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二幕二場「娯楽王フォメルス」


    *    *    *



訳も分からず、ボクたちは闘場に整列させられる。


――いったい、なにがはじまるんだ……?


集められたのは下階にいなかった中位以上のランカーやけが人などを除いた百人程度の剣闘士たち。


「この人数で殺し合えとか言われたらどうしよう……」


「その心配はないだろう。会場は十分に盛り上がっていたし、武装の指示はなかった」


試合を終えたばかりのクロムが不安がるボクを気づかってくれた。


つい先程まで殺し合いが楽しまれていた会場には、熱気さめやらぬといった様子の観客たちが残っている。

案の定ボクは目立つ。それもそのはず、いろいろと不本意だった前日と違って今日は身だしなみが整っている。


――ふふん、どうだい見違えただろう?


得意げなボクにむかってアルフォンスが嫌みをこぼす。


「あんなにも不平をもらしていた女性を一夜にして満喫し始めるとは……」


「そんなんじゃないもん」


囚人服が衛生的にしんどかっただけだもん。


「静かに、陛下がおいでになられる」


口論になりかけたボクとアルフォンスをクロムが制した。

そうでなくとも看守から余計なことはするな、失礼のないよう厳格な態度で臨めと事前に言い含められていた。


――そうだ、王様から話があるって言ってたんだっけ。


チラとVIP席らへんを眺めてみた。位の高そうな老人たちが踏ん反り返っている。

あれらは運営の偉い人か政治家あたりだろうか、王様らしき姿は見当たらない。



キョロキョロしていると、喝采がワッと巻き起こった――。

何事かと思えば、馬車や戦車も通過するらしい大きな入場ゲートから武装した一団が入場してくる。


看守や剣闘士とは違う。一様に煌びやかな装飾のされた鉄鎧をまとい、紋章の入った大盾を構え、腰に剣を手には槍を携えた正規の兵隊たち。

喝采を集め華やかなパレードを率いて先頭を歩くのが、おそらくこのコロシアムの主催者にして国の最高権力者。


観衆が呼び讃えしはフォメルス王――。


若い、どう見ても四十はいってないだろう。まるでミケランジェロの彫刻みたいに均整の取れた筋肉質な体形に甘いマスク。そしてギラギラとした好戦的な瞳。


「強そうだ」漠然とした感想を漏らしていた。

彼こそが剣闘士の中で1番だと言われても全く驚かない。それだけの風格をまとっている。


「フォメルス陛下。元騎士団長であり剣の腕はもちろん、戦場ではつねに前線にたって指揮を執られた勇猛な指揮官だ」


隣に並ぶクロムがボクの呟きを拾い上げた。


「なにそれカッコイイ」


フォメルス王、元騎士団長ということは現場からの叩き上げというやつだろうか。

イケメンで強くて金持ち。コロシアムを運営して民心の掌握もできているあたり、ボクなんかとは違って頭脳も明晰に違いない。



「アシュハ国の民よ! こたびの闘技、満足であっただろうか!」


王様がコロシアムの中央で両手を広げれば、それに応えて観客も盛り上がる。


――人気も上々。


円形に囲ったコロシアムが声の届きやすい構造とはいえ、王様の声はよく通った。しはやなや

声の大きさは指導者に適した才能の一つだと言われている。


――加えて美声と。


初対面でこれほど美点が目につく人物がいるだろうか。

欠点を探してやりたくなるな……。そう考えてボクは王様をじっくりと観察しはじめた。



「最後にもう一戦! 皆には楽しんで帰ってほしい!」


喝采!!


「競いたるはここにそろった闘士のうち一名と、余みずからである!」


大喝采!!!


驚いた。王様が自ら殺し合いを披露するというのだ。戦闘狂か、根っからのエンターテイナーか、客を沸かせるためなら自らの危険も顧みないということか。


王様はボクらを眺めて言った。


「さぁて、余の相手を務めるべき勇者を呼びあげようぞ!」


勇者という呼称に反応してビクリと跳ねた。アルフォンスが勝手にそう呼んでいるだけでべつにボクが名指しされた訳ではない。


―――て言うか、え、挙手とかじゃなくて指名なの?


前座でもあるまいし、ガチの決闘をさせられることは必至。ボクは教師からの指名を避けたい生徒よろしく、王様から視線をはずして存在感を消すことにした。


「…………」


観客はすでに満足しているにも関わらず、こうして王様が出しゃばりだした。察するに、試合を見ていたら昂ってきたから一人ぐらい斬って帰りたいとかそんなところだろう。


騎士団長を経て王の座についた男だなんて、そんなのとんでもなく強いに決まってる。

だからいまから選ばれるのは生け贄だ。王様が民衆に良いところを見せるためのマネキンえらび。


――誰か、犠牲になってくれ!


