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二幕四場「暗殺」


問題を先延ばしにしてボクらは寝床につく。アルフォンスとジェロイをリビングに、ボクとティアンは寝室のベッドで横になった。


光源は窓から差し込む月明かりだけ、窓枠がわりにはめられた鉄格子がボクらの上にストライプ模様を落としている。


どれくらい経っただろう、ボクは眠る努力をしていた――。


……眠れない。


作戦会議中、入浴中とウトウトしていたのに、いざ明かりを消したらなかなか寝付けない。


目の周りがどんよりと重いのに意識は冴えている。脱力した体だけが重くなっていき、布団の上にズブズブと溶け出していく。


ティアンはといえば、彼女は寝付きも寝覚めも良いタイプなのですっかり夢の中だ。コロッと寝てスクッと起きる、うそみたいに。


皆が側にいて騒いでいるあいだはなんだか安心して眠かったのだけれど、無音になると途端に心がざわついてしまう。


ああ、静寂がなんてうるさい。


今日、ボクは人を殺した――。


興奮さめやらぬ……。違うな、達成感と罪悪感がせめぎ合って後者が大きく勝っている感じだ。


あんな悪党相手に負い目を感じることないのに……。


ティアンの治癒魔法でナイフが貫通した傷はふさがった。なのに、ボクの手首にはアイツがつかみかかってきた感触がくっきり残っていてまるで呪いみたいだ。


不思議だな。あの憎らしすぎる男がこの世界のどこにもいない、あんなに強烈な存在感を放っていたのにもうどこにもいない。


だのに、この手首の痛みだけがいつまでたっても消える気がしなかった。



静寂のなか、かすかに音がする――。


小動物の鳴き声のような軋み音、ドアの開閉音だ。


隣の部屋には男二人が寝ているはずだけど……、なんの用だろう?


「…………」


声を発することができない。戸口の方を向こうとしたけど、首どころか手足の一つも動かない。

体は疲労で眠りに入っているのに意識だけが起きている、いわゆる金縛り状態みたいだ。


ボクの上に侵入者の影が落ちる――。


暗さと逆光、意識の混濁のせいで何者か特定できない。侵入者はボクの布団を捲って顔を覗き込んできた。


顔を覗き込んでジッとしている。暗がりで顔を確認しているみたいだ。


――誰? アルフォンス?


侵入者は布団を持ち上げたまましばらく制止していたけれど、なにもせずに布団を戻した。


侵入者はボクをスルーしてティアンの方へと回り込んで行く。


――なにそれ、あっ、こっちじゃなかったわ、みたいな? もしかして夜這いか? ボクたちのルックスを天秤にかけてティアンを選んだな!


抗議の声は上がらず、ボクを素通りしていく侵入者を見送るしかない。

すぐに金縛りから抜け出して痴漢行為からティアンを守らないといけない。


不意に思い当たる。


――いくらなんでも、静かすぎないか?


足音も衣擦れの音もまったく聞こえない、まるで猫が通ったみたいな静けさだ。


視界の隅でなにかが閃いた。


輪郭も暗闇に吸い込まれる深い暗闇で、かすかな月明かりを反射してなにかが白く浮き上がっている。


寒気がした。白い影の正体は刃物の照り返しに違いなかった。


金縛りで動けないところを覗き込んできた侵入者の手にはナイフが握られている。


――いったいなにが起きてるんだ。


侵入者はベッドをティアンの方へと回り込んで行く、熟睡している彼女はそれに気が付かない。


起こさなきゃと焦る。でも、声が出ない! 起き上がるどころか腕が、足が動かない!


ボクは必死になって動く部位を探す。


首、駄目!

肩、駄目!

腰、駄目!

膝、駄目!


動かないッ! 声もでないし、手足がまったく動かない!


侵入者の目的はティアンの殺害以外には考えられない。このまま見殺しに? そんなの嫌だ!


肘、動かない! 指……動く、動くぞっ!!


