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一幕六場「勇者イリーナの憂鬱」


酒場をあとにして私と勇者は王宮へと向かう。今日はもう一働き終えた気分だが、太陽はまだ高い。


「まだ、昼なんだね……」


勇者が当たり前のことを言って私はそれを咎めた。


「そうですよ、反省して下さい」


それは気の利かない発言に対してではなく、こんな時間に泥酔していた自堕落な生活に対してだ。


結果的にバダックやウロマルドを呼び寄せたことに関してはどう評価したものか難しい、感染拡大を事前に防げたのはむしろ功績と言えるかもしれない。


――防げたと断言できないところが不安だが。


「だって、みんなの酒をすすめるペースが尋常じゃない! 野次馬がすれ違う速度で乾杯を求められるんだよ!」


その忙しなさは隣で観ていたので理解しているつもりだ。


「形だけで良いんですよ、乾杯って言っておけば」


友人たちとは酒場で解散した。


絶対王者ウロマルド・ルガメンテがなにを考えているかは分からない。


イバンは独自に調査するとのことだった、具体的には元剣闘士たちの様子を見に行くということらしい。

バダックみたいな例が他にもあるかもしれないし、あずかり知らぬところで感染拡大がはじまってしまったらお手上げだ。


私たちも単に帰宅で王宮に向かっているわけではない。事件の収拾に来た兵士たちが全滅した以上、管理者に報告するのが義務と考えての行動だ。


市民なら詰め所に報告するところを私たちは直接王宮へと向かう。事態は深刻かもしれず厳戒態勢を敷く必要があり、こちらなら勇者が顔パスで将軍にだって面会することができる。


