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41:剛腕奇人 対 性悪舞姫

 ふてぶてしいと言うべきか、豪胆と褒めるべきか。

 ヴァイノラは翌朝、平然と食卓にやって来た。

 ケーリィンと同様の、聖域での食いっぱぐれ経験による決死の行動だろうか。

 それともやはり、鋼の精神の持ち主なのか。


 呆れる内心を隠しつつ、ロールドは彼女に椅子を勧める。素直にそこへ座った彼女だが、落ち着かない様子でキョロキョロとしていた。

 その姿に、ロールドはピンとくる。

「ケーリィンちゃんなら、今はディングレイ君の部屋におりますよ」

「あら、そう」

 内心の懸念を言い当てられたためか。ヴァイノラはぎくり、と一瞬顔を強張らせたが、すぐに高慢な表情で取り繕った。


 ケーリィンと共に作った朝食をテーブルに並べていると、護衛代理のため泊まり込んだリズーリと、ついでに居残ったレーニオも階段を下りて来る。

「ふぁーっ、いい匂いー!」

 寝癖だらけの頭で、レーニオはだらしなく喜んだ。能天気な笑顔につられ、ロールドもつい笑いを零す。


 だが、そんなレーニオの姿を一瞥し、ヴァイノラは鼻の上にしわを作った。

「こんな貧相な朝食で喜ばれるなんて、幸せですこと。もう少しまともな物はありませんの?」

「あるわけないじゃない。だってこれ、ケーリィンちゃんの手作り料理だよ」

 悪態をさらりと流し、リズーリが彼女の斜め前に座る。

 いつもながら、外見上はいつまでも若々しいこの竜神の、情報収集力に驚かされる。

 ロールドたちが朝食を作っていた際は、まだ客室で眠っていただろうに。


 「神には勝てんわ」と、ロールドが苦笑を浮かべる傍らで。

 レーニオが手作り料理という単語に食いついた。

「ケーリィンちゃんの? マジですか!」

「……あの子の料理なんて、食べられるの?」

「あれ、ヴァイノラちゃん知らないの? ケーリィンちゃん、料理上手なんだよ」


 レーニオは自他共に認める馬鹿である。

 だが、馬鹿だからこそ、昨夜あれだけヴァイノラに疎まれたというのに、今朝は平然と話しかけている。馬鹿と若さ故の、見事な打たれ強さであろう。


 しかし、レーニオがその後もケーリィンを褒め続けたので、ヴァイノラは露骨に顔をしかめた。今にもレーニオに殴りかかりそうな面構えになっている。

 やはりレーニオは馬鹿である。

 彼女がケーリィンを見下していることぐらい、分かるだろうに。

 いや、分かっていたが、一晩寝たことで忘れたのかもしれない。

(だってレーニオ君は、馬鹿じゃからな)


