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二幕八場「千秋楽」


「……おい、俺がなんだって?」


名前を聞き分けられるだけの知能は有しているらしい、ボケっと話を聞き流していたゴリラが反応した。


親切心で復唱してやる。


「ティアン姫を掲げて逆賊フォメルスを失脚させるクーデターが勃発する。首謀者の名はオーヴィル・ランカスターだ!」


小声なりに語気を強めて断言した。


「ちょっと待てっ! そんな話は初耳だぞっ!」


ようやく理解したのか、ゴリラがなんだか手をあれこれと振って抗議の姿勢を表明している。


「はじめてしたんだから当たり前だろ、馬鹿なの?!」


ものわかりの悪いやつだな! というニュアンスで叱責すると、俺が悪いのか? という表情で固まった。


クーデターを起こす、まさに最終手段だ。


今朝、それを皆に提案した結果、もはやそれ以外に方法はないという結論に至った。


看守のオッサンことヴィレオン元将軍は血統派残党との連携を約束してくれた。

アルフォンスも自らの自由のためだと乗り気だ。彼に関しては役に立つかはべつの話だが。


意外にも一番しぶったのは、当事者であるティアンだった。自分のために多くの血を流させる訳にはいかないと言っていた。


だけど、フォメルスが統治し続ける限り血は流れる、ティアンが犠牲になっても誰の命も救われない。


革命に参加するすべての人々は自分の未来のために剣を取るのだと、ボクはそう言って彼女を納得させた。



そして、いまここに納得していないゴリラが一匹。


「それって、ヤバイ話なんじゃないのかっ?!」


と、ウホウホ吠えた。


大陸一の権力者にけんかを売ろうってんだ、そりゃヤバイに決まっている。

でも、コロシアムに来てからはいつだって命懸けだった。なにもしないで死ぬか、できる限りのことをして死ぬかの二択だ。


ボクはゴリラを躾ける。


「黙ってろ!!」


「黙っ――!?」


「いま大事な話をしてるんだ、説明は後でしてやるから大人しくしてろ!」


座って、待て。


「でもよぉ……」


でもよぉ……、ではない。


しょんぼりと地べたに座る大男を無視して、ボクはクロムの生徒たちとの会話を再開する。


「うわさを広めるだけでいいのか?」


「うん。ただし、必ず看守の目を盗んで剣闘士だけに広まるようにうまくやってほしいんだ」


看守の監視がない場所で、コッソリと下位闘士全員に行き渡らせてほしい。


「そんなことが可能か? 大勢に広まれば告げ口するやつも出てくるだろう」


一人でもそういうやつがでてくれば、この計画は破綻の危機を迎えるだろう。

うまくいかないと不安になる気持ちは分かる。でも、きっと大丈夫だ。


いま下位闘士はかなりの数が確保できている。そこのゴリラみたいな復帰組という例外を除けば、しばらく増員はないだろう。


すでにボクが頂上決戦の申請をだしてそれを大々的に触れ回っている。

皆の興味はそっちに向いて、下位闘士を大量消費して話題作りをする必要もない。


現在ここにいるのは選抜試合を生き残った猛者であると同時に勝てずに上階へと上がれなかった連中。

どんなに努力しても、スター選手になって野望を叶えることはできないことを思いしった連中だ。


「剣闘士として名を上げよう、絶対に頂点を取ろう、そういう意気込みでいるやつから漏れる可能性はある」


彼らにしたら革命によってその機会を奪われかねないからね。


「――でも、そんなやつならすでに上の階に行ってるか、試合を詰め込んで高確率で死んでる」


下階にいるほとんどの人間あつかいされてない罪人や奴隷たちにとってここは墓場だ。不満を抱えてない訳がない。


もし『革命』が成功したら自分の境遇が改善されるかもしれない、自分の立場が危うくならない限りは密告はないと思う。


とりあえず様子を見ようと考える。


『実現したら面白いな……』そう漠然と期待しているうちに、『起きてほしい』と切望するようになる。


そして、その状況を維持するには繊細なタイミング調整を要する。

死だけが隣り合わせで他にすることのない毎日だ、すぐ待ち切れなくなるだろう。


『起きなきゃ俺はおしまいだ!』となるまでの時間を掛けなきゃいけないし、『もういいや……』となるまえには決行しなきゃならない。


「確かにな、劇的な境遇の改善が起こる可能性に期待感がある」


「王様や看守を強く恨んでるか、自分の境遇を儚んでるやつらばかりでしょ? どっちに肩入れするかは明白だと思う」


きっと、決行までは黙っていてくれる。


密告があったとき首謀者の名前がボクの場合、度重なるやりとりからフォメルス王を警戒させることになる。

けれど、全く関係のない人物の名前ならば囚人たちの妄想として時間が稼げるかもしれない。


だから首謀者は下階でくすぶっている288番くらいがちょうどいい。


「それってよぉ……、全責任が俺にかかるんじゃないのか?」


話についてこれていないのも相まって、オーヴィル・ランカスターはすっかり借りてきたゴリラ状態だ。


ゴリラ。いや、われらがリーダーのことは敬意を込めて座長と呼ぼう。ボクはオーヴィルに頭を下げる。


「座長! よろしくお願いします!」


「座長ってなんだ? 待ってくれよ!」


この際、首領でもなんでもいいけど。


「ああもう! もともと脱獄までさせようとしていたやつが小さいことを気にしてんなよ! ずうたいに見合った度量を見せろ!」


脱獄だって失敗したら死刑だろうが。


「マジかよ、マジでクーデターを起こすのか!?」


その戸惑いは分かる。自分が歴史的大事件の首謀者なるなんてボクだって思わなかった。


敵は国家そのもの、しかも戦争常勝の軍事大国だ。


「いいか、オーヴィル。失敗したら首謀者だろうが共犯者だろうが死刑、でも成功したら首謀者のおまえが英雄だ!」


「でもよぉ……」


でもよぉ……、ではない。


「モテるぞ?」


「べっ、べつに、モテたかねぇけどよぉ……」


ボクが知る限りそれはモテたいやつの反応だ。


そうでなくとも女の子を助け出すというシチュエーションに浮かされて、コロシアムに潜入してくる馬鹿だもん。


安心しろ! モテる! ただし主に投獄された奴隷や罪人たちにモテる。

ちなみに例外を除いてコロシアムの闘士はみんな男だけどな!


