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おまけ5:贈り物(1)

「なんでてめぇが、ここにいるんだよ」

 ディングレイはフォルトマ洋裁店の前でかち合ったレーニオを、間髪入れず睨みつけた。

 親どころか、先祖代々の仇のごとき目で見据えられ、根っこが小心者のレーニオはたちまちすくみあがる。

「ぼっ、ぼぼぼっ、僕だっておっ、お洋服買うんですぅ! お洒落したい年頃、なんですぅ!」

 内股で小刻みに震える彼へ、ふん、とディングレイが鼻を鳴らす。


「てめぇにゃ、ズタ袋が一番お似合いだよ」

「ひっどい! それ服じゃないし! 袋だし! 上手いこと言ったつもりですか? オッサン最低!」

「誰がオッサンだ! まだ二十代だぞ!」

 四捨五入すればたしかに三十歳だが、心は八歳である。


 店の前で小競り合いばかりを繰り返し、一向に入って来る気配を見せない二人へ、業を煮やしたらしい。うんざり顔のエイルが、ドアを開けて告げた。

「迷惑ですから、店先での喧嘩はお止めください」

「……悪ぃ」

 ディングレイは締め上げていたレーニオの胸倉を解放し、ばつの悪さから銀色の癖っ毛をかき回す。


「エイルちゃん、見てたんならもっと早く助けてよー」

 首をさすりながら、レーニオが馴れ馴れしくエイルに縋りついた。それをビンタ一発、エイルは跳ねのける。

「私にそんな義理はありませんわ。だってお二方ではなく、ケーリィンちゃんの味方ですもの」

 相変わらずの辛辣さである。

「うう……ブレがないね……」

 今度は頬をさすり、レーニオは悲しげに呟いた。


 そこでエイルはうんざり顔から一変し、不思議そうにディングレイの背後を覗き込んだ。

「ところで、ジルグリットさん。ケーリィンちゃんとは、ご一緒じゃないんですか?」

「ほんとだ! いっつもワンセットなのに」

 レーニオも今さらながら、舞姫の不在に気付いて目を丸くする。

 ディングレイはワンセットとは何なのか、と苦笑しつつ「一緒じゃねぇよ」と答える。


「そのリィンのことで、ちょっと相談があるんだよ」

「あら、恋愛相談でしたら高くつきますよ?」

 むふふ、とエイルが含み笑い。ディングレイはそれを見つめ、露骨に顔を歪めた。

「……ないのか、お友達割引とか」

「こちらは割引対象外となっておりますので」

 エイルはいけしゃあしゃあと答えつつも、ドアを全開にして二人を店に招き入れた。


 発端は、先日の収穫祭――いや、その後に開かれた歓迎会だ。

 市民のほぼ全員が、事前に歓迎会開催の旨を知らされていた。

 知らなかったのは主賓であるケーリィンと、彼女と「ワンセット」であるディングレイのみ。


「お前さん、いつもケーリィンちゃんのそばにいるじゃろう? だから、こっそり言うのも面倒じゃなーという話になったんじゃよ」

 事も無げにロールドからそう説明されるも、ディングレイとしては納得しかねる。

 歓迎会への参加者は皆、ケーリィンへのプレゼントを携えていたのだ。


 エイルとフォーパー親子は、青バラのドレスと、揃いの靴を。

 レーニオは中央府まで赴き、人気の焼き菓子を。

 むしろ貢物を受ける立場にいるリズーリすら、貝殻やサンゴをあしらった可愛らしい小物入れを用意していた。

 恋人とはいえ、唯一人プレゼントを準備しなかったディングレイにとって、歓迎会は楽しくも居心地が悪いものでもあった。


 彼はそのことを出来るだけ、感情を抑えて二人に説明する。

 ケーリィンにまつわる相談と聞き、前傾姿勢だったレーニオだが、内容が贈り物に出遅れたディングレイの愚痴だと気付くと、途端に興味なさげな表情を浮かべる。

「別に良いんじゃないですか? ケーリィンちゃん、そんなこと気にする子じゃないでしょ?」

「そうですね。きっと、ジルグリットさんだけが手ぶらなことにも、全く気付いていないと思いますよ」

 エイルはにこにこと、それはそれで傷つくことを口にする。平然と。


 ディングレイはカウンターに頬杖をつき、しかめっ面になった。

「……だから余計に気まずいんだよ、こっちが。おまけに、欲しいものがあるかって訊いたら」

 ――レイさんが元気でいてくれたら、それだけで幸せです。

