「「!!?」」
勇者、イバン、私の三人は驚きに息をのんだ。
ウロマルド・ルガメンテがゾンビの首を折って、捩じって、千切って、引き抜いた。
――片手で!?
それはリビングデッドに遭遇し命を落としかけた今日においても一番の驚愕的事件だ。
勇者が叫ぶ「化け物ッ!!」
ウロマルドは持ち上げていた胴体をその場に捨てる、そして捻じ切った頭部を後方へと振りかぶり――。
「フン!」
前方へと全力投擲。降り下ろした腕の風切り音が鳴ったと同時、棒立ちしていたゾンビの頭部が爆音とともにはじけ飛んだ。
あとには頭部が砕けて首から上のなくなったゾンビの二体目が残っていた。
「「エエッ!!?」」
見ひらいたまぶたから眼球がこぼれ落ちるかと思った。
気が付けばもう三体目の頭部が飛び散っている、なにをしたのか分からなかったが飛び散った。
「なんだぁぁぁ!! 我々はいったいなにを見せ付けられているのですかぁぁ!!」
私たちは絶対王者のダイナミックな動作の一つ一つに悲鳴を上げる。
「アッ!?」
「ヒッ!?」
「アアアアアアアアアアアアアッ!!?」
そして八度の悲鳴を上げた時、すべてのゾンビの胴体から頭部は切り離され、あっという間にすべてのリビングデッドが駆逐されていた。
――私たちがあんなにも絶望した窮地を一瞬で……。
人間が素手でリビングデッドに勝つことは不可能、とはなんだったのだろうか。
「……勇者様、好敵手のウロマルド氏ですよ?」
困惑した私は彫刻のように固まっている少女に助けを求めた。
勇者は「うふふ……」と強ばった表情で意味のわからない愛想笑いをするばかり、『闘わなくて良かった』そんな声が聞こえてくるようだ。
剣闘士時代。とは言っても数日前だが、勇者は打倒ウロマルドを宣言しマッチアップまでした経緯がある。
「やはり、コロシアムの絶対王者の強さは人知を超越したものがありますね」
私は命の恩人に感謝を告げた。
いまの光景を見れば、あのヴィレオン将軍がついぞ一度も勝てなかったという逸話にもうなずけるというものだ。
ほとんどのことは人並み以上にできると自負する私から見ても異次元の強さだった。
「や、やるじゃん」
勇者は言ってウロマルドの肘を小突いた。
私は思う。つい先ほどまで「もう駄目だぁ……」と情けない声をだしていた雑魚には精一杯のライバル気取りをいますぐやめてほしい。
部族特有の黒い肌に岩石じみた筋肉をまとう巨人、身の丈二メートル超えの大男を相手に虚勢を張る小娘が滑稽で仕方ない。
しかし、コロシアムの絶対王者が偶然にも通り掛かるとはなんたる幸運か。
「いやあ、ウロマルド氏が駆け付けてくれなければ、われわれは全滅を免れませんでした」
繰り返し無事を喜び、生存の実感をかみしめる。そこにウロマルドが衝撃の一言を放つ。
「駆け付けてはいない、はじめから居たのだ」
「「は?」」と、勇者と私の声が重なった。
はじめから居た、だって? 耳を疑う。
「この店内に、はじめからですか?」
「そうだ、カウンター席で酒を飲みながら一部始終を観察していた」
こんな存在感の塊に気付かないほど私たちは取り乱していたのか。だとしたら、死にものぐるいで逃げまどったあの地獄はなんだったのだろう。
「それなら、サッと出てきてパパッと片付けてくれよ!」
そうしていれば罪のない兵隊が死なずに済んだかもしれない、勇者はウロマルドを非難した。
しかし、彼は動じない。
「その男が15位以上の者がいるかとたずねた、我は挙手した。しかし、イリーナが名乗り出たから譲ったまでのこと」
ハイハイ! 14位! と、意気揚々と名乗り出たアホのアホ面が、アホほど思い出される。
「……え、ボクのせい?」
勇者は狼狽えている、汗だくである。
結果として大勢の死者をだした事実を背負う度量はこの人にはない、勇者は人の死に敏感だ。
彼女のいた世界と私たちの世界では生き死にへの耐性に大きな差異があるように見受けられる。
とは言え、先日の戦いでは三桁の死者が出たし、コロシアムの試合ではその倍もの死者がでた。
世界ではつねに沢山の命が失われているのだし、他人の命が失われるたびにショックを受けていてはきりがない。
人の死は事件ではない、日常として処理していくべきものだ――。
「姉弟子のせいで犠牲がでたわけではないですよ」
