179番、クロム・ウィンザードか。確かボクも剣闘士217番とか呼ばれていたはずだ。
「で、その番号はなんなの、囚人番号?」
コロシアムを監獄とするならば、数字で呼称されることは妥当に思える。死罪が見込まれる罪人を区別、またはひいきするのは不公正だ。
「それなんですが、今の勇者様の番号は181番です」
「えっ、なんで減った?」
アルフォンスの返答は疑問を増やした。番号が上下してしまっては呼称としては不便にすぎる。
「試合で脱落した人数が元の数字から引かれた結果です」
「今日だけで三十六人が死んだってこと!?」
衆人環視の見せ物で失われて良いような数じゃあない。腑に落ちないという態度のボクにクロムが説明を捕捉してくれる。
「数字は囚人番号であると同時に『闘士たちのランキング』を表しているんだ」
つまり、ボクは囚人番号181番であると同時に剣闘士ランキング181位だということか。
「なるほど、上位者がいつまでも三桁の番号で呼ばれるより、一桁番号で呼ばれた方が箔が付くもんね」
強さが一目で分かった方が観客もワクワクするし、マッチングの指標になるし盛り上がる演出も考えやすい。
ただ、その都度番号を変更していたら管理や把握をする方は大変だ。
「この機会に、コロシアムでの基本的なルールを教えておこう」
クロムは頼むまでもなく案内を申し出てくれた。至れり尽せりで助かる。
「お願いします!」
土下座でござる。
「足は崩してくれて構わない。まず基本的に、この番号は入所順だ。初参加の俺たちは大きい数字になる」
脱落者の数が詰められるってことはつまり、このコロシアムにいる剣闘士の総数が現在180人程度ということだ。
「――そして番号が若いほど、コロシアム内での待遇は良くなるという仕組みだ」
「待遇って、ここって監獄なんだろ?」
剣闘士の試合にも刑務作業のように賃金が発生するということだろうか。だとしても、外に出られない以上お金をもらったところで意味がない。
「頂点を取らない限り良い思いができないとなれば、その時点でほとんどの者が諦めてしまう。そうなれば試合は盛り上がらず観客を楽しませることもできないからな」
自分がナンバーワンだと自惚れられる人間は限られている。なるほど、闘士たちが貪欲にランキング争いをする仕組みとしてランクに応じたご褒賞があるわけだ。
「ハイハイッ! ご褒美はなにがもらえるの?」
「どうやら衣食住の充実ということらしい。誰にとっても試合を挑み勝つ意義は十分にあるというわけだ」
言ったところで、そんな救済措置に意味はない。ボクのミッションクリア条件は番号を1番にすることなのだ……。
「ランキングの上げ方は?」
挑戦する気はさらさらないが、一応聞いておいた。
「自分より上位の番号を指名し勝利を収めれば、その番号とのあいだで入れ替わりが起きる」
「それってさ、181番のボクでも1番を指名して勝てば、すぐ1番になれるの?」
入れ替わりってことは一戦で自由になるのも可能ってこと?
「いや、100番未満の闘士が指名できるのは100番まで、50番未満が指名できるのは50番までだ。そうやって試合回数をこなして勝ち上がることで観客に対する知名度を作り、メインイベントを盛り上げることになる」
奇跡の一発勝ち抜けは有り得ない……。可能だったところで1番を倒せるだなんて思わないけど、全ての光明を絶たれた気分だ。
「20番未満は20番まで、20番以内になれば上位全てに挑戦できるようになる。指名できるのは自分より上位に限り、下位は指名できない」
ボクはクロムを指名できるけど、クロムはボクを指名できない。下位を倒しても順位は上がらないのだからそもそも指名をする意味がない。
「闘士達は消費が激しい。たとえなにもしなくても、中位くらいまでは勝手にランクアップしていくだろう」
どんどん死んで席が空いてくからね。そして今日のボクたちみたいに、バンバン増員していく訳か。
「ペースとかって決まってるのかな? それとも、ランクアップする気がなければ、無理に試合を組まなくてもいいってこと?」
それによって生存日数にかなりの差が出て来る訳だけど。
「ああ、ひっそり牢獄で生きていくという選択肢もあるだろう」
ふむ、朗報だ。ほとんどケツ番の自分は指名される恐れがないから、ランキングを上げるなり闘士の補充があるなりするまでは一時的な安全地帯だ。
「記憶が戻るまでの時間稼ぎも容易ですね」
アルフォンスは揚々としているけれど、記憶が戻っても劇的に強くなったりは絶対にしない自信がある。
「ただし、どんなに闘いを避けたくても下位ランクからの指名を受けた場合、それを断ることは絶対に許されない。加えてエキシビションマッチとして、運営が企画した試合も強制的に参加させられる」
「OK。結局、安地はない訳だ」
自動的にランクアップしていくのはありがたいようでいて実は厄介だな。静かに暮らしたくても自然と指名の対象になり易くなるってことだ。
押さえとくべきは三点――。
その1
囚人番号はランキングを兼ねており欠番がでれば繰り上がっていく。
その2
ランクは上位者を指名して撃破することで入れ替わる。ただし、指名できるランクには上限がある。
その3
下位からの指名、運営が企画する特別試合を断る事は絶対にできない。
「アルフォンスは何番だっけ?」
「現在、178番ですね」
クロムが179番でボクが181番か。ウータンが180番なのか、182番なのかは気になるところだ。
「さっきの試合。ボクと闘ってた猿顔のやつ、分かる? アイツは何番かな」
その質問にはアルフォンスが答えた。
「彼はたしか私より後、勇者様より先に入所していたので必然的に180番ってことですね」
「ひゃあ、助かる」
177番、?
