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おまけ3:繁栄祈念の舞の真実

 その打ち明け話は、夕食の席で設けられた。

 小さく咳ばらいをしたロールドが、斜め前に座るケーリィンを静かに見据える。

「ところでな……舞姫の真実を知ったケーリィンちゃんに、是非とも聞いて欲しいことがあるんじゃ」

 そう言って食後の紅茶を口にした彼は、今まで見たことがないくらい真剣な面持ちだ。


「……何でしょうか?」

 知らず、ケーリィンも自身のティーカップを両手で包み込みながら、姿勢を正す。声音もわずかに、強張っていた。


「毎日礼拝堂で、繁栄祈念の舞を踊ってくれているじゃろう?」

「はい」

 こくり、とケーリィンは頷く。

 いつ何時もこの踊りを疎かにせぬよう、聖域にいた頃から口酸っぱく教えられて来たのだ。今だって毎朝欠かすことなく、踊り続けている。


「実はのう……あれは、繁栄を祈った踊りじゃないんじゃよ」

「嘘っ?」

 斜め下から突き上げて来た想定外の打ち明け話に、ケーリィンは思わず素っ頓狂な声を上げる。


 驚きのあまり半笑いとなった彼女へ、ロールドは渋い表情で首を振った。

「嘘ではないんじゃよ。本当は……活力増強の舞というらしくてな」

「ぜっ……全然違うじゃないですか! どうしてそんな舞、踊らせるんです!」

 十八年間も騙されていたという事実に、ケーリィンは柄にもなく声を荒げた。

 まぁまぁ、と両手を掲げたロールドが、彼女をなだめにかかる。


 お茶請けのナッツ入りクッキーを黙々と食べていたディングレイが、焦る彼に代わって答えた。

「あの舞が終わった後、リィンの周りに光が飛び散るだろ」

「え……? あ、はい。そうですね」

 礼拝堂中に満ち満ちる光球を思い返し、ケーリィンは訝しみつつも同意。

 彼女が頷くのを見て、ディングレイがニヤリと笑った。彼お得意の、悪い笑顔である。


「――ってわけで、あの舞は振り付けも見た目も派手だから、舞姫のお披露目用に使われてるんだとよ」

「納得できませんっ」

 彼女の小さな手が、ぺちん、とテーブルを打った。


 祓いの舞ほどではないが、繁栄祈念の舞は開花の舞より難しく、治癒の舞よりずっと長い。

 そんな頭の悪い理由で、それなりに難易度の高い舞を求められると業腹ごうはらである。

「それに活力増強なら、失敗した時に大変な――」

 ケーリィンは抗議の途中で、己の失敗も記憶の墓場から引っ張り出していた。


 彼女はディングレイの前で、山ほど失敗していたのだ。その活力増強の舞を。

 舞を失敗しているのに街に不幸が降りかからないことを、その時疑問に思うべきだったのだ。

 いや、それは今考えるべき問題ではない。


「……レイさん、大丈夫だったの?」

 恐々と、青ざめたケーリィンは正面の彼を伺った。

 頬杖をついているディングレイは対照的に、何ともサッパリとした表情である。

「ん? ああ、胃腸が活発になり過ぎて、凄まじい便意に襲われたことはあったかな」

「ちゃんと言ってよ!」


 時折彼が、額に汗をにじませていたことも思い出す。あれは便意に耐える、脂汗であったか。てっきり、暑がりなのだとばかり。

 二人から騙されていたことへの怒りと、ディングレイに要らぬ苦痛を与えていたことへの後悔で、蜂蜜色の瞳は潤んだ。

 そんな彼女を落ち着かせようと、ロールドがクッキーを差し出しつつ、言葉を継いだ。


「ケーリィンちゃん、落ち着いておくれ。ほれ、便秘になるより良いじゃろう? それに今は、踊りも完璧じゃないか」

「それは、そうですけど……でも、ちっとも繁栄に関係ないです」

 ケーリィンはつい、子どものように唇を尖らせる。


 未だ納得のいかない舞姫に、老管理人は苦笑した。

「それが……その、実のところは、全く騙していたわけでもないんじゃよ……のう?」

 ロールドの視線は、隣のディングレイに向けられる。ちろりと目を合わせ、彼も頷き返す。

「活力増強ってことは、踊りを観に来た市民が元気になるわけだ」

「? え、ええ……」

 念押しする意図が分からず、ケーリィンは少々ためらいつつも同意。


「で、高齢化が進む街は繁栄に程遠いよな」

 続けて重ねられたディングレイの言葉は、益々もって意図不明だ。無意識に体を後方へ傾けたケーリィンは、それでも小さく頷いた。

「……そう、だと思います、けど……それが?」

「つまり。元気がねぇと、子どもも出来ねぇ――そういうことだ」


 ぽからん。

 ケーリィンは真っ白な頭で、しばし硬直する。

 固まってしまった彼女を、ロールドは気恥ずかしそうに、ディングレイはばつが悪そうに眺めている。


「……は、繁栄って……そういう意味だったんですかっ?」

「ああ。即物的だよな」

「じゃな」

 真っ赤になってわななく初心な舞姫に、男二人はしみじみ頷いた。 

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