目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
一幕六場「ボクっ娘無双」


ひいきにしている選手の勝利はわがことのような感動だ。敗色濃厚からの大逆転ともなればその興奮もひとしおだろう。


満足いただけて幸い。ピンチを散々演出したからね、肝を冷やしていたに違いない。存分にカタルシスを味わえたはずだ。


巻き起こった拍手喝采はさながら嵐の様で、振動に体がしびれて疲れ果てた体が宙に浮くんじゃないかと錯覚させられる。


「……ッ、ううう、あぶない、あぶない!」


体に力がはいらないもんだから、意識が飛ぶなり失禁するなりしていまいそうだった。


さぁて、高い壁だったけどなんとか第一関門を突破――。


ボクは溜息一つ。



「勝ちましたぁぁぁ!!」


抜刀を客に見せるためだけに持ち込んだ鞘にレイピアを収め、客席に向かって手を振った。


一層響く拍手の雨あられ。


本当は試合中のキャラを維持して格好よく決めたいところだけど、意識が朦朧としていて難しい。


ここからは楽なトーンでやらせてもらう。


その前にと、ボクは落としていたダガーを回収しようと一歩を踏み出した。


メインウエポンはレイピアだったけど、サブが本当によく機能してくれた。

密着されないようにずっと睨みを利かせてくれていたし、最後もダガーを落とすフェイントが効かなければ飛び込んで来なかったかもしれない。


少なくとも、こんなに奇麗には決まらなかったろう。



ダガーを拾い上げようとして膝を折ると、ストンと尻餅を着いた。


「あれれ……?」


今度は芝居じゃない。ペタリと座り込んでいるボクに観客たちがざわつきはじめる。


――数千人からの視線の先で転ぶなんて、ちょいダサだ。


顔をベタベタに濡らしている血液のせいで、貧血を錯覚している訳ではなさそう。

ゼランのナイフが刺さったままになっている左手から血が地面にこぼれ落ちている。


止血のめどが立つまでは抜かない方が賢明そうだ。


――たぶん、左肩も逝ってるなコレ。


大したダメージはなかったつもりが、興奮状態にごまかされていただけみたいだ。


用意してきたシナリオを消化するのに必死で、再確認する余裕もなかった。


――ゼランは強かった、本当に強かったな。



「よく頑張った!」「ゆっくり休んで!」「最高だったぞ!」


観客達がねぎらってくれる。


今回のボクの勝利は観衆のテンションによる勝利、大衆の気分による勝利だ。


もう少しだ、もう少しだけ、がんばろう。立てた膝に体重をあずけ、歯を食いしばりながら立ち上がる。


――うう、ツライ……。


だけど、本番はここからだ。笑え、余裕の態度で観客を魅了しろ。


ボクは天にむかって両手を広げ、大きな動作で一礼。もう一度満面の笑顔で天を仰ぐ。


「皆さんの声援のおかげで勇気が出ました、ありがとうございます!」


喝采が降り注ぐ。


「それと、結婚の件は……。ボクが釈放されたら改めてプロポーズしてみてください」


掘り返すと会場が笑いに包まれた。


人を殺した後に冗談を言うとかどんなサイコパスだよ。そう思わなくもないけど、ゼランをいじめるためだけに人気稼ぎをしてきた訳ではない。


本命はここから――。



剣を杖にして直立を維持する。誰か肩を貸してくれないかな……。いいや、頑張るぞ、頑張れボク。


「ボクはいま、15位です!」


女性剣闘士の上位ランク入り、ティアンの存在は公にされていないからインパクトは絶大だ。


「次は1位です。宣言通りにコロシアムの絶対王者、ウロマルド・ルガメンテに挑戦します!」


本音を言えば今日は余計な一戦だ。本来なら二戦で行けた頂点に、三戦を費やすことになったのだから。


だから今回のシナリオも、2番と闘う時のために考えていた物だった。


切り札のレイピアはお披露目してしまったし、嫌われ者のゼランとは違う、ウロマルド相手に観客の人気を独占するのは不可能だろう。


今日くらい会場を味方に付ける自信は、もうない。そうなると、どうにかして一戦でも減らさなくては。


そこで、ここからがもう一つの闘いだ。



「国王陛下、お願いがあります!」


フォメルス王にはボクの願いを利く道理はない。剣闘士の願いが聞き届けられるのは本来、優勝した時のみだ。


それでも、物事に絶対なんてない、時と場合によるってことだ。


この場、この時、この空気でなければ例のごとく突っぱねられているだろう。

だけど、エンターテイナーであるフォメルス王がこの熱狂に水を刺すようなまねはしない。


その『時と場合』を造るために、ボクは祭日の決闘を敢行したんだから。


「申してみよ」


案の定、王様は耳を貸してくれた。


「ボクは次に1位に挑みます。それを頂上決戦として、ボクにコロシアム制覇の権利をください」


必要な奇跡の回数を節約するために、2番との対決をどうにか回避したい。


ボクの提案にフォメルスは不快感を滲ませる。


