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2:大掃除

 神殿らしからぬ敷地の狭さに定評のあるシャフティ市の神殿だが、意外にも離れを備えている。

 本邸と同じく、白壁に二階建て。茶色い屋根に丸い窓を備えた、おとぎの国風の小さな家屋だ。

 そこは長きに渡って、倉庫となっていた。

 神殿の主であるケーリィンですら、つい先日までそこを「倉庫」と信じて疑わなかった。


 離れには、歴代舞姫の誕生日パーティーなどで使った飾りや小道具、果ては収穫祭や冬至祭の備品に至るまで、いわゆる「ガラクタ」が雑多に詰め込まれていた。

 ついでに、買い替えて不要になった家具の類も「ひょっとしたらまた使うかも」という、貧乏性と共に眠っていた。また、ディングレイが先代舞姫捕獲のために使っていた、刺又さすまたやタモもひっそりと保管されている。

 そんな「なんでもあり」の闇鍋が如き惨状に、晴れた晩秋のある朝、メスが入れられた。


「貧乏性にも程があるんじゃねぇか? 何でもかんでも貯め込み過ぎだろ。冬眠前のリスじゃねぇんだぞ」

 埃避けのため、口と鼻を布で覆ったディングレイが、もごもごと悪態をついた。彼はその膂力りょりょくを活かして単身、大型家具を外へ運び出している。相変わらずの力持ちだ。

 彼の悪態を耳にしたケーリィンも、剥き身で放置されていた食器類を運び出しやすいよう、箱詰めしながら笑う。彼女も同じく、口元を布で保護していた。


「でもレイさん。物を大切にすることは、良いことですよ」

 ふん、とディングレイが鼻を鳴らした。

「物は、な。コイツら、物どころかゴミやガラクタが大半だろ」

「……それはまあ……そう、ですね」

 ディングレイの舌鋒は鋭いが、真実でもある。躊躇いつつ、ケーリィンも同意した。


 窓を開け放ち、部屋の隅に張られた蜘蛛の巣を箒で払い落としていたロールドが、白い眉を寄せる。

「あのな、レイ君や……年を取ると、もったいないの精神が芽生えるんじゃよ。『また使うんじゃないかしら』と気を揉んで、捨てるに捨てられなくなるもんじゃ。お前さんも、時期に分かる」

「いや、爺さん。使用済みクラッカーは、どう見ても再使用不可能だろ。つまりは、ただのゴミじゃねぇか」

 パーティーグッズの納められた木箱を開け、ディングレイは大仰に肩を落とした。そして、「だいたいな」と続ける。


「ジジイ。てめぇが急に『離れで一人暮らしをする』とか言いやがるから、俺もリィンもこうして、大忙しで手伝ってやってんだろ」

「急じゃないわい。前々から『新婚の家庭でご厄介になるのは忍びない』と言っておったじゃろう」

 ロールドも反撃する。

 また始まった、とケーリィンは慣れた笑顔で聞き流した。


 約一年前。二人の婚約が決まった日から、ロールドは別居を提案していたのだ。

 それを渋っていたのは、ディングレイとケーリィンの方だった。

 自分たちが結婚するから、と先住者である彼を追い出すのは気が引けたし、ロールドとの暮らしは楽しいのだ。

 加えて何より、独居老人というのは数多あまたの不安が付きまとうわけであり――この理由だけは、さすがに本人へ伝えていないが。


 結局のところ口喧嘩をしているものの、お互いにお互いが大切であるが故の衝突なのだ。

 ためにケーリィンは、アルカイックスマイルでそれを軽やかに受け流す。

「だいたいな。ワシがおったら、お前さんらもイチャイチャし辛いじゃろうに。のう、ケーリィンちゃん?」

「はひっ?」

 が、唐突に矛先を向けられ、裏返った声が零れる。


 布に隠れて分からないが、頬を引きつらせる彼女を、ロールドとディングレイがじっと見据えている。怖い。

「ワシがおるのに、イチャイチャできるわけないじゃろう?」

「構わねぇよな、リィン? いてもイチャつくよな?」


 どうしてイチャイチャする前提なんですか、とは言えずにいた。

 ケーリィンだって、そりゃイチャイチャしたい。我慢しているが、もっとディングレイの傍にいたい。あわよくば、いわゆる「あーん」や膝枕もしたい、とも考えている。

 彼女はまだまだ現役の、恋する乙女なのだ。


 しかしそれを口に出せる程、ケーリィンは開放的でもなかった。なにせ、初恋の人が未来の旦那様である。

 掃除の邪魔にならぬよう、一つに束ねた髪から覗く首筋も赤く染め、ケーリィンはうなだれる。

「レ、レイさんとは……二人きりの時に、仲良くしたいです……でも、おじいさんとだって、一緒にお茶したり、本のお話だってしたい、です。わたし、二人とも大好きです」


 ぽつりぽつりと紡がれる、純朴舞姫の言葉に、互いに喧嘩腰だった男衆も毒気を抜かれる。

「……そりゃまあ、俺も爺さんが嫌いなわけじゃねぇよ」

「うむ。ワシも、二人を嫌っているわけではないんじゃよ。離れで暮らしたって、食事は一緒に摂るし、ご本の話もいっぱい出来るとも」


 ただ、とロールドは苦笑いを浮かべる。

「ワシだって、二人にはもっと仲良くして欲しいんじゃ。ただでさえ、お前さんたちは舞姫と護剣士という、私的な時間が少ない立場じゃろう? そんなわずかな時間を大事にしてもらうための、近距離お引越しなんじゃよ」


 諭すような彼の言葉に、ディングレイが癖だらけの銀髪を、がしがしとかき回――そうとして手に、汚れた手袋をはめていることに気付き、一時中断。

 律儀に両手袋を脱ぎ、改めて髪をかき回す。

「……悪ぃ。色々気を遣わせちまって」

「そう思うなら、早く子供の顔を拝ませておくれ。曾孫が出来るみたいで、ワシは今から楽しみなんじゃ――あだだっ!」


 下世話な笑みと茶化しは、無表情のディングレイが口髭をねじ上げて封殺した。こういう時のディングレイは、相変わらず死神のようである。

 ケーリィンも真っ赤な顔になり、ロールドを睨む。

「おじいさん、下品です」

「すまっ、小粋なジョークで場を和ませようと……こりゃ! 痛いから、やめんかい! 髭が抜けてしまうじゃろうが!」

「前々から、鼻毛か髭かよく分かんねぇと思ってたんだ。一回抜いとけよ」

「どんな理屈なんじゃい!」


 ジタバタ暴れるロールドにも動じず、ディングレイは無慈悲だ。

「レイさん。これ以上は本当に抜けちゃいますよ。止めましょう」

 彼の屈強な腕をやや大げさに叩きつつ、ケーリィンは鼻毛――否、口髭の強制脱毛を阻止した。

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