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二幕七場「パーティ結成」


「ええっ!! 一緒にってどういうこと?!」


ボクは不満の声をあげた。一度殺されかけていることもあって、ゼランには強い拒否反応があった。


「おっ、小細工のお嬢ちゃん。元気か? 上位ランカー様にかわいがってもらって生き延びてるってな。相変わらずしたたかな女だぜ」


案の定、彼はかなり有名な殺人鬼だった。しかも戦争や仕事で殺していたのではない。罪のない市民を百パーセント趣味で日常的に殺していたタイプ。

普段はソーセージ屋として一般市民に溶け込んでいたらしい。商品がなんの肉だったのかは恐ろしくて確認できないし、コイツのことをこれ以上掘り下げたくもない。


その存在は、世の中にはそういう人種が確実に紛れ込んでいるぞっていう事実を強烈に突き付けてくるんだ。



「お嬢ちゃん、いま何番だ?」


唐突に囚人番号を尋ねてきてボクは反射的に答える。自分より上位の闘士に知られても問題はないはずだ。

下に漏れる可能性もあるけど、200番が142番に順位を上げる意味はない。100番に挑んだ方がいい。


「えっ、142……」


「くはっ! まあ、お嬢ちゃんの実力じゃあ、そんなもんだろうなぁ!」


ゼランはボクを鼻で笑った。しょせん100番以下には関係のない話。とでも言いたげ、いや、言っている。


――小馬鹿にしやがって……。


「そういうオマエは何番なんだよ?」


結構いけてんのかもしれないけどオマエ、ボクのクロムより雑魚なんだろ? 教えろよ、その別段すごくもない順位をよ。


「アホか、教えねえよ。誰が自己紹介みたいに簡単に番号を教えんだよ」


やり返そうとするボクをゼランは冷ややかに見くだした。


「……はああああっ!?」


じゃあ、あいさつみたいに気安く番号きいてんじゃねーよ!!



「イリーナ、魔獣に対する挑戦は特殊な事情があって『複数人で挑める』ように変更されたんだ」


ゼランに食って掛かろうとするボクを制してクロムが話を先に進める。30番台のクロムたちは100番以下のボクらには周知されていないルールを知っているようだ。


ゼランの態度は許せないけど、とりあえずはクロムの説明に耳を傾けることにする。


「――魔獣のお披露目ということで、初日は腕の立つ20番の闘士が相手に選ばれた。しかし歯が立たずに食い殺されたと聞いている」


「おお……」


――ドン引きです!


ボクらがいつもどおり地下でダラダラと過ごしていたとき、地上では人間の捕食シーンが公開されていたのだ。


王がイカレているのはもとより、それが成立しているのは楽しめる民衆が一定数いるからだ。

人間が獣に食われる場面を嬉々として楽しむ庶民感覚には寒気をおぼえた。


「――20番ほどの強者でも一人では相手にならなかった。それではと21、22番の二人、続いて23、24、25番の三人と数を増やして挑ませたが、彼らも全滅して戻らなかった」


戻らなかった。というのは当然、死んだという意味だ。


「ゲーム感覚が極まってるな……」


クロムはボクの呟きに律義に頷いてから魔獣戦の説明を続ける。


「そこで、何人になったら倒せるかが現在の魔獣戦における趣旨でもあり、観客の興味の対象になっている」


「なるほど……」


大体の事情は理解できた。でも、上からつぶれていったら数を増やしても質は落ちていくよね。全滅しちゃうんじゃあないだろうか。


――たく、あの王様はあいかわらず人の命をなんだと思ってんだよ!



「いずれ自分たちの番が回ってくる。そこで、腕の立つやつに声を掛けてんだよ」


ゼランも危機感をおぼえているらしい。


すぐには返事をせず、クロムは拳を顎に当ててなにやら思案をしている様子。


「上から順に食い荒らされると考えたら、使える闘士がいなくなる前に精鋭を募って挑戦するってのは一つの手かも知れないね」


ボクは部外者なりの感想を口にした。


「さすが、小細工のお嬢ちゃんは分かってるねぇ。戦力にはならねぇけどな」


「うるせーな……」


別にゼランに肩入れするわけじゃない。ただ、クロム自身にも及ぶ危険だからよく考えてほしいのだ。



「現在は何人での挑戦が可能なんだ?」


クロムがゼランに尋ねた。


「六人だ。20番台の猛者は軒並み死んじまったし、19番以上は下位に挑戦できない都合上、頼れねえ」


それ自体がイレギュラーだからもうルールもクソもない気がするけど、どうやら『魔物』は20番から30番という扱いらしい。

参加するメリットのない上位闘士を頼れないのは仕方がない。


「そうか、断ったところで次に魔獣と闘うグループに俺が入る可能性は極めて高いな」


31番から六人数えたら36番のクロムはギリ含まれる。王の指示があれば剣闘士に逆らう権利はないし、それが次の試合になる可能性は十分に有り得る。


「見た感じ、31番以下でおれと釣り合うのは旦那か、そこの優男くらいしか見当たらねぇんだ。頼むよ、二人とも」


そう言って、ゼランはクロムとアルフォンスの肩をなれなれしく掴んだ。



――おい、待て。


「アルフォンス?」


「なんでしょうか?」


ボクの呼びかけに魔術師アルフォンスが首をかしげた。


「いや、ちょっと待って、整理するからちょっと待って……」


ボクはコメカミを指でグリグリしながらうなった。


ゼランは魔獣退治のために精鋭を募っている。挑戦できる定員の六名をベストメンバーにすべくクロムと、そしてなぜかアルフォンスを誘いに来たと。


「――おまえ、もしかして強いの?」


「なんですか、その不愉快そうなニュアンスは。私が強いとなにか不都合でもあるのですか?」


不都合はない。ないが、なんて言うか――。


「気に食わない」


ていうか、そんなの意味不明じゃない?