 昨夜から続く気苦労につい、ロールドが内心で慣れぬ悪態と溜息を吐いていると、

「たのもぉぉぉー!」

道場破りがごとき大音声と共に、フォーパーがこちらの応答を待たず、ズカズカ入って来た。両手で大きな箱を抱え持っている。

 よりにもよってネグリジェ姿で来訪したフォーパーに、さすがのヴァイノラもギョッと目を剥いた。

 初対面でのフォーパーは、たとえまともな出で立ちであったとしても、色々とアクが強いのだ。

 もちろん人柄に慣れたからと言って、胃もたれに襲われない保証はないが。


 それにしても。

 フォーパーにレーニオにリズーリ……街の三大奇人が集結してしまった、とロールドは密かに頭を抱える。

 ちなみにディングレイを含めた、奇人四天王と評される場合もあるが、現在彼は怪我人だ。

 歯止め役もとい、猛獣使いのケーリィンも傍にいるので、普段よりは安全だろう。たぶん。


 ロールドが頭痛に見舞われている間に、リズーリが立ち上がってフォーパーを出迎える。

「やぁ、フォーパー君。朝から元気だね」

「おお、竜神様。そちらこそ、お変わりはないですか?」

「君に剥がれたウロコの跡が痛かったけど、最近は割と元気だよ」

「そりゃ良かった、ハッハッハ!」


 ウロコの話は初耳であるため、今度はロールドとレーニオが目を剥いた。

 さすがは奇人の中でも、ぶっちぎりに非常識な御仁。やらかす規模が、他の追随を許さない。


 こちらの驚愕など一切無視して、フォーパーは手にしていた箱を掲げた。

「我らが舞姫の、収穫祭のドレスが完成したのでな! 仕立て屋フォーパー、自ら馳せ参じた次第なのだ!」

「そりゃ有難いがね……もうちょっと、ゆっくり来てくれても良かったんじゃが。せめて身なりは整えなさいな」

 ロールドが遠回しに「ネグリジェ姿で来るんじゃない」と伝えるが。

「私もそう思ったのだが、エイルがね。『これ以上ドレスをいじらない方が良いわ、早く持って行ってあげて!』と、急かしましてね」

「なるほどのぅ……」


 エイルは急かした訳ではなく、熱が入り過ぎてドレスを大道具へ魔改造させかねない父を止めたのだろう。であればエイルの切なる思いをくみ取り、粛々とドレスを受け取るしかない。

「お気遣い感謝するよ。エイルちゃんにも、よろしく伝えておくれ」

「うむ、心得ましたとも!」

 感謝を述べるロールドに、フォーパーは胸を張って箱を差し出した。


「ドレスってどんなのですか、どんなのですか! 僕も見たいです!」

 朝食そっちのけで、レーニオも席を立ってフォーパーへ詰め寄る。すかさずロールドがたしなめた。

「こりゃ、レーニオ君! まずは主役の、ケーリィンちゃんを呼んでからだね――」

 が、そこは奇行種の長。

「ケーリィンちゃんには、試着の時に披露済みだ! 問題なかろう!」

 フォーパーはガハハと笑うや否や、ロールドから箱を奪い返し、バリバリと包装紙を破いた。


 包装したのはきっと、エイルだ。リボンも可愛らしく巻かれていたので、間違いない。

 ぴしりと箱を覆っていた花柄の包装紙には、ケーリィンへの真心もこもっていただろうに。

 お父上を止められずに申し訳ない、とロールドは心の中で陳謝する。


 だが、箱から取り出されたドレスに、ロールドの思考が蒸発した。

 その美しさに、目を奪われたのだ。

 レーニオも同じく言葉を失い、呆け面で凝視している。

 傍らのリズーリも目を大きく開き、ほう、と短く呟いた。


 空色に染められたシルク生地のドレスは、清楚かつ煌びやかだった。

 ゆったりと開かれた襟元と裾は、半円の連なった波形に裁断されている。

 波の縁には、虹色に輝く不思議なビーズが縫い付けられており、月涙湖の水面をそのままドレスに仕立てたような美しさだ。

 またスカート部分は、銀糸の緻密な刺繍に彩られている。刺繍はこの街の名産品でもある、ブドウをモチーフにしていた。収穫祭にふさわしい模様だ。


「あれ……この布と、刺繍の色って……」

 いち早くレーニオが気付き、続いてロールドもハッとなる。

 うっとり顔から一転し、二人で恐々と仕立て屋を見ると、元気いっぱいなサムズアップが返って来た。

「うむ! ディングレイ君の目と髪の色に合わせた! もちろん彼の希望だとも!」

 ロールドとレーニオは絶句――と言うよりも、麗しいドレスが執念や情欲の塊に思え、恐怖で後ずさった。


 さすがは四天王の一人。寝込んでいる間にも問題を引き起こすとは。

 もちろん、何も知らなければ本当に美しいドレスなのだ。何も知らなければ。

「うんうん。ディングレイ君は、予想以上に発想が変態的だね。ちょっと気持ち悪いかも」

 リズーリがあっけらかんと笑い、二人の心の内を代弁する。


 変態の手先と化したフォーパーだが、いつも通りの豪胆さで、快活に応じる。

「ハッハッハ! 彼を庇うわけではないがね。実際、この布地がケーリィンちゃんによく似合っていたのですよ。髪の色にも映えていたので、本人も満足そうだった。正に渾身の作品であると、私も保証しましょう」

