従士チャスヌス、従士チャスタピオの三名だ。


――いや、部隊長以外の名前は忘れてしまおう。


私の貴重な記憶容量を割くほどの人物ではないだろう。


それがいまの襲撃で二人戦死し、七人にまで減ってしまった。騎士Aの虫の居所が悪いのも察するところか。


「――あなたの仕事は隊を統率することで好き勝手に暴れることではないはずだ!」


怒る年配の騎士に対してニケの従士アルカカが口を挟む。


「お言葉ですが、ニケが前に出たことで被害を最小限に防げたのです。あなた方はイリーナ殿の盾、ニケをその剣として考えて行動していただければ、それが最善の結果を招くでしょうよ」


彼もニケ同様によく目立つ、隻腕隻脚の青年で右手と左足が失われている。


丁寧なつもりだろうが若輩者のそれは不遜な態度と言わざるを得ない、一方のニケ上級騎士も職務放棄としか思えない発言をする。


「むずかしいこと言われても分からんし」


騎士とはすべてを兼ね備えた選ばれた人間だ。


家系の次に作法、教養が重視され、それらを習得した上で十分な戦闘能力と必要な装備を用意できなければ騎士の資格は得られない。


異邦人である彼女が上級騎士であるのは特例中の特例だ。フォメルス統治時のコロシアムで、剣闘士の頂点に立った者に与えられる報奨によって現在の地位を得たらしい。


コロシアムを制したのは従士のアルカカで、その弟子ニケに騎士号を叙勲させたという背景には複雑な事情がありそうだが、それ自体はどうでもいい。


重要なのは彼女たちがティアン派であるチンコミル将軍の推薦ということだ、誰が敵か分からない情勢では頼もしい存在と言える。



馬を休息させるあいだに戦死者を簡単に埋葬した――。


放置された死体はモンスターや獣の餌になるか、通りかかった修道士が弔ったりするのが通例だが、騎士Aの気持ちを汲んだ勇者の提案で彼の従士たちを手厚く葬った。


――しかし妙だ……。


いくら治安が悪いとはいえ、あれほどの襲撃はまったくの想定外だ。


野党だって襲う相手は選ぶ、騎士団がついているというだけで本来ならば襲撃の対象になることはありえない。


五倍もの人数差を返り討ちにできたのは、ひとえにニケの戦闘力が抜けていたからだ。


「ねえねえ、イリーナはフォメルス王を倒して、あのウロマルド・ルガメンテとも剣を交えたんでしょ?」


上級騎士ニケが勇者の馬に並走しながら雑談を始めた。


「マジかよ、誰のはなし!?」


勇者は自らの実力と実績のギャップに戸惑っていた。


フォメルスは縁故採用とはいえ軍の最高司令官を務めた猛者、ウロマルドはコロシアム無敗の絶対王者だ。


アルカカが上り詰めた時期がウロマルドかぶっていたら、ニケの今の地位はなかったかもしれない。


「アルカカとイリーナはどっちが強い?」


「え……、彼の両手脚がなくてもボクより強いんじゃないかな」


ニケは四肢欠損を抱える従者に対する不謹慎な返答を「アハハハハッ」と楽しそうに笑い飛ばした。


従士アルカカはまったくの無反応だ。


「アルフォンス」


「なんでしょう?」


私は勇者の呼びかけに答えた。


「なんでそんな後ろにいるの、おまえの実家なんだから先導しなよ」


うむ、もっともな意見だ。


私が勇者の後方につけているのには重要な意味がある。口にするのははばかられるが、馬にまたがる女性の尻は良いなと観察していたのだ。


「馬にまたがる女性の尻は良いなと思って観察していました」


そして、それを言ってしまうのがこの私だ。


「嫌われたいの?!」


勇者が嫌悪感をあらわにし、並走するニケが笑った。上級騎士殿はスケベに寛容そうだが、私が求めるのはそうじゃない。


「嫌われたいわけがない、好かれたいです、好かれた上でさげすまれたいのです!」


「キモイ、死んでっ!」


ああーっ、これこれ。私は満足して勇者の前へと移動した。


