近衛兵長が見張りに戻ると室内にはフォメルス王、剣闘王者ウロマルド、そしてティアンにボクを含めた四人が残った。
王様一人が椅子に腰掛けボクらは直立している。座っている一人だけがやたらと上から目線なのが、なんだか職員室でくらう説教みたいな構図だなと思った。
違うところと言えば身長二メートル超えの生徒を見たことがないことと、失言しても教師は生徒を殺害したりしないというところだ。
「さて、予定外の珍客が乱入してしまったが、それもまた一興。この娯楽王と称される余を相手に、剣闘士風情が面白さについて講義をしてくれると言うのだからな!」
王様はボクに対してプレッシャーを掛けてくる。挑発したのだから当然か。
しかし、これは何の冗談だろう。昨日、どん底の生活が始まったかと思えば、今日は国王と問答をする羽目になっている。
展開の速さに酔って吐きそう。遠心分離器にかけられてバターにでもなってしまいそう。
それでも、いち友人として彼女を放っておく訳にはいかない。
正面には人の命を容易くもてあそぶ冷酷な王。背後にはこの世界で最強と称される剣闘士の頂点に君臨する化け物。
ボクは勇気を振り絞って発言する。
「ティアンになにか御用ですか?」
「イリーナ! お願い、引き下がって……!」
ティアンが必至になって退室を促してくる。その様子ひとつでフォメルス王の恐ろしさが理解できるというものだ。
だからこそ、なにかしらの結論を提示しない限り王がそれを許すことはないだろう。
「それでイリーナとやら、この女が何者かを知ってなお肩入れすると申すのだな」
彼女とは昨日出会ったばかりだ。コロシアムにおける基礎知識の質問や、たわいのない会話のやり取りはあったけど、深く踏み込んだ質問はお互いにしなかった。
「知りませんけど、何者だっていうんですか?」
「……ハッ、どうやら記憶喪失というのは本当らしいな!」
正直に答えると王はクハハと嘲笑した。嫌な感じだ。
「――ならば知るがいい。この者こそ大陸中に知らぬ者のおらぬ大罪を犯した、国家創設以来の極悪人よ!」
衝撃の告白とばかりに得意気だけど、表現が大げさなせいで説得力に欠ける。
コロシアムにいる以上、潔白ではないのかもしれない。だとしても彼女がそんな大それた罪を犯したとは思えない。
見た目にほだされたとかじゃない。投獄された当時、彼女はまだ七歳の子供だったはずだからだ。
「転んで割った壺が取り返しのつかない高級品だったとか?」
それなら容易に想像できる。
「ウロマルド、殺せ」
「ちょっ!? ノーヒントだなんてあんまりだっ!!」
迂闊な発言が即処刑につながる。
「――もう一回! まじめに考えますから、もう一回だけチャンスをください!」
慌てて命乞いをするボク。フォメルス王はなにかに思い当たったように呟く。
「しかし、それが国宝だとすればある意味では的を射ているとも言えるか……」
煮え切らない発言だな!! 正解、不正解、どっち?! ボクがヤキモキし始めるとフォメルス王はティアンの罪状を明らかにする。
「――破壊されたのは国家その物、この女の罪は皇帝の殺害だ」
ティアンの罪は皇殺し――。
「…………!?」
ボクは息をのんだ。想像していたより遥かに罪が重い。極刑にふさわしい。
「どうだ、だいぶ印象が変わったであろう。貴様が無知ゆえに守ろうとした女の正体は、情けを加えるに足る可愛らしいものではなかったということだ」
罪状には驚いたけど、それよりも王様の話が回りくどいほうが気になる。コロシアム主催者の性か、パフォーマンスを交えないと気が済まないのだろう。
「ティアン、本当なの?」
この場合、ボクにとって殺人という結果は大した問題ではなかった。気になるのは結果ではなくその過程だ。彼女が殺人に及ぶ動機とはなんだったのか。
「ごめんなさい。当時のことはあまり覚えていないの……」
無理もない。たとえば、幼児が暴発させた銃で大人が死んでしまった場合、それは殺人ではなく事故ではないだろうか。
「ええと、フォメルス王はもともと騎士団長を務めてらしたのですよね?」
