「バッカじゃねーの?!」
言い放った。
アルフォンスがジェロイを呼んで来るまでのあいだ、ボクはオッサンにウロマルドの戦い方を聞いていた。
それはまるで漫画みたいな話で、片手剣で馬の首を跳ねたり、三本束ねて撃った矢で三人仕留めたりするのだ。
なにができる限り協力したいだよ! 心を折りにきているとしか思えない! オッサンはボクの敵なのか!
「だが、現実だ。ウロマルド・ルガメンテは最強、それを承知で挑むと言う話だろう」
――挑むさ、でもやっぱり怖いんだよ!
一日二日で、いや一年あったってボクと絶対王者との実力差は埋まらない。
そんなことは当たり前だ。ボクは超人じゃないし体格的にはハンデすら負っている。
時間のないボクにできることは限られている。
ゼランを倒すためにレイピアのカッコイイ抜き方と、最後の突きだけを一日に十時間も毎日繰り返したように、訓練を一つ二つに絞ってひたすら反復練習、それを本番で成功させることだけ。
格闘ゲームで難しい技のコマンドを毎日練習して、その技だけなら今日はミスせずに出せるよって状態をつくること。
明日やれって言われたらもう今日くらいうまくできるか分からない、そんな不安定な代物だ。
たった数日でフェンシングの達人になった訳でも体が急に強くなった訳でもない。
相手の知らない武器の、知らない技を、相手のミスにねじ込んだだけ。
「よくしってる相手を選んで、
そいつより強い人の指導を受けていて、
相手に圧倒的に不利な武器を使わせて、
観客を全て味方に付けて、
演技で相手の冷静な判断力を奪って、
唯一できる技をなんとか命中させて、
それでもギリギリの勝利だった。
それが、今日の試合だよ?!」
無様すぎるでしょ、姑息の極みだよ!
ボクが戦うのは、どうせ殺されるからジタバタくらいはしようっていう極限状態だからだ。
こんな泣き言いっても状況は好転しない、それは分かっている。
でも、泣き言くらいわなきゃ気分転換も出来ない。頑張るから愚痴くらい言わせてって境地だ。
だのにオッサンは、なぜかボクのダサい告白を興味深げに聴いては感心したそぶりさえ見せている。
「おまえは弱い、戦士としては話にならない。軍の基本的な訓練にすらまともに付いてはこれないだろう」
「知ってるよぉ……」
ボクは半ベソをかいた。まさか、トドメを刺しにくるとは!?
「だが、いまの話しをきく限り、その勝利に偶然の要素が一つもない。すべてが実力で成し遂げたことだ。
軍を率いていた身としては、圧倒的な戦力差を運に頼らずに覆したことを称賛せずにはおれん」
シナリオどおりという意味では確かに偶然の介入する余地はなかったし、失敗もなかった。
「そ、そうかな……?」
「自分たちより小数の戦力を駆逐するより、多数の戦力を実力でねじ伏せる方が遥かに功績が大きい。それは優れた将による所業だ」
ボクは闘技場のファンに胸を張れるような闘士ではない。
けど、オッサンの場合はウロマルドの部族に苦汁を舐めさせられた経験があるからそう感じるのかもしれない。
――なんか、照れるな……。
「どうかしたのか?」
「いや、そうやって褒めてくれる人を最近亡くしたから……」
褒められると大分違う、そういう意味でもボクの成功は皆の力添えによるところが大きい。
そして失敗は独断による暴走に起因している。
「人の意見って大切だよね」
なので、最後の大詰め前に皆に相談しようって気になった。
「自分を卑下する必要はない、時間一杯よく考えることだ。とても、頭が良さそうには見えないが」
「一言多いよ?」
もしボクが賢かったら今頃100番辺りをウロウロしていたと思うし、王様とこんなにバチバチやりあってない。
むちゃができちゃうのは馬鹿の効用なんじゃない? つか、賢く見えないのは体の本来の持ち主の問題じゃね?
