それは歓迎会の
ケーリィンは広間に戻って来たディングレイと話している途中で、ふと気づく。
彼が地下から戻った、ということは――
「あ、レーニオさんも帰って来たんですね」
ケーリィンは歓迎会参加者でごった返す広間をキョロキョロと見渡して、壁の花に隠れて三角座りをするレーニオを見つけた。
正確には花瓶の後ろから、つま先だけが見えているのだが。見覚えのある革靴なので、レーニオで間違いはないはずだ。
ケーリィンはドレスの裾を軽く持ち上げ、スカートをふわふわ揺らしながら小走りで彼に近づいた。
すると、レーニオはぼんやりした表情を彼女に向けた。
目が、完全に死んでいる。いや、死後数日は経っている。
「あの……地下室で何があったんですか?」
腐った魚のような目のレーニオと、平常運転で悪い笑顔のディングレイを交互に見つめ、ケーリィンは小鳥のように首を傾げた。
ディングレイは悪人めいた表情のまま、軽く肩をすくめる。
「いや、大したことはしてねぇぞ。追想球で、ちょっとばかり鍛えてやっただけだ」
「やっぱり……」
何故か得意げな彼に、思わず本音が出てしまう。
ため息一つ。ケーリィンは精一杯怖い顔を作って、ディングレイをたしなめた。
「レーニオさんは護剣士じゃないんですから、ギャングと戦わせたりしちゃ、可哀想ですよ?」
「さすがにギャングは使ってねぇよ。なあ?」
ディングレイに話を振られ、レーニオにようやく表情が戻る。
次いで、彼はプルプルと全身を震わせた。顔に血の気も戻ってきているので、どうやら本格的に怒っているらしい。
怒りに任せて立ち上がったレーニオは、そのまま勢い良く吠えた。
「ギャングもヤンキー集団も、大差ないですから!」
「そうか?」
とぼけた顔で、ディングレイは首を傾げる。
ケーリィンを真似たような仕草がまた、レーニオのすり減った神経を更にすりおろした。
「いやいや! あんたが首傾げても、可愛くないからね! っていうか、何なんですか、あの人たち! スキンヘッドに上半身裸で、トゲの生えた肩当てだけ装備してるとか、頭おかしいでしょ!」
「頭おかしいから、犯罪に走るんじゃねぇか?」
ディングレイの指摘は、とても理に適っている。
だが、この場での論点ではない。
当然、レーニオは更に憤慨した。年甲斐もなく、握りこぶしを上下に激しく振り回して、同時に地団駄を踏み鳴らす。
それをニヤニヤと、ディングレイが実に愉快そうに眺めているのだから、本当に人が悪い。
「頭おかしい人に、一般人けしかけないで下さいよ! あんた、護剣士でしょ!」
「悪ぃな。俺たち護剣士は、舞姫様一筋なんだよ」
「ついでに守ってくれたって、いいじゃない! 危うくスキンヘッドお兄さんの釘バットで、お尻ぺんぺんされるとこだったじゃないですか!」
「でも連中から逃げ切れたんだから、お前の足の速さは流石だよ」
そう言ったディングレイの顔は、嘘くさいまでに爽やかな笑顔だった。
あまりにも爽やか過ぎて、彼に恋するケーリィンも警戒するぐらいだ、底抜けに怪しい。
当然、楽しげに二人の応酬を眺めていた住民も、薄っすら青ざめて後ずさる。
しかし悲しいかな、馬鹿犬似で素直過ぎるレーニオだけは、途端に怒りの矛先を鈍らせた。
あまつさえ満更でもない顔になって、胸を張っている。
「……まぁ、僕はマルコキアスからも逃げ切った、俊足の持ち主ですから? ゴリマッチョなトゲトゲ野郎なんて、屁でもないと言ったら言い過ぎかもですが。ふふん」
「いやいや、その通りだ。見事な走りっぷりで、俺も惚れ惚れしちまったぜ――だからな」
彼の肩を叩き、そのままギュウと握ったディングレイの顔は、まさしく悪魔。
獲物――いや、カモを見つけた悪魔の笑みだ。
「俺らの舞姫様に何かあったら、頼むぜ囮役」
「ぎゅえっ」
あまりの恐怖心故か。レーニオの悲鳴は、完全に人外のそれだった。
顔面蒼白で震える彼を見守りながら、ケーリィンはぽつりと呟く。
「……早く、護剣士を増員しなきゃ」
その声音は、どこまでも切実さと悲壮感に満ち満ちていた。