「そうかね……ケーリィンちゃんが満足しているなら……うむ、ワシも構わんよ」

「着るのはケーリィンちゃんですしね……うん」

 階上へ軽蔑の眼差しを送っていたロールドたちも、それなら、と渋々であるが納得する。


 改めてドレスを眺めていると、胸元や裾で光り輝く、虹色の石の正体が気になった。

 石は一見すると無色透明だが、光を受けると、ガラスや水晶とは異なる輝きを見せている。

 しかし予算を考えれば、ダイヤモンドを使っているとも思えない。

 どこかの工房で作らせた、特殊なビーズだろうか。


「ところでフォーパー君。この不思議なビーズは何で出来ておるんじゃ? 虹色に光って、なんとも可愛らしいが」

「ああ、これは竜神様のウロコですな」

「えぇっ! これ、僕の?」

 リズーリが驚愕する姿を、シャフティ市生まれ・シャフティ市育ちのロールド (六十三歳)も初めて見た。


 だが、神が驚き呆れるのも無理はない。

 弾丸すら通さないウロコが粉々に砕かれ、磨かれ、飾りと化しているのだ。

 おまけに縫い付けるため、穴まで開けられている。


「一つ一つ丁寧に、この拳で粉砕しましたとも! ちなみにウロコで作った髪飾りも、同梱しております!」

 誇らしげなフォーパーに、男三人は呆れと感心がない交ぜになった声を零す。

「よくもまぁ、僕のウロコを粉砕できたねぇ……」

「弾丸より硬いげんこつ……フォーパーさんって本当に人間なんですか? それより、穴はどうやって?」

「さすがの非常識さと、怪力じゃのう」


 彼らの反応に、エヘンと胸を張ったフォーパーが高笑いをした。

「型破りが大好きなのでね、ハッハッハ!」

 宣言されずとも、それはシャフティ市民なら誰もが重々に承知している。


 それまで男どもの動向を、醒めた目で見ていたヴァイノラが、ここで不意に立ち上がった。

 強引にレーニオを押しのけ、ドレスをしげしげと眺める。

「ねえ。こちらのドレスは、手作りですの?」

 高慢な声音にも、街一番の変人は一切動じない。むふん、と再び胸を張るだけだ。

「無論。ケーリィンちゃんのミルキーでスウィート・ロリポップな魅力を最大限に引き出せるよう、粉骨砕身で作り上げた逸品だ」

 実際に砕いたのは、骨よりも硬い竜神のウロコである。


 赤い唇で弧を描き、ヴァイノラは首をわずかに傾けた。

「これ、いただけないかしら? 私が気に入ったの。代金でしたら私の実家が、言い値で払いましてよ」

 なんてことを言うんだ、とロールドの視界が一瞬赤くなる。

 レーニオと、リズーリすら顔をしかめていた。


 一方で奇人だが、己の仕事に強い誇りを持つフォーパーは、躊躇なく首を振った。

「申し訳ないが、それは出来かねる。このドレスは近々行う、収穫祭のために作ったものだ。何より、お嬢さんをイメージして作ったわけではないから、きっと似合わんよ。サイズも……うむ。丈は足りず、胸はブカブカになるだろうな」


 無配慮な言葉と共に、仕立て屋故の正確無慈悲な洞察力で体型を看破され、ヴァイノラの笑みに亀裂が走った。

 強張ったおっかない笑顔のまま、なおも彼女は食い下がった。

「でしたら、私をイメージしてドレスを作っていただけませんか? 材料費だって、自由に使っていただいて結構よ」

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