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二幕二場「準騎士レイクリブ」


青年は冷たい眼差しで勇者を一瞥、その心中は本人以外に計り知れない。


レイクリブは十代の若僧で見習いから脱したばかりの下っ端だが、その相貌には娯楽王フォメルスの面影が色濃く出ている。


幾多の戦場を駆け抜け完成された父親に比べて線が細く頼りないが、美しい顔立ちに父親譲りの不遜さが現れている。


正確には彼はまだ騎士ではない、準騎士の立場にある。叙勲式の直前に王が不在になったせいで保留にされてしまったのだ。


本来、その素質や父親譲りのリーダーシップを期待され、いまごろ小隊長くらいの役割を与えられ、行くゆくは父親のあとを継いでもおかしくはなかった。


そう、勇者がわざわざ異世界からこの世界に来なければ、いずれは国王になっていたかもしれない人物だ――。


フォメルスの一族を罪に問うべきかは議論された。


両親を殺され長年牢獄に監禁されてきた王女が、腹癒せに一族郎党皆殺しにしたとしても然るべきとも思えたが、ティアン姫がそれを望むわけもなかった。


しかし『罪人の子供』というレッテルは拭えない、彼の立場はすっかり浮いてしまい、周囲にとっても扱いにくい存在になってしまった。


チンコミル将軍が他の若者と同様に扱うことで、辛うじて居場所がある状態と言える。



「おっす、おっす」


挨拶らしき言葉を発する勇者をレイクリブは一瞥、そして無視した。


「イリーナ殿は救国の英雄だ、複雑だろうが礼はつくせよ」


チンコミルが叱ってもレイクリブの瞳から反抗の意思は消えない。


「彼女を英雄と讃えるのは早計ではありませんか? 歴史家はのちに語るでしょうね、父を失った事がこの国にとってどれほどの損失であったか、皇国衰退の原因はその女であると」


率直に申して、首を跳ねとけば良かったのに。と、私は不快感を示した。


「仲良くしよう、レイクリブ」


よせばいいのに勇者は手を差し出した。


「構いませんよ、俺ごときがあなたのお誘いを断るわけにはいきませんからね」


和解の握手を求める勇者にレイクリブは微笑み返す。


「――あなたのおかげで兄が服毒自殺し、母はショックで狂ってしまいました。俺は母の医療費と幼い弟を養うためにかろうじて正気を保ち、居場所のない騎士を続けておりますが昇進の道は絶たれたことでしょう」


