「……オッサン、何者なの?」
確かに只者じゃない雰囲気はある。いや、あきらかに歴戦のツワモノの風格だ。
だけどボクは限られた行動範囲しか与えられてないからさ、初日に性欲の強そうなゴリラに絡まれて以来、この世界をゴリラの国と錯覚して基準が分からなくなっているんだよね。
ウロマルドは身長二メートルを超えているし、チュアダムも体重百キロ超えの大男だった。比べたらオッサンは小柄だし年寄りだ。
「看守氏はいずこで絶対王者と対戦されたのですか? 彼と渡り合うほどの強者であれば、こんな閑職に就くこともないのでは?」
アルフォンスの言う通りだ。それなりの実績が有れば、こんな閉鎖的な場所で落伍者たちの取り締まりなんかさせられていないだろう。
――やれやれ、オッサンってのはまったく見栄っ張りだよな。
「アルフォンス、失礼だぞ。ウロマルドと闘ったなんてのは老人の妄言かもしれないだろ? 年配の意見はハイハイって聞き流せよ」
神妙な顔でうなずきながら、心の中で唾を吐いときゃ良いんだよ。
「勇者様には時々戦慄を覚えずにはいられません」
「うん、たまに思ったことがそのまま口に出ちゃうからね」
ブレーキが壊れている時の走行は、そりゃ怖いよね。
「――ごめんね、オッサン」
てへぺろ。
「親しい人間に対する甘えがひどい」
アルフォンスに指摘されるのは心外だ。
それが図星なら恥ずかしくなって取り乱したり、怒ってごまかしたりするところをオッサンは怒らなかった。
動じないことには真実味すら感じられる。
「コロシアムの看守の中には、もともと有力だった騎士や貴族が多く含まれている」
まさか、コロシアムの看守は官職とでもいうつもりだろうか。
国王の管轄だからそれなりのスタッフが管理している。そう言われれば納得もするけど、運営はともかく警備までお偉いさんってことはないだろう。
「ん、もともとはって、いまはもう騎士でも貴族でもないってこと?」
不審に思った点を確認する。
「皇帝の死後、フォメルスの一派と血統を重視する臣下とのあいだで派閥争いがあった。われわれはフォメルスの即位に反対したのだ。結果その地位を剥奪され、その一部はコロシアムの看守へと身を落とした」
あいつ、満場一致で王に担ぎ挙げられたって言っていたけど、反対勢力を弾圧してんじゃねーか。
そうか、皇帝の死後もティアンに味方する臣下はいたんだ。
それでも軍事国家の君主争いで軍の最高司令と、ぬれぎぬとは言え七歳の殺人犯とでは勝負にならなかったのかもしれない。
「なるほど。私は研究に没頭していたので政治や歴史には疎いのですが、そんなことがあったのですね」
アルフォンスは間抜け面をさらして無知をアピールした。
「疎いにしても限度があるだろ、歴史的大事件だと思うんだけど……」
市民の政治に対する興味なんてそんなものなのかもしれない。
「皇帝が亡くなって、新たな国王が即位されたことくらいは知っていましたよ。けど、まさか殺害されていたとは」
皇帝の後継ぎは真皇帝ではないのかというボクの疑問をオッサンが補足する。
「皇帝を名乗ることで反発が生じることを避け、民衆の支持に応えて国王を拝命したという形に落とし込んだのだ」
権力欲に取りつかれただけならば皇帝という称号にこだわりそうなところだ。
しかし王権の強奪という印象を与えて敵を増やさないため、あくまでも時流を組んでの結果という体裁を整えたあたり娯楽王フォメルスらしい演出だ。
オッサンがティアンを過保護にしている理由が分かった。彼らは前皇帝の臣下であり、皇帝亡き後もその血筋を守っているのだ。
「確か、前皇帝には御息女がいらっしゃいましたね。当時はまだ幼かったと記憶しておりますが、その姫君はどうされたのです?」
アルフォンスの疑問にはボクが答える。
「その姫君が皇帝殺害の犯人ってことになってる」
「あらまあ」
「あらまあじゃねーよ、事は深刻だよ」
人ごとなアルフォンスは放って置いてオッサンに尋ねる。
「――じゃあさ、オッサンたちでティアンを外に逃がすことはできないの?」
話しぶりからすると看守の中には対フォメルス派の優秀な人材が、何人も紛れているってことらしいじゃないか。
「そう簡単ではない」
「なんでさ?」
ボクがウロマルドを倒すことに比べたら、はるかに容易だろう。
「看守の大半はフォメルスの配下だ。われわれは職員であると同時に、彼らの監視対象なのだ。実質、囚人であるのと変わらない」
もともとの敵対貴族や騎士たちを処刑せずに飼い殺しているってわけだ。
理由は皇女をそうしているのと同様、自分の評判を損なわずにやっかいな連中を無力化するため。
「だからって……!」
このままではティアンは殺されてしまうだろう。本当に大切に思うなら、こんな場所からは連れ出してしまうべきだ。