「ボクを見捨てるのか、助けるのか、ハッキリしろ!」


ボクは二択を迫った。


「分かった助けるっ! 助けるよぉっ!」


「よし、漢だなおまえ!」


そしてすごく童貞っぽいな!


乗りかかった船ってこともあるだろうけど、女子が困っていたら革命起こしちゃうとか馬鹿のスケールがすごい。


ああ、それってボクのことか……。


オーヴィルに心配される。


「ん、どうした?」


自分のめでたさに眩暈がした、顔面真っ赤だ。


「なんでもない……」


異世界人のボクにこの国への思い入れだとか、責任といったものはない、革命という結果は目的ではなくあくまで手段だ。


好きな娘がたまたまお姫様で、嫌いなやつがたまたま王様だった。政治だとか奴隷たちの境遇改善だとかにはなんの興味もない。


正義のためじゃない、私欲でゴメン。


ボクはただ、地面の感触すら忘れてしまった少女と青空の下を歩いてみたいだけなんだ。




計画は単純――。


コロシアムから出られないボクらは必然的にコロシアム内でフォメルス王を撃つ。

普段なら近付けもしない偉人が、自分たちのフィールドに来てくれるのがポイントだ。


そのためにボクは頂上決戦の申請を出した。ウロマルドと闘うためじゃなくて、フォメルスが確実に姿を見せる日と革命の決行日を一致させるためだ。


その日は国が生まれ変わるかボクらが死ぬかのどちらかだ。


ボクはオーヴィルにすべてを説明し、ティアンを紹介した。


ティアンのルックスと境遇はオーヴィルのお気に召したようで、断然乗り気になってくれた。


「フォメルス王、断罪すべし!」だ、そうだ。オーヴィルは決戦までボクらの護衛を申し出てくれた。


暗殺に失敗したフォメルス王が次の手を打ってくることを心配していたけど、その後アサシンによる襲撃なんかはなかった。


頂上決戦の盛り上がりを優先することにしたのかもしれない。


ボクはギリギリまで根回しをして下位剣闘士たちを煽り続けた、フォメルスとボクらの戦闘が開始されれば味方についてくれるだろう。

それも戦況によるけれど、下位闘士約二百名の仲間を得たことになる。


敵は帝国時代に最高司令官を務めていたフォメルス王。それを護衛する精鋭部隊、国王直属近衛騎士をふくむ兵士が五十名。


そして、最強剣闘士ウロマルド・ルガメンテを含む上位剣闘士、五十名弱。


この時点で兵士の質に天と地ほどの差がある。


オッサンがどこまで看守たちをコントロールできるかによるけれど、それによっては百人以上の看守も敵兵力だ。


それらを相手に軍隊の到着までにフォメルスの首を取れなければ敗北。軍隊が到着すれば即座に僕たちは制圧されるだろう。



    *    *    *



作戦当日――。


こちらのタイミングで動けるようにと、昨夜は看守のオッサンが鍵を掛けずにおいてくれた。


ボクがティアンの部屋の扉を開けて廊下をのぞくと、すでにアルフォンスとオーヴィルが待機していた。


「さて、行くか!」


決戦を前にオーヴィルは昂っている。瞳がギラつかせる獰猛な表情はゴリラというよりも鰐を彷彿とさせた。


その勇ましさにボクは野暮な質問をしてしまう。


「敵は兵士の最上位五十人と、闘士の最上位五十人だぞ、怖くないの?」


「組織をつぶしたときも数だけならそれくらいいたさ、戦場には十万人はいたな」


戦場の十万人はべつに自分で倒した訳じゃないだろうし、味方も含めた数だと思うけど、一対百を実際に勝利している実績はすごい。


「頼もしいよ」


「勇者様、涙を流すのは早いですよ?」


アルフォンスの指摘に、目尻から涙が溢れかかっているのに気付く。


オーヴィルが狼狽える。「お、俺のせいかっ?!」


「いや、違うよ。なんか、いまこの場にクロムの姿もあるように錯覚しちゃって……」


仲間たちで戦いに挑むこの空気があのときとシンクロした。


大丈夫だ、やれるさって、あのとき背中を押してくれた彼の感触がよみがえったみたいだった。


アルフォンスが改まってボクに会釈する。


「勇者様、ついにこの日が訪れましたね。ぜひ私を自由へとお導きください」


予期せずそういうことになるのか、ボクがアルフォンスをコロシアムから開放する。そんな日がくるとは思ってなかったけど、勝利の暁にはそれもありえる。


「がんばろうぜ」


ボクは控えめにそれに答える。


この世界で一番付き合いの長い自称天才魔術師、世話になったやら、ならなかったやら。


「魔獣戦のときみたいに頼むぜ、うまくボクをサポートしてくれよ?」


ボクがそう言うとアルフォンスは首を横に振り、意外な告白をする。


「申し訳ないのですが、勇者様とはここでいったんお別れしようと思います」


魔術師は唐突に別れを切り出した。



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