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二幕一場「激動のコロシアム」


「じゃあ、ちょっと行ってくる」


上位闘士の部屋で一日目の夜をダラダラと過ごしたボクは、看守のオッサンが様子を見に来たことでいったん地下へと戻ることにした。


ティアンに借りた服は丈が足りていないけど、さすが美人はなにを着ても似合う。袋の四隅に穴を開けたような囚人服よりは断然、外出しようという気持ちもわいてきた。


ティアンは泣き出しそうな表情でボクを見送る。


「イリーナ、どうしても行くの?」


「大げさだよ、仲間たちを安心させに行くだけさ」


べつに殺し合いに向かうわけじゃない。


下位からの挑戦によって成立することから増員があるまではボクの試合を組まれない。その増員も昨日の今日には行わないだろう。


アルフォンスたちが心配してる。かどうかはともかく、無事の報告とあちらの状況確認くらいはする必要がある。


「かならず戻ってきて。いつまで続けられるかは分からないけど、可能な限り一緒にいてほしいの」


今朝も目覚めた直後から、彼女はしきりに「かわいい、かわいい」と言ってはボクの頭を撫で回してきた。

溺愛の仕方が友達というよりはペットのそれで、この見送りもわが子をはじめてのお使いに送り出す母親のようにも見える。


「大丈夫だって」と手を振ると、ティアンに見送られてボクは7番の部屋を後にした。



通路に出ると看守のオッサンが待ち構えていて、部屋へと続く扉に外鍵を掛けた。


「用が済んだら声をかけろ。開けてやる」


「剣闘士は特別扱いしないんじゃありませんでしたっけ?」


オッサンがティアンの専属ということらしく、これも彼女の要望に従ってのことだ。


「俺からおまえにしてやれることはなにもない。だが、ティアン様のために一日でも長生きすることだ」


この人どこかで見た覚えがあるなと思ったら、昨日ミスター性欲の拳骨からボクを守ってくれたあの看守だ。


「デレました?」


「仕事のうちだ」


当たり前だけど、看守もロボットじゃなくて人間なんだ。娘くらいの歳の少女がこの境遇にあることを憂いてのことかもしれない。



    *    *    *



改めてコロシアム生活二日目――。


ボクはオッサンと別れて単独で地下へと向かう。選手の生活スペース以外は出入り禁止のようだけど、上階とのいききは意外と緩いみたいだ。


――いまは試合中かな?