 柄にもない勇気を振り絞って尋ねたのに、返って来たのはそんな、慈愛の過ぎる回答であった。

「あの子は俺のおふくろか!」


 ディングレイの悲痛な嘆きに、若者二人は訳知り顔でうんうん頷く。

「ケーリィンちゃん、母性強そうだもんね」

「ええ。そうでなければ、ジルグリットさんを選ばないかと思います。私なら、御せる自信がございませんもの」

 悲しいかな、ディングレイもエイルの意見には完全同意だった。

 そのため憎まれ口も叩けず、代わりに眉間へ峡谷の如き深いしわを作る。


「ほらほら。ジルグリットさん、また死神みたいなお顔になっていますよ。プレゼント選びのお手伝いをいたしますから」

 そのために来られたんでしょう?とも彼女に尋ねられ、ディングレイは不承不承、頷いた。


「で、ディングレイさんに良い案はないんですか?」

 ケーリィンへのプレゼント選びということでレーニオも、出さなくても一向に構わないやる気を見せる。

 彼の問いに、ディングレイは小さく嘆息を吐いた。

「……専用のエプロンが欲しいって、リィンが言ってたんだが……ジジイに先を越された」

 そう。歓迎会でロールドが贈っていたのだ。

 フリルの付いた、それはそれは可愛らしいエプロンを。


 エイルは口元に手を当て、目を丸くする。

「まぁ。プレゼントのチョイスも、お母様へのそれですね」

「ディングレイさんってひょっとして……マザコン?」

「んなわけあるか」

 恐る恐るなレーニオの問いを、ディングレイは即座に否定した。

 そもそも生みの親が大量にいるので、個々への思い入れは極薄だ。


 エイルは宙を睨んで黙考の末、

「いっそ童貞を差し上げればいかがですか? 他の追随を許さない贈り物かと」

真剣な眼差しでえげつない発言をした。

「おっ、女の子がそんなこと言うなよ!」

 ディングレイは裏返った声で、嫌な汗をかきながら彼女をたしなめる。


 焦る彼が愉快だったのか、レーニオはニヤついていた。

「やだー。ディングレイさんってば、マジのマジで童貞ですかー?」

「てめぇこそ童貞だろ!」

「あらやだー、ムキになっちゃって……うぼぁっ!」

 鞭のようにしなったディングレイの腕が、レーニオの首を捉え、そのまま勢い良くなぎ倒す。

 いわゆるラリアットである。


 五十歩百歩、と小声で唱えたエイルが、熱意もなくディングレイをたしなめる。

「まぁまぁ。身持ちが固いのは結構なことですよ? それに恋人なんですから、それらしいプレゼントになさってはどうですか? たとえばアクセサリーなんて、よろしいかと」

「でもあの子、貴金属は好きじゃねぇだろ」

 腕を組み、ディングレイは困り顔で返した。


 彼の脳裏には、リズーリとケーリィンの初対面時のやり取りや、先代舞姫が残した宝飾品への彼女の拒否反応が蘇っていた。

 そして二つの出来事を、エイルにも手短に伝えた。


「リズーリ様の真珠を断ったのはきっと相手が初対面の、年齢不詳の不審人物だからですよ。先代様の宝飾品も、何だか贈り主の恨みつらみがこもっていそうな、気味の悪さを覚えてしまったのかもしれません」

「エイルちゃんって、こういう時に遠慮ないよね……」

 ディングレイよりも彼女との付き合いが長い、レーニオは悲しげに微笑む。

 しかし根が陽気な彼は、すぐに気持ちを切り替えてあっけらかんと笑った。

「でもエイルちゃんの言う通り、高価なものって、仲良くない人から貰うのは怖いよねぇ」

「そうでしょう? でも好きな方からなら、嬉しい贈り物になるんです。それに」


『それに?』

 童貞コンビが、声を揃えて続きを促す。

「ぶっちゃけますと、光り物が嫌いな女性は恐らくいません」

 会心の笑みで、エイルはこう断言した。


 実年齢八歳のティングレイとしては、女性からそう言われると頷かざるを得ない。

 腕を組んだまま、しばし唸る。

 そして彼の視線は、先ほどまで頬杖をついていたカウンターへ。

 ガラス製のその中には、フォーパーが懇意にしている職人の作った、品の良いアクセサリーが陳列されている。


「そうか。じゃあ指輪を――」

「初手で指輪は重いです」

 本当に初心うぶでいらっしゃいますね、とエイルは長い息を吐いた。

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