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二幕四場「崩壊の足音」


「え――?」


足掛かりとなる有力な情報を提供したというのに、勇者はあからさまに不快気な表情を浮かべた。


「いまのは何に対する、えっ、ですか?」


「おまえ、家族とかいるの?」


実家を訪ねるとはつまり私の家族に会うということだ。


「天涯孤独の身でもない限りはいるでしょう人間だもの……」


勇者は親指と人差し指で自らの眉間をつまみ苦しそうに呻く。


「いや、混沌から発生した暗黒生物かなにかだと思っていたから……」


人間扱いされてなかった。


「――人間の死体をリサイクルする魔術の研究者ってだけで不安なのに、おまえと血が繋がってるんでしょ?」


「繋がってます、なにか問題でも?」


おまえと血が繋がってるんでしょ、とはなんて侮辱的な感想だろう。


――そんなのって、最高じゃん!


不当なあつかいに私はよろこびをかみしめた。


「でも、思い当たったところから取り掛かるしかないもんね」


嫌々という態度は引っ掛かるが私は賛同する。


「そうですよ」


投獄されてから半年ほど離れているが、取りに戻りたい物もあれば家族の安否も確かめたい。


「あと、もとの世界に帰るために必要だろ?」


「なにがです?」


質問の意味が分からずに聞き返した。


「いや、監獄内で『帰還魔法』は使えないって言ってたから、おまえんちに行けば準備があるのかなって……」


監獄から出たら『もとの世界へ帰す』という約束、私はそれをすっかり忘れていた――。


英雄としての名声を手に入れ、新たな人間関係を築き、快適な生活を手に入れたことで気が変わったものと決めつけていた。


彼女がこちらの世界に残っているのは革命の協力者たちに感謝を伝えるためであって、帰るのを諦めたわけではなかったらしい。


「ああ、はいはい、言いました言いました」


――これはマズイ。


平静を装ってはみたものの、私は内心で焦っていた。


勇者は異世界に帰ることを望んでいるが、それは私にとっていくつかの不都合を発生させる。


第一に、勇者の帰還は私の研究の中断を意味する。


新しいサンプルを召喚するのにまた数百年の魔術貯蔵が必要となるため、再現不能により実質の研究終了となる。


第二に、彼女に依存した恵まれた生活が終わってしまう。


現在の生活は勇者の護衛という名目により保証されているのであり、それがなければ『死霊術死』である私は世界の平和をおびやかすお尋ね者でしかない。


第三に、そもそも『帰還魔法』は存在していない。


約束自体がその場しのぎの出まかせでしかなかったし、呼び出すことがはじめての挑戦だったため帰す方の魔術はまだ未開発だ。


「……もしかして、うそついたの?」


――鋭い!


だが嘘ではない、あの時点では増幅器である『一族の秘宝』を異世からの召喚に消費してしまい魔力の貯蔵がなかったのは事実。


ただ、『帰還魔術』が存在しないことを黙っていただけ――。


「それより、良いのですか?」


「なにが?」


このまま話が進むのはマズイ、なんとか考えを改めてもらえるよう誘導する。


「もとの世界に帰るということは、ティアン嬢ともお別れということですよ?」


――良いのですか、私ともお別れになってしまうんですよ!