電気がないのだから当然だけど、この世界は夜がはやい分、朝が慌ただしい。試合も早朝から始まり昼には終了するんだそうだ。

真っ最中なのか、外からは歓声が響いてくる。昨日、闘技場で浴びたあの熱狂を思い出す。


「うへぇ、よくも朝から血生臭い殺し合いなんかを楽しめるな……」


流血、身体欠損、死、それらを目の当たりにして始まる一日ってどうなんだろう。


――ボクなら食欲がなくなるけど。


コロシアムのプロデュースは王様が直々に行っているらしい。娯楽を通して民衆と交流することで盤石の人気を獲得できているんだとか。

試合でストレスを発散させ、政治への不満を解消させるとかの狙いがあったりするのだろう。


試合は希望者による『ランキング入れ替え戦』が中心だから、特別手を加えなくても試合は連日行われる。

剣闘士たちが挑戦に消極的になることで民衆を退屈させないよう、選抜試合や特別試合で活性化を計るのが王様の手腕なのだとティアンが言っていた。



「おお……」


すぐ横を血まみれの負傷者が搬送されて行った。いくつかの試合が消化され、下階は慌ただしい。


「勇者様、ご無事でしたか!」


見すぼらしい格好の下位闘士たちの中で、ちゃんとした服装でいるボクはさぞ見つけやすかったことだろう。

魔術師アルフォンスが駆け寄ってきた。なにやら血相を変えた様子。


「ゴメンゴメン、連絡が遅くなったね」


「看守から『地獄で待っているぞ!』との伝言を受けたものですから、ふるえて夜を過ごしましたよ……」


それは昨夜ボクが看守のオッサンに伝えた伝言だ。

空振りしたと思って訂正しなかった捨て台詞を、オッサンは律義に伝えてくれていたらしい。


――状況が想定と違ったから、その伝言は不要だったんだけどな……。


「そっちの調子はどう?」


変わりはないか尋ねると、アルフォンスは愚痴りはじめる。


「最悪ですよ。地面の寝心地の悪さといい飯のまずさといい……」


その頃のボクはと言えば美少女と混浴し、ご飯のおいしさに感謝し、フカフカのベッドで寝ていた。すまんな。


「――ところで勇者様、その立派なお召し物はどうされたのですか?」


「ああ、これね」


道中も目立って仕方なかったけど、看守がとがめなかったということは違反ではないのだろう。

下位のうちは入手の術がないってだけで、服装の規定はなく、上位の闘士たちはそれなりの格好をしているってことだ。


さっきも「上位ランカーの愛人にでもなって特別扱いされているのか? 女は楽でいいよな!」なんて罵倒された。

だからボクは「そうだよ、ボクにちょっかいを出すなら最低でも10番以上に勝ってからにした方が良いんじゃない?』と言い返してやった。


立場が上だと思わせたら荒くれ者たちの態度も自然と慎重になるだろう。それが狙いでボクはわざわざ着飾って下に下りてきた。


いわゆる『虎の威を借る狐』作戦だ。



「――それよりさ、試合による順位の変動とかはあった?」


入れ替え戦とはいえ、死者がでればその分は番号が繰り上がる。


「いましがた最後の試合が終わったばかりです。私は挑戦しませんでしたが174番まで番号が進みました」


挑戦してもいないのになんだか得意気だ。


「つまり四人脱落か、昨日みたいな大きな変動が毎日ある訳じゃあないんだな……」


コロシアムではギブアップも可能ではあるらしい。ただ、それは会場の雰囲気が重視されるもので、立派に闘った者は許され、そうでない者は殺されるのだとか。


「――そうすると、ボクは177番だね」


アルフォンスが四つあがったのだからボクも四つあがっているはずだ。


「勇者様はもう一つ順位が進むかも」


――えっ、なんで?


ボクとアルフォンスの間にはクロムとウータンしかいなかったはずだ。一つ進むとしたら、それはどちらかが脱落したということになる。


「まって、クロムは無事なの?!」


彼はいいやつだったから、死んだとしたらショックだ。しかし、ボクの心配をよそにアルフォンスはのんきな反応。


「安心してくださいクロム氏は無事です」


「……そうか、良かった」


驚かせやがって……。ということは、どういうことになるんだ?


「勇者様が気にしていた猿顔の男。名をゼランと呼ぶそうですが、彼が100番に挑んだのです」


「ああ、アイツか。死んじゃった?」


ゼランか、昨日あれだけの殺し合いをやっておいて今日も上位ギリギリに挑戦していたとは、なんて貪欲な猿だ。


「言ったでしょう、器じゃないんですよ。死んではいないようですが、けがの容体によるでしょうね」


個人的には二度と顔を見たくないけど、続行か脱落かはまだ判断の最中ってことらしい。


「100番って強いんだね」


あの狡猾な猿男が100番相手でもう通用しない。そう考えたら上位を目指すなんて途方もない。

ボクが素直に感心して見せると、アルフォンスは当然とばかりに胸を張った。


「ふふん、その100番がクロム氏なんですよ」


だから、なぜおまえが得意気なのか。呆れるボクに対してアルフォンスが続けた言葉は驚きの内容だった。


「ちょっ、クロムがってどういうこと?」


100番に挑んだのがゼランで、100番になったのがクロムってどういうことだ?


