「えーと、整理するぞ? 昨日、ふたりで相談した結果、ボクの負担を減らすべくおまえたちは順位をあげようと決意してくれた」
「はい」と、使命感に溢れた表情をするアルフォンス。
「で、ジェロイくんは試合を申請して順位をひとつ上げてくれた」
いくらジェロイが凄腕とはいえ、上位で試合を組めば命を落とす可能性はけして低くはない。
命懸けとよべる行動を友情から決行してくれたことにボクは心底感謝している。
「――だのに、なぜかおまえは試合の申請をせず、下位からの挑戦を受けて普通に順位をさげたと?」
「遺憾ながら」と、悔恨の表情をしてみせるアルフォンス。
「遺憾ながらじゃねえよ役立たず!」
アルフォンスはやはりアルフォンスでしかなかった。
「――ねえ、なんで? なんで二人で頑張ってボクを助けた、みたいな言い方をして恩を着せようとした?」
明らかにドヤッっていたよね?
「誤解です。私はジェロイ氏の意図を勇者様に説明しただけです」
「紛らわしい言いかたすんなっ!」
勇者様の負担を減らしてさしあげたい。と、そう言ったときの得意気な顔はなんだったんだ。
名誉の負傷みたいな雰囲気をかもしていたけど、無関係なところで負けただけじゃん。
アルフォンスは神の啓示を伝える司祭のような物腰で語る。
「私は順位をあげなかった、しかし勇者様の順位は19番まであがった。一体なにが不満だと言うのでしょうか?」
アルフォンスにはなんの過失もないが、強いて言うならだ――。
「どうせ負けるなら上位に挑んで死んでくれたら良かったのに」
そうすれば順位も上がるし、格好も着いたはずだ。
「勇者様の可愛らしい口から、これ以上なく残酷な言葉が……!」
そうなっていたら、43番の相手はボクになっていたかもしれない。
「――試合順が逆だったら、犠牲になったのは勇者様だったのに」
アルフォンスも同じことを考えていたようだ。
「おまえ、感じ悪いぞっ!」
――良かったことは一度もないけどな。
どうやらジェロイよりもアルフォンスの試合が先行した結果、ボクは一戦を免れたようだった。
「実際、試合順はどうなっているのでしょうね、申請の早い順なんでしょうか?」
アルフォンスの疑問には憶測で答える。
「ボクが思うに43番と20番よりも、19番と14番の対戦の方が格が高いって判断されただけだと思うよ?」
尻すぼみにならないようにピークは終盤にもってこなくてはならない、なので格下の試合が前座あつかいされるのは当然のことだ。
「番号が大きい方から先に消化してるってことですか?」
「いや、クロムが100番に挑戦したときは番号の大きいゼランの方があと回しにされていた」
これは試験じゃなくてショーなのだから、順番よりもカードの内容が重視されていると考えられる。フォメルス王ならば当然それらも考慮して試合を組んでいるだろう。
「適当ってことですか?」
「客ウケを重視してるってことだよ」
100番に勝利した流れでクロムはゼランとの連戦を強いられた。そんな不公正、本来ならばありえない。
きっと実力、ルックスともに高水準なルーキーを観客にアピールするため、意図してクロムを連戦させたに違いない。
興行を盛り上げるためにはスターの存在が不可欠、運営はつねに新しいスターの誕生を画策している。
フォメルス王と敵対する立場のボクが生かされているのも、その一点が期待されているからこそだ。
「適当ですよね?」
「柔軟っていうんだよ」
試合の組み合わせは運営側の裁量次第ってこと、そうでもなきゃティアンだけ試合が組まれないなんて到底ありえないもんな。
