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三幕七場「生き残るということ」


クロムを殺したのは、ゼラン――。


「は?」ボクは耳を疑った。


――待て待て、ふざけるなよ。


挑戦の申請は前日までに行われる。つまり魔獣戦の直後、その足でゼランは20番への挑戦を申請したことになる。

彼が重症だと知った上で、共闘を申し込んできた当人であり、消極的な戦法を使って無傷で試合を終えたあのゼランが、番号を把握できているクロムを狙い撃ちにした。


ボクは弾かれるように歩き出し、四方を見渡す。


「……勇者様」アルフォンスがついて来る。「勇者様、何をするつもりですか?」


ボクは手近な剣闘士に声を掛ける。


「ゼランのやつを知らない?」


「勇者様、落ち着いてください。なにをするつもりですか?」


アルフォンスが引き留める。正式な手順でクロムと対決したゼランを糾弾したところで、なんの成果も得られないことを指摘しているのだ。


確かにボクは冷静さを欠いているのかも知れない。だからと言って、これが許されることか? このまま黙って、引き下がっていられることなのか? この裏切りを、この卑劣を、見過ごしていられる訳がない。


ボクはやつを探して回り、ついにその姿を発見する。


「ゼランッ!!」


「おお、勇者様よ、どうかしたのか?」


どうかしたのか? どうかしたのか、だとっ!!


「とぼけてんじゃねぇぞ!」


「あん?」


ゼランは悪びれもせずにいつもどおりの態度だ。見たところ負傷している様子もない。片腕のクロムを殺るのは、楽な作業だったってことだろう。


「――なんだ、おれの20番昇格を祝いに来てくれたんだろう? キッスの一つでもしてくれや、ほれ」


「ボクはおまえを許さないぞ」


――自分から協力を求めておいて、それに手を貸してくれた人間を騙すような手段でよくも、よくもっ!


「クロムを殺したなっ!!」


怒りを叩きつけた。ゼランはボクのけんまくにもいっこうに動じない。はじめての選抜試合でもいっさいの挑発が通じなかったのを思い出す。


こいつにはボクを恐れる理由がない。


「おまえは、根本的に勘違いをしているな」


「なんだと?」


「まず、殺し合いが常態化しているコロシアムに、倫理観を持ち込んでいるのが大きな間違いだ。おれたちに人権はねえし、ここは社会とは逸脱した場所なんだぜ?」



確かに、ボクらには自由がない。ルールに従って殺し合い、いつか死ぬことが定められている。それが課せられた刑罰だ。

ゼランは言った、おれたちに人権はない。しかしそれは、罪人の言い分だ。ここには奴隷や冤罪、身の不幸で収監されているような罪のない人間だってたくさんいる。


政略に巻き込まれて無実の罪を着せられたティアン。正義の心に従ってルールを違えたクロム。人々にとって彼らは同じ穴のムジナなのかもしれない。


だけど、彼らをこんな快楽殺人者と一緒くたになんて、されてたまるか。



「お友達を殺されてムカついているんだろうが、そりゃ、ここはコロシアムだからな。おれを恨むのはお門違いってもんだろ。

クロムは20番だ、おれがやらなくても誰かがやった。人に取られるくらいなら自分がもらう。それが当たり前だ、おれはなにも間違ってねえ」


――はっ?


結論は初めから出ていた。ボクらはどんなに言葉を交わしても、目的をともにしても、絶対に分かり合えることはない。

ゼランが改心することは絶対にないし、ボクが彼の価値観を許すことも絶対にない。


「アルフォンス、コイツが言ってることの意味が分からないんだが、通訳してもらえるか?」


「勇者様、やめてください」


ボクが喧嘩腰になるのを、アルフォンスは危ぶんでいるようだ。


心配しなくてもボクからは手をださない。手をだすということは、彼の理屈に正当性を認めたのと変わらないからだ。

だから、相手に言い分があってボクがそれを認めない限りは、殴ったりなんかしない。


ゼランは調子がでてきたようで、ニヤニヤとコチラをあざ笑っている。


「魔獣のときによお、ドサクサに紛れてあの野郎、背中を刺してやろうかと何度も思ったぜ、あとが楽になるからな。でも、必要なかったわ」


顔をぐっと近づけて、挑発的に言い放つ。


「――あいつ、弱すぎてまったく相手にならなかったぜっ!」


――このッ!!


アルフォンスがボクの腕を掴んだ。


「勇者様!」


口論では手を出さない。でも、侮辱に対しては鉄拳制裁あるのみだ。


「放せっ! アルフォンスッ!」


「おまえ、もう一つ思い違いをしているな。アルフォンスはオマエの邪魔をしてるんじゃあないぜ、おまえを守ってくれてんだぜ?」


ゼランの言うとおりだ、腕力勝負になればどうなるのかは目に見えている。看守たちだって先に手を出した方を庇ったりはしないだろう。


「――手を出して来い、その細い腕をへし折ってやる」


ゼランはいやらしく笑った。


確かにボクは思い違いをしていた。コロシアムにおいては理屈の交換はなんの意味も持たない。試合で打ち負かす以外に、ボクらの間での決着はあり得ないんだ。

そして、戦闘力で劣るボクはゼランにとっては対等に扱う価値のない格下の存在にすぎないってことだ。


――だからって、このまま引き下がれるか!



