悲しいかな、彼女の予感は的中だった。
一夜明け、朝日に照らされるシャフティ市に着いたが、そこはどこか暗く、くたびれた空気を漂わせていた。
石造りの家々が並ぶ街並みは牧歌的で、一見すると絵本の世界のようなのに、雰囲気は完全なる限界集落だ。
そしてあちこちに、昼寝する野良猫がいた。住民に愛されているのか、どの子も毛艶が良い。
街の栄枯盛衰にはどれだけ舞姫が華麗に舞い、奇跡を呼び込めるかにかかっている、と教えられてきた。
その踊りを怠った結果が、これなのだろう。
衰退した街の復活は、半端者には荷が重い。そりゃ、踊りの腕前はピカイチのヴァイノラが指名されるわけだ。
ケーリィンの心の内を読んだのか、ぽん、とディングレイが背中を叩いてくれた。
「ここまで廃れ切る前から、どうせ田舎だったんだ。そう気負うな」
「そうそう。上を見ればキリがないから、スラム街とか場末のスナックとか、下を向いて気楽にねー」
「場末、ですか……?」
なんとも無責任で後ろ向きな励ましの言葉を残し、リズーリは湖に戻って行った。
彼は新しい舞姫をいち早く見たいがために、わざわざディングレイを尾行し、寝台列車にも乗っていたらしい。
竜神様とは、案外お暇なのだろうか。
疲れ切った笑顔でそれを見送り、ディングレイの案内で、街の神殿まで歩く。
新居にして
こんもりとした木々に囲まれ、小さな庭のある白壁のお家――いや神殿は、なんとも素朴で可愛らしい。好みだ。
二階建てのメルヘンな神殿前では、小柄な老人が掃き掃除をしていた。
こちらに気付いた彼は、パッと表情を明るくする。
「早かったのー、レイ君!」
「爺さんも朝早ぇな」
口は悪いが、ディングレイも表情が柔らかい。
そして彼はずずい、とケーリィンを前へ押し出した。
「この子。新しい舞姫」
「あ、あの、ケーリィンと申します」
へどもど、お辞儀をする。老人も一層明るい笑顔で、ペコリと頭を下げた。
「ご丁寧にありがとうございます、可愛い舞姫様。ワシはここの管理人の、ロールドと申します。いやぁ、本当に可愛らしい子じゃのう」
後半は、ディングレイに向けられての熱弁だった。深く、彼も頷く。
「ああ、可愛いよな」
「どんなアバズレが来るかと冷や冷やしておったから、安心したよ」
幸か不幸か。先代舞姫のおかげで、後継者への期待値がマイナスだったようだ。
そこまで言わせる先代に、一度会ってみたい。
いや、直接会うのは怖いので、遠目に眺めてみたい。
そうじゃ、と
「舞姫様、朝ごはんはお食べになりましたか?」
「はい、列車で頂きました」
ケーリィンも微笑んで返す。
「晩飯も朝飯も、食が細すぎて心配になったよ」
しかめっ面でディングレイが零す。
「お前さんの食が太すぎるんじゃよ。腹ん中が地獄にでも繋がっているんじゃないのかね? 性根も腐っておるし――いてて、オイボレに何するんじゃ!」
無表情に耳を引っ張って来るディングレイへ、連続パンチで応戦する。
「ああもう、お前さんのせいで話が脱線したじゃないか!」
「爺さんもノリノリで、乗って来たじゃねぇか」
「うるさいわいっ。えー……それでは舞姫様、昼食会も兼ねて、ささやかながら歓迎会を開こうと思いますが、いかがでしょうか?」
「か、歓迎会……ですか?」
公衆の面前で踊るのが仕事なのに、目立つのが苦手なケーリィンは、途端に及び腰となる。
半日以上共に過ごし、彼女の人となりを把握したらしい。ディングレイが軽く頭を撫でる。
「俺と爺さんだけだ。心配すんな」
「え? 護剣士さんって二人以上いらっしゃるんじゃ……」
「訳あって、今は俺一人だ」
「訳……?」
「そう、訳」
ディングレイはキリリと生真面目な顔で、深くうなずいた。
実のところ、彼の元相棒は先代舞姫との
男女の機微に疎そうな彼女にはまだ伝えない方が良いだろう、とディングレイが伏せたこの真相を、ケーリィンが知るのはまだ先だ。
ケーリィンはケーリィンで、「予算削減で減らされたのかな」と現実的な仮説を立て、ひとまず納得した。
主賓も含めて三人の歓迎会なら、ケーリィンも否やはない。
「ありがとうございます、ロールドさん」
「いえいえ。そこで舞姫様、お好きな食べ物はございますか?」
苦手な食べ物以上に、困る質問だった。宙へ視線をさまよわせ、ケーリィンは黙考する。
聖域では常に献立が決められ、料理人も常駐していた。
教養の一つとして、自分たちで調理をすることもあったが、その際にも栄養バランスに配慮された献立と、安全で衛生的な食材が用意されていた。
だからケーリィン――に限らず大半の舞姫が、なんでも食べられるし、食事へのこだわりも薄いのだ。
献立だけでなく、食事の時間も量も厳格に決められていたのだ。こだわりを持つ暇なんてない。
しかしお人好しのケーリィンは、ここで「なんでもいい」と言うと、優しい老人を困らせる予感も抱いていた。
そのため、珍しく険しい顔で考え抜いた末、
「お……お芋?」
どうにかそれだけ、絞り出す。
「安上がりだな。ちゃんと肉も食えよ」
そして即座に、ディングレイからダメ出しを受けた。
そう言えば今朝も、山盛りベーコンを食べてたっけこの人、と大食漢の割に贅肉のなさそうな彼を見上げる。
ロールドも彼を見上げる。しかしその目は、不満げだ。
「レイ君。お前さんは、もうちょっと敬意を持ちなさい。舞姫様じゃぞ?」
「でも爺さん。この子全体的にコンパクトで、コロボックルにも見えねぇか?」
「こ、これでも人間です!」
ケーリィンは自身の妖精説を、大慌てで否定する。全体的にコンパクトであること自体は、否定できないが。