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三幕五場「頂上決戦」


ボクたちは逃げるフォメルスを追跡する。


先行する人間を同じルートで追っているのだから、迷子にでもなっていないかぎりもはや手遅れだ。

しかしコロシアムの運営者であるフォメルスにかぎってそんなことはありえない。


勝敗はすでに決している――。


それでも、諦める訳にはいかない。これだけの人間を巻き込んでしまったボクたちに、無理だから止める。そんな判断は許されない。


無人の居住スペースを通って屋上を抜ければ観客通路側の施設に出られる。コロシアムの構造は事前にオッサンから受け取った見取り図で確認済みだ。


「ティアン、大丈夫?」


次第に引く手が重くなっていく、規則正しい生活をしてきたとはいえ八年も自由のなかった彼女に長距離を走らせるのは無理がある。


「イリーナ……、はあ、わたくしを、ん、置いて、先にっ!」


この乱戦ではどこで敵と遭遇するかも分からない、身を守る術のない大将を置き去りにするのは抵抗がある。


「大丈夫、必ず追い付くから、わたくしのペースに合わせないで、全力……で、走って!」


ティアンの覚悟は決まっていた。


大丈夫、ボクのあとをすこし遅れてついてくるだけ――。


「………………ッ!」


ボクは苦渋の思いで彼女の手を放す、すり抜けていく指が名残惜しいような、不安をかき立てるような、そんな切ない気持ちにさせた。


「分かった! 気をつけて!」


ボクはティアンを置いて走り出す、すこしまえをオーヴィルが並走する。




ティアンと別れてボクたちは全力疾走で屋上にたどり着いた。


一面の青空がボクたちを迎え入れる。


威勢良く飛び出したボクだけど、到着した頃にはひきつる脇腹を抱えてうずくまりそうな有り様だ。


大剣を背負って走るオーヴィルも、さすがに息を切らしている。


吹き抜けていく風が火照った体にここち良い。ずっと施設内に閉じ込められてきたボクにとっては新鮮なまでの開放感だ。


あまりの空間のひらけっぷりに眩暈すらしてくる。


これがティアンだったらと思わずにはいられない。七年ぶりに屋外に出た人間がどんな反応をするのか、ぜひ見たかった。


「さて、と――」


このコロシアムの頂上、最高のロケーションに待ち構えるのは最強の敵。


屋上への扉を施錠されていたら立ち往生するしかなかった。しかし、フォメルスはその必要を感じなかった。


彼に任せたのだから。


どこまでも続く空を背負い、コロシアムの絶対王者ウロマルド・ルガメンテが仁王立ちしていた。


両手剣の二本持ちか――。


ボクはフフと笑いだしそうになる。


バスタードソードの二刀流だなんてバカみてーな装備も、彼の異様ならば完璧になじんでしまう。


神々しすぎて神話の英雄すら彷彿とさせる。


人生を、いや、歴史のすべてを戦闘に捧げてきた民族の最高傑作にして人類史上最強の戦士。


今日、コレとボクがタイマン張るとみんな本気で思っていたのかよ。アホか、常識で物を考えろ!


ウロマルドは余裕の態度でボクらの息が整うのを待ってくれている、逃亡を手伝う身としては時間の経過は望むところってわけだ。


ダメもとでたずねる。


「そこ、通してくれない?」


と、お、し、て、く……れ……、通してくれないようだ、知ってた。


今度はオーヴィルに確認する。


「勝てそう?」


果たして人間は神に勝てるのか、そんな質問だ。


「勝てるッ! ……と言いたいところだが、百回に一回勝てれば上出来ってとこだろうな」


残り九十九回は『死』だよな、そんな博打に手をだすやつは正気とは言えない。

そう断言できるはずが、なぜだろうボクは剣を構えているわけだよ。



「ボク、頭イカレてたんだな――いてっ!?」


いざ勝負、と気合を入れたところをオーヴィルに蹴り倒された。


「ショック療法?!」


抗議しながら振り返ると、オーヴィルは大剣を構えて前に出る。


「ここはいいから先に行け」


「はあ!? おまえを見殺しにできるか馬鹿!」


見殺しにできないだけで心中になる可能性が非常に高いけど。


「コイツを倒すことが目的じゃねぇだろ、考えろ!」


ゴリラに頭つかえって言われたっ!!

ゴリラに頭つかえって言われたぁぁぁぁっ!!


「なら、ボクが残るからおまえは先に行け!」


フォメルスを倒せば勝利、ウロマルドを倒す必要はない。


騎士団長を務めていたフォメルスは絶対に強い、すくなくともボクの敵う相手じゃないし、オーヴィルのほうが可能性はある。


「おまえじゃ時間稼ぎにならないだろ! 挟み撃ちに遭うなんて御免だぜ!」


グゥの音も出ない!


「――それに、ここは姫さんも通る道だろうが」


オーヴィルの言う通り、ボクが殺られてティアンも殺られてじゃフォメルスを倒しても意味がない。


「……分かった、任せるぞ?」


他に選択肢はなさそうだ、ボクは渋々了解した。


「なぁに、百回に一回を最初の一回目に持ってくりゃあいいだけの話だろ」


オーヴィルに悲観した様子はない、むしろ充実しているようにすら見える。


「それは、取り返しのつかない失敗をやらかす人間の発想だぞ」


やる気を見せる仲間にボクはあきれて見せた。



ボクらはウロマルドへと向き直る。絶対王者はいつでもかかって来いといった態度だ。


「お待たせ」


ボクとオーヴィルは剣を構え、ウロマルドを中心に彼から見て散開していくように移動をはじめる。


オーヴィルのほうに向かってくれればそのまま屋上を抜けられるし、ボクを追ってくるなら――。


「……って、こっち来るか!?」


大した因縁もないだろうに、ウロマルドは律義にもボクに向かって襲撃をかけてくる。


――強そうな方を警戒すると思ったんだけどな!


