その打ち明け話は、夕食の席で設けられた。
小さく咳ばらいをしたロールドが、斜め前に座るケーリィンを静かに見据える。
「ところでな……舞姫の真実を知ったケーリィンちゃんに、是非とも聞いて欲しいことがあるんじゃ」
そう言って食後の紅茶を口にした彼は、今まで見たことがないくらい真剣な面持ちだ。
「……何でしょうか?」
知らず、ケーリィンも自身のティーカップを両手で包み込みながら、姿勢を正す。声音もわずかに、強張っていた。
「毎日礼拝堂で、繁栄祈念の舞を踊ってくれているじゃろう?」
「はい」
こくり、とケーリィンは頷く。
いつ何時もこの踊りを疎かにせぬよう、聖域にいた頃から口酸っぱく教えられて来たのだ。今だって毎朝欠かすことなく、踊り続けている。
「実はのう……あれは、繁栄を祈った踊りじゃないんじゃよ」
「嘘っ?」
斜め下から突き上げて来た想定外の打ち明け話に、ケーリィンは思わず素っ頓狂な声を上げる。
驚きのあまり半笑いとなった彼女へ、ロールドは渋い表情で首を振った。
「嘘ではないんじゃよ。本当は……活力増強の舞というらしくてな」
「ぜっ……全然違うじゃないですか! どうしてそんな舞、踊らせるんです!」
十八年間も騙されていたという事実に、ケーリィンは柄にもなく声を荒げた。
まぁまぁ、と両手を掲げたロールドが、彼女をなだめにかかる。
お茶請けのナッツ入りクッキーを黙々と食べていたディングレイが、焦る彼に代わって答えた。
「あの舞が終わった後、リィンの周りに光が飛び散るだろ」
「え……? あ、はい。そうですね」
礼拝堂中に満ち満ちる光球を思い返し、ケーリィンは訝しみつつも同意。
彼女が頷くのを見て、ディングレイがニヤリと笑った。彼お得意の、悪い笑顔である。
「――ってわけで、あの舞は振り付けも見た目も派手だから、舞姫のお披露目用に使われてるんだとよ」
「納得できませんっ」
彼女の小さな手が、ぺちん、とテーブルを打った。
祓いの舞ほどではないが、繁栄祈念の舞は開花の舞より難しく、治癒の舞よりずっと長い。
そんな頭の悪い理由で、それなりに難易度の高い舞を求められると
「それに活力増強なら、失敗した時に大変な――」
ケーリィンは抗議の途中で、己の失敗も記憶の墓場から引っ張り出していた。
彼女はディングレイの前で、山ほど失敗していたのだ。その活力増強の舞を。
舞を失敗しているのに街に不幸が降りかからないことを、その時疑問に思うべきだったのだ。
いや、それは今考えるべき問題ではない。
「……レイさん、大丈夫だったの?」
恐々と、青ざめたケーリィンは正面の彼を伺った。
頬杖をついているディングレイは対照的に、何ともサッパリとした表情である。
「ん? ああ、胃腸が活発になり過ぎて、凄まじい便意に襲われたことはあったかな」
「ちゃんと言ってよ!」
時折彼が、額に汗をにじませていたことも思い出す。あれは便意に耐える、脂汗であったか。てっきり、暑がりなのだとばかり。
二人から騙されていたことへの怒りと、ディングレイに要らぬ苦痛を与えていたことへの後悔で、蜂蜜色の瞳は潤んだ。
そんな彼女を落ち着かせようと、ロールドがクッキーを差し出しつつ、言葉を継いだ。
「ケーリィンちゃん、落ち着いておくれ。ほれ、便秘になるより良いじゃろう? それに今は、踊りも完璧じゃないか」
「それは、そうですけど……でも、ちっとも繁栄に関係ないです」
ケーリィンはつい、子どものように唇を尖らせる。
未だ納得のいかない舞姫に、老管理人は苦笑した。
「それが……その、実のところは、全く騙していたわけでもないんじゃよ……のう?」
ロールドの視線は、隣のディングレイに向けられる。ちろりと目を合わせ、彼も頷き返す。
「活力増強ってことは、踊りを観に来た市民が元気になるわけだ」
「? え、ええ……」
念押しする意図が分からず、ケーリィンは少々ためらいつつも同意。
「で、高齢化が進む街は繁栄に程遠いよな」
続けて重ねられたディングレイの言葉は、益々もって意図不明だ。無意識に体を後方へ傾けたケーリィンは、それでも小さく頷いた。
「……そう、だと思います、けど……それが?」
「つまり。元気がねぇと、子どもも出来ねぇ――そういうことだ」
ぽからん。
ケーリィンは真っ白な頭で、しばし硬直する。
固まってしまった彼女を、ロールドは気恥ずかしそうに、ディングレイはばつが悪そうに眺めている。
「……は、繁栄って……そういう意味だったんですかっ?」
「ああ。即物的だよな」
「じゃな」
真っ赤になってわななく初心な舞姫に、男二人はしみじみ頷いた。