神殿らしからぬ敷地の狭さに定評のあるシャフティ市の神殿だが、意外にも離れを備えている。
本邸と同じく、白壁に二階建て。茶色い屋根に丸い窓を備えた、おとぎの国風の小さな家屋だ。
そこは長きに渡って、倉庫となっていた。
神殿の主であるケーリィンですら、つい先日までそこを「倉庫」と信じて疑わなかった。
離れには、歴代舞姫の誕生日パーティーなどで使った飾りや小道具、果ては収穫祭や冬至祭の備品に至るまで、いわゆる「ガラクタ」が雑多に詰め込まれていた。
ついでに、買い替えて不要になった家具の類も「ひょっとしたらまた使うかも」という、貧乏性と共に眠っていた。また、ディングレイが先代舞姫捕獲のために使っていた、
そんな「なんでもあり」の闇鍋が如き惨状に、晴れた晩秋のある朝、メスが入れられた。
「貧乏性にも程があるんじゃねぇか? 何でもかんでも貯め込み過ぎだろ。冬眠前のリスじゃねぇんだぞ」
埃避けのため、口と鼻を布で覆ったディングレイが、もごもごと悪態をついた。彼はその
彼の悪態を耳にしたケーリィンも、剥き身で放置されていた食器類を運び出しやすいよう、箱詰めしながら笑う。彼女も同じく、口元を布で保護していた。
「でもレイさん。物を大切にすることは、良いことですよ」
ふん、とディングレイが鼻を鳴らした。
「物は、な。コイツら、物どころかゴミやガラクタが大半だろ」
「……それはまあ……そう、ですね」
ディングレイの舌鋒は鋭いが、真実でもある。躊躇いつつ、ケーリィンも同意した。
窓を開け放ち、部屋の隅に張られた蜘蛛の巣を箒で払い落としていたロールドが、白い眉を寄せる。
「あのな、レイ君や……年を取ると、もったいないの精神が芽生えるんじゃよ。『また使うんじゃないかしら』と気を揉んで、捨てるに捨てられなくなるもんじゃ。お前さんも、時期に分かる」
「いや、爺さん。使用済みクラッカーは、どう見ても再使用不可能だろ。つまりは、ただのゴミじゃねぇか」
パーティーグッズの納められた木箱を開け、ディングレイは大仰に肩を落とした。そして、「だいたいな」と続ける。
「ジジイ。てめぇが急に『離れで一人暮らしをする』とか言いやがるから、俺もリィンもこうして、大忙しで手伝ってやってんだろ」
「急じゃないわい。前々から『新婚の家庭でご厄介になるのは忍びない』と言っておったじゃろう」
ロールドも反撃する。
また始まった、とケーリィンは慣れた笑顔で聞き流した。
約一年前。二人の婚約が決まった日から、ロールドは別居を提案していたのだ。
それを渋っていたのは、ディングレイとケーリィンの方だった。
自分たちが結婚するから、と先住者である彼を追い出すのは気が引けたし、ロールドとの暮らしは楽しいのだ。
加えて何より、独居老人というのは
結局のところ口喧嘩をしているものの、お互いにお互いが大切であるが故の衝突なのだ。
ためにケーリィンは、アルカイックスマイルでそれを軽やかに受け流す。
「だいたいな。ワシがおったら、お前さんらもイチャイチャし辛いじゃろうに。のう、ケーリィンちゃん?」
「はひっ?」
が、唐突に矛先を向けられ、裏返った声が零れる。
布に隠れて分からないが、頬を引きつらせる彼女を、ロールドとディングレイがじっと見据えている。怖い。
「ワシがおるのに、イチャイチャできるわけないじゃろう?」
「構わねぇよな、リィン? いてもイチャつくよな?」
どうしてイチャイチャする前提なんですか、とは言えずにいた。
ケーリィンだって、そりゃイチャイチャしたい。我慢しているが、もっとディングレイの傍にいたい。あわよくば、いわゆる「あーん」や膝枕もしたい、とも考えている。
彼女はまだまだ現役の、恋する乙女なのだ。
しかしそれを口に出せる程、ケーリィンは開放的でもなかった。なにせ、初恋の人が未来の旦那様である。
掃除の邪魔にならぬよう、一つに束ねた髪から覗く首筋も赤く染め、ケーリィンはうなだれる。
「レ、レイさんとは……二人きりの時に、仲良くしたいです……でも、おじいさんとだって、一緒にお茶したり、本のお話だってしたい、です。わたし、二人とも大好きです」
ぽつりぽつりと紡がれる、純朴舞姫の言葉に、互いに喧嘩腰だった男衆も毒気を抜かれる。
「……そりゃまあ、俺も爺さんが嫌いなわけじゃねぇよ」
「うむ。ワシも、二人を嫌っているわけではないんじゃよ。離れで暮らしたって、食事は一緒に摂るし、ご本の話もいっぱい出来るとも」
ただ、とロールドは苦笑いを浮かべる。
「ワシだって、二人にはもっと仲良くして欲しいんじゃ。ただでさえ、お前さんたちは舞姫と護剣士という、私的な時間が少ない立場じゃろう? そんなわずかな時間を大事にしてもらうための、近距離お引越しなんじゃよ」
諭すような彼の言葉に、ディングレイが癖だらけの銀髪を、がしがしとかき回――そうとして手に、汚れた手袋をはめていることに気付き、一時中断。
律儀に両手袋を脱ぎ、改めて髪をかき回す。
「……悪ぃ。色々気を遣わせちまって」
「そう思うなら、早く子供の顔を拝ませておくれ。曾孫が出来るみたいで、ワシは今から楽しみなんじゃ――あだだっ!」
下世話な笑みと茶化しは、無表情のディングレイが口髭をねじ上げて封殺した。こういう時のディングレイは、相変わらず死神のようである。
ケーリィンも真っ赤な顔になり、ロールドを睨む。
「おじいさん、下品です」
「すまっ、小粋なジョークで場を和ませようと……こりゃ! 痛いから、やめんかい! 髭が抜けてしまうじゃろうが!」
「前々から、鼻毛か髭かよく分かんねぇと思ってたんだ。一回抜いとけよ」
「どんな理屈なんじゃい!」
ジタバタ暴れるロールドにも動じず、ディングレイは無慈悲だ。
「レイさん。これ以上は本当に抜けちゃいますよ。止めましょう」
彼の屈強な腕をやや大げさに叩きつつ、ケーリィンは鼻毛――否、口髭の強制脱毛を阻止した。