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14:レーニオという青年

 ドレスの購入と注文が完了したところで、ケーリィンたちは店を出ることにした。

 フォルトマ父娘へ丁寧に感謝と辞去を伝え、洋裁店の扉を開ける。ケーリィンはそこで、入店しようとドアノブへ手を伸ばしていた青年とぶつかりそうになった。

「きゃっ、ごめんなさいっ!」

「あっ、僕こそすみません!」


 両者慌てて同方向に避けて互いに道を譲ろうとし、慌てて再度同方向に飛びのく、というのを三度繰り返した。

 そこでお互いに情けない顔を見合わせて、えへへと笑い合う。


「おい、何やってんだ。あんたは芸人か」

 荷物持ち担当のディングレイはその様を後ろで黙って見ていたが、我慢できなくなったのかぼそりと言った。

 ケーリィンが傷ついた顔で振り返ると、見送りのため近くに立っていたフォルトマ父娘も、笑いを噛み殺していた。

 三人の顔を眺め、ケーリィンは真っ赤な顔で歯を食いしばって震えた。とんでもなく恥ずかしかったのだ。ただ食いしばる顔もこれまた愉快だったため、ディングレイも小さく噴き出す。


「あれ……? ディングレイさんが、なんでここに?」

 ケーリィンと息の合ったコントを繰り広げていた青年が、人の好さそうな顔で首を傾げる。

「たしか、おしゃれとか興味ないですよね? あ、あれですか、乱闘して服破いちゃったぜー的な?」

「お前ん中の俺は、どんな暴れん坊なんだよ。舞姫様のお買い物に、同行中だ」


「……舞姫?」

 ぴくり、と青年の片眉が持ち上がった。声も低くなっている。

 ケーリィンはヴァイノラが自分によく見せていた、不機嫌な時の仕草を思い出してしまい、無意識に肩を強張らせる。

 彼女のかすかな怯えに気付いていないのか、気付いていてあえて気にしていないのか。

 ディングレイは変わらぬ調子で、一歩前へ出てケーリィンの肩へ手を載せた。


「ああ。この子が新しい舞姫のケーリィンだ。ケーリィン、こいつは酒屋の息子のレーニオ」

 肩から伝わる体温で、ケーリィンはハッとなる。ちらりと視線を上げると、ディングレイがいつも通りのちょっと食えない笑顔だった。目が合うと、薄氷色の瞳が緩く細められる。

 少しだけ平静を取り戻したケーリィンは、出来るだけ滑らかにレーニオへ笑いかけた。ぺこりと頭も下げる。


「はじめまして、あの、ケーリィンと申します。よろしくおね──」

「こっちは別に、よろしくしたくないんだ。話しかけないでほしい」

 彼女の言葉を強引に断ち切り、レーニオはそう吐き捨てた。目には嫌悪の炎が灯っている。

 ディングレイが小さく息を吐き、レーニオ、と彼の名を呼んだ。

「この子とあの先代とは全くの別人で、一緒なのは肩書だけだ。もちろん先代の悪行にも無関係だ。そう邪険にすんじゃねぇ」

「そりゃそうだろうね……先代よりちっちゃくて大人しそうで、いかにも人畜無害って感じだよね。でも、どうせあの舞姫でしょ? 結局僕ら市民のことなんて考えずに、国から金貰ってヘラヘラしてるだけに決まってるんだよ!」


 酷い決め付けだ。しかし声に乗せられた憎悪の毒にあてられ、ケーリィンは反論も出来ずに立ち尽くす。

 代わってエイルが、おずおずとだが否定の言を上げる。

「ケーリィン様は優しい方よ? レーニオさん、初対面でお話もせずにそんなことを言っちゃ失礼だわ」

「そうだぞ小僧。このお嬢さんは見た目通り、無害な原石ガールである」

 腕組みをしたまま、フォーパーも鼻息荒く口添えしてくれた。


 しかしレーニオ青年は、そんな擁護も聞き入れない。頑なな態度で、首を真横に振る。

「そんなわけない! 舞姫なんて、全員ゲスなんだ! ゲスのかたまりなんだよ! 僕には分かるんだ!」

「そうかよ。しかしそう言うお前は、被害妄想の塊だな」

 彼の隣にいるケーリィンが鳥肌を立ててしまうほど冷ややかな声音で、ディングレイは吐き捨てた。


 当然眼前のレーニオにも、その声は聞こえている。険しい顔でディングレイを睨もうとするが、

「ひぇっ……」

なんともか細い悲鳴をこぼして、顔を引きつらせた。そのまま静かに数歩後ずさる。


 ケーリィンは隣に立つ護剣士が、どんな顔をしているのか見たかった。一瞬で怒りを霧散させる形相とは、いかほどなのだろう。

 だが見てしまうと、今夜も悪夢にうなされる予感がする。そしてこの手の予感は、だいたい当たるのだ。

 ケーリィンは視線を下げたまま、寒気をこらえるべく己の体をきつく抱いた。


 青ざめるケーリィンと、悪魔 (と推定される)の表情のディングレイへ、それでもレーニオは

「と、とにかくっ! ぼっ、僕たち楽団は、もうあんたらには協力しないからな! どっ、どどどうせ、舞姫の踊りなんて、だっ……誰も見ちゃいないんだ!」

盛大にどもりつつも、甲高い声でそう言い捨てて逃げ――いや、走り去って行った。


 想定外の悪意に出くわし、著しく思考能力が低下していたケーリィンの脳裏によぎるのは、

(レーニオさん、何もせずに帰って行ったけど、大丈夫なのかしら?)

という、場違いな心配だけであった。

 ディングレイは忌々しそうに、舌打ちを一つする。そして低い声でぼやいた。

「捨て台詞残すって、ガキかよ。クソ女に捨てられた恨みを、他の女にぶつけやがって」

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