「あ、あう……」


冷たく見下す視線を受け止められず、勇者は視線を地面に落とす。


「それらの現実を理解したうえで懐柔したいと言うのであれば、どうぞこの手をお取りください」


回りくどい狂言めいたセリフ回しが父親譲りという印象だ。


レイクリブが差し出す手を握り返せなくなった勇者はその場で彫刻のように動かなくなってしまう。


「ごめん……」


泣いちゃう! 私は見るに堪えかねて助け舟を出す。


「謝る必要はありません、勇者様は正義を成したのです」


私を救うという偉業を成しただけなのです、胸を張って欲しい。



「それ以上はひかえよ、自分の立場を危うくするぞ」


「はい、将軍」


再度釘を刺されてようやく口をつぐんだ。


「馬番に言って、すぐに出せるよう準備させておけ」


準騎士にとって将軍の命令は絶対だ、特にレイクリブはチンコミル将軍の従士のような立ち位置だ、それによってかろうじて立場が守られている。


「将軍の馬ですか?」


「全部だ、出せるだけ出せるようにしておけ」


レイクリブは一瞬面食らったが、理由は聞かず即座に行動に移す。


「分かりました、冗談だったじゃ済みませんからね」


革命戦争の際に垣間見た、迅速かつ大胆な用兵をする将軍との相性は悪くないみたいだ。




「アンデッドモンスターというやつか、歴史の授業で知るくらいで実際に遭遇するのは初めてだな」


チンコミル将軍は王宮に引き返し、私たちはそれに同行する。


「歴史の授業?」


異世界の住人である勇者がこの世界の歴史を知るわけもない、私は軽く説明する。


「簡単に言うとリビングデッドは魔術回路に組み込まれた命令に従って行動する一種のゴーレムです」


ゴーレムとは魔術によって作られた単純な命令に従う自動人形のことだ。泥人形にはじまり用途によって石、鉄など強度を上げたものへと発展していった。


派生として生物の部位を使用したフレッシュゴーレムなども存在し、そのノウハウは『死霊魔術』におけるリビングデッド製作の基礎に当たる。


リビングデッドとは死体のゴーレム化とも呼べるかもしれない。


「うぇぇ、信じられない! 仏を操って戦わせるなんて非人道的だ!」


「さきほども言いましたが、死体をリサイクルして戦わせることは、むしろ人道的だと言われた時代があったのです。戦死者の数が格段に減ったのは確かなのです、一時的には」


勇者が耳ざとく拾いあげる。


「一時的に?」


「戦争のあおりでネクロマンサーへの出資が増え、その技術は飛躍的に進歩しました。兵器として強力なリビングデッドが次々と開発され、その結果として以前より大量の犠牲を出すことになったのです」


シンプルな肉体強化タイプ、人間のふりをして敵地で爆発するタイプ、そしてもっとも凶悪なのが感染タイプだ。


これ以上のエスカレートは破滅を招くと誰もが想像できた、にもかかわらず兵器開発は行き着くところまでいき惨劇を引き起こした。


「――それでは本末転倒と『死霊魔術』は禁術に指定されてしまったのです」


大まかな説明を終えたところで将軍が方針を掲げる。


「感染源のリビングデッド殲滅と生産者たるネクロマンサーの確保を急ごう」


両方も押さえなくては事件の解決とは言えない、感染源が無限増殖するという部分が難題だ。


「まてよ」と、勇者つぶやく。


「ネクロなんとかって、どっかで聞いたような……」


建設的なアイデアでも出すのかと思えば、まったくそんなことはなかった。


「魔術師の中でリビングデッドなどを扱う者のことをネクロマンサーと呼びます。強力なリビングデッド兵に必要なのは素材の強さと術師の腕前ということになりますね」


「政治とかうといくせに、ずいぶん詳しいね」


詳しいもなにも、この世界では一般教養レベルの知識だ。そしてなにより――。


「私もネクロマンサーですからね」


自身がその道の専門家であることをこっそりと勇者に耳打ちした。


「…………」


カミングアウトに対するリアクションがないので振り返ると、勇者は数歩ほど後ろに立ち止まっていた。


「どうかしましたか?」


神妙な面持ちの勇者。その意図が透けて見えて、真剣な表情がむしろ滑稽ですらある。


「ボク、犯人わかっちゃったんですけど……」


「誰ですか?」


なぜに敬語なのかは分からないが、私はこの茶番の結末をすでに予想できている。できてはいるが一応確認してやる。


勇者はビシリと私を指差すと「おまえだッ!!」と叫ぶ。


――ほら、言うと思った。トラブルが起きたら全部、私のせいだもんなあ……。


ここまで苦楽をともにしてきた仲間を告発するのに、ためらいがないことに多少の失望を覚えるが、濡れ衣を着せられることには慣れっ子だ。


「違います、私はバダック氏が亡くなっていたことを知りませんでした。それに、なんだって自分の仕込みで命の危険にさらされなきゃならんのですか?」


勇者は無駄な告発を反省したらしく、ぺろり舌をだす。


「ですね、願望が出ちゃった!」


「願望っ!?」


それではまるで私が犯人だったら良かったのにと言っているみたいではないか、告発されたことよりも遥かにショックがおおきい。


果たして犯人を早期発見したいことに対する願望なのか、私を処断することへの願望なのか。

後者であった場合、私は今後どんな顔をして勇者と向き合っていけば良いのか、そんなことは恐ろしくてとても聞けないが――。


「もしかして、私のこと嫌いなんですか?!」


聞いてしまうのがこの私だ。


しかし、スリルを楽しもうとする私を無視して勇者はすでに前方へと駆け出したあとだった。


――唐突な放置!?


私は指をくわえて勇者が駆けて行く先を確認する、そこにはティアン姫の姿があった。



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