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二幕三場「姫と元老院」


「ティアン!」


勇者が呼び掛けると麗しい少女が振り返った、帝国の最高権力者の座に間もなく着くであろう十五歳の女王見習いだ。


「イリーナ!」


ティアン姫の表情が華やいだ、その信頼に満ちた表情ときたら尊いほどにまばゆいばかり。

彼女の周りは十数人もの取り巻きに囲まれていて、それが護衛の類でないことは一目で分かる、彼らはこの国の三大権力機関の一つ『元老院』の面々だ。


「お勉強は終わったの?」


歩み寄る勇者にかけより熱烈な抱擁をあたえるティアン姫。


「これから有力者の方々のところへ挨拶周りに」


「あっちから来させなよ、言いなりになってたら即位後も舐められるよ?」


姫を諭す勇者、取り巻きの老人が見かねたようにして口をはさむ。


元老院の老人たちはみな年齢よりもはるかに肌艶が良く健康そうだ、平均寿命の倍ほど生きている者も珍しくない。

食事や環境に恵まれているということもあるが、その最たる要因がある魔術師の手によるものであることを私は知っている。


「これはこれはイリーナ様、お二人は相変わらず中睦まじく姉妹のようでいらっしゃる」


その姉妹らしさは彼女にとって不本意な結果なのでご機嫌取りには逆効果だ。


「ティアンはこの国の最高権力者でしょう?」


勇者の批判に対して老人Bが弁明する。


「いずれはそうなりましょう。しかし、まだ即位されておりませぬゆえ協力的に振る舞うのは当然のことです」


それ自体は正論だ。しかし勇者が神経質になるのも無理はない、騎士団を遠ざけていることも含めて、この過剰な人の壁からはなにも知らない姫をたらしこんで利用しようという魂胆が透けて見えるのだから。


とはいえ、新体制となるこの国にとってなにがためになるかはまだ分からない。


「フォメルス相手にも、それ言えました?」


勇者が苦言を呈すると老人は黙り込んでしまう。


「――権力を専有されて不当な扱いに苦しんだ経緯は察します。けど、ティアンを洗脳するような真似はやめてくださいね」


「そんな、洗脳だなんて滅相もない!」


老人たちは慌てて否定した。


さっき人に素行がどうこうと説教したくせに自身も権力者に向かってなかなか傍若無人の振る舞いである。


「大丈夫よイリーナ、力を貸していただく方々にあいさつをするのは有意義なことだもの」


明確な思想、基本的な知識のない彼女には人脈の把握は不可欠だ、なにもかもを彼女が決めるわけではない、それぞれの専門家が決めたことに決定をくだすのが王様の役目だ。


「少しでも不審な点があったら、すぐボクに報告するんだよ?」


「うん、分かってる」


勇者が念を押すと姫は素直にうなづいた、この姫の従順さが周囲の人間に勇者が危険視される要因だ。


平凡な知能に下位闘士レベルの戦闘力、コロシアム時代の人脈しか持たず、生活すら姫からの援助に依存するこの人物を最重要人物たらしめているのは、次期女王への絶大な影響力。


無垢の王女を従わせるために勇者を懐柔するか敵と認定するかは悩みどころだ――。


しかし目的が姫の私物化である場合、私ならば味方に引き入れようなどとはせずに敵とみなす。

勇者を買収することは非常に困難だからだ、この臆病者に信頼を寄せる相手を騙すだとか、自分の利益のために他者を不当に貶めるだとか、そんな上等な芸はできない。


お人よしを味方にしたところで利益になんら貢献しない、せいぜいが目の保養くらいにしかならないだろう。



「お忙しいところを失礼します、火急の事態ゆえ軍隊の出動許可をいただきにあがりました」


老人たちを黙らせた合間を縫ってチンコミル将軍が申し出た。


三大機関に上下はなく軍の運用は騎士団に一任されている。しかし、信頼を失っている騎士団は慎重な行動が求めらており、こうしていちいち報告するのは協調するための配慮だった。