七年もなにもできずに泣き寝入りを続けているなんて、ボクには怠慢に思えてしかたがない。
「コロシアムの近くには軍隊が駐留している。脱走してもすぐに捜索隊が出る。それに、われわれの中には家族がいる者も少なくはない」
「くそっ!」
フォメルス王の口振りや膨大な戦勝記念日の数から、この国の軍隊の精強さは伺える。
敵は皇国そのものなのだ――。
結局、ウロマルドに勝利して観衆の前でフォメルス王から確約を取るしか方法はないのか。
「看守のほとんどが味方ではない、情報のやり取りには細心の注意を払ってくれ」
「うん、分かってる」
不審なやりとりがあれば王に報告されて面倒なこと、場合によっては取り返しのつかないことになる。
オッサンはボクらのためにそのリスクを冒してくれているのだ。
「われわれもティアン様のために、できる限りの協力をしたいとは思っている」
「うん……」
頼もしいけど、同時に複雑な気分にもなる。
万が一、ボクがウロマルドに勝ってティアンを連れ去ってしまった場合、血統重視派の元騎士、貴族連中はどう思うのだろうか。
敵にまわることもあり得るのだろうか。
「待ってください。なぜ異邦人かつ記憶喪失の勇者様がこの国の政治の話で私を置いてきぼりにするのでしょう?」
「勉強不足だからだね」
無駄口を挟むアルフォンスを制してボクはオッサンに向き直る。
「それで、ウロマルドってのはどんなやつなの?」
オッサンたちにティアンが救えないなら、その情報くらいは有効活用させてもらおう。
「ウロマルドは以前、隣国だった土地との境に住んでいた遊牧民の戦士だ。その部族は生来頑強な肉体を持ち、戦闘能力の高さこそを第一に誇っている」
ウロマルドの巨体は固有のものではなく、部族の特徴ということらしい。
肉体が強いから強さを追求し始めたのか、強さを追求している内に部族全体の肉体も強くなってしまったのか、根っ子から作りが違う改造人間なのだ。
「完全に怪物のカテゴリーじゃないか……」
「ウロマルド・ルガメンテはそのなかでも最強の戦士だ」
そんなのとボクを同じ条件で闘わせたら駄目だろうと思った。
オッサンは話を続ける。
「隣国との戦争中、ウロマルドの部族はどちらに属すこともなく戦場を荒らし回り、両軍に損害を与え続けた。その制圧を任されたのが俺の指揮する隊だった」
なんて迷惑な部族。どちらの国を守るでも勝たせるでもなく、単に強さを追求する手段として戦場を荒らし回ったのか。
「二国の軍隊を敵に回して? イカレてるね……」
驚きを通り越して呆れてしまった。
「帝国が勝利し戦争が終結しても彼らを制圧するには至らなかった。それどころかわれわれは彼らの十倍以上の損害を被ったのだ」
それがオッサンの言っていた決定的な敗北ってやつか。
『誰も勝てない』オッサンがそう言ったのも当然。
「――ウロマルドなら、あの魔獣キマイラも単独で倒してしまうだろう」
そんな絶望的な情報はいらない! 心が折れる!
「……でも、争ったわりには当時軍隊にいたはずのフォメルス王とは仲が良さそうだよね?」
散々戦争を邪魔され損失も出した以上、敵対関係になりそうなものだ。
ティアンの部屋で見かけた時、その荒ぶった部族の戦士は王様のボディーガードみたいな立場だった。
「フォメルスとしてはウロマルドを懐柔して置きたいのだろう。彼らの戦力を取り込めればとの打算があるのだ」
なるほど、強さの追求に命を掛けているウロマルドとコロシアムの理念が一致しているのが大きいのだろう。
そんな求道者様の相手がボクなんかで申し訳ない、土下座でござる。
ウロマルドの強さは重々分かった。けど、ほしいのはその強者に付け入る隙の情報だ。
ボクはオッサンに本題を振る。
「それで、ウロマルドの弱点――」
「ない」
速い、驚きの速さだ。
「ないなりにすこしは考えてよ!」
「ウロマルドは肉体、精神、技術において完璧だ。動作の癖にいたるまで戦闘に取り込んで技術として昇華している。付け入る隙はない」
「じゃあ、なんのための情報交換だよ!」
しかしオッサンは大真面目に、こんな事を言うのだ。
「弱点はない、それを知っておくことには意味がある。付け込もうだとか無駄なことを考える時間が短縮される」
「それはね、死刑宣告だよ……」
これから戦う相手のすごさを嫌というほど思いしらされただけだ。でも、オッサンの言うとおり意味はあった。
正面から挑んでも絶対に勝てない。そんなボクの認識ですら全然甘いってことが理解できた。
もっと高いところを想定しなきゃならない、手の届かないところのさらにもっと先だ。
「アルフォンス、ジェロイを呼んできてもらえる?」
結果がどうなろうと、次がこのコロシアムでのボクの最後の闘いだ。
だからボクがなにをしているのか、仲間たちには全てを打ち明けておこうと思った。