「いつまでも体を借りっぱなしってわけにはいかないよ、それにボクが帰らないことで誰かに迷惑をかけているかもしれないだろ」


なんて生真面目な性格だろう。最愛の人ができたこの世界を離れることになったとしても、責任を優先して記憶にない異世界へ帰るべきと判断したのだ。


感動的、だが不可能なものは不可能。


困った。どうにかして勇者を説得しなくてはならない、いっそ帰る場所はもうないのだと伝えてしまってはどうだろう。


私の専門は『死霊魔術』だ。あなたはすでに死んでいて、消滅前の記憶を再生、保存した存在、つまりは生霊でしかないのだと打ち明けてしまうのだ。


そうすれば、帰るなどという考えは取り下げてくれるに違いない。


体を返すということは存在が無に帰すということ、魂が消滅するという意味だ。


たとえ依り代としている少女の人生を奪うことになるとしても、他人と自分の幸福を天秤にかけるまでもない。


「あのですね、勇者さ――」


「???」


語りはじめた口をつぐむほどに、ティアン姫の顔面に特大のクエスチョンマークが貼り付いていた。


「どうしたの?」「どうかしましたか?」


ティアン姫は眉を八の字にして答える。


「わたくしとお別れになるというのはどういうことですの?」


事情を知らない姫はすっかり置いてきぼりになっていることに不満を唱えた。


なにをビビッているのやら、勇者は自分が異世界から召喚された人間であることをまだ姫に打ち明けていないのだ。


「――ああ、あのね、実家に帰って家族を安心させてやらないとって、そういう話……」


その誤魔化しはうそではないが本筋に触れていない、私は当たりさわりのないフォローをする。


「その実家がかなりの遠方にありましてね、帰郷には特殊な方法を要するのですよ」


勇者は「そうそう」とうなずいた。


「そうだったの、忙しさに翻弄されていてあなたの都合にまったく思い至らなかったわ、なにか相談に乗れることはあるかしら?」


それは送迎や金銭面など物理的なことを言っているのだろう、もちろんそれでは解決しない。


「その点はアルフォンスに相談してるから、ティアンは気にしなくても大丈夫だよ、ありがとう」


勇者が煙に巻くと、姫は「ご家族を安心させてあげなくてはね」とすっかり納得した様子だ。


この純朴さには勇者でなくとも不安を感じてしまう、悪い大人に騙される未来しか見えない。



私は勇者の事情への配慮から本筋をぼかしながら方針を伝える。


「私の一族はその技術を長年に渡って伝承、発展させてきましたが行き来の技術は厳密には私の専門ではありません」


魂の入れ替えは死霊術師にとっての新機軸、独自進化した魔術だ。


「そうなの?」


「ええ、同系統の魔術と言えど、その内容は術者の着想や研究によって大きく異なるのです」


火炎魔術と言えば空気中に炎を発生させるものが一般的だが、ジェロイの場合は『炎の貯蔵』という独自の発想で発火と消火を両立していた。


「――たとえば解毒の魔術にしても毒の種類によって効果のある魔術形成は異なるのです」


一種の解毒魔術ですべての毒を中和できるわけではなく、治癒魔術にしても治癒力を促進するものもあれば欠損を補填する物もある。


「なんとなくティアンに聴いたよ、回復魔法も術者によって効果やコストが異なるって」


魔術の行使による消耗や効果は一律ではない、術者の力量に大きく左右される。


ティアン姫はもともと基本的な治癒魔術を習得していたが、小さな裂傷をふさぐ程度の効力しかなかった。

それが勇者の命を救うために未完成の再生魔術を実践し、その結果、術式を組む回路を破壊してしまい現在は魔術が使えなくなってしまっている。


たとえるなら、一度だけ世界一速く走ったが足に負担をかけすぎた結果、二度と走れなくなってしまったといったところか。


これが治癒魔術の総本山である教会の最高権力者『大司教』ならば、リスクを負わずに同様の魔術を行使できるだろう。


「取っ掛かりは先人の魔術の再現であることがほとんどですが、研究と鍛錬によって独自の技術になっていくものなのです」


勇者は素直にうなずいている。


霊魂と肉体にまつわる魔術を研究するわれわれも同様、私が魂の位置を探り意思疎通を可能にする『通信魔術』へと昇華したように、死霊魔術と一括りにしてもその成果は多岐にわたる。