そんなことをクロムが言っていた。八年前の事件ならばなにかしらの形でかかわっていたと考えるのが自然だろう。詳細は王様から聞き出すしかない。
「――それが八年前、前皇をティアンが殺害したことで国王に?」
このアシュハ国は帝国らしい、フォメルスが皇帝ではなく王を名乗っているのは全皇の血筋ではないからか。
「軍部の司令官であった余は、前任の皇に最も信頼された友であった。誰が国を統べるべきかを問うた時、民衆は満場一致でこの国の英雄である余を選んだというわけだ」
自分語りが好きなのだろう。フォメルスはよく話に付き合ってくれる。
急逝後、帝位は継承されずに血縁のないフォメルスがその座に就いた。なるほど、推理パートだと思っていたけれどこれは歴史の授業だったのか。
「つまり、ティアンが正式な帝位継承者だった?」
「……どうして」
明かしていない事実をボクが言い当てたのでティアンは驚いた。その反応で大体のいきさつが分かった。
相変わらずの名調子で話を転がして行く王様。
「左様。このティアンこそ肉親をその手にかけた悪魔の子ぞ!」
物語を盛り上げようと誇張表現をするから逆に事実が伝わってこない。同時にティアンを精神的に追い込もうといういやらしい魂胆がみえみえのクソ脚本。
「――わが友は伴侶えらびを誤った。愚かな女だったよ、皇妃でありながら自らの激情の制御すら満足にできない。揚げ句の果てには娘と結託して自らの後ろ盾を毒殺してしまったのだから救えない」
ティアンの頬を涙が伝った。
――さて、どうしたもんか。
彼女のことは正直まだなにも知らない。けど、人とのつながりが希薄である彼女が母親との思い出をどれだけ心の支えにしているのかは知っている。
「あの恩知らずが八年もまえに処刑されたというのに、なぜ貴様がいまだに生きて――」
「バッカじゃねーのッ!!」
絶好調のフォメルス王をさえぎってボクは大声を発した。
「……イリーナ?」
いったいなにが起きたのかと、ティアンとフォメルスはきょとんとして固まっている。ウロマルドの表情はピクリともせずなにを考えているのか読み取れない。
「……ほう。いままさか、余を愚弄したのか?」
フォメルス王が躊躇なく剣を抜き放った。
ボクは彼にならうようにして、大げさな身ぶり手ぶりで提案する。
「私めよりも遥かに強く、美しく、聡明で、野心的な王よ。私めを殺す前にどうか一つオモシロイ話に耳をおかしください」
『オモシロイ話』だなんてハードルが上がるだけの前振りなんてするものじゃあないけれど、余興好きな王様の興味を引くためには仕方ない。
「……話せ」
案の定、フォメルス王は暫し思案し首を小さく二回小刻みに振ると、ボクの発言を許可した。
「ありがとうございます」
ボクは頭を下げる。なんとか王の好奇心をコントロールして話を最後までつながなきゃならない。
「――なにがバカらしいかと申しますと、当時の彼女が幼すぎるという点です」
「責任能力をもたない幼子のあやまちを罪に問うべきではなかったと、そんなくだらぬことを言うために命を粗末にしたわけではあるまいな?」
話がそこまでならこれは稚拙な時間稼ぎでしかない。さぞや王をガッカリさせただろう。そんな議論はとっくに解決済みに違いないからだ。しかし、これはまだ本題ではない。
「くだらぬことだって価値観なら、王妃が裁かれた八年前にティアンも殺されていたはずでしょう。それでも二人のうち片方だけが生かされた、そこに筋書きが用意された痕跡があるって話です」
「言っている意味が分からんな」
フォメルス王は先ほどまでと比べてよほど冷静だ。それはボクの話に興味を示しつつある証拠だろう。
「話ができすぎているんですよ。破綻がないから筋書きが追える。筋書きが追えると書いた人間が誰だか分かる」
「……ほう」
フォメルスは次の言葉を待っていた。
「この物語の主人公は王様になりたかった英雄。でしょう?」
ボクは皇帝殺しの真犯人を告発する――。
「皇族以外がその地位につくにはその血筋を絶やす必要があった。なので英雄は皇帝を殺してその妻子に罪を着せることで玉座に空席をつくったわけです」