百分の一のハズレくじをまさか自分が引くとは思わない。


――うそだろ、なぜだッ!?


王様は百人もの剣闘士に脇目も振らず真っすぐこちらへと向かって来るじゃないか。アルフォンスとクロムの緊張が高まり、ボクは拒否の意思を表明すべく地面を凝視する。


――いません。ボクはここにいません!


「…………!!?」


緻密な装飾のされた美しい脛当て、王様の足が視界に入った。


――無理、無理っ! 無理だってば! 無理無理無理無理無――。


「おもてを上げよ」


「は、ハイッ!」


頭上から降ってきた美声に返事をするしかない。

くっそ!! なんでだっ?! その疑問に王様が答える。


「良い衣装だ。よく似合っているぞ」


納、得。


「そりゃ、目立ちますよね! なんでボク、こんな格好してるんだろ!?」


統一された装備の兵隊たち、その中心に唯一無二の王。

ボロ服の剣闘士たちの中、ただ一人オシャレをしているボク。


そりゃ、一直線に向かってくるさ。無視する方が不自然だものっ!


文字通りの紅一点。喧嘩を売っていると判断されても仕方がない。

なぜボクはこの場に出てきてしまったのだろう。べつに全員参加ですらなかったのに。


「それに、随分と人気者みたいではないか?」


初日の試合のどのへんが彼らにウケたのか、熱い声援がボクに贈られている。

待て待て、無駄に盛り上がってこのエンターテイナーの興行者魂に火を付けるな。


「がんばれー! 女剣闘士!」


ガンバレじゃねーよ、黙ってろっ!!


王様も怖いが、なにかしたら即座に殺すぞといった近衛兵たちの威圧感が凄まじい。


「そなたが余の相手を務めてみるか?」


即答する。


「お、おそれ多いですぅ……!!」


そのイケメンを直視できない。視線を合わせたら最後、対戦が成立してしまうような気がする。

そんなものは王様の気分一つなのだけれど、視線が合うということが運命を決することは少なくない。


でも、視線を反らしていることを不敬と断じられたらどうしよう……。


「ランクはいくつだ?」


王様が順位を尋ねられた。ええと、アルフォンスが言ってたのは猿顔のオッサンが死んだと仮定して――。


「176番です」


許してください。見逃してください。殺さないでください。


「ふむ……」


王は自らのあごをさすりながら思案する。


「――そのようなランクでは、まだまだ余の相手は務まらぬな」


――えっ、もしかして助かる?


その言葉に光明を見いだすと顔を上げて結果を待ち構えた。その時、はじめてフォメルス王と視線が絡んだ。

こういう時、教師は必ずボクを指名して顔を上げたことを後悔したものだ。


けれど、今回はそうはならなかった。王様はボクを指名せずに激励するに止まる。


「なかなかに美しい闘士だ。今後もコロシアムを盛り上げるよう励めよ」


ボクを瞳に映した時、王様の心の声が聞こえた気がした。

『コレは、残しておこう――』



そして、王は宣言する。


「ならば、176番の代わりは76番にさせよう!」


選手の確認すらせずに、ボクの順位から100を引いた番号を指名した。


近衛兵の隊長とおぼしき人物が「76番、前へ出ろ!」と命令する。

沸き立つ観客を後目にボクの心臓の動悸が激しくなっていく。


――それって、ボクのとばっちりでその人が公開処刑されるってことになるんじゃないのか?


