「俺は以前、彼女らに魔獣退治に誘われた」
ほとんどヤケクソになっていたところに協力を申し出てくれたのは、たしかに一度見た顔だった。
「あっ、31番の人!」
対キマイラ戦のメンバーを集めていたとき、真っ先に声を掛けてにべもなく断られた人だ。
「当時、彼女は100番にも満たなかった。俺は頭から馬鹿にして断ったが、いまや彼女の順位は俺の遥かに上だ」
「遥かってほどでもないけど……」
あれから順位を落としていなければ、彼はボクのすぐうしろくらいの順位のはずだ。
「そのときの非礼に対する詫びとして、力を貸しても構わない」
「本当に?!」
彼がボクらの誘いを断ったのは当たり前のことで、それを非礼だとか侮辱だと思ったことはない。
彼を納得させるだけの実績がこちらにはなかった訳だし、仕方がなかったのだ。
ボクはすっかりそのことを忘れていたし、キマイラ戦の直前には理想的なメンバーが集まったと浮かれてすらいた。
けれど彼の性格なのか、その事をずっと気にしていたらしい、真面目なやつだ。
「じゃあ、俺もだわ」
軽いノリで便乗したのは、一見して闘士っぽくないスマートな優男だ。
「32番の人、力を貸してくれるの!」
ボクはこの流れを歓迎した。
「ああ、貸してやる。そのほうが面白い気がしてきた」
順調なら彼らは十番台の闘士だろう、上位闘士の彼らがなぜ下位闘士の試合タイミングにこの中層まで降りて来たのか。
その疑問に元31番、元32番が答える。
「頂上決戦のまえに一言謝っておきたくてな、待ち構えているつもりだったんだ」
「そしたら、まさか戦争がおっぱじまっているとはなあ!」
もともとがボクの応援に駆け付けくれていたのだ。
「この子、けっこう奇跡おこしてるよ、乗らないの! ほら手を貸したい人は手を挙げて!」
ボクは競走馬かなにか? 元32番の人はボクの頭を押さえつけて皆に呼びかけた。
しかし、中位闘士たちは誰も手を挙げない。
「ちょっ?!」
戸惑うボクに向かって元32番は言い放つ。
「人気ないね」
「なんで恥をかかせたし……」
そりゃ『したい人』ではハードル高いでしょ、せめて協力しても『構わない人』くらいにしとけば、もうちょっとマシな結果になったんじゃないの?
元32番の人はおかまいなしに謎の挙手大会を続ける。
「じゃあさ、フォメルス王をぶち殺したいと思ってる人、手を挙げて!」
ボクは反射的に手をピンと突き上げた、フォメルス王をぶち殺したい気持ちにいつわりなしだ。
そして驚くことに、ほぼ満場一致で剣闘士たちが手を挙げている。
挙げていないのはとくになんの思い入れもない部外者のオーヴィルと、物騒な一体感にアワアワと狼狽えているティアンだけ。
皆、しぶしぶ従っているけれど、本当はフォメルス王が大嫌いだ。
そりゃそうだ。アイツにとってボクたちは使い捨ての玩具でしかないんだから。
「――じゃあ、ぶち殺そうぜ!!」
何者かはしらないけど、元32番が上手に皆を焚き付けところでボクが引き継ぐ。
「フォメルスは客席側から上階にあがって、20位以上の闘士を従えてこちら側に向かっているはずだ。
皆が力を貸してくれれば三十対二十の乱戦でフォメルスと対峙できる。奴隷であるボクたちが、この大国の王とほぼ五分の状況で戦えるんだ」
フォメルスと上位闘士たちとの合流はもはや避けられないだろう。
一軍VS二軍が果たして五分かは置いといて、彼らが協力してくれれば状況は悪くない。
「――こんな機会は二度とない、千載一遇のチャンスだよ!」
闘士たちの闘争心が昂り始めているのが分かる。
「やろう」「故国の敵が討てるなら、俺は命を捧げる」「ああ、これは俺の戦いの続きだ」「まさか、こんなチャンスが訪れるとはな」
なんて鮮やかな手のひら返し、協力してほしければ誠意を見せろ。の上から目線が、いつの間にか自分たちの問題へと転化している。
それで良い、命をかける以上は自分の戦いであった方がいい。
「イリーナ!」
ティアンがボクの袖を掴んだ。その視線の先、広い通路の先から武装した一団がこちらへと向かって来ている。
その先頭を歩くのは近衛兵長だ――。
ボクは中位闘士たちに確認する。
「戦う覚悟はできた?」
「やめとけと説得されても止まる気はない」
元31番がそう答えると、「そうだそうだ」と皆が同調した。
立ちはだかるは最強を決めるコロシアムにおいて強い順に上から集めた二十名、ボクは彼らのことをしらないけどコロシアムの観客にとっては一人一人が英雄に違いない。
五メートル先で立ち止まると、近衛兵長は鬼のような形相でボクを睨みつける。
「覚悟するがいい、魔女め!!」
「ま、ま、ま、魔女!?」
まさか魔女呼ばわりされる日が来るとは思いもよらなかった。
はじめて会ったとき無礼打ちにさえしておけば、こんなことにはならなかったと、そんな心境だろう。
たとえこの騒ぎを鎮圧したところで、フォメルスが皇帝を謀殺したという事実は広まる。
コロシアムは崩壊、騙されてきた家臣たちは造反、最悪、権力の失墜は免れない、この状況でも彼に従うのか。
重用されてきた近衛兵長は国王暗殺の共謀者だったのかもしれない、だとしたらティアンの仇の一人だ。
「剣闘士はみな私に従え! 反乱を鎮圧すれば全員に釈放および褒賞をあたえると王のお達しだ!」
近衛兵長が中位闘士の懐柔に掛かった。さすが、ティアンがしなかったことを平気でしてくるな。
「釈放だってよ!」
みえみえの罠を笑い飛ばす元32番を無視して、ボクは近衛兵長に言い返す。
「これは我々の尊厳をかけた戦いだ! 見え透いた甘言には誰一人として踊らされないぞ! 恥を知れ、薄汚い逆賊の手下!」
カッコイイことを言ったけど、ボクだけはどうしたって処刑されるのだからただの保身だったりする。
そんなことよりもボクは焦っていた。
――アルフォンス!