そんな感じでだいぶ話し込んだ頃、アルフォンスとジェロイが到着した。
「いやはや、お待たせしました。ジェロイ氏がなかなか見付からず途方に暮れてしまいましたよ」
行き違いがあったのだろうか? いくら広い施設とはいえ二人が行き来できる場所は限られているだろうに。
「どうせ、ボーッとでもしてたんだろ?」
コイツ、怠け者だからな。
「一生懸命さがしましたとも! 勇者様に対するこの献身、評価されてしかるべきですよ!」
抗議するアルフォンスをジェロイがフォローする。
「ウロマルドについていろいろ調べようと思って歩き回っていたんだ……。特に収穫はなかったけど」
どうやらジェロイはボクが気絶してからずっと情報収集をしてくれていたらしい。
「おい、アルフォンス。これが本当の献身だぞ?」
暇を持て余して寝ている人間の鼻に藁を突っ込んでいたやつとは訳が違うな。
「ありがとうジェロイ。でも、ウロマルドについては詳しい人がいたから大丈夫」
ジェロイはオッサンに視線を向ける。
「その人は……?」
「ボクの協力者。ジェロイもオッサンも信用できる仲間だから、お互い警戒しないで」
オッサンが立ち上がりジェロイに近づいた。大人の方から歩み寄ろうって態度だ。
「よろしく頼む」
そう言って握手を求めると、ジェロイが後ずさりをした。
彼にはもともと人見知りっぽいところはあるけど……。
「どうかした?」
ボクがジェロイに聞くと代わりにオッサンが答える。
「おそらく彼はわれわれが侵攻した敵国の少年兵だ。捕虜にされ、戦争終結後そのままコロシアムに収監されたのだろう」
ジェロイは犯罪者じゃなくて敗戦奴隷だったのか。
「……ヴィレオン将軍?」
ジェロイが本人に確認するように呟いた。初めて聞いたけど、それがオッサンの名前かな?
「しってるの?」
軍を率いていた将軍なら敵国の兵士がしっているのも当然か。
「俺は任を解かれてから七年がたつ、君が戦場に参加したのはここ数年だろう」
ジェロイが答える。
「有名だよ。当時のフォメルス将軍の隊よりヴィレオン将軍の隊がずっと恐ろしかったって」
そうなの? オッサン、そんなすごい人だったの? なんか、舐めた口をきいてゴメンよ。
「買い被りだな。フォメルスは戦術、戦略の面はともかく雰囲気を作るのは抜群にうまかった。俺はやつよりも長く戦地にいた分、経験で勝っただけだ。功績に大差はない」
オッサンは謙遜しているが、敵国で語り草になるくらい驚異だったのは確かなようだ。
同時にフォメルスはオッサンより十は若く見える。将軍だった頃はさらに若かったろうから、やはり彼もかなりの傑物といわざるを得ない。
「故国にとっての敵将であった俺を嫌悪するのは当然だ」
引っ込めようとした手をジェロイが握る。
「いや、直接の恨みはないよ。歴史的な人物に会って驚いただけだ」
やっぱり良い子じゃん、オッサンもジェロイも実に頼もしい味方だ。
「うん、いまはボクの顔を立てて皆には協力してほしい」
二人の和解にボクがよしよしと頷いていると、アルフォンスがぼやいた。
「そんな上から目線で勇者様は一体何様のつもりですか?」
「突然なんだよ!?」
勇者様だけど……。なぜ一番頼りにならないやつに水を刺されなくちゃならないのか。
ボクはアルフォンスを無視して話を続ける。
「――それで、今後について皆に話しておきたいんだけど、いいかな?」
ボクはオッサンに確認した。話の中心がティアンのことになるからだ。
オッサンは「任せる」と気安く了解してくれた。
容易く開示していい情報ではないはずだ。オッサンからの強い信頼を感じる。
ボクは気を引き締めてアルフォンスとジェロイに向き合った。
「ボクは最初の選抜試合の直後から上位ランカーの部屋に匿ってもらっているんだけど」
「それがどうかしたのですか?」
フォメルス王のヒントでゼランはすぐに気付いたのに、アルフォンスは興味なさげと言うか。
「そこには七年前、皇帝殺しというぬれぎぬを着せられたお姫様が監禁されているんだ」
ボクはティアンと出会ってからのことと、それによって芽生えた覚悟についてはじめて二人に話して聞かせた。