階下で男二人が飲み直していた、丁度その頃。
一方のケーリィンは、呆然としていた。部屋の内装に。
日中は神殿内の共用スペースの掃除に精を出していたので、自室に入ったのはこれが初だった。
そして素朴な神殿からかけ離れた内装を前に、絶句へと至っている。
さして広くもない、天井も低い部屋なのに、シャンデリアが吊るされている。ギラギラと眩しいし、邪魔なことこの上ない。
それ以外にも、あちこちが金ピカだ。金の猫足が付いたソファは皮張りで、ベッドは天蓋付きだ。もちろん、天蓋にも金の刺しゅうが施されている。
鏡台にも、あちこちに金の花が咲いている。どこを見ても、目が痛い。
またガラス製の飾り棚には、舞姫にとって無縁のはずの酒まで飾られていた。酒の良し悪しなど全く分からないが、高級そうだ。なにせラベルも金色なのだ。
もちろんガラス棚も、極悪なまでに豪奢である。
おまけに木床に敷き詰められた絨毯が、やけに毛足の長い代物だった。鈍臭い彼女では、いつか足を取られて転倒する危険性がある。
現に何度か、躓いている。
つまるところ、清貧を美徳とする舞姫には、全くもって不向きな部屋である。むしろ「成金」や「金満家」といった概念を、具象化させた空間と言っていい。
ディングレイたちがわざわざ、こんな部屋を手掛けたとも思えない。
やはり製作者は「名前を呼んではいけないあの女」扱いの、先代舞姫であろう。
清貧を徹底的に無視した、大富豪が如き内装を手掛けた彼女の意地と執念に、ある種の畏怖の念を覚えた。
ただ、鏡台と飾り棚の表面には細かな埃がわずかに積もっており、絨毯もよくよく見れば、回転草のような埃玉が絡まっている。天蓋もどこか、薄汚れていた。
先代は見栄えを気にする反面、衛生面には無頓着な性格だったらしい。幸いにしてベッド自体は清潔に保たれており、シーツ類も真っ白だ。
急遽先代が出奔した後で、次代の舞姫を迎え入れるために大急ぎでベッドメイキングだけはしてくれたのだろう、と察せられた。
部屋の隅々まで行き届いた黄金色と、あちこちに見え隠れする小汚さによって、眠気が吹っ飛ぶどころか消滅した。その点だけは素直に感謝しよう。
風呂に入ることもできたのだ。
なお、別室に設けられたトイレや洗面所、浴室は簡素な内装だった。
ここまで金色だと住めなかったかもしれない、と戦慄しつつ、ケーリィンは手早く体を清め、就寝した。
ベッドは天蓋の汚れ云々以前に畏れ多かったため、逡巡の後、ソファで眠ることにした。
あまり寝心地は良くなかったが、その不自由さがかえって、安心感を与えてくれた。