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三幕三場「中位闘士30人」


この作戦にタイムリミットがあるのは覚悟の上だ。


最初の襲撃で押し切れていれば理想的だったけど、それは叶わなかった。

想定していた下位闘士二百が当日までに百まで減少していたことが響いたように思う。


当日に立ち会うため闘士たちが申請に消極的になり、試合を組まなくなってしまった。

それによる休業状態を脱却するため、運営がエキシビションを頻発して大勢の脱落を招いた。


二百人を悔いる意味はない、たとえ一人でも決行せずにいられなかった玉砕覚悟の作戦だ。


下位闘士たちは近衛兵に抑え込まれ、フォメルスは援軍を募りに施設内に避難し、軍隊がボクらを制圧するためにここへ向かっている。


「アルフォンス、ヴィレオン隊の動きは追える?」


『言われるまでもなく、ヴィレオン氏と連携して敵の伝達係を先んじて拘束していました』


別働隊は機能している、アルフォンスの魔法も最適だ。


『――しかし、どういうわけか軍が大挙してこちらへ向かっているのです」


――報告が遅れているくらいで即、大軍を寄こすかっ!?


コロシアムは円形の闘場を三階までの客席が囲んでいる、それが壁となって外から中の様子はわからない。

まずは一人、二人を状況確認に送ってくる程度と考えていたけど。


「指揮官はよっぽど心配性みたいだね……」


――オッサンの判断は?


事前の打ち合わせでは、フォメルスを逃がさないため外周で網を張っているはずだ。


『伝達係の話だと、駐屯所の責任者はチンコミル将軍という人物だそうです』


「……ん、うん」


一刻を争う事態だ、細かいことを気にしている場合ではない。


『チンコミル将軍は優秀な男らしく、チンコミル将軍の性質ならば、百人規模のチンコミル隊を即座に送り込んでくるはずだと』


ボクは耐えきれず叫んだ。


「黙ってろっ!!」


『……え? 一体なにが気に触ったのかまったくの謎なんですが?』


「大きな声をだしてごめん。でも、その名前を連呼しないで……」


緊張感をそがれた結果、ズルズルと敗北するまでありえるひどい名前だ。


ボクの耳に入ってくるのは自動翻訳された言語で、ボクの口からでる言葉もあちらの言語に変換されているらしい。

だから、こっちでは卑猥でもなんでもない固有名詞がボクだけ気になるという齟齬が生じている。


「――ボクの指示はあおがなくていい、そっちは全部オッサンの判断に任せる」


ボクはしょせんただの賑やかし担当だ。ボクの判断より元戦場指揮官であるオッサンの判断の方が的確で迅速だろう。


こっちはフォメルスを全力で追うだけだ。


『了解しました』



とにかく上へ向かうしかない、客席側の出入口と剣闘士の生活スペースにはへだたりがある。

上位闘士と接触するためにフォメルスは遠回りが必要だ、まだ間に合うかも知れない。


「フォメルスの護衛は何人?」


『三人、フォメルスをいれて四人です』


ボクとティアンは戦力にならない、いくらオーヴィルが強くても一人では荷が重いだろう。

下位闘士たちはここに近衛兵と看守を貼り付けにするので手一杯だ。


こんなときにクロムやジェロイみたいな頼りになる仲間がいてくれたら……。


「そっちからは戦力を回せない?」


『手配済みです、勇者様は上に向かってください』


先を見越した素晴らしい手際。


「さんきゅー!」


アルフォンスのおかげで即座に方針が決まると、ボクはオーヴィルとティアンに向き直る。


「――アルフォンスが魔法でフォメルスを追跡してくれてる、ボクらも上に向かおう!」


ティアンが感心の声を上げる。


「さすが天才魔術師アルフォンス様!」


「まあ、うん……」


様とか付けなくていいよ、優秀だけどクズなんだから。



敵を薙ぎ払い先導するオーヴィルを追う形で、ボクはティアンの手を引いてゲートへと駆け抜ける。


数百が争い、それを数千の観衆が遠巻きにして見守る会場、混沌としたなか民衆はなにを思ってるんだろう。


殺し合いを娯楽として楽しんでいた人々に人間らしい意思を示して見せることで、なにかしらの変化を起こせたのだろうか。


舞台裏に当たる待機場は外の熱気と騒がしさとの対比でやけに静かだ、看守も剣闘士たちも出払っていて施設内に人影はない。


一人、二人が追ってきたところでオーヴィルの敵ではないし、下位闘士たちがよく持ち堪えている。



「アルフォンス!」


ボクは上階への階段を目指し、下位闘士の居住スペースを駆け抜けながらアルフォンスに呼び掛ける。


『なんでしょう?』


「ジェロイは一緒?」


できれば彼と一緒に戦いたい、共闘の経験から連携もとりやすいし、裏切りの件でできたわだかまりを一緒に戦うことで払拭できると思うから。


ボクはもう気にしてないけど、ジェロイの方が意識して関係の修復がいつまでもできないってことがありうる。

コミュニケーションや意思表示の苦手な彼には、実際に貸りを返させてやった方が気持ちが軽くなると思うんだ。


『いえ、ジェロイ氏の姿が先程から見当たらないのです』


「見当たらない?」


それは魔法でさがせないのだろうか。


『私も勇者様とヴィレオン氏との通信に手一杯でして、単独行動中のジェロイ氏をさがすことで途切れてしまう可能性があるので、優先順位を考慮して放置しています』


三カ所も四カ所も同時につなぐのは難しいらしい。


みんなが命懸けで戦っているのに、ジェロイと仲直りしたいなんて個人的な目的を優先させる訳にもいかない。


「わかった、無理いってゴメンよ」


ボクはジェロイとの合流を諦めて先を急ぐことにした。



下位居住スペースを抜けて階段を上がる。


「イリーナ! 止まれ!」


先行していたオーヴィルがボクたちを制止した。


「どうしたの?」


「分からねぇ!」


ゼロ点の報告きた!