「頂上決戦は原則、1位と2位の決闘でのみ行われる取り決めだ」


「しかし、ウロマルドの1位残留がすでに原則に沿っていません」


一選手のわがままをホイホイと受け入れていたら競技は成り立たない、当然否定されるがボクは食い下がった。


観客はボクらのやり取りを静かに見守っている。


「そなたの怠慢のために、ルールを捻じ曲げろと?」


王はネガティヴな言葉でボクの要求を不当な物に貶めようとするが、そうはさせない。


「無意味だからです」


「神聖な頂上決戦のなにが無意味か?」


「ボクが最強のウロマルドを倒した後で、それ以下の選手と消化試合をすることは全くの無意味でございます」


ボクは全ての観客に向けて確認する。


「――この神聖なるコロシアムの頂点を決める試合は! コロシアムの象徴であるウロマルドとの一戦以外にございません!」


客席から拍手がわき起こる。


「そうだ! 有り得ない!」「国王はウロマルドに敬意を払え!」「ここまで来たら、イリーナ対ウロマルド以外の試合に興味はないぞ!」


ボク的には15位辺りの選手をハメ殺した程度の闘士と闘わせる方が王者に対する侮辱だと思うけど、観客が楽しんでいるなら仕方ない。


コロシアムの栄華を左右するのは、王ではなく観客だ。


観客はもはやボクとウロマルドの対戦が観ずにはいられない、どうせなら万全な方がいい。

二位と闘うことで負傷したり、敗北して試合自体が実現せずに流れてしまうなんてことがあれば拍子抜けだ。


「いかがでしょうか?」


ボクが沸かせたこの場がシラケたら、それが全部自分のせいだってことをフォメルス王も理解している。

それを回避する方法は一つ、観客の期待を裏切らないことだけ。


「そなたの考えは分かった。よかろう、ウロマルドを倒した者こそを、このコロシアムの王者としようではないか!」


本日一番の大喝采――。


フォメルス王の真意はともかく、大勢の前で公約は取れた。おいそれと反故には出来ないはずだ。



「要件は承った。下がって療養に努めよ」


フォメルス王は煙たがって話を切り上げようとしている。


場の空気に逆らえずコントロールされることはプライドの高い彼にとっては相当な苦痛だろう。


しかし、それをボクは遮る。


「それと、もう一つ!」


忌々し気な表情をする王をボクは真っすぐに睨みつける。


――逃がさないぞ、ゼランにティアンの存在をバラした仕返しがまだ残ってる。


ボクは勝負に打って出る。


「ボクには大切な女性がいます!」


ざわめく観衆。ボクのバックボーンにも興味があるだろうから、まずまずといった掴み。


「彼女は、とある場所に幽閉されています。陛下のお力ならばその無実を証明することも容易いと存じます」


証明もなにも首謀者だからな。


「――ボクがコロシアムの頂点を目指すと決めたのは、彼女を救い出したい一心からです。もし、頂点を取れた暁にはどうか彼女を自由にしてくださると約束してください!」


もう一息だ。


「…………」


観衆の前で『コロシアムの評判』と『皇帝殺害の真相』を人質に不利な交渉を迫られている。

フォメルス王にとってはこれ以上にない屈辱だろう。


観客の視点から見たボクは文字通り、友人のぬれぎぬを晴らすために命懸けで最強を目指すけなげな少女だ。

不敬と断罪できる場面ではない。そんなことをすれば、せっかく娯楽で掌握してきた民衆の心に不信を募らせる。


観客の心変わりは一瞬だ。築いてきた人気とコロシアムを守るために王が口するべき言葉はただ一つ。


「……承ろう」


さすが、よく分かっている。


「ありがとうございます!」


観客はボクを激励し、王を称賛し、祭りの締め括りにふさわしい達成感が会場全体を包んだ。


もう覆らない。


ボクは今日の勝負での本命を勝ち取った。これは最大限の成果、最高の勝利だ。


残るは最後の一戦、それに勝利することでボクたちは自由を手に入れる。



「――さすがはフォメルス王陛下! 寛大な御心に感謝を申し上げます!」


ボクは白々しく謝辞を述べた。


「ああ、そなたの願いが叶うよう、存分に精進するが良い……」


フォメルスの野郎。平常心を装ったその顔の下で、どれほど腸が煮えくり返っていることか。


ざまあみろ! ざまあみろ!


ボクは心の中でガッツポーズをした。初遭遇から今日まで、どれだけ辛酢を嘗めてきたか。


散々もてあそばれてきたけど、ついに一矢報いてやったぞ!


――――あ、ヤバっ!?


興奮で血流が活発になったのか、朦朧としていた意識が飛びかけた。これ以上は体がもたない。


せめてゲートを潜るとこまでは、ちゃんとしていないと。



ボクは観客に見送られながら、ゲートに向かって歩き出す。もう少し、もう少しと、自分に言い聞かせながら背筋を伸ばして、笑顔を振り撒きながら手を振って退場した。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?