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おまけ6:贈り物(2)

 ケーリィンは珍しく一人だった。

 常に彼女のそばを離れないディングレイが、「どうしても、独りで買いたいものがあるんだ」と、彼女に土下座してまで出掛けて行ったのだ。

 そしてロールドも、図書室へ入荷する本の仕入れに出ている。

 ケーリィンとしては土下座なんてせずとも自由に出かけて構わないし、ついでに言えば、護身用の術札も持たせ過ぎだと思っていた。


「レイさん、下着でも買いに出られたんでしょうか?」

「もしくは育毛剤かもしれないね。レーニオ君の言葉を、案外気にしていたようだから」

 神殿で単身お留守番中の彼女の疑問に応えたのは、意外にもフォーパーであった。

 談話室の椅子に向かい合って座る二人は、揃いの編み棒を手に、ちまちまと毛糸を編んでいる。

 ケーリィンの毛糸は淡い空色、フォーパーのものは鮮やかなオレンジ色だ。


「む、ケーリィンちゃん。そこ、間違えているよ。一段ずれちゃっているね」

「わっ、ありがとうございます」

 普段の奇矯ききょうさからは考えられない、穏やかな声音でケーリィンへ手取り足取り、編み物を教えるフォーパー。

 この編み物教室は、突貫的に開催されたものだ。

 元々彼は、ケーリィンと新しいドレスの打ち合わせのため、神殿を訪れていた。

 そこで偶然、編み物が話題に上ったのである。


「マフラーを作っているんですが、模様のところが難しくて、ちょっと困っているんです」

「私で良ければ、見てあげようか? 心配せずとも、おじさんはその道のプロだよ」

 ――こんな会話の末に、手芸全般を得意分野に持つフォーパーが臨時講師を買って出てくれたのだ。


 これまた意外にも、ケーリィンは彼の奇声には慣れていないものの、彼自身へ苦手意識は持っていないので諸手を挙げて歓迎した。

 なお、市民からは

「レーニオやリズーリ様で免疫が付いているから、フォーパーさんも平気に違いない」

と言われているようだ。その点についてはケーリィンも、否やと言えない。


「ところでケーリィンちゃん」

「はい、何でしょうか?」

「ディングレイ君にマフラーをプレゼントとは、なかなか思い切った行動に出たね」

 からかいではなく、本気で感心している様子なのだから、返答に困る。

 ケーリィンは赤くなった頬を仰ぎながら、前もって淹れておいた紅茶を口にする。まだほんのりと温かく、微かな甘みに心が凪ぐ。


 ケーリィンは紅茶の水面を見つめながら、口を開いた。

「実はわたし、贈り物を貰うのって初めてだったんです」

「それはこの前の、歓迎会のことだね?」

「はい」

 思い返しても顔がほころぶ、素敵な一夜だった。

 大勢の人と食事を楽しんだことはもちろん、プレゼントの山にも囲まれるという、未だかつてない幸福な体験も味わったのだ。


 嬉しかったのは、もちろんプレゼントの値段云々ではない。

 ケーリィンの甘い物好きと、ナッツ好きが知れ渡っているのか、お菓子や木の実の類を沢山贈られたのだ。価格としては、むしろ安価な方だろう。

 彼女を感涙させたのは、「自分のために、贈り物を選んでくれた」。この一点に尽きる。

 それは今まで、孤児のケーリィンにとって無縁の出来事だったのだ。


「だから本当に嬉しくて。皆さんにお返しを作っていたら、レイさんにも同じ気持ちになってもらいたいなぁって、思っちゃって」

 ディングレイのマフラーが駄目になったことを、エイルから聞いていた。

 今年の初めに、逃げる先代舞姫を追った際に、街路樹に引っ掛けて破いてしまったらしい。なんとも彼らしい、暴れん坊エピソードである。

 新しいものをこっそり買おうとしていたケーリィンに手作りを勧めたのも、もちろんエイルである。


「そういえば、私たちにはフルーツケーキを作ってくれたね。いやぁ、あれは旨かった」

 顎を撫でるフォーパーが、朗らかにそう言ってくれた。

「お口に合って、良かったです」

 ケーリィンもはにかむ。

 彼女はドライフルーツ入りのパウンドケーキを、皆へのお返しに作っていた。

 先日の礼拝時に配って回ったのだが、なかなか好評のようである。嬉しい限りだ。


「あんな美味しいケーキが作れたのなら、きっとマフラーも銘品が生まれるに違いない。このフォーパーが、断言してあげよう」

「ありがとうございます」

 ふんわり、とケーリィンが色づいた頬を綻ばせれば。

 その笑みを凝視したフォーパーが、目を見開くと同時に、元気いっぱいに立ち上がる。

「こっ、これだぁぁぁぁー! ヒャッホォォォーウ!」

「フォーパー……さん?」


 やはり彼の奇声にだけは、慣れない。ケーリィンは座ったままなのに、腰が引けていた。


 警戒する彼女に構わず、フォーパーはドレスの打ち合わせに使ったスケッチブックを再度開く。

「思いついたのだよ、ケーリィンちゃん! 君たちの純愛を見てこの仕立て屋フォーパー、一世一代のウェディング・ドレスが脳裏に煌めいたのだ!」

「ひぇ……っ」

 気が早いにも程がある彼に、ケーリィンは顔を真っ赤にする以外、何もできなかった。

 うろたえる彼女へ、フォーパーは鬼気迫る笑顔とサムズアップを向ける。


「安心したまえ! 世界一美しい花嫁にしてあげるから! ディングレイ君が腰を抜かすほどに!」

「あ、ありがとうございます……」

 こうなった彼を止められるのは、娘のエイルぐらいなものだ。ケーリィンは引きつった笑いで、編み物教室がすっぽん、と頭から抜けたフォーパーを見守る。


 それにウェディング・ドレスへの憧れは、彼女にもある。

 隣に大好きな護剣士が並んでくれれば、と夢想すれば、その憧憬も強くなるというものだ。

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