ボクは前方を確認する。すると階段をあがりきったところに武装した集団が待ち構えていた。


50位以上の闘士たちだ。


情報が洩れるのを警戒して、闘技場に目的意識ができているであろう上位闘士たちには内密に作戦を進めてきた。


なにが起きているのかを把握していないはずなのに、彼らはなぜ武器を取っているんだ?


すでにフォメルスと接触していて、50位以上の剣闘士すべてが敵に回ってしまったのだとしたらとても勝ち目がない。


「どうする?」と、オーヴィルが指示をあおいだ。


どうするって言われてもさ……。



「姉弟子――!」


集団のなかからボクを呼ぶ声がした。


イマイチ腑に落ちてないその愛称でボクを呼ぶのは見知った顔、クロムの弟子たちのなかで唯一、上階まで進めた彼の名前はイバン。


「イバン、どういうこと?」


顔見知りの登場にボクは安堵して一団と合流した。


「アルフォンスさんに言われて、みんなに事情を説明していたところです」


アルフォンスが手配したって言ってたのはこれのことか。中位闘士三十人、これだけの戦力が得られるのであればありがたい。


しかし、イバンの交渉は難航している様子――。


「事情はわかったが、俺たちにあんたらを手助けする義理はないな」


当然、そうなる。闘士の一人が言ったのは正論だし、みんなも口々に不満を漏らしている。


「そのお嬢ちゃんがお姫様か?」「そりゃ、フォメルス王と見比べたら見劣りするよな」「どっちに付くのが賢いか、馬鹿でも分かるぜ」


それが分からなかったボクは一体なんなのか……。


協力する気が皆無だったら戦闘準備なんてしていない、フォメルスの手下ならもう行動にうつしている。

つまり、そっちに付いたらどんなうまみがあるのか必死こいて説得しろよってことだろう。


ティアンがまえにでて中位闘士たちに頭をさげる。


「わたくしのいたらなさは重々承知しております。ご助力いただいたとして、それに報いる手段が有るのかすらいまはまだ分かりません。

それでもどうか、すみやかに争いを終息させ犠牲を最小限に抑えるため、どうか皆さんのお力を貸していただきたいのです!」


ティアンの必死の訴えに闘士たちは呆れ顔だ。


たとえうそでも、フォメルスを討った暁には皇女の権限で釈放及び財宝を与える。と、でも言えば交渉くらいにはなったかもしれない。


これじゃあ、報酬を要求する相手に奉仕を要求し返した形だ。無償で働けって言われて従う道理はない。


それでも、その場しのぎのうそを付かなかった彼女は真摯だったとボクは思う。


「駄目だ、話にならねぇな!」


ティアンの願いを闘士Aは突っ撥ねた。


フォメルス王は上位闘士たちと合流したころだろうか、じっくり説得したいがそんな時間はない。


グダグダと時間を浪費するくらいなら素通りした方が幾らかマシか。


「めんどくせぇっ!」


「なんだと!」


ボクの暴言に闘士Aが噛み付いた。


正直、女の子相手にネチネチとやっているマッチョどもが見るに堪えないし、もう頭を使うのに疲れてしまった。

駆け引きもなにもない、ボクはティアンにならって率直な意見をぶつける。


「困ってるからって下手に出ると思うなよ? おまえらの選択肢は三つ!」


ボクは彼らの選択すべき三つの選択肢を指折りして教えてやる。 


「――ボクたちに協力してフォメルスに一泡ふかせるか! 傍観に徹した結果、処刑されて死ぬか! フォメルスに協力してか弱い女子を得意気に殺す醜態をさらした揚げ句、結局処刑されて死ぬか!」


すでにフォメルスの怒りは頂点だ。関与しなかったから御咎めなしなんて、剣闘士がそんなお高い身分なわけないだろう。


「死ぬか! または死ぬか! それとも死ぬか! この三択なんだから大人しく男気を見せろ!」


雑にもほどがあるボクの演説が誰かの心を打つことはなく、オーヴィルの拍手だけが沈黙のなかに鳴り響いた。


「皆さん、アレです! うん…………」


イバンがフォローしようとして注目を集め、けっきょくできずに黙ってしまった。


彼の善意はボクをすごく残念な感じにしてしまったね……。


諦めかけたそのとき、その声が上がった。


「俺は協力しても良いと思っている――」


「なんで!?」


こちらから協力を求めておいてなんだけど、いまのひどい演説でなぜ?

ボクは戸惑ったが、協力を申し出た闘士にこちらを茶化すような雰囲気はない。


協力を申し出てくれたのは一目で強いとわかる闘士だ。それでいて、どこかで見た顔だった。



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