回りくどくなったが、呼び出したからいって送り返せるわけではないのだ。


「……つまり、帰せる保証もなく呼び出したってこと?」


勇者の落胆顔が胸にいたい。事実そうなのだが、後ろめたいのでせめて帰還の当てはあったということにしておきたい。


「もちろん考えてありますとも!」


私たち家族はそれぞれに違う方法で不老不死を目指していた、肉体の交換は私ではなくむしろ妹の研究成果だ。


「――勇者様を帰還させる方法ならば、妹が知っているかもしれません」


「マジで?」


――無理だろうなぁぁぁ。


妹は天才だが異世界召喚は私の苦肉の策による偶然の産物だ、それに本人の安否確認すらできていない。


私が投獄されていたように家族が無事である確証はなく、情報収集という意味では無駄足になる可能性が高い。


「ええ、マジです、確実です!」


しかし、どうしても回収しておきたい物があることから帰らないわけにはいかない。



「リビングデッドのことは死霊術師に、今回の件も兼ねて話を聞きに行くのは妥当かと思いますわ」


ようやく話の流れがつかめたとばかりにティアン姫が参加する。


「――けれど、アルフォンス様がまさか禁術使いの一族だなんて……」


かたよっているなりに彼女は博識だ、われわれがどのような扱いを受けているかくらいは知っているだろう。


世界を滅ぼしかけた死霊術の使い手は例外なく弾圧の対象――。


とはいえ絶滅に追い込まれたいまは追い込みも下火になり、血眼になって取り締まっているのは『教会』くらいのものだ。


それどころではないが、私はイメージ回復のために自己弁護をする。


「歴史を学ぶうえで死霊術師は邪悪な存在であると植え付けられますが、われわれはその技術の延長に人類の生活を豊かにする可能性を追求しているのであって、必ずしも兵器開発が目的ではありません」


死霊術師は人類の敵かのごとく記録されているが、兵器開発を求めたのは術師ではなく時代の方だ。

それによって劇的に進歩もしたが、研究費目当てに兵器開発へと路線変更したことが裏目に出てしまったことは悔やまれる。


「たしかに、通信魔法はかなり未来を行ってる気がするね」


勇者が手放しに誉めたので、私は気分が良くなって熱弁をふるう。


「技術や知識に罪はありません。そう、なにごとも扱う人間次第なんですよ!」


なにもかも禁止すれば良いということではない、私は蓄積した鬱憤を吐き出すように力強く宣言した。


勇者は興味なさげに一言。


「でも違法みたいだから一応通報するね」


「……おっと、先に世界を救いませんか?」


犯人の特定こそが最優先だが、実家を訪ねるのは私の都合であって犯人つながる手がかりを得られる可能性は低いとみている。



「そうだ、そろそろイバンのほうから新情報が得られるんじゃないかな!」


勇者が別行動中の仲間の名をあげた。


私たちは騎士団への報告を優先したが、バダックが発端であることからイバンは剣闘士仲間のほうを調査しに向かった。


「では、コンタクトを取りますか?」


その方法はとうぜん私の『通信魔術』だ。


「頼むよ」


私はイバンの魂の位置を特定すると、魔術による遠隔会話を開始する。


「イバン氏?」


『アルフォンスさん! はいイバンです!』


「繋がりました」


「流石だね」と、勇者は感心した。


数百万人の市民のなかから一人を特定したと言えば凄まじいが、イバンには印を付けておいたので通話を再開しただけにすぎない。


『闘士たちの遺体は共同墓地に埋葬されたことが分かったので、行ってきました』


バダックがゾンビ化したということから犯人はコロシアムでの戦闘のあとに死体を調達したと推察できる、そこで勇者は剣闘士の埋葬場所の特定と確認をイバンに頼んでいた。


「どうだったって?」


勇者と姫がジッとこちらを見ている。イバンの声は私にしか聞こえていない、聞き逃すまいと集中する。


帰ってきた報告は――。


『最悪でした』


「……根こそぎやられているそうです」


「最、悪、だぁっ!!」


勇者がたまらずに声を張り上げたのも無理はない。安心するために向かわせた部分もあったというのに、事態はより深刻であることを知る結果となってしまった。


「クロム氏の遺体はご遺族が回収して一族の墓に埋葬されていたので無事とのことです」


「……そうか、安心した」


それだけでもいくらか救われる、勇者は安堵の表情を見せた。


コロシアムの共同墓地から剣闘士たちの遺体は持ち出されていた――。


連日、決闘により死者が出ていた場所で、革命戦争時には数百人が衝突しそれなりの犠牲が出た。

日数の経過しているものや欠損の激しいものは難しいが、バダックのような例が百体以上存在する可能性も否定できない。


そして、百体が百万体になるのには一晩もあれば足りるだろう――。


勇者は方針を定めると私を振り返る。


「よし、それじゃあ妹さんに会いにいくとしようか」



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