ボクはシーツに小指を引っ掛けると骨折も辞さない覚悟で思い切り捩じった。


「ッッ!?」


激しい痛みに弾かれて、まるで全身の回路がつながったみたいに体が自由を取り戻した。

ボクは立ち上がり、振り上げたナイフをいままさに振り下ろしかけている侵入者に蹴りを放った。


「うおおおおおおッ!! 誰だテメーッ!!」


確かな手応え、いや足応え、高い位置からの前蹴りは侵入者の顔面に命中し後方へと吹き飛ばした。


ボクは足場の不安定なベッド上で転倒、ティアンの上に落下して悲鳴を上げさせた。


「きゃあ!? なに、イリーナ、どうしたの?!」


パニックになるティアンを庇うようにして抱きかかえる。


「暴漢が!」


「毛布なら予備がそこに――」


「防寒じゃない!」


「どうゆうことですの?!」


蹴り飛ばしたときに侵入者の正体に気づいた。だけど、脳が受け付けない。べつの可能性を模索して事実を受け入れられない。


派手に転倒した暴漢は慌てて立ち上がる。ボクは丸腰でティアンはまだなにも見えていないはずだ。

ボクは完全に怖気づいていた。再度、暴漢が襲い掛かってきても応戦できる気がしなかった。


しかし暴漢は強攻策にでることなく扉へと逃走する。


ボクは隣の部屋に向かって叫んだ。


「アルフォンスっ!!」


「はい、勇者様」


反応が速い!? このままだと事情を知らないアルフォンスが暴漢と鉢合わせ不意打ちを食うかもしれない。


「危ない! 馬鹿ッ!」


即座にアルフォンスが登場し、逃走経路をふさがれた暴漢がアルフォンス目掛けてナイフを突きだした。


「呼んでおいて馬鹿もないでしょう――よっと!」


あわやのところでアルフォンスが暴漢のナイフを弾き落とし、そのまま蹴り倒した。

アルフォンスの左手には明かりの灯されたランタン、右手にはたったいまナイフを器用に弾き飛ばしたレイピアが握られている。


ボクは魔術師の華麗な剣さばきに抗議する。


「それをボクよりうまく扱うんじゃあないっ!」


せっかく専用武器感だしたのに、レイピアの扱いがすでにボクよりアルフォンスの方がうまいじゃん!


「なんですか、さっきから理不尽なことばかり!」


アルフォンスの持ち込んだランタンは室内を十分に明るく照らしていた。


「でも、よく駆けつけてくれた!」


まるでヒーローみたいなタイミングだった。今回ばかりはボクも感心せざるを得ない。


「いざ夜這いでもするときは私、明るい方が興奮するたちなのでランタンを隣に用意しておいたのです。ジェロイ氏に殺されないようにとレイピアも奪っておきました」


「一回、脳をとおして発言してね!」


なんでも正直に言えば好感度が上がると思わないでね!


「するべきか! しないべきか! モンモンとしていたら勇者様の雄たけびに続いて激しい騒音がしたので、どうしたのかと」


「うそつけないならせめて黙ることを覚えて……」


さて、問題はそのジェロイだ――。


ボクは逃避したい現実と向き合わなきゃならない。


両手首を合わせて手のひらをそれぞれ、まぶたに押し付けるようなポーズをしてボクはうなる。


「あーっ! もーっ! なんでだよぉぉぉぉ!」


声にだして愚痴らないとやっていられないくらいにショックだ。


「イリーナ……大丈夫?」


ティアンが心配そうにしてる。大丈夫じゃないけど、なかったことにはできない。


信じていたのに、全幅の信頼を寄せていたのに、クロムを失ったボクがどれだけキミの存在に慰められていたか。


――仲間だと思っていたのに……ッ!



ランタンの明かりは、アルフォンスに蹴り倒されたジェロイをくっきりと映しだしている。


ボクは問い詰める。


「どういうことか説明してくれるよね、ジェロイ」


キミがなぜティアンを殺そうとしたのか――。



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