老人Cがたずねる。


「どれくらい動かすつもりかな?」


「差し当たり二千を出動させます」


二千と言えば都市全域からかき集めた兵士のほとんどだ、騎士団が大規模な活動をすることに老人たちは嫌悪感をあらわにする。


「戦争でもされるつもりか?!」


「市内にリビングデッドが現れたのです――」


チンコミルは速やかに状況を説明すると老人たちは激しく動揺した、古い人間の方がその脅威をより理解しているのだ。


これには老人たちも騎士団の出撃を許可するほかになかった。



「これから騎士たちへ伝達に向かうが同行するか?」


将軍が勇者を会議に誘った。


騎士団長一人に騎士長が九人、その他に隊を統率する上級騎士、騎士が合わせて百人あまり、そのほとんどが任務で出払っているが屈強な顔ぶれが会するだろう。


貧相な我々の存在など場違いだ。それに騎士団のほとんどはフォメルスに忠誠を誓っていた者たちだ、権力衰退の元凶たる勇者に恨みを抱く者も少なくないに違いない。


「やめとく、統率を乱しかねないからね」


「なにかあれば遠慮なく声をかけてくれ、それでは殿下――」


チンコミル将軍は報告を終えるとティアン姫に深く会釈してこの場を去って行った。


老人たちも動き出す。


「教会に伝達して緊急時の避難場所の確保、避難誘導の準備をさせましょう」


「なぜこんなおおごとに……」


緊急事態に対処するため、困惑を口にしながらバラバラと散って行った。



勇者の立ち位置は複雑だ。革命の英雄として民衆からの評判は上々、またティアン姫の親友として城内でも存在感はある。


フォメルスを倒すことで『元老院』や『教会』の復権を助けたが、ティアン姫を懐柔するうえでは目の上のタンコブだと思われている。


騎士団、元老院、教会、三大機関のすべてに味方と敵を内包している状態だ――。


「ヴィレオン氏がいてくれたら心強いのですけどね」


見知らぬ他人ばかりのなか全幅の信頼が置ける人物は少ない、頼れるのはともにティアン姫救出作戦を成功させたヴィレオン将軍と復帰組の騎士だけである。


「オッサンは左遷されたからな」


勇者が憮然として言ったように元コロシアムの看守である盟友ヴィレオン将軍は、首都から遠く離れた前線の指揮官に任命された。


敵国の侵攻をけん制するため有名なヴィレオン将軍の復帰をアピールすることでにらみを利かす作戦との主張だが、『騎士団長』が保身のために追い出したのは明白だった。


「まあ、本人の判断もあってのことですし」


国王の不在に騎士団の信用失墜、内輪もめしている場合ではない、将軍の移動によって騎士団内の派閥争いが終息したのは確かだ。



「わたくしにできることはあるかしら?」


ティアン姫が低い位置からヒョコリと覗き込んできた、女王の威厳が備わるのにはまだまだ時間が掛かりそうだ。


勇者は提案する。


「騎士団がしらみ潰しをするってんなら、ボクたちは心当たりを探そう」


人海戦術は騎士団にまかせ、われわれはピンポイントに捜索するということだ。


「とっかかりがあるのですか?」


「あの状況ならボクを狙ったという線もあるよね?」


どうやら目的からあたりを付けるということらしい。


自意識過剰と茶化したいところだが、行きつけの酒場に知り合いの姿で現れたことからその可能性は否定できない。


しかし――。


「どうでしょう、個人の暗殺が目的ならば感染型の使用はひかえるのが自然ではないでしょうか、不特定多数を狙っての犯行か、単純に実験中のトラブルのほうが想像しやすいです」


外に出すつもりのなかったものが不手際で出てしまっただけ、という可能性もなくはない。


勇者は物事を逆算して考える傾向が強い、理にかなっているがこの世界ではそれを日常的にしている人間は意外と多くない。


たいていの場合、それは願望にまみれた結論ありきの物語であるため説得力に欠けた、私はそれをドラマチック推理と揶揄している。


「とは言っても、目処が立ちませんわね」


ふんふんと感心して聞いていたティアン姫が口をはさむ。


「――イリーナの暗殺が目的なら身内、国家転覆を狙ったものなら敵国や反政府組織、実験中のトラブルなら該当の魔術師を探すことになるのかしら?」


そのとおりではあるが、どこから着手するかの解決にはならない。


「つまり、まったく絞り込めないってことなんだよなぁ……」


考え込む勇者の言葉に私は一文追加する。


「一つを除いて」


手詰まり感のあった井戸端会議だが足掛かりは極身近にある。


「え、なんだって?」


敵国の工作ならば騎士団にまかせたほうが賢明、暗殺が目的だとしたらそれが勇者を狙ったものなのか、体の本来の持ち主を狙ったものなのかがややこしい。


くらべて死霊術師は禁止以降にほとんどが処刑され、使用者は極めて少ない。


「死霊術師を追うのであれば、まず当たるべき場所が一つあります」


数多ある選択肢のなかで所在が明確であり、かつ術師を追うことでテロだとか暗殺だとか事故だとか目的を限定する必要も無くなる。


勇者が「どこ?!」とたずねるので私は答える。


「――私の実家です」



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