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18:再会は肉とピクルスで

 何やら金縁でゴテゴテと装飾された封筒の中から、同じくゴテゴテした紙が取り出された。


 もったいぶった文体で、つらつらと書かれていた内容は

「こっちの勝手で舞姫を替えてごめんね。あと、先代の時は迷惑かけてごめんね」

という、非常に分かり切ったものであった。


 今となってはどうでもいい話、であるかもしれない。


 なのでロールドは、困ったように白い眉を下げて微笑む。

「謝罪文だけでしたら、郵便でお送りいただいても問題ありませんでしたが……」

「いえ、こちらの不手際で、ご迷惑をお掛けしてしまったのは事実でございますので。是非直接お渡ししたいという、私たっての希望でもございます」

 アンシアはきっぱり言い切ると、視線をつい、とケーリィンへ。

「それに、教え子の元気な姿も見たかったもので」


 柔らかくなった声色に、ケーリィンもはにかみ返す。それを眺め、ロールドは大きく頷いた。

「そう仰って頂けるなら、こちらとしても大歓迎でございます。朝食がまだお済みでないなら、ご一緒にいかがでしょうか?」

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて是非、ご同席させてください」

 好々爺の申し出に、アンシアも丁寧にお辞儀する。


 が、ここまで知的な教官の姿勢と表情を崩さなかったアンシアも、食卓に並ぶ料理――正確には、中央の大皿に鎮座する肉の塊に唖然となる。


「朝から……随分と全力なお食事なんですね」

「そうですな。そちらのローストビーフは、ほとんど大食漢の護剣士殿のものですがな」

 パン切り包丁を用い、バゲットを慣れた手つきでスライスしながら、ロールドは軽快に笑う。

「ま、腹が減っては戦ができねぇもんで」

 がしがし頭をかきながら、さして悪びれずにディングレイが弁明する。


 アンシアはその内容よりも、言葉遣いにギョッとしたようだ。

 続いて不安げに、ケーリィンを見つめる。

 聖域では、こんな乱暴口調は存在しない。聖域暮らしの教官としては、当然の反応であろう。


「レイ――ディングレイさんは、とても優しい方です。いつもたくさん助けていただいています」

 だからケーリィンは「悪人じゃないんです、全体的にはとても悪人っぽいですが!」という気持ちを言外に伝え、アンシアを席まで誘導する。彼女が放つその気迫に圧され、アンシアもおずおずと椅子に座った。

 ローストビーフの塊 (と不良護剣士)がアンシアの度肝を抜いたものの、その後は和やかに食事が進んだ。


「謝罪文までしたためていただきましたが、実のところワタクシ共に、不満は一切ございません。むしろ、この子で良かったと思っております。とても心根が綺麗で、優しい舞姫でございます」

 ロールドは穏やかにそう言って、隣のケーリィンの頭を優しく撫でる。


 彼女の反対側に座るディングレイも、分厚く切ったローストビーフを飲み込み、うなずく。

「リィンは小動物っぽくて、見てて飽きないな」

「は、はぁ……左様ですか」

 褒めているのか軽口なのか分からず、アンシアは首を傾げて曖昧に返す。

 しかし、当のケーリィン本人が照れくさそうに笑っていることに気付き、つられて微笑んだ。


「ケーリィンさんは、大事にされていらっしゃるのね」

「はい!」

 力いっぱい、ケーリィンはうなずいた。

「わたしも皆さんにお返しできるよう、舞姫として頑張って参ります」

 その言葉をしみじみと受け止めたアンシアだったが、

「それは何よりです。ところで踊りの腕前は、その後いかがですか?」

ここで急にぶっこんできた。

「え、はい、そうですね……ふふ……」


 袋いっぱいの塩をぶっかけられた青菜のごとき笑みで、ケーリィンはごまかす。

 ごまかしが、下手にも程がある。


 アンシアは笑ったままだが、目の温度が一気に下がった。

「後でみっちり、練習しましょうか」

「はひぃ……」

「冗談ですよ。シャフティ市の評判が上がっていることは、聞き及んでおります。貴女は今のまま、出来ることから一所懸命頑張ってくださいね」


 アンシア教官が見逃してくれた……驚天動地の事実に目を丸くしつつ、ケーリィンはおずおずと彼女を見つめる。

「は、はい。えっと、ディングレイさんに、いつも……舞の練習は、見てもらっています」

 一瞬、今朝の凶事が脳裏をよぎるが、慌てて彼方へ蹴り飛ばす。


「……ちょっとずつですが、緊張する原因や、自分の問題点にも、気付けるようになりました」

「まぁ! ディングレイさん、わざわざありがとうございます」

 アンシアが両手を重ねて感嘆。次いでディングレイへ深々と頭を下げた。ディングレイはむずがゆそうに、少しだけ顔をしかめた。

「いえ。俺も、護衛対象に飯を賄ってもらってるんで。そこはお互い様だ」

「お料理、ですか?」


 つい、とディングレイが視線を落とした先にあるのは、ズッキーニとレンコンのピクルス。

「このピクルスは、リィン謹製だ。もちろんピクルス液から手作りでな」

「ハーブとビネガーの組み合わせが絶妙でしょう? この前はミートパイも作ってもらいまして。いやぁ、あちらも旨かったですぞ」

 我が事のように、誇らしげなロールドも付け加える。


 あらまあ、とアンシアは自分の皿に乗せたピクルスを見つめる。

「手作りだとは思いませんでした。お料理も上達していて、嬉しいわ」

 言葉の裏なんてない真っ直ぐな賛辞に、ケーリィンは頬を赤らめ、はにかんだ。


 ただ、

「貴女は上手くやれているようね。本当に安心したわ」

続けて彼女の言った言葉には、何かがつっかえるような感触を覚えた。

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