178番、アルフォンス
179番、クロム
180番、ウータン
181番、ボク
182番、?
こういうことか。猿顔男はボクより前だから、先行さえしなければ二度と闘わなくて済むってことだ。
「ウータンとクロムはどっちが強いかな?」
願望的にはクロムが勝ってくれたら安心できる。だって、あいつ危ないやつなんだもん。
「手合わせしてみないことにはなんとも言えないな。期待には応えたいが、過大評価はしないでくれ。騎士団には自分より強い人間はいくらでもいたんだ」
慎重な回答だが手に負えないってニュアンスではない。きっと勝てない相手ではないのだろう。
「私の見立てでは、やつはとても英雄の器ではないですね。記憶喪失中に手こずったとはいえ、コロシアムの頂点を目指す勇者様が警戒するには値しない男です」
アルフォンスの言葉にクロムが言葉を詰まらせる。
「コロシアムの頂点を……」
その『正気か?』みたいな顔をやめろ。イカレてるのはコイツだけで、ボクはわりかし現実を見ているつもりだ。
結論。どんなに楽観しても頂点は遠いし、近道もない。殺し合いを確実に回避する方法もなにかルールの裏をかかない限りは難しい。
「今更だけど、地獄の生活が始まるのかぁぁ」
その生活すら場合によっては人生ともども即終了だ。
「そして生活環境についてだが、イリーナ」
「……は、はい?」
そうだ、それはボクの名前だった。一段落ついたと気を抜いていたからか、クロムの呼び掛けに反応が遅れた。
「きみは一刻も早く、ランキング上位に上がる必要があると思う」
基本的に真剣な面持ちのクロムだが、ひときわ深刻な表情でそう提案してきた。
「えっ、なんで?」
一試合でも勝てる可能性は低い。まだ死にたくはないし、ギリギリまで試合を組まずに下の方でダラダラと生き残るつもりなんだけど……。
「50番以上は相部屋を20番以上には個室が与えられるが、それ以外はここで雑魚寝をすることになる。簡易的に区切られている場所もあるが出入りは自由だ。つまり、プライバシーは保護されない」
「ああ、それはストレスだね」
やっぱり一人の空間がないと落ち着いて疲れも取れないとこあるし、個室があるとだいぶ違うよね。
なんて、その意味をいまいち理解できずにいるボクに対してクロムは食い入るようにして言い聞かせる。
「もっと危機感を持て、きみは女性なんだぞっ!!」
――事の深刻さに気付く。
「あ、ヤバイ……」
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。肌がフツフツと泡立ち、頭からはサッと血の気が引いていった。
自由を奪われ死を義務付けられた荒くれ者たち百五十人。禁欲で渇き切った群れの中に放り込まれたか弱き女子一人。
百五十人もいたら中には絶対にことを起こすやつがいるよね。てか、場合によっては1対150の勝負になる可能性も低くないよね?! それって殺し合いよりもずっと怖いことじゃん!!
ボクは来たるべく集団リンチの光景を思い浮かべて恐怖した。
「看守は受刑者を取り締まったり罰したりはするが、守ることは目的にしていない。この人数が暴走すればとても俺たちの手には負えないだろう。被害を最小限に押さえ、できるだけ早くランクを上げるべきだ」
クロムの慰めにもならない提案に涙が出てきた。
「被害が出ること前提の話やめてよっ!」
アルフォンスだけがのんきに軽口をたたく。
「あっ、コレってある意味、勇者様が期待するところの異世界ハーレム展開なんじゃあないですか?」
アホかっ、集団暴行の現場をハーレムとは呼ばない。しかも三桁相手に全員が罪人ってどこまで御機嫌なパーティだよっ!!
大体がハーレムどころかここまでただの一人も女性と遭遇してないからね。これがもし創作だったならば売る気がない。としか言いようがない!!
「どう足掻いても女性は勇者様一人ですから、これはもう独り占めですな!」
「アルフォンス、貴様ずいぶん口が回るじゃないか。死にたいのか?」
「黙ります……」
不謹慎魔術師の冗談をとても笑って流せるような精神状態じゃない。
「何なのっ!! 発狂しそぉ!!」
どうしよう、そんなの絶対に防げないよ。風呂やトイレなんて怖くて絶対に行けないし、ひどい目に遭うくらいなら、いっそいますぐ自害してしまった方がマシとまで思えてくる。
「181番ッ!!」
突然、背後から野太い声が叩きつけられた。
「ひゃっ、ひゃいっ!?」
ボクは驚いて飛び跳ねた。怪談を聴いてる最中の『おまえだっ!!』よろしく心臓が飛び出るところだ。
声をかけてきたのはコロシアムの看守だ。
「これからおまえをあるお方に会わせる。おとなしくついて来い」
筋骨隆々で剣闘士も顔負けの威圧感をまとっているが、この仕事をするには高齢すぎる気もする。
どこかで会ったような気もするけれど、今日一日で新しい顔を見すぎているので、とても把握しきれない。
「どこへ連れて行くつもりだ?」
「私たちも行きましょう」
動向を申し出るクロムとアルフォンス。看守は「181番だけだ」と言ってそれを突っぱねた。
「え、なに、なんでボクだけ?!」
「口答えはゆるされない。黙ってついてこい」
思い当たる節はない。というよりかは知らない。ボクが剣闘士たちと違う部分でパッと思いつくのは性別くらいのものだった。
『あの方』とはいったい何者なのか――。
要件をきいても不調を訴えても、コワモテの看守は聞く耳を持たない。ただ従えとすごむばかり。
囚人である以上は観念するほかにない。ボクはアルフォンスとクロムの二人に見送られながら、看守に連行されていくのだった。