「――その変態的な態度をあらためようとは思わないわけ?」


「思いませんね、出し切ることで自らを高めていきたいと考えています」


どうせなら暇潰しや情報交換に止まらない価値のある交流にしたい、随所にセクハラを挟んでいきたい。


そんな私に対して勇者は汚物でも見るような不快顔。


「到着前に家族構成を聞かせてくれる? 心の準備が必要だと思うから」


「それは侮辱と受け取ってよろしいですか?」


要望通り、私は家族について説明する。


「――父は聖堂騎士団に処刑されたので、現在は母、私、妹の三人家族です。私が投獄されてるあいだ彼女たちがどうなったかは定かではありません」


「えっ、それは心配だね……」


勇者は気遣ってくれたが、正直、家族の行方に関しては事件が起きるまではさしたる興味もなかった。


「……どうでしょう、互いのことには無関心な家族でしたからね」


なまじ同じ研究をしているものだから衝突も多く、家族というよりは宿敵のような手応えがあった。


父とはそれなりに交流していたが、研究方針の大きく異なる母とはいつの頃からかまったく会話がなくなった。


「妹、可愛くないんでしょ?」


「不躾になんです?」


唐突に妹を侮辱された。


「いやさ、異世界に来たらハーレム! ってくらい、妹は可愛い! って先入観があるけど、実際の異世界はゴリラの巣じゃん」


「コロシアムを基準にされましても……」


目覚めたら周囲に剣闘士しかいなかった彼女からしたら予防線を張りたがるのは分かる。

しかし妹のルックスに興味を持ったことなどないし、思い返して絶賛するのも気が引けた。


なので、私は一言にとどめる――。


「肌ツヤが最高です」


「え……?」


誤解を与える表現でもあっただろうか、勇者が引いている。


なにをそんなに怖がっているのか、考えてみれば個人的な目的を果たすのに彼女を連れていく必要はない。


「そんなに不安なら王宮で待っててくれたらよかったのに……」


研究対象として観察していたい気持ちはあるが基本的には足手まといだし、私の専門分野で頼る場面もないだろう。


「自分が現世に帰るためだから任せっきりってわけにもな」


「…………」


どうしたものか、決心は固いようだ。


「――この際、こっちに居着いてしまえばいいんじゃないですか?」


そうしてくれればいろいろ助かる。


「体を本来の持ち主に返してやらないと申し訳ないよ」


私がコロシアムから脱出するため、異世界から呼び出した勇者を憑依させた女だてらに剣闘士として収監されていた少女。


自分に影響がないのですっかり失念していたが、その正体は謎のままだ。


「どうでしょう。本来の持ち主に関してはコロシアムに投獄された時点で死んだということにして、体を貰ってしまうというのは?」


実際、勇者がいなければ確実に死んでいた人物だ、この先の人生がなくなっても文句はあるまい。


「できるか、馬鹿ッ!!」


怒られてしまった。


――良い考えだと思ったのに。


確証はないが本来の持ち主に身体を返すこと自体はおそらく可能、いや容易だ。しかし本音を言えば、更なる魔術発展のためこのまま研究を続けたい。


それが人道に反することなのは分かっているが、死霊魔術の進歩は必ず人類に寄与すると確信している。


サンプルを手放すのは実に惜しい。


次も人格の入れ替えに成功する保証はない、今回を逃せば今後、何百年と研究が遅れるかもしれない。


そして、問題がもう一つ。


記憶を失っているせいで勇者は現世での自分がすでに死んでいることを失念してしまっている、帰るということはそれ自体が彼女にとって死と同義なのだ。


それを伝えたとき同様に研究を続けることはできるだろうか、それを考えると私は事実の開示をとまどってしまうのだ。



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