「その辺にしておいたらどうだ――?」


突然の横槍に、ゼランが「あん?」と、不服の声を漏らした。


気付けば、まるでボクに加勢でもするかのような位置関係で人が集まっていた。彼らには見覚えがある、クロムとの訓練に集まっていた下位の剣闘士だ。


「なんだぁ、テメェらは?」


「あんたらがなにをゴチャゴチャ言ってるのかは知らんけどよ。先生の手前、やるってんならお嬢ちゃんに加勢するぜ?」


ざっとみて十人以上だ、ゼランはばつが悪くなって引き下がる。


「おいおい、突っかかってきたのはそっちだぜ……」


そう言い残して、ボクらと距離をとった。



結局、ボクはなにもできなかった――。


「姉弟子、大丈夫か?」


「なんだよ、その呼び方……」


ただ、彼らが助けてくれたことは、クロムの置き土産みたいで少しだけ嬉しい。


「勇者様、変な気を起こさないでくださいよ。ゼランが相手では、私やジェロイ氏ですら分が悪いと言わざるを得ません」


アルフォンスは以前、ゼランのことをたいした闘士ではないと評していた。実際に一度、クロムにかるくあしらわれてもいる。

それでも、やつの厄介さは戦闘技能に限らない。アルフォンスやジェロイも強いけれど、いざ生き残りを賭けたときにクロムの二の舞にならないとは限らない。


「かたき討ちで返り討ちに遭うだなんて馬鹿げています。クロム氏もそんなことは望んでいません」


正論だ。わざわざ手をくださなくても、上のランクでより強い相手にやぶれてゼランもいつかは死ぬだろう。


「分かってるさ、挑戦なんてしない」


相手は手段を選ばない、そうでなくともボクなんかじゃあ話にもならない。弱者である以上は屈辱に耐えることしかできないんだ――。




「おい! フォメルス陛下がお見えになるぞ!」


誰かが大声で告げたとほぼ同時、近衛兵たちを引き連れた王の一団が視界に入った。正直、いま一番会いたくない相手だ。

だって彼の目的はおそらく、大それた啖呵を切ったうえに行動を起こしたこのボクなのだから。


「おお、ここに居たかイリーナよ!」


案の定、フォメルス王はボクを発見すると、まっすぐにこちらへと歩いて来る。剣闘士たちの視線が一斉にボクに注がれる。

この場合、作法的にはひざまづいたりするものなのかもしれないけど、そんな機転を利かせる余裕はいまのボクにはなかった。


「なぜ、国王陛下が勇者様に?」


ティアンとフォメルス様のことはアルフォンスにも話していない。魔獣戦のとき、王様の口から打倒ウロマルド宣言はバラされたけど、それに言及する暇はなかった。


王様はボクの前にきて優雅に腕を広げた。


「この人だかりはどうしたことだ。まさか、クーデターの打ち合わせではあるまいな?」


国王ジョークが炸裂した。しかし、恐れ多くて取り巻き以外は誰も笑えないのが国王ジョーク。場は緊張に静まり返っていた。


「……ふむ、偉くなりすぎるのも考えものだな」


王はやれやれと首を振った。


「いえ、仲間の死を悼んでいたところです」


ボクはこの場を取り繕った。実際、笑える気分じゃない。


「なるほど、さきの試合はキマイラを倒したときの同士であったな。あれはなかなかの闘士であった、余からも追悼の意を示そう」


クロムのことは王も承知していたようだ。人だかりのなかにゼランを見つけると、彼に向かって言い放つ。


「じつにツマラン試合であったよ、やり口も卑劣であった」


国王から直々に叱責されて、かしこまるゼランは良い気味だ。だけど、その位ではボクの留飲は下がらない。

王の言ったツマラナイは観客ウケが悪かったという一点のみで、根本的に王とゼランは同じタイプの人間だ。


その証拠に王はゼランに対して理解を示すそぶりを見せる。


「――だが、貴様は正しい。コロシアムで生き残るということは無傷で相手を倒すということだからな」


そうでなければ次の試合を闘えない、そういう意味だろう。ゼランの肯定はクロムの否定につながるようで複雑な気分だった。


「ハハッ、ありがとうございます!」


「各々のやりかたで勝ちあがるがいい、下衆にはゲスの生きざまがあろう」


ゼランは地面に頭を擦り付けて感謝の意を表明した。フォメルス王はそれを意に介す様子もなくボクを振り返る。


そしてと告げる。「――さて、そろそろ本題に入ろうか」と。



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