注目選手の対戦は台無しにならないように配慮がされる。これは有利な考え方だ。
なにせ実力はともかく、ボクは異色の注目選手だ。上への挑戦と下からの挑戦が重複した場合はボクの意向、つまりは観客の期待が尊重される可能性が高い。
「はぁぁぁ、こうなるとジェロイくんの一勝が心底ありがたいよぉ!」
上位への挑戦権は獲得できた、同時にキリ番を回避できたことで下からの挑戦も避けられる。
まさに理想的な展開、不測の事態でも起きない限り、頂点までは最短距離で残り二戦が確定する。
「……お姉ちゃん、なんか変わった?」
歓喜するボクをジェロイが訝しむ。そんなつもりはなく、むしろ二人といることで平常運転に戻ったくらいのつもりでいた。
「そう?」
「吹っ切れたっていうか、魔獣戦終盤のお姉ちゃんみたいだ」
そうかもしれない。あんなにビクビクしていたのに、いざ開き直ったら頂上戦が楽しみですらある。
そんなボクになにか含む部分があるのか、ジェロイは子犬のような表情でこちらを見つめてくる。
「そんな顔するなよ、大丈夫さ!」
どうやらジェロイはボクの意識の変化に気が付いているようだ。ようは無謀な真似はするなとたしなめてくれているのだろう。
「オレたちはきっと長生きはできないだろうけど、いまの順位ならそうそう試合も組まれないし、待遇だって良くなってる」
「わかるよ、昨日まではボクも同じ考えだったからね」
それはティアンと出会った日からはじまった切実な気持ち。
たとえ長くは生きられないとしても、一日でも長く大切な人といたい。幸せな時間を手放したくない、そんなあたりまえの感情だ。
「――でも、クロムのことがあってボクなりに身の振り方を考えたんだ」
決意を含んだ言葉にアルフォンスが反応する。
「どういう意味です?」
「ボクは近いうちにコロシアムの頂点に挑むことにした」
以前にも一度、宣言したことはフォメルス王にバラされている。誰も信じていなかったし、ボク自身ハッタリでしかなかった。
だけど、今度は本気だ。だから死ぬにしても、ここを出て行くにしても皆とはお別れすることになる。
「記憶は戻ったのですか?」
首を横に振る。
「もうすぐお別れだ。でも、それまではさ、いままでみたいに仲良くしてやってね」
現在は19番で、いつでも1番に挑戦できる。この世界に召喚されて、コロシアムの頂点を取れと言われたときには想像もしてなかったところまでボクはきてしまった。
そしてここまでボク一人の力でできたことなんて、なにひとつとしてない。
「――これでも皆には感謝してるんだぜ?」
「私が勇者様に感謝することはなにひとつとしてありません」
「なん……だと……?!」
衝撃の告白だ。
「でも、魔獣戦の最後にむちゃをしたのがあのゼランだったら、絶対に助けてないんですよ」
「なにが言いたいんだよ?」
褒めてくれているみたいだけど、回りくどい言いまわしのせいでいまいち嬉しいとは思えない。
「いや、勇者様じゃなかったら、きっと助けてないんです。勇者様にはそういった周囲を巻き込む力があるなと、そう思っています」
「いや、おまえは無条件でボクを助けろよ!」
一度の助力を恩着せがましく語ったり、挙げ句の果てには、していない助力まで手柄にしようとしやがって。
おまえにはボクをこの世界に召喚したという責任があるんだから、なにをおいても全力でサポートすべきなんだ。
「――すべての元凶であるおまえがボクに対して負い目のひとつも感じていないとしたら、それは大変なことだよ?!」
掴みかかるボクに向かって、アルフォンスはフフとほほ笑む。
――分かってない!?