フォメルスは沈黙し興味深げに耳を傾けた。
「けれど、幼い姫を処刑することはマイナスイメージです。せっかく用意した空席を奪い合うにあたって不利な要因になりかねません」
王に選出されるためには民衆の支持が不可欠。あるいは将軍として築いた名誉を損なわずに、英雄のまま王になるためには幼子を殺すわけにはいかなかった。
「追放あたりがちょうど良い落としどころですが、正当な血筋の姫が後々一大勢力となってクーデターなんかを起こされては堪りません」
真犯人である後ろめたさが臆病にさせたか、あるいは彼女を擁護する具体的な対抗勢力があったのかもしれない。
「なので、閉じ込めておくことにしたのです。完全に管理できる自分の持ち物であるコロシアムの隠し部屋に」
名目上は追放ゆえに人前に出す訳にはいかない。ティアンは偶然生き延びてきたのではなく、意図的に試合が組まれなかったに違いない。
「……なるほど、面白い推理だ」
「推理というか、物語の構造の話です」
『おまえが犯人だ!』そう告発してやっても王は微塵もうろたえない。
間を持たせているあいだは余興として辛うじて生かされているだけ。飽きしだい刑を執行するだけの話だ。
「それで大先生はその物語とやらの欠陥を指摘するわけか」
「欠陥だなんて。完璧主義なんでしょうね、一貫された物語は美しい。よく出来ているからこそ他の可能性に行き着かないんです」
偶然の要素が一切ないから結末は揺るがない。台無しにでもしたいのならばその限りではないけれど。
「それが事実だとして、余が民衆に選ばれた王であることは揺るがない」
「皇族なきあと軍隊を掌握するあなたに誰も逆らえなかったってだけでしょ」
フォメルスが逆賊であるという事実に大した意味はない。彼を断罪できる者が誰もいなくなってしまったという意味で事件はもう時効なのだ。
「ならば、どうする?」
「どうもしません、王は無敵です」
誰も王を倒せない。ボクにできるのは命乞いのみ、ただそれだけ。
目的ははじめから真犯人の告発なんかじゃない。これはフォメルス王に対して自分を売り込むためのアピールタイムだ。
「ならば言い残すことはないな、さらばだ無謀なる剣闘士よ」
決着と判断してかフォメルスは当初の予定通り死刑を求刑した。追い込まれたボクは不本意ながら最後の手段に出るしかなくなった。
開き直ると玉砕覚悟で発言する。
「王様、あなたは偉大です。ですが、コロシアムの企画に関してはセンスがないですね。クソしょーもないなと思いました」
これまでボクの発言は何度となく周囲を黙らせてきた。けど、その一言による沈黙はこれまでとは違う。
興味を引いたとかではない。空気を凍り付かせたといえば正しい。フォメルス王を中心に室内が瞬時に重みを帯びた。
「しれものめッ!! 余のコロシアムのどこがくだらないと言うのだッ!!」
――ヒイッ!? 怖い!!
王が怒りをあらわにした。
彼にとってコロシアムは民衆のご機嫌取りの道具にとどまらない。コロシアムは『娯楽王』と称される彼の作品だ。それも分身といって差し支えない超大作。
「約束できますよ、ボクならいまの三倍は観客を沸かすことができるって」
娯楽王とたたえられる王にとってはコロシアムの盛り上がりこそが全て。ボクはそれをしょうもないと言ってののしった。
でも、本当に馬鹿らしいのはティアンが記憶にない罪の贖罪をし続けていることだ。反撃の手段を持たない子供を陥れた舞台の上で、大人たちがおおはしゃぎをしている現状だ。
「ならば申してみよ、いかんにして三倍盛り上げるつもりか!!」
これがラストチャンス。回答をきいた王様にコロシアムの繁栄にはボクが必要なのだと思わせることができれば、命をつなぐことができる。
――まさか、自分の口からこれを言う日がくるとは。
創設以来八年間。コロシアムにはティアンがいた。しかし、その存在は隠匿され、女性の剣闘士が闘場に立ったことはない。
期待できないという理由でコロシアムから除外されてきた。そんな女性であるこのボクが――。
「ボクがコロシアムの頂点を取ります」