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二幕七場「劇団R」


ボクはその名を呼ぶ。


「おまえはラ……、ラ? ミスター・性欲ッ!?」


『皆殺し』の二つ名で有名なオーヴィル・ランカスターさんじゃないか。


「だからぁっ! その呼び方はやめろって、普通だからな性欲はっ!」


この愛称を知っているのは剣闘士じゃもうボクとアルフォンスだけか、あらためて広めたいところだ。


それにしても懐かしい。ボクが召喚されたその日、はじめての殺し合いの場で声をかけてきた大男。

強すぎるがゆえにアルフォンスにハメめられて真っ先に退場させられたはずだったけど――。


「どうやって蘇ったの? ゾンビなの? 性欲の強いゾンビなの?」


フランケンシュタイン博士に作られた怪力人造人間なの? 怪力人造ゴリラ、あるいは性欲の強いゴリラのゾンビなの?


異世界にはそういう技術があってもおかしくない。いや、絶対ある。そしていつか、ゾンビ関係の厄介事に巻き込まれるに違いないんだ。


オーヴィル・ランカスターは答える。


「死んでなかったんだよ。戦闘不能で退場して、やっとのことで回復したから剣闘士に復帰したんだ」


なんだよ、てっきり死んだと思っていた。


大物の空気をまとって登場した癖に、呆気なく退場してしまったのが不憫で話題にするのも避けてたほどだ。


「良かったね、生きてて」


「お、おう……」


初対面のときは恐ろしくて正視することすらできなかったマッチョなのに、いまは面と向かって話ができる。

ウロマルドと比べたらまだ人間に見えるし、キマイラに比べたらじっさい人間だしな。


「で、いまは何番なの?」


ボクは14番だけど。


「288番だが、それがどうかしたのか?」


ボクのはじめの番号より大きいじゃないか、脱落時に順番を詰められて増員のタイミングで復帰したな。


「ボク、14番」


「さっき15番って言ってたあれはなんだったんだ、意味が分からねぇよ!」


狙い撃ちされないための保険としてうその番号を流布しただけだ。


「――チッ、自力でコロシアムから出る勢いじゃねぇかよ。これじゃあ、なんのために俺が潜入して来たのか分かんねぇな」


ゴリラの発言は聞き捨てならなかった。


ん、なんだそれ? まるで、ボクのためにわざと投獄された。みたいな言い草じゃあないか。


「おい、どういうことだ? 詳しく聞かせろ」


ボクが説明を求めるとゴリラは顎を横に振るジェスチャーで移動を促す。


「人気のないところに移動するぜ?」


は、なんで人気のないところに……。コイツ、本性現しやがったな!


「やだよ!? オマエ、乱暴するつもりだろ! 乱らな棒で文字通り乱棒するつもりだろ!」


ホワチャー! って言って、自慢の棒術を披露するつもりだな!


「違うよ!? 内密な話なんだよ、大人しく話を聴いてくれっ!」


確かにボクらは目立ちすぎる。内密な話をしづらいのは分かるけど、なんでおまえみたいな大男が女子と簡単に二人きりになれると思ってんだよ。


怖いに決まってんだろ! だって筋肉が超合金みたいなんだよ!


ボクはゴリラを相手に人間としてできる精一杯の譲歩をする。


「小声で話せ」


ウホウホと小声でな。


「分かったよ……」


ゴリラは渋々了承した。その口から衝撃の事実が明かされる。


「俺はアンタを護衛し脱獄させるように依頼を受けて、このコロシアムに潜入して来たんだ」


「え?」


想像だにしていなかった。オーヴィル・ランカスターは何者かにボクを助けだすよう依頼を受けてここに来た。


……マジかよ。


「一つ、言ってもいい?」


ボクはこの溢れだす感情を言葉にしなくては収まらない。


「ああ、なんでも言ってくれ」


オーヴィル・ランカスターは頼もしく頷いた。


ボクは素直な感想を告げる。


「 役 立 た ず 」


沈黙。


「――おい、ゴリラ?」


「…………」


黙ってしまわれた。


しかし責任のすべてを彼に転嫁するのはひどいかもしれない、助けようと接触して来たところを、すっかり委縮してまともに取り合わなかったのはボクな訳だし。


それよりさ、ボクを助けにきた凄腕傭兵を罠にはめて退場させたアルフォンスが敵でなくてなんなの?


あいつが余計なことさえしなければ、もっとスムーズにことが進んだんじゃないかな。


ともかくだ、これで長らく謎だった重要な情報が得られる。


「誰からの依頼で、ボクは何者なの?」


体の持ち主の正体がやっと分かる、自然とテンションがあがった。


「…………」


しかし、オーヴィルはしゅんと視線を床に落としたままだ。まだ凹んでんの!?