「イバンの言う通りです、兵士たちは仕事をしくじった。私たちは被害を店内で収めたことを誇るべきかと」
私たちのなぐさめにも勇者は「うぅ……」とグズるばかり、鉄面皮のウロマルドまでもが口をはさむ始末。
「死んだ者はそれが天命だったということ、弱い者の寿命みじかい」
それは彼らインガ族の価値観を表明したにすぎず、気遣いであるかは怪しい。
「じゃあ、なんで助けてくれたのさ、矛盾してない?」
弱いものが早死にするのは運命だ。そう思うなら、なぜ手助けしたりしたのか。
「フォメルスに勝利した強者に敬意を払っただけ」
功績が認められたことで助力を得られた、それも含めて天命なのだとウロマルドは言った。
本音かは分からない、単に闘技場を失い力を持て余していたという解釈もできる。
しかし、今回は事情が事情、私はウロマルドに抗議する。
「傍観している場合ではありませんでしたよ。一歩間違えば、国中の人間が化物になり世界を滅ぼすところでした」
「それこそ望むところ、我は乱世を求めている」
黒巨人は私の苦情に理解を示さず、グッと力こぶを作った。
――だめだ、分かり合えない……。
蛮族の言うことはよく分からないが理解する必要もないだろう。
「おいおい、なに言ってんだ! あまり不謹慎なことを言ってると許さないぞ!」
助けられた。それで充分と納得したところでイバンが噛み付いた。
小男はウロマルドに向かって仁王立ちに構えている。次の瞬間、イバンの頭が千切られるのではないかと私はハラハラした。
――生き死にの選択権を握っているのはおまえじゃなくて、相手だぞ!
なにが怖いって、ウロマルドが異民族であるということだ。なにを考え、どういう行動に出るのかがはかれない。
知らずに発した言葉や何気ない仕草が偶然にも彼らにとっての侮辱でないとも限らない、次の瞬間には命を奪われている可能性もゼロではないのだ。
幸いウロマルドはまだ冷静だ、イバンごときには食指が動かないという態度で腕組を解かずにいる。
「世界に闘争があふれるほど我々の真価は発揮される。敵は多いほど、そして強いほど良い、この国が魔界に飲まれると言うならば歓迎しよう、準備はできている」
彼等は独特すぎる、意見のすり合わせなど諦めた方が賢明だ。
しかし、 イバンは嫌悪感をあらわにしてかみつく。
「強さを証明する機会を得たいから争いが起きて欲しいだって? 自分勝手の域を超えてるだろ! 人の命をなんだと思ってんだ!」
正義感が炸裂していた。
ウロマルド・ルガメンテは『インガ族』の代表的な戦士だ、彼等は強さの追求を至上の価値とする。
何代にも渡り強くなるためだけの生活を繰り返してきた彼らは遺伝子レベルで頑強な人種であり、肉体、技術ともに戦闘に特化した存在である。
文化の異なる超人だ。
しかし、イバンはかみ付くのをやめない。
「いいか蛮族、人間の命は等しく尊いんだ、人の数だけ営みがある。それを喧嘩の強い弱いだけの物差しでは――!」
「まあまあ、そこまでにしとけ」
ヒートアップするイバンを「死ぬぞ」と付け加えて勇者がなだめた。
「だってコイツが!」
「他人に自分と同じように思えって説得するのは大抵の場合、無意味だって」
勇者がイバンをウロマルドから引き離した。
「姉弟子はコイツの考えが間違ってると思わないんですか!」
イバンは引かずに勇者に同意を求めた。
勇者は自分の唇を人差し指でつつきながら、イバンを納得させる言葉を探している。
「うーん、自分たちが活躍するためにどれだけ死んでも構わないってのは、素直に困るよね。でも、それはこっちの都合だし……」
「じゃあ、アイツの言ってることが正しいって?!」
――ああ、面倒くさいな。
そうだね。とか、解る。って言って適当にお茶を濁せば良いのに、勇者は律儀にも話に付き合う。
「違う違う、ボクは平和が好きだし全人類に幸せになってほしい」
勇者はイバンの勢いにタジタジだ。
「ほらっ! これはどっちの都合だとか関係ない、善悪の問題なんです!」
正論に賛同を得られないことでイバンはムキになっている。
「たとえば、ウロマルド・ルガメンテという役をボクが演じるとしたら、まずウロマルドの立場に立つだろ?」
そして勇者独特の論調がはじまる。