「イバンには悪いことしたな」


「なにがです?」


さしたる興味もなかったが、当たり前の反応として私は聞き返した。


「イバンはもともと冒険家で、クロム隊で活躍する前から体が丈夫だし、荒事にも慣れていたんだけど……」


クロムとは上官殺しの罪でコロシアムに投獄された元騎士の青年だ。


試合で命を落としたが最終順位が20位と実力者だった。人望厚く、勇者を含む数名が彼を師と扇ぎ、その死後もクロム隊と名乗り強い結束力で革命を手伝った。


当初は十数人いたが革命の際に減少し、現在は勇者を除いてイバンを含むたったの三人になってしまっている。


人懐っこい勇者ではあるがクロムには特に信頼を置いていた、その従順な態度に少なからず嫉妬したものである。


私にもあれくらい敬意を示してほしいと切に思うのだが――。


「――それで絶対に譲らないウロマルドよりは、話の通じそうなイバンに譲歩させようとしたんだ。だけど彼の考え方を否定するみたいになっちゃってさ……、聞いてる?」


「え、ああ、はいはい、聞いてますよ」


イバンの人となりを長々と話していたようだけど、ほとんど耳に入ってこなかった。それでも言いたいことはだいたい理解できたから良いだろう。


「通じそうと思ったら意外と頑固だったわけですね」


人当たり良く明るい人物だが、ネジの外れたところもあるとは思っていた。積極的に試合を組み、上位闘士にしり込みせず、いまも絶対王者に食って掛かった。


常軌を逸した怖いもの知らずだ。


「考古学目的の冒険家だからね、開拓じゃなくて発掘する人なんだよ。革新的なことを必ずしも良しと思わないわけだ」


それ自体を尊んだり保存しようという感覚は否定しないが、先人の発明はしょせん足掛かりだと自分は思っているので、古い形を破壊していくことに抵抗はない。


「私はどちらかというとウロマルド氏よりの人間ですね」


「ボクはイバンよりだと思うわ、普遍的なものの力を信じてる」


異世界から来た勇者の行動、発想はつねに我々に革新的な印象を与えてきただけに意外だった。


「――さあ、少し急ごう」


私たちは足を速めた、軽口を叩いているが事態は深刻だ。




王宮到着後、私たちは中庭の中央にある茶会スペースに腰を落ち着けた。


ガーデニングに造詣はないが庭師の仕事が素晴らしいということは理解できる、絢爛華麗な庭園には限られた人間以外、立ち入り禁止という暗黙のルールがある。


前王フォメルス亡きあと、実質ティアン姫と勇者だけの秘密基地だ。


「ティアン嬢も大変ですね――」


この国の指導者は血統によって定められていたが、フォメルスの謀略により一旦は途絶えた。

王女であるティアン姫が着くことは必然だが、王座はまだ空位にされている。


彼女が聡明な人物であるとは言え、七年間も監禁されてきた世間知らずの少女に実権を握らせるわけにもいかず現在は準備期間中なのである。


「本人はいたって楽しそうだよ。知識欲の旺盛な子だからね、ぶっ倒れるまで勉強してる……」


姫殿下は精力的に学業に励んでいる。


一方、自分だけのお姫様が名実ともにみんなのものになってしまうのだから勇者は複雑そうだ。


「そんな顔をするくらいなら、さらって逃げてしまえば良かったのに」


おそらくそれは可能だった。


なかば死んだとされていた少女に勇者は人生を取り戻した。恩を着せればきっと、ティアン姫は願いを聞き入れたはずだ。


勇者のためなら彼女はなんだってするだろうと確信している、私は姫が勇者のために命を捧げかけた現場を目撃しているのだから。


しかし、勇者は革命に対する責任を負いたいという姫の意見を尊重した。気持ちを伝えずに恋を諦めた。


「自分が男だったら、ボクもきっと覚悟が違ったと思うんだよなぁ……」


勇者は深いため息をついた。


異世界から勇者を召喚する際、魔術の特性上こちらの人間の体を依代にする必要があった、そこで私は手近な少女の体を選んだ。


勿論、好みという理由で。


そのことを遠回しに責めているのだとしたらそれは見当違いだ、なぜなら――。


「男だったらまず交友関係を育むにいたらず、目の届かないところで姫は暗殺されていたでしょうね」


そう、ティアン姫は同性の友人として勇者を招き入れた。男の姿をしていたら目に止まることもなく、出会うことすらなかったのだ。


結果、勇者のモチベーションは上がらず我々は自由を手に入れることも……、まてよ?


「どうした、アルフォンス?」


私は根本的な勘違いをしていたのかもしれない。


「私が勇者様の依代に少女を選んだからこそ悪王は滅び、姫は救い出された、つまり――」


「つまり?」


勇者だけが方々からチヤホヤされているが、結局すべては私の采配による結果だったのだ。


「救国の英雄は私だったのです!」


「手柄を独り占めにする!? このタイミングで?!」


「違いますか?!」


「いや、べつに構わないけど……」


しかし、これまでのパターンだと手柄を主張した私がなぜか嫌われて、手柄を放棄した勇者を人々は讃えることになる。


間違いなくそうなる! なんたる理不尽!


苦悩する私をよそに勇者は頬杖をついて上の空。まあ、連日飲み歩いていたのにはそういったモヤモヤもあるのかもしれない。


「ティアン嬢のお父上は同性愛者だったそうですよ?」


「なんッ――!?」


勇者は椅子から滑り落ちて机に顎をしこたま打ち付けた。


「……大丈夫ですか?」


「痛ってぇ!! 突然なんの話っ?!」


本来、皇帝にとって後継ぎ問題は最優先事項だ。にも関わらず、長女のティアン姫しか残さなかった。


「後継ぎをなかなか作ろうとしなかったのはそのせいなんじゃないかって、昨晩口説いた女中がベッドでそう言ってました」


「そんなの信憑性ないじゃんか。つーか、素行には気を使って! おまえはボクのオマケで王宮に出入りしてるんだから、ボクの立場が危うくなるからっ!」


怒られてしまった。


ティアン姫にもその血が流れている。という意味で、同性愛を後押ししたつもりなのに。


「――で、誰?」


勇者が遠慮がちに聞いた、私はその意図を掴み損ねる。


「は?」


「どの娘と寝たの?」


勇者も人の子か、人の素行をうんぬんする割には興味津々だ。


「見習いのアンですよ」


王宮には相当数の女中が出入りしている。アンは最年少でまだ仕事慣れしていないため、指導されている姿が目立っていた。


「ロリコンなの?」


勇者は露骨にあきれて見せた。


「少女性愛者かと尋ねられたら首を捻りますね、美しい妙令の女性より不器量な少女ということはありませんから、逆も然りです」


造形のクオリティ重視である。


「――ただ、いろんな意味で若いに越したことはありません。治療の回復が早いし、魔術の効きが良い」


元気なリビングデッドになる。


「怖いんだけど……」


「実際、女性に可愛げがあるのは若いうちだけでしょう。子猫ちゃんなのはせいぜい十代まで、二十を過ぎたら山猫で、三十過ぎたら化け猫です」


ある人物を想起しての発言だ。


「最の低……」


「最低ではありません、普通です。誰だってそれくらいの毒は吐くでしょう?」


今頃どうしているだろうか、男の私と違って彼女たちはコロシアムに投獄されることはなかった。逃げ切れたか、あるいはべつの刑に処されたか――。


「――というわけで、総合的に見てティアン姫が圧倒的に好みです」


「手だしたら殺すよ?」


実は勇者のことが一番好みだ。なんて冗談でも飛ばしたら、今後一切口を聞いてもらえない気がするから黙っておくべきだろう。


「一番の好みは勇者様ですけどね!」


しかし、言ってしまうのが私だ。


――おお、なんて素晴らしい絶望顔!



勇者に嫌がらせをしていると、さして間を置かずに何者かがこちらへと向かって来るのが見えた。


「おっ、誰か来ますよ?」


体格から呼び出したはずのティアン姫とは別人であることが分かった。


私が正体に思い当たると同時に勇者もそれを確信したらしく、「ゲゲッ!?」と不快感をあらわにする。


その人物とはアシュハ皇国の首都防衛の責任者、チンコミル将軍だった。



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