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おまけ8:贈り物(4)

 ディングレイの言葉にどう反応して良いのか分からず、ケーリィンもつられて険しい顔になる。

「はい……何でしょうか?」

「一つ、ノワービス市の新しい舞姫が決まった。後任は、ノワービス出身の子らしい」

 本当に朗報でしかなかった。おまけに告げられた名前は、ケーリィンも聞き覚えがあった。


「わたしより一つ、年下の方ですね。聖域でもとても真面目で、アンシア教官とも仲良しだったはずです」

「それなら安心だな。で、もう一つ、俺の同僚も決まった」

「本当ですか!」

 しかつめ顔を放り出し、ケーリィンは歓喜した。


 彼の護衛が嫌なわけではない。

 彼の負担が二分されることが、ただただ嬉しいのだ。


 ディングレイも、人選には満足しているらしい。強張っていた顔がわずかに緩む。

「性別は男、ただし三十二歳で妻子持ちだ。今まで中央府勤務だったが、子どもが喘息になったもんで、療養出来る田舎を探してたらしい。ついでに、そこで働けりゃ万々歳とも考えていたんだとよ」

「それならこの街が、ぴったりですね。レイさんの負担も減って、良かったです」

 彼が人選に満足しているということは、人品骨柄じんぴんこつがらもよろしい好人物であろう。

 まだ見ぬ護剣士も彼の家族も、ここで幸せになって欲しい、とケーリィンは願った。


 そこで彼女はようやく、ディングレイが読書そっちのけになっていることを思い出す。ついでに、膝に乗ったままであることも。

「やだ、座りっぱなしでごめんなさい。お邪魔しまし――レイさんっ?」

 あわあわと彼の膝から降りようとするも、途中で抱きすくめられた。ケーリィンは頬の赤みが再熱しつつ、視線だけ後方へ向ける。


 視界の端に、自分と大差ないぐらい赤い顔のディングレイがいた。彼は彼女の肩に顔を埋め、ぼそぼそと言葉を紡ぐ。

「朗報のおまけというか……こっちが、本命と言うか、だな」

「え?」

「これ、やる」

 ケーリィンはパッと解放されたかと思えば、彼がガウンのポケットから取り出した平たい箱を半ば強引に押し付けられた。

 ベルベット張りの正方形の箱は、まるで宝石でも入っていそうだ。


「……え?」

 そんな想像が、箱の中から現実となって飛び込んで来たため、ケーリィンは言葉を失った。

 箱の中に収められていたのは、チョーカーだった。

 チョコレート色のシルクのレースで出来たそれは、中央に涙型の宝石がぶら下がっている。

 銀の台座にはめ込まれた宝石は、蜂蜜を固めたような深い金色をしていた。


「綺麗……これ、宝石、ですか?」

「シトリンって言う、水晶の一種らしい。幸運を招く石、なんて言われることもあるんだとよ。……リィンの目の色に、似てると思って選んだけど……嫌、だったか?」

 シトリンと同じ色の瞳から、涙が一筋、静かに流れた。

 そんな風に、彼女の瞳を褒めてくれる人なんて、今までいなかったのだ。


「ううん……嬉しい……とっても、素敵です。レイさん、ありがとうございます」

 思わずこぼれ出た涙を拭い、ケーリィンが満点の笑顔を返すと、ディングレイも小さく口角を持ち上げる。

「そりゃ良かった。指輪とこれと、どっちにしようか悩んだんだよ」

 安心しきった顔で、えげつない爆弾を投下してくる。

 「八歳児の分からず屋!」と、ケーリィンは胸中で叫んだ。


「ゆっ……指輪は、その! やっぱりまだですね、早いような気が、します」

「早い?」

 真っ赤なケーリィンを、ディングレイは、悲しいまでに怪訝な顔で眺めている。

「だから……その、婚約指輪とか結婚指輪とか……そういうしきたりが、ありまして……」

「あ」

 呟き、ディングレイもみるみる赤面化する。そのまま顔から火でも出そうだ。


「ちっ、違うッ! そういう、邪な気持ちがあったわけじゃねぇ! いや、結婚が悪いわけじゃなくて、憧れはあるっつーか……いや、だから、その、俺には、他意はなかったんだよ!」

 普段の豪胆さが、恐ろしいまでに跡形もなく吹き飛んでいた。

 相手が慌てふためくと、こちらはかえって冷静になるもの。ケーリィンも、笑みを浮かべる余裕が生まれる。

「あのね、レイさん。大丈夫です、他意がないのは分かってます」

「あ、ああ……悪ぃ」

「それにわたし、指輪のサイズが分からないから。きっと、買いようがなかったと思いますよ」


 ほどけた彼女の笑みをじっと見据え、ディングレイは唾を一つ飲み込んだ。

 そして、微かにだが、震える声を絞り出す。

「リィン」

「はい、どうしました?」

「……もしもサイズが分かったら、受け取ってくれるか?」

「……え?」

「しきたりに則った、指輪を」


 冗談なんて微塵もない、真剣な空色の視線に囚われる。

 そのためだろうか。ケーリィンの頭もどこか、ふわふわと思考が定まらなかった。


「お待ち、してます」

 ぼんやりした頭でしかし、彼女ははっきりと諾を伝える。

 夢見心地の頭になったのは、チョーカーよりも指輪よりも、ずっとずっと欲しい言葉を貰ったからだ。

 それだけは、明確に分かっていた。


「そっか。分かった」

 素っ気ない言葉が、なんともディングレイらしい。

 お互い、真っ赤な顔で再度見つめ合い、小さくはにかんだ。


 フォーパー謹製のウェディング・ドレスが役に立つのは、それから一年半後のことだった。

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