これがどうやら『劇作家』を名乗った彼女の思考法らしく、コロシアムでは観客、対戦相手、ひいては国王を翻弄、掌握するのに用いられた。
ペテン師のやり口に見えるが、勇者いわくそれとはまた異なる技術らしい。
「だろと言われても……、殺戮者の立場に立つ必要性を感じませんよ。アイツらには人の命の価値が解らない! そう、イカレてるんだ!」
イバンは理解のおよばない相手の価値観を否定するのが目的だから、相手の立場に立つ気はない。
「それじゃあ、彼の考えが本当に理解のおよばない異次元の発想なのか、そこから解読してみようか」
言って、勇者は唐突に名乗りを上げる。
「――ボクはウロマルド・ルガメンテ!」
私は困惑する。「はあ!?」と、イバンも困惑している。
「ボク、いや、我か? 我が部族はその存在のすべてを鍛錬に捧げる、そして最強の力を手に入れた……、すると?」
問い掛けられたイバンは意味が解らず戸惑っている。
「はい?」
「すると、どうしたい?」
意味不明の質問をくりかえす勇者。
「……えっと、これはなんです?」
イバンが助けを求めて視線を泳がせると、勇者は人差し指を立てて結論を述べる。
「当然、成果を実感したい、だよ。えーっと、そのために強敵の出現が不可欠だ、それに打ち勝ったとき代々に渡る部族の価値が証明されるんだから」
――なるほど、分かってきた。
私の一族は代々魔術師の家系だ、先代が培った技術を後続が進化させてきた。いまだにその理念は完成していないが、その成果を自分の代で結実できたらという気持ちが私にだってある。
特に父は強くそれを望んだし先代たちも同様に切望したに違いない。
ウロマルドも求めているのだ、遥か未来の祖先ではなく一族の大望を自らの力で叶えることを。
「願わくば、どうか自分が現役のうちに最大の舞台がおとずれてほしい……。そう考えるわけですね」
私が二人のやり取りに口を挟むと、勇者は「そうだね」と賛同してくれた。
「分解してみると、理解できないってほどの理念じゃないことが分かるね」
勇者の言う通り、先ほどまでは絶対に仲良くなれないと思っていた原人をいまなら応援だってできるような気がする。
しかし、イバンはそうではない様子。
「たとえそれが自然な願望だとして、倫理に反するなら糾弾されるべきでしょう!」
彼の言うことも正しい。殺したいと思ったら、殺して良いという訳じゃない。
勇者は答える。
「善悪にかかわらず、思うこと自体は止められない、それが人間の感情だよ」
ウロマルド同様、誰にやめろと言われたところで、私は魔術研究をやめることはない。
「感情をコントロールできないでなにが人間ですか!」
イバンは一層、語気を荒げた。勇者は困った表情で、それでいてハッキリと言い返す。
「イバンのその正義感もね、感情論なんだよ?」
「…………」
イバンは黙り込んでしまった。
正義とは規則ではなく感情論である、それはなぜだか盲点だったのだ。
「――望むのぞまないに関わらず、いざそのときが来たら一番頼りになるのは彼らなんだ。きっと、たくさんの命を救ってくれるさ」
勇者はウロマルドを振り返り「なっ!」と言って肩をたたいた。
「我々は現状の維持や停滞に興味はない、人間の価値とは現状を進歩させること」
巻き込まれる人間は堪らないだろうが、そういう意味で私はむしろウロマルド寄りの人間なのかもしれない。
「もし、ウロマルドが自発的に混乱を引き起こそうとするなら、それはボクだって見てみぬふりはしないさ」
その一言はイバンへのフォローだったが、むしろウロマルドを満足させたように見えた。
「――それに、いまはどっちが正しい、なんて話をしてる場合じゃないと思うんだけど!」
そう、勇者がイバンを説得しようとしたのはウロマルドに共感したからではない、単純に時間が惜しかったからだ。
私は賛同する。
「同感です!」
リビングデッドは魔術の産物だ。バダックのゾンビ化が誰かの仕業なのだとしたら、その目的はなんだったのか。
善悪に関係なく人の感情は止められない――。
ウロマルドや私がその目的を果たすまで決して立ち止まることがないように『犯人』も必ず次の段階へと進む。
つまり、いまの長ったらしい話の結論は「まだ、事件は終わっていないんじゃ?」という勇者の不安の吐露だったのだ。