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一幕一場「最適な武器」


それは至ってシンプルな選択だ。


闘わずに死ぬよりも闘って死んだ方がマシっていう結論――。


昨日までは闘いをさけることで一日でも長く生き延びることを願っていたけど、それは今日でやめる。

ただし、この先はあのクロムが通用しないと言い、あのジェロイが上がれないとあきらめていた高ランク帯だ。試合形式も特例のないシングルマッチであり完全な実力勝負の世界になる。


だからといって、ただ当たって砕ける訳にはいかない。ちゃんと最善を尽くさなくては意味がない。ボクたちが選択したのは、自殺ではなく闘うことなのだから。


ティアンの意志も確認し、これでボクらは一蓮托生、一心同体だ。ボクたちは闘う。コロシアムの頂点を目指し、勝ち目のない勝負に挑む――。



幸い、ティアンの番号は七番だ。一桁台の選手の試合はスペシャルマッチ扱いで平日中には行われず、数日の猶予がある。

ボクは現在、21番。頂上決戦に挑むまえに20番以内に入らなくてはならなず、20番に挑戦して勝つか、自動で繰り上がるのを待つかの二択だ。


問題として、頂上決戦が1番と2番のあいだでしか成立しない都合、20番内の選手の標的はその二つの番号以外にないということ。

ボクの番号が自動で繰り上がるとしたら、20番から10番の間で脱落者がでる必要があるけれど、頂点が見えてきたここで無駄に試合数を増やすメリットは彼らにはない。


下手すれば、次の祭日まで番号に変動がない可能性が高い、それではマズイのだ。


それならと積極策で20番に挑んだ場合、現状だとアルフォンスが相手である可能性が高かったりする。

――これは、八百長をするべきか? 身内同士の勝負ならそれが現実的に思える。


とはいえ、無傷でのギブアップを観客に納得させることができるだろうか? 観客目線で言ったら、片方が明確な戦闘不能に陥らない限り戦闘続行以外は認められないだろう。

まさかボクのために仲間にけがを負わせるだなんて、そんなことはできない。ジェロイを傷付けられる訳がないし、アルフォンスを叩きのめせるだなんて到底思えな……思え、あいつならいいんじゃないかな!


どちらにしろ、八百長には慎重を期さなくてはならないだろう。なぜなら、それを見破られたときボクは観客のすべてを敵に回し、二度と味方に付けることができなくなるからだ。

観客にとって期待に添えないことは裏切りだ。そして、裏切者は絶対悪だ。観客は残酷で、どれだけ積み重ねた信頼も瞬時に霧散させ意味を持たなくなる。


同時に観客は武器だ。ボクがそれを利用してきたように、試合の内容は観客の気分に左右される。強力な武器を失わないためにも安易な八百長は得策ではない。



そして、まず優先すべきなのは武器――。


こんな高ランク帯まできてこんな初歩的な話をするのは恥ずかしいのだけれど、ボクにはまだこれと決まった得意武器がない。


そこで考えていたことがある。


「ティアン、それなんだけど――」と、部屋のすみに立て掛けてある刺突剣をゆびさした。

はじめてこの部屋を訪れたときに見かけて以来、ずっと気になっていた。でも、積極的に闘うつもりがなかったから無視していたんだ。


「珍しいでしょう? これはレイピアと言って、一般には普及していない最新の剣よ。武器というよりも装身具や美術品のように思えてすてきなの」


確かに、極限まで細くされた剣身は重量が威力に直結する他の武器とは対極のコンセプトを表している。

ティアンにとっても武器という認識は薄く、ステータスとして購入したは良いけれど、けっきょく使われることもなくオブジェクト化してしまった男子高校生の部屋にあるギターのような存在みたいだ。


「ちょっと触ってみてもいいかな」


「どうぞ?」


ボクはレイピアを抜き放つ。グラディウスより遥かに細身にもかかわらず、同程度の重量がある。そのぶんリーチがあるということだ。


クロムとの稽古で分かったことは、グラディウスは非常に使い勝手が良い武器である反面、至近距離での攻防が要求されるために華奢なボクでは必ず力負けをしてしまうということ。