ボクはその場に留まる、足がすくんだとか腰が抜けたとかじゃない、ボクを追ってくるならオーヴィルがウロマルドの背後を取れる。


「おおおおおおらあッ!!」


駆け付けたオーヴィルがウロマルドの背後からトゥハンデッドソードを振り下ろす。


ウロマルド相手にこれだけ威力の乗った一撃を放つ機会は、不意打ちでもなければ訪れない。

超重量の巨大な鉄の塊が上段から振り下ろされる、甲冑や盾のうえからでも人間を両断することができる防御不能の一撃だ。


それをウロマルドは避け――ない!?


振り返りざまに手の甲で大剣の腹を殴って弾いた。


「ばっ!?」


馬鹿じゃねーの、と思わず言いかけるほどに非常識な光景。


「変な気を起こすな、行けっ!」


オーヴィルが僕を叱咤した。


ウロマルドがオーヴィルを振り返ったとき、背中に攻撃できるんじゃないかと反応しかけたのだ。


しかし、左手でオーヴィルの攻撃をさばき、右手の剣はしっかりとボクに切っ先を向けていて付け入る隙はなかった。


だけど、ボクが一瞬でも行けるんじゃないかと思っていなかったら、ウロマルドは左手で攻撃を捌くと同時にボクに向けたこの剣でオーヴィルの腹を貫いていたんじゃないだろうか。


コロシアムの絶対王者は気弱なボクの想定よりも、はるかに化け物だった。


「……畜生ッ!!」


ウロマルドが背を向けているあいだに、ボクは観客側通路入口に向かって一直線にダッシュした。

手足を全力で動かし、施設内に飛び込むと転がるようにして階段を駆け下りた。



――抜けられた?


ウロマルドは追ってこない。


オーヴィルがうまく引き付けているか、あるいは戦闘好きのウロマルドが強い戦士と対峙してボクなんかには興味を失ってしまったか――。


「アルフォンス……!」


呼びかけてみても返事はない。


ひとりぼっちになった途端に心細くなってしまう。それはボクが無力である証明。


どれだけ他人の力に頼ってここまで来たかが分かるってもんだ。


外は大丈夫だろうか、もしかしたらすでに軍隊に鎮圧されてしまっていて、フォメルスは逃亡済みということもありえる。


ボクたちは知らぬ間に敗北してしまっているのではないだろうか――。


このまま走って行った先には軍隊が待ち構えていて、ボクもそこで殺されてしまうだけなのかもしれない。


それでも、足を止める訳にはいかない。


まき込んできた仲間たちが一人でもあらがっている限り、自分の意志でリタイアすることは許されないんだ。



通路は客席側に入ったのに人影もなくやけに静かだ、それが不安でならない。


自分が観客でも、あの状況で、さあ帰るか。とはならないだろうから、通路側には出てこないのかもしれない。


遠く喧騒が聞こえる、それがどこの戦いなのかは分からない。


心細い、それでも全力で前に進まなきゃ。



――フォメルスの強さはどれくらいだろう?


ウロマルドほどとは言わないまでも軍隊指揮官の長だった男だ、ゼランなんかよりははるかに強いだろう。


ボクが真っ向勝負で勝てるわけがない、臨戦態勢になる前になんとか不意打ちで倒したいところだ。



少し進んだ先で二人倒れていた、甲冑からフォメルスの近衛兵の死体だとわかる。


――これはいったい、どういう状況だ?


ボクよりも先行している仲間に思い当たらない、かといって同士打ちをしたとは思えない。


近衛兵の頭部は矢に貫いている。



「下賎なドブ鼠風情が――!!」


「ふあっ!?」


近くで怒声が鳴り響いて、ボクはそれにおびえたような反応をした。

忘れようもない良く通るこの声はフォメルス王だ。


――逃げられてなかった、追い付いた!


ボクは声に向かって走った、そして視界にその姿をとらえると不意打ちするつもりだったことも忘れて叫ぶ。


「フォメルスッ!!」


フォメルス王はゆっくりとこちらを振り返った。


その恐ろしい形相にひるむことなくボクは怒鳴りつける。


「その足をどけろッ!!」


フォメルスのかかとが床に倒れているジェロイの後頭部に押し付けられていた。


血塗れの少年はピクリとも動かない。


フォメルスの声色が憎悪に染まる。


「はした女が、よくも、よくも、よくも、よくも、よくもやってくれたなぁぁぁ……ッ!!!」


絶頂にまで築き上げた栄華を囚人ごときに破壊された。


屈辱に塗れた顔面はジェロイの発火魔法によって焼けただれ、美しかったのはもはや過去のものとなってしまった醜い相貌を怒りにゆがめ震わせている。


なにもかもが歪なその姿はまるで魔界から沸いて出たような邪悪さで、さながら魔王と呼ぶにふさわしい。


――ボクは決戦の覚悟を決める。


「フォメルス! 約束通りコロシアムの頂点を取りに来たぞ!」



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