申し訳ないどころの騒ぎじゃない。自分が指名したくらいの罪悪感がある。


「76番!! すみやかに前へ出ろ!!」


「臆病者!!」「恥さらし!!」


兵士、看守、観客たちが76番に罵声を浴びせた。

ボクは祈る。どうか、76番がなにかしらの理由でこの場に参加していませんようにと――。


しかし、願いも虚しく看守の特定によって76番は王の前へと引きずり出された。



「答えろ。なぜ、我が命に背いた?」


名乗り出なかった76番をフォメルス王が冷淡に咎める。


「お、お許しください! 陛下に刃を向けるなど、おそれ多く、私にはとてもできません!」


ボクも同じ言い訳をしたに違いない。しかし、弱腰の男に対して観客席からは一斉にブーイングが浴びせられる。


「即座に名乗り出ていれば助かる目もあったろうに。貴様、場をシラケさせた罪は重いぞ」


王にしてコロシアム運営者たるフォメルスの価値基準は場が盛り上がるか否かだ。

即座に名乗り出て、最終試合にふさわしく勇敢に闘い、観客を沸かせ、王を満足させた上でのギブアップならば許されたのかも知れない。


しかし、それだけの好判断を果たしてこの場にいる何人ができただろうか。76番が不憫でならない。


近衛兵の一人が自分の剣を76番の足元に放った。


「さあ、剣を取れ! これ以上、余を失望させるな!」


王が怒鳴り、剣を抜いた。76番も慌てて剣を拾う。お互いの武器はロングソード、どちらも高級な品のようだ。


万が一にも当たれば死ぬ試合を、王みずからが一対一で行う時点で十分、勇敢と呼ぶに値する。

しかし、一方はボロ服を着ているだけなのに対し、王は美しい装飾がされた最高級のブレストプレートをまとい、前腕や脛を守るガードもしっかり装着されている。どう見ても対等な条件では無い。


加えて観客による圧倒的なひいき。英雄が罪人を断ずる構図は、呪縛のように76番の判断を鈍らせるだろう。

こんなものは試合じゃない。実質的な公開処刑だ。



「うわあああ!!」


76番はヤケクソ気味な雄たけびを上げながら、王に対して攻撃を繰り出す。王はそれを軽々と捌いていく。


それらは一挙手一投足が美しく絵になった。


装備、状況、76番にとって不利な条件が多いのに加えて、もともとの実力にすら圧倒的な差がある。


「そら、どうした。終わるか?」


挑発する王。剣を振れる間だけ生存を許されているのだとばかりに、76は必死に手を出し続けた。


――とても見ていられない。


時間にして十秒程度か、76番の攻撃の隙に王が一撃を叩き込む。

スイスイと攻撃を捌くと、スルりと腹部へと剣を滑り込ませた。その初撃で決着だ。


76番は膝を折り、地面に尻をついた。刺し貫かれた腹部はおびただしく出血しており、致命傷に見える。


「どうした、もう終いか?」


「陛下、お許しください、お許しください、お許しください、お許しください……!」


76番は命乞いをした。傷が深く、もはや同じ言葉を繰り返すことしかできない。


フォメルス王は「ふむ」とうなって観客席を仰ぐと、白々しい質問で煽る。


「どうかな諸君! 彼の闘いぶりは最後を締め括るにふさわしかっただろうか!」


客席から処刑を求めるコールが巻き起こる。会場を埋め尽くす「殺せ」の大合唱だ。


これぞ大衆の感覚だとでも言うのか、余興の哀れな被害者が巨悪にでも見えているかのようだ。

もともと彼が凶悪な罪人であった可能性はある。けれど、少なくともこの場面はボクには弱いものいじめにしか見えない。


「民の期待に応えぬ訳にはいかんな」


そう言って一閃。フォメルス王の横なぎの一撃は鮮やかに76番の首を斬り落とした。


それが今日のハイライトとでも言わんばかりに場内に大喝采が巻き起こり、王は剣を掲げてそれに応える。


客席は沸きに沸きまくった。これがこの世界における究極のエンターテインメントだとばかりに。


ボクは思う。茶番だ――と。


芸はつまらなくても、そのタレントが好きだから無条件で笑えるお笑いみたいに。

大好きな王様のすることならばなんでもありがたい。そんな空気が出来上がっている。


なんでもウケる――。その空気を確立できたこと、それ自体は優れた手腕だ。

けれど剣闘として、または英雄としてはお粗末としか言いようがない。


彼は英雄ではなく敏腕プロデューサーといった印象だ。

案の定、最終試合の余韻もそこそこに、次の企画を打ち出してくる。


「きたる祭日、このコロシアムに強大な『魔獣』を登場させ! 闘士たちと対決させることを、ここに宣言する!」


――宣言するな、そんなもん!


魔獣と言われてもピンとこないけど、コロシアムの構造上、ライオンとか熊のすごいヤツがでてくるに違いない。

闘場に飢えたライオンを解き放って、剣闘士たちを追わせて、喰われて、観客も大興奮か。


問題は誰がそれをやらされるかだ――。


「かつてない、大迫力の戦闘が観られるであろう! 大いに期待せよ!」


残虐興行師フォメルス王が締め括った。こうして、二日目の全試合は終了したのだ。




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