短剣は合わず、長剣は重すぎる、そこで槍を候補に入れたこともあった。そちらはリーチこそ申し分ないけれど、両手で扱うそれは案外小回りが利かない。


ちょっと違うけど戦槌がそうだった、連続攻撃に対しては後手後手になる。指導者の手を借りずにそれを補う技術を習得するには一日、二日では足りないだろう。


しかし、これは良い。グラディウスみたいに片手で取り回せてリーチは倍近くもあるのだ。

軽くて長い、先に当てた方の勝ちである真剣試合で、このアドバンテージは非常に大きい。まさに決闘に特化した剣だ。


軽量化のため斬ったり叩いたりといった機能は排してあり、密着時には無力だろうけど、もともと取っ組み合いになれば勝ち目はないのだから開き直るべきだろう。


「これかもしれない……」


いまの自分には最適な武器のように思えた。なにより、レイピアはまだ一般に普及していない武器らしく、その一点がとても気に入った。


ただ、今日はじめてさわって即、実戦って訳にもいかないから、とりあえずは保留だ。

うまく使えば一戦くらいは切り札になるかもしれない、そのタイミングが重要になってくる気がする。


――すべては明日の結果次第だ。


明日、あさっての様子を見て、順位に変動が見られないようならば、やむなく20番への挑戦を決行することになるだろう。



    *    *    *



目を覚ましたら昼を過ぎていた――。


クロムはもういないだとか、自発的に殺し合いに挑むことになったとかで精神が高ぶっていて、なかなか寝付けなかったせいだ。

なにより、レイピアが予想外にうまく振れなかった。切っ先がぶれるわ手ごたえは頼りないわで難儀してるうちに夜が明けていた。


試合の結果がとっくにでている頃だろう。状況確認をするためにボクは下階に降りてきた。

21番に挑んだやつはいなかっただろうし、ボク自身も挑戦を申請していないから今日に限れば出番はない。


いや、上位ランカーのほとんどは試合をしていないと考えられる。


――お、いたいた。


下位ランカーの溜まり場にアルフォンスとジェロイを発見すると、ボクは二人に駆け寄った。

三人とも上階の住人だけど、なんだかんだでここに集まってしまうみたいだ。



「あれっ、どうしたの二人と……もッ?!」


駆け寄るなり驚いた。二人とも知らぬ間にけっこうな負傷をしているのだ。


「勇者様、おはようございます」


「誰だ、オマエッ!?」


アルフォンスにいたっては顔面が何重にも腫れ上がって、すっかり人相が変わってしまっている。


「オレたち、試合があったんだ」


ジェロイも満身創痍といった様子で激闘のあとが垣間見えた。


「うわぁぁ、無事で良かった。で、勝敗はどうだったの?」


このランクの強敵相手によく生き残ってくれたよ、場合によってはその試合で命を落としたあとだったかもしれない。


「強かったよ。でも、このランクになると下位と違って選手の情報が手に入りやすいからね。相性の良さそうなやつを選んで、なんとか勝てた」


「おおっ! おめでとう!」


――ん? 選んで、勝てた?


「お姉ちゃん、どうかした?」


「えっ、まさか、ジェロイくんから挑戦したの?」


「うん、相手は14番」


無感動にサラッと口にしたけど、これは大ごとだ。

一方、アルフォンスも意味ぶかげな笑みを浮かべている。コチラも成果を上げている様子だ。


「おお、スゲー! じゃあ、いまは14番なんだ!」


紛うことなき上位ランカーじゃないか。


「本当はゼランを倒してクロムさんの仇を討ちたかったんだけど……」


「十分、すごいよっ!」


むしろゼランに突っかからないでいてくれて良かった。魔獣戦のとき、いの一番に誘った時点でジェロイの手の内は調べ尽くしていたはずだ。


「――でもなんで? 一桁台に入らないと境遇も変わらないし、あわてて順位を上げる意味があるとは思えないんだけど……」


クロムのこともあるし、あまりむちゃはしてほしくなかった。


ジェロイはそんなに貪欲な子じゃなかったし、なにより他力本願なアルフォンスまでが試合を挑むだなんて想定すらしていなかった。


「勇者様と別れたあと、私たちは話し合ったのです」


ボクがクロムとお別れをしていたとき、二人はなにかしらの話し合いをしていたらしい。


「どんな?」


「私たちが闘うことで、少しでも勇者様の負担を減らして差し上げたいと」


ボクの問い掛けに、アルフォンスが優しく答えた。


「お姉ちゃん、19番に上がってるはずだよ」


そう、二人はボクの順位を上げるために、昨日のうちに申請を済ませると命懸けで闘っていてくれたんだ。

そして、脱落者が二人でたおかげで、ボクは順位を二つ上げることができた。


「おまえらぁ……!」


ボクは感謝を込めてジェロイをハグする、せずには居られない。


「わわっ……!」


「ジェロイくん、ありがとぉぉ!」


「べつに……」


少年は顔を反らして素っ気ない態度。でも、その行動には敬意を表すぜぇ!


続いて、アルフォンスに向かって両手を広げ駆け寄る。まさか、ボクがアルフォンスに感謝する日がくるなんて思わなかった。


「アルフォンス、ありがとう! それでおまえは何番になったんだ?」


期待に胸が高鳴る。番号が明かされると同時に、その勢いでハグハグだ!


「…………番です」


「ん?」


よく聞こえなかったぞ?


「ワンモア?」


「……」


アルフォンスは目を反らしている。なんで気まずそう?


「プリーズ?」


ボクが追求すると、ボソボソと答える。


「…………43」


「……ん?」


ちょっと、意味が分からないな。


「まさか43番と言ったのか、聞き違いか?」


確認すると、ゴニュゴニョと答える。


「……いいえ」


おかしいな、ボクのために果敢にも上位に挑んだ勇者アルフォンスの順位が下がっている。

挑戦して負けた場合、順位は据え置きのはずだ。


拉致のあかないボクらを見兼ねて、けして多弁なタイプではないジェロイが解説をする。


「アルフォンスは20番だったから、当然下からの挑戦があったんだ。それで43番に負けた」


つまり、下位と入れ替えがあってアルフォンスは43番に転落。


「でも、ボクの順位は二つ上がってるよ?」


それって、二人が勝ってくれたからじゃないの?


「魔獣戦の影響で試合を組まれなくて退屈してたやつが、10番に挑んで返り討ちにあったんだ」


無駄に試合数を増やすやつなんていないだろうと踏んでいたけど、そうとも限らなかったらしい。

結果、やっぱり早死にしてしまったみたいだけど。


「おい」


「……はい」


負けたことはべつにいい、生きていてくれただけで上出来だ。

20番から転落して上位への挑戦権がなくなったのも仕方がない。


「で、おまえは昨日、何番への挑戦を申請したんだ?」


結果はいい、過程を尊重しようじゃないか。せめて、その心意気だけでももらっておいてやる。

アルフォンスはボクのために頑張ってくれたよな――?


「……ません」


「ワンモア?」


「申請してません」


「…………ん?」



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