「と、とにかく、ボクは王者ウロマルド・ルガメンテと闘うぞ!」
幼い子供がとつぜん素手で熊を倒すと宣言したかと思えば、行動に移しかけている。周囲からはそんなふうに見えているだろう。
しかし、どんなに「不可能だ!」と説かれたとしてもボクの決意は変わらない。
「本当に、よく考えて……」と、最後にジェロイがもう一度、念を押してくれた。
忠告を聞き入れもしないボクが言うのはおこがましいけど、心配してもらえることは素直に嬉しい。
絶望しかない異世界召喚だったけど、仲間たちに出会えたことだけは本当に良かった。そう心から思うことができた。
* * *
夕刻になるとボクはいつも通りにティアンの部屋へと帰還する。
毎度、看守のオッサンと合流しないといけないのだけが二度手間で面倒だ。
だけど久々に足取りが軽い。アルフォンスやジェロイは大変だったろうけど、おかげで数日の猶予を得ることができた。
不測の事態さえなければ、まだ数日はティアンと過ごせるし、準備にも時間をさける。
はたしてどんな準備をすれば絶対王者ウロマルド・ルガメンテに勝てるのか、考えるほどに先行きは暗い。
けど少なくとも今日、明日に死ぬ心配はなくなったのだ。
二階からは50番以上の中級闘士の居住スペース。その上階が20番以上の高位ランカーの居住スペースだ。
ティアンの部屋は隔離されていて、それらとはまた異なる場所に位置している。
事情を知らない者が冒険がてらに足を運んでも、鍵付きの大扉があるだけのほとんどデッドスペースと化している通路。
人通りのないはずの静まり返った空間で、ボクはやつに遭遇する――。
浮かれた気分は瞬時に吹き飛び、言いようのない不快感に全身が総毛立った。
「よう、すこし話でもしようぜ」
そいつはクロムの仇、猟奇殺人鬼のゼランだった。
「……ボクのまえによくも姿をみせられるな」
不快感を隠さずに対峙した。
「ハッ、おれが遠慮する必要なんてあるかよ、コソコソ逃げ隠れする必要があるのはおまえの方だろ」
あまりの怒りに眩暈をおぼえながら、ボクは必死に冷静をよそおう。
やり合ったら損だ。これから頂点を目指すのに、こんなやつにかまっている余裕なんかない。
――ペースにのせられるな、身の破滅を招くぞ。
「なにかよう?」
なにごともないことを願う。けど、コイツは意味のないことはしないやつだ。そして、それはボクにとって必ず厄災となるだろう。
案の定、やつの口からは最悪な言葉がつむがれる。
「変わったところに住んでるんだな、7番は」
――!?
どこまでも憎らしい。フォメルス王の助言から、はやくもティアンの存在を嗅ぎつけた。
「なんのこと?」
「7番だろ、7番で合ってるよな?」
念を押すように繰り返した。その口振りが癇に障る。
「違うよ」
ボクは苦しまぎれの抵抗を試みた。
「それが聴けたら満足だ。7番に確信が持てた、安心して挑戦できるぜ」
当然、ボクはティアンをかばって真実を語らない。だから否定するようならアタリ、肯定したならハズレという判断がされた。
悔しいけど、駆け引きではゼランのほうが何枚も上手だ。
「……なんで、7番だって?」
もはや無視して立ち去る訳にもいかない。
「上位ランカーは有名人だ、情報はある程度手に入る。その中でまったく語られねえ、順位の変動もねぇとなると、そのあたりだろ?」
最終確認のためにボクを呼び止めた。そして、確信を得た。
「――正体もわかってるぜ。フォメルス王が利用するために八年前から生かしていたが、用済みになった女だ。まあ、当たってるだろうさ」
ある意味、20番内に入った時点でゼランの挑戦は終わっていた。
絶対王者ウロマルド・ルガメンテに勝利しない限りこれ以上を手に入れることはできない。
計算高い殺人鬼は、それゆえに頂上決戦に挑んだりはしないだろう。
いつか出番がまわってくるまで、上位闘士の待遇を満喫するだけに違いなかった。
ここらは、希望もない、自由もない、命をかけてまで順位を上げる意味もない。
挑戦を失った時点で、晴れてコロシアムは単なる牢獄と化した。
だから、勝利を確信した以上は七番との試合を申請する。
猟奇殺人鬼にとってはそれが牢獄での最後の晩餐になるのだから――。
「用は済んだぜ、じゃあな」
おまえのことは眼中にない、とでもいったふうにゼランは踵を返した。
その足でティアンとの試合を申請するつもりだろう。
――行かせる訳にはいかない。
「待てよ、おまえと7番は闘わせない」
その言葉にやつは振り返る。なめきって呆けた表情だ。
「どういう意味だ?」
あとはゴールに向かって邁進するだけ、そう考えていた。だけど違う、こいつを避けて先に進むことはできない。
「おまえが7番との試合を組むまえに、ボクがおまえと試合を組むって意味さ」
ティアンと試合をさせる訳にはいかない。そしてなにより、ボク自身がやつとの決着を望んでいるのだから。
そう、これは避けることのできない宿命の対決だ。