「はい、理不尽! 勇者様の理不尽!」


「だったら、だったらさあ!! 少しくらいは自力で頂点を取る努力したら良かったんじゃないの?!」


なんなの、これまでの「助けてくださいぃぃ、無力なんですぅぅ」みたいな他力本願な態度、アンド怠惰な生きざま。


「そうは言っても、贔屓目に見て30番がせいぜいのしょぼくれた腕前ですよ?」


アルフォンスの自己評価は30番。ボクに対するクロムの評価が、努力して今後100番が取れたら上出来。

それでしょぼくれた腕前というなら、ボクの腕前はいったい何くれていると言うのか。


「選別試合のときしか見てねぇが、お兄ちゃんの剣の腕前はなかなかのもんだったぜ」


ゼランがガッツポーズ。


「剣ッ!?」


ボクは叫んだ。アルフォンスが不愉快そうな表情をする。


「なんですか?」


「だって、剣って!」


「勇者様うるさい……」


大魔術師と聞かされてきたのに今日まで一つも魔法を役立てた様子もなく、剣の腕前を褒められていたら、そりゃ――。


「大魔術師とはなんだったのかっ?!」って、なるよ?



「分かった、その話に乗ろう」


クロムは決心したみたいだ。


ゼランみたいな悪人が調子よくクロムを利用しようとしているのは気に食わないけど、クロムにとっても悪い話ではない。


「そうこなくっちゃなぁ。優男の兄さんはどうする?」


引き続き、ゼランはアルフォンスを勧誘する。


「私は141番なのでルール的に参加できませんよ」


アルフォンスが乗り気でない旨を伝えるが、ゼランは引き下がらない。


「ルールなんざこの際なんとでもならぁな」


今の趣旨は『魔獣VS剣闘士』だもんな。必要なのは活きの良い生け贄だ。順位とかノリでごまかせるだろ。


「ええーっ、絶対やだ。危険なのは無条件でパスです」


この、クソフォンスである。


「まあ、聞きなよ。現在20番から30番は空席だろ? 魔獣を倒せば入れ替えだ。するとどうなる?」


「……141番が、20番台になります」


「この掃き溜めを抜けて、良い生活ができるようになるぞ?」


「むむ、確かに……」


「20番からは個室だぞ?」


「確かにっ!」


「一人で頑張るより、おれやクロム先生に便乗した方が、ずっと楽なんじゃないのか?」


ゼランの厄介なところは戦闘技術以上に、抜け目のない立ち回りと駆け引きのうまさ。相手の気持ちを無視して自分のペースを押し付ける、そのずぶとさにあると思う。


相手の気持ちを考えないってことは強さの一種だ。


「確かにっ、友人であるクロム氏のためと言われては放っておけませんねっ!」


そして、このクソフォンス!


「おまえ、詐欺とかには気をつけろよマジで……」



かくして、ゼランの思惑通りにメンバーは集まりつつあるようだ。クロム、ゼラン、そしてじつは強いらしいアルフォンス。


なんだか期待感があるな。と、ボクは外野から眺めていた。


「残りのメンバーに当てはあるのか?」


クロムが尋ねた。まだ、三人必要だ。


「ああ、一人は決まってる。獣相手だからな、弓の得意なやつに声を掛けておいた」

「あと二人の当ては?」


「これからだ。アンタの優先度が高かったから、先に交渉しに来たんだぜ」


クロムとゼランが作戦会議を開始する。アルフォンスは相変わらず、われ関せずといった様子。

そして戦力外のボクだけが、すっかり蚊帳の外か――。


別に魔獣なんかと闘いたくはないけれど、なんだろうな。仲間たちと足並みをそろえる資格がないって実感は、ちょっと寂しいか。


でも、少ない戦力の枠を奪って、足を引っ張る訳にはいかない……。



「選抜でオーヴィル・ランカスターをやっちまったのがいまになって痛手だな。こんなときにほしかったんだが」


ゼランが言った。ボクは思う。


「アイツの名前出すのやめない? なんか、モヤモヤする」


もう過去の人として忘れ去ろうぜ?


「あとは31番がけっこう使えそうってくらいか、新しく入ってきた連中の中に掘り出し物があるかもしれねぇが、時間もねえし、上から二人選んどくかって感じだ」


31番、32番か。ゼランの提案に納得しかけたところで、クロムが突拍子もないことを言いだす。


「イリーナ、参加するつもりはないか?」


「はっ?」


ボクは声だけ発して、改めて言葉の意味を考え、そして叫ぶ。


「「はあぁぁぁっ!!!」」


それはゼランと同時だった。ボクとコイツの息が合ったのは不本意だけど、正直クロムがなにを考えているのかサッパリ分からない。


まさか、ボクに魔獣退治に参加しろと言いだすだなんて――。



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