「本日、100番への挑戦が二件ありまして、先にクロム氏が勝利。100番としてゼランと連戦し、みごと勝利を収めたのです」


その報告にはテンションが上がった。


同位を指名して片方が二戦させられたあたり、下位の扱いの雑さには看過できないものがある。

もし負けていたら異議を唱えていたに違いない。しかしそのハンデを負って勝利したのだからクロムの実力は確かだということだ。


「おおっ! おおっ!」


ということは、現在クロムが100位。入れ替わりでアルフォンスの一個下が元100位ってことか。

そしてゼランが脱落した場合、ボクの順位は177位から176位に上がる訳だ。


「いやー、さすがは私が見込んだ男です!」


ボクらは手を取り合ってクロムの躍進を喜んだ。なんなら小躍りした。


「もっと早くきて応援すればよかった!」


ボクらは囚人だから外に出て試合を観ることは出来ない。だけど、その二戦はとても観戦したかった。

自分をコテンパンにしたやつを友達がやっつけてくれたら、そりゃスカッとしたに違いない。



「ほら、うわさをすればですよ」


アルフォンスが示した先にクロムの姿を見つける。ボクがその姿を発見した時にはすでにクロムがこちらに駆けつけるところだった。


「イリーナ、無事だったのか!」


ご機嫌なボクの姿を見て心配顔だったクロムが安堵する。二戦も決闘をした直後に人の心配をする余裕があるあたりはさすがだ。


「クロム! おめでとう!」


ハイタッチ。すでにボクは軽くファンの心境である。


「その服はどうしたんだ?」


ウキウキと上下するボクに対してクロムから当然の質問。

アルフォンスに聞かれたときはどうせ二度手間になるだろうと保留した説明を、二人そろったのですることにした。


「上位のランカーと仲良くなって、部屋に匿ってもらえることになったんだ」


アルフォンスが眉間にシワを寄せて無粋なツッコミを入れる。


「ムムム、何やら淫靡な匂いがします」


「いや、しないし!」


余計な誤解を招く様なことを言わないでほしい。


「そうか……。で、それは何番のどんなやつだ?」


「ああ、ええっとねぇ……」


クロムへの答えに詰まった。立場が逆だったらボクだって同じ質問をしたと思う。でも、答えられない。


「――ごめん、それは言わない約束なんだ」


約束はしていないけど、ティアンを危険に晒す可能性があるから言えない。


「約束を守るというならそれは尊重するさ」


「あんがと」


申し訳ないと恐縮するボクをクロムはとがめるどころか慰めてくれた。話の分かる相手で良かった。


「イリーナ自身の安全はそれで保証されるんだな?」


保証されるかと言えば、試合をした途端に死ぬ。と答えるしかない意味もあって、クロムが試合に臨んだことについて言及する。


「当面はね。そんなことより、クロムはランキングには興味がないんだと思ってた」


昨日のやりとりからは上位に挑むという気概は感じられなかった。

上には上がいる。だなんて殊勝なことを言っていたくせに、昨日の今日で最高順位に挑んでしまうなんて好戦的だ。


「現時点では上位に通用しないだろう。そう言ったのは単に見立ての話だ」


その確認のために100番に挑んだとでも言うのだろうか。

1番を倒さない限り自由の身にはなれないし、ランキングが上がれば強敵が相手になって死亡リスクも増えるのに。


「1番になれないってことは闘技場で死ぬってことでしょ、順位なんてあげない方が長生きできるんじゃないかな……」


「自由になれないからこそ挑戦する意味がある」


言葉の意味をすこしだけ考えて諦める。


「ごめん、ちょっと分かんない」


――ポエムか?


「目的もなく、ただ時がきたら死ぬ。それだけの日々ならば生き長らえる意味はない。そうは思わないか?」


「ん〜?」


ただ生きることに意味はない――。


自由さえあれば、生をただつなぐことには重要な意味がある。

けれど、ここで死ぬことが義務付けられているボクらは違う。


なぜなら、上位に名をつらねない限りボクらの存在は人以下だ。

自由も尊厳も人権すらもない。殺し合わせて生き残れるか。それだけを求められた実験ネズミなんだ。


だから、ただ生きながらえても意味がない。


自分の限界に挑み、人間らしく試行錯誤しながら戦って死ぬか。

境遇を嘆き、他者をさげすみ、自らを嘆き、やがて人生を憎みながら無意味に死んでいくかのどちらかだ。


どちらが正解とは答えにくい。死を恐れてなにが悪いのか、それは自然なことだからだ。

けれど、後者のような生き方をする自分のことは間違いなく好きにはなれない。


「――そうだね。キミの言うとおりだ」


ボクが負けを認めたところ、即座にアルフォンスが反論する。


「いや、しかしです。時代が変われば状況も変わる。時間稼ぎも立派な作戦ですよ」


まっすぐに進むだけが道ではない。と、他人の力で自由を勝ち取りたい男は主張した。


そしてクロムもあっさりとそれを認める。


「そうだな、柔軟さに欠けるところが俺の弱点だ。待て、ができなかったおかげで今ここにいるわけだからな」


ボクは笑う。


「その自虐ができる時点で昨日よりもかなり成長してるよ!」



――驚いた、楽しい。


知り合ったばかりだけど、心細い環境と個々の人柄がひき合ってかボクらには奇妙な友情が芽生えていた。

そこが地獄か天国かは人次第ということか、彼らとならこんな場所でも笑い合うことができる。


楽しそうなボクらに惹かれてか、回りにはちょっとした人だかりができていた。


そして和やかな雰囲気は一瞬で吹き飛ぶ――。


なにが起きたか大勢の看守たちがなだれ込んでくると、下階にたむろす下位剣闘士たちに向かって大声で伝達する。


「動ける者はゲート前に集合しろ! 闘場にてフォメルス陛下からお話がある!」



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