さすがに言い過ぎたかなと謝ろうとした瞬間、ようやく彼が口を開く。


「それが、ここへは依頼主に紹介された案内人と一緒に潜入したんだが、ソイツが選抜試合の時点で死んじまってな……」


押し黙ったゴリラが役立たずを指摘されて落ち込んでいるのかと思ったけれど違ったようだ。


どうやら雇われ傭兵の自分には詳しい事情は分からないということらしい。


オーヴィル・ランカスター自身はボクの素性をしらず、ボクの身内に雇われた赤の他人ってことらしい。


残念、謎は解けずじまい。


ただ、それなりの報酬を払ってでも彼女を助けたがってる人物がいるってことは確かみたいだ。


イイトコのお嬢さんだったりするのかもね。


「こんな危険な仕事をよく受けたね……、よっぽど報酬が良かった?」


入ったら二度とは出られぬこの地獄の闘技場に、どんな大金を積めば潜入してくれると言うのだろう。


「悪くもなかったが、女一人をこんな危険なところにほっとけないだろうが」


は? なにこのゴリラ、人間の優男みたいなことを言いだしたぞ。


「皆殺しの二つ名にそぐわない……」


もっと残忍なやつだと本気で思っていたよ。


「いや、あれは誤解だ」


「うわさはうそだったってこと?」


うそならそのほうが安心できるよ、依頼主もろとも襲うイカレ野郎と今後つきあえる気がしないよ。


「いや、順番が逆……」


「ん?」


意味が分からない。たしか犯罪組織から依頼主を護衛する依頼を受けて、護衛任務なのになぜか敵対組織を壊滅後、非道にも依頼主を殺して財産を奪ったと聞いたけど。


その逆ってどういうことだ? 想像力はたくましいと自負するボクにもまったく状況が分からない。


オーヴィル・ランカスターは遠慮がちに説明する。


「だから、なんだ? 依頼を受けてだ、悪いヤツを倒そうと殴り込んだらそこは依頼人の家だった」


「はあ!?」


ボクはますます混乱する。


「でだ、間違いに気付いて慌てて折り返して行って、犯罪組織を壊滅させたんだ」


「敵を倒すより前に依頼人を殺したの!?」


もうなにがなんだか、ゴリラのすることは人間にはよく分からないよ。


「殺してねぇよ! 殴り込んだ腹癒せに悪いうわさを流されたんだ! おかげでタダ働きだ!」


対立する組織に騙されたとか、そもそも依頼主がなにかしらの悪巧みをしていただとか、複雑な事情があったのかもしれない。


それを断片的な説明から判断することはできないし、深く掘り下げるだけの興味もない、ただ一つだけ確かなことがある。


「おまえ、馬鹿だな!」


「ふぐぅ!?」


ふぐぅ。じゃねーよ、皆殺しのランカスターはうわさ通りの悪人ではなくただのお馬鹿だった。


いたたまれなくなった大男は必死になって話を反らす。


「それで、どうすんだよ!」声をひそめて「――脱獄するなら手伝うって話だよ」


脱獄か、ティアンを逃がすことが可能ならその選択は悪くない。


「段取りは?」


助ける手段が優勝ではなく脱獄だと言うのなら、当然それなりの準備をして来ているはずだ。


しかし、ボクの期待ははかなく砕け散る。


「一緒に考えてくれ」


「…………」


ボクは眉間を押さえた。これは当てにならない――。


案内役とやらが先に死んでしまったのがあまりにも痛すぎる、脳ミソが死んで筋肉だけが生き残ってしまったんだ。


協力者が現れたことは素直に嬉しいが、しかしボクとフォメルス王の戦いはもはやその規模の話ではない。


「説明がめんどうだな……」


コイツの腕力を有効活用したい気持ちはあるけど、込み入った話を納得させるは手間がかかりそうだ。


「おっ、なにか作戦があるのか?」


あるけど、どこから説明したものか……。


「いいや、ついて来て」


昨日の今日に再開して、唐突に距離を詰めてきたコイツをフォメルスのスパイと疑わないこともない。

その場合、大事な試合のまえに脱獄をそそのかすとは思えないし、優秀な手駒に困らない王様が選抜で脱落した有象無象を利用する意味も分からない。


ボクはゴリラの飼育を引き受けることにした。



ペットを引き連れてボクはクロムの生徒たちをさがした。すでに歩き慣れた地下スペース、彼らとはすぐに合流できた。


「どうした、姉弟子」


十数人からいた仲間たちが現在は六人しか残っていない。


「また減ったね……」


大した交流もないけど、あのクロムを介してできた仲間だ。そんな連中が減っていくのはどうしたって悲しい。


「仕方ない。しかし、一人は上の階へ行けた」


「そりゃすごい!」


彼らはクロムが亡くなったあとも訓練を続けていて結束が強くなっている。

そのうちの一人が実力で50位以内に入ったなんて、本当に大したもんだ。


「それで、俺たちになにか用か?」


こちらから切り出さなくとも、彼らはボクの様子を察してくれていた。


「お願いがあるんだ」


それは決して誰にでも頼めるような気安いお願いではなく、皆の将来を左右する重大な任務だ。

明日をもしれないボクらの都合に、果たして彼らを捲き込むことが許されるのだろうか……。


「水臭いことはなしだ、なんでも言ってくれ。師匠が大切にした姉弟子のためなら俺たちはなんでもするぜ?」


重みのある言葉からは彼らの覚悟は伝わってきた。


ボクがしようとしていることが革命なのだと言ったら彼らはどんな顔をするだろうか?


「剣闘士たちのあいだにうわさを広めてほしい」


ここにいる六人が動けば、下位剣闘士二百名くらいにはすぐに噂が行き渡る。


「どんな噂だ?」


これを口にしてしまえばもう引っ込みがつかない。


これは反撃の狼煙だが、開始と同時にすべてをご破算にする可能性も秘めている最後の手段だ。


ボクは覚悟を決めて伝える。


「皇帝の忘れ形見であるティアン姫を掲げて、逆賊フォメルスを失脚させるクーデターの計画があるらしい」


賛同を得られないかもと不安もあった、しかし実際に伝えてみると手応えは十分。


「それは、最高だな」


クロム組の皆に活力が宿る。


死を待つだけの剣闘士たち、特に下位の闘士たちにとって自分の人生を変えるだけの『なにか』に対する渇望は小さくない。


ボクは宣言する――。


「決起場所はこのコロシアム、革命の首謀者は『オーヴィル・ランカスター』だ」



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