『……勇者様なんですか? こちらもいま軍と交戦中で――』
――フォメルスがいない!
『なんですって!?』
上位闘士を引き連れているのは近衛兵長、フォメルスの姿が見当たらない。
何人倒したって意味がない、やつを仕留めない限り闘士たちが無駄に死んでいくだけだというのに。
『勇者様、フォメルスは来た道を引き返しています。どうやら――を、連れ――』
「アルフォンス? アルフォンス!」
通信が途絶えた。魔力切れか緊急事態か、その両方かだ。
フォメルスは上位剣闘士たちを懐柔するとその指揮を近衛兵長に一任し、剣闘士の居住スペースから観客通路へと引き返した。
そのまま下階に降りてコロシアムの外へと脱出するつもりだ。
ボクは迷っている。じっくりやれば上位闘士たちを説得して皆の負担を軽減できるかもしれない、一方でそんな余裕はないと焦りを感じている。
「行ってください!」
そんなボクにクロム隊のイバンが離脱を促す。
「――姉弟子はフォメルスを追ってください、ここは俺たちが絶対に食い止めて見せます!」
元31番も頷いてくれる。
「俺たちから仕掛ける、その合間を抜けて先に進め」
「またどっかで会おうぜ、お嬢ちゃん」
背中を押してくれた元32番に、ボクは「必ず」と答えた。
「行くぞおおおおおおッ!!」
イバンが雄たけびを上げると、元31番を先頭にして中位闘士たちが一斉に上位闘士たちに襲い掛かる。
五十人による乱闘、しかし皆が意図的にスペースを作ってくれているおかげでなんとか抜けることができそうだ。
「ティアン! オーヴィル!」
二人を呼んでボクは走り出す。囲みを抜けて、フォメルスに追いつかなくてはならない。
側面から飛びかかってくる敵を巨大な剣が薙ぎ払う、後ろをオーヴィルが守ってくれている。
ボクとティアンは乱戦を抜け、客席側通路へと抜ける屋上を目指して走る。
そこに、ボクらの行動を先読みした近衛兵長が立ちふさがっていた――。
ここまできたら双方に言葉はない、命を交換するだけだ。
他には目もくれず、近衛兵長は一目散にボクへと向かって指揮刀スパダを振り下ろして来た。
半身になって腕を最大限まで伸ばしたその器用な一撃に対して、ボクはただ反射的に攻撃を繰りだすしかなかった。
モーションで勝るレイピアが先に到達する。しかし、その切っ先は虚しく空を切った。
「――!?」
近衛兵長は軸をずらしながら攻撃を繰りだすことで刺突を回避すると、初撃と交差させて攻防一体の一撃をボクの頭部に振り下ろした。
――死んだ。
そう確信したボクの眼前で、近衛兵長のスパダが激しい破裂音とともに砕け散った。
オーヴィルの大剣が空中でスパダをたたき折っていた。
「立ち止まるな、走れ!」
声に押されてボクは前進、すれ違いざまに丸腰の近衛兵長の脚をレイピアで深く突き刺した。
「ぐうぅ!?」呻く近衛兵長。
怖気付いて足を刺した訳じゃない。上体を捻って回避する技を見たことで、軸足への攻撃へと切り替えた。
近衛兵長は足を負傷して転倒、すぐに立ちあがれるような浅い傷じゃない、放っておけばすぐに失血死してしまうだろう。
ボクらは振り返らずに走り出した。
凄腕の猛者たちが殺し合う喧騒を背にして、上位闘士居住スペースへと駆け上がる。