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舞姫様には、田舎暮らしが向いている
依馬 亜連
異世界恋愛ロマファン
2024年09月09日
公開日
38,134文字
連載中
踊りによって奇跡を引き起こす、舞姫。
孤児でおっとり天然気味のケーリィンも、その一人だ。

崇拝対象というよりも小動物な彼女が踊りを捧げることになったのは、田舎の小さな街。

元いじめられっ子で天然培養の少女が、護衛のお兄さんから過剰なスキンシップを受けたり、地蔵のごとく色んな人に頭を撫でられつつ、少しずつ一人前の舞姫として自信を付けていく。

そんな、小さな山あり谷ありな日常譚とほのぼの恋路。

(小説家になろう・エブリスタに掲載分から、結構改稿してお届けです)

1:通達

 孤児のケーリィンにとって、この聖域が生活の全てだった。生まれて間もない頃、ここに預けられたと教えられている。

 高い魔力を有していた彼女には、踊りによって奇跡を呼び起こす「舞姫」の才覚がある、と判断されたためだ。


 乳白色の魔石で覆われた、「石棺」とも揶揄される世界で育ったため、彼女は空すら見たことがなかった。そして、そのまま人生を終えるのではないか、と漠然と思っていた。


 自分の認識の範疇外に対して、人はあまり頓着しない。だからケーリィンは外に出られずとも構わない、と思っていたのだ。

 しかし、教官室に呼ばれた彼女を待っていたのは――


「シャフティ市とノワービス市の二都市で、舞姫の座が空位になりました。両都市が希望する人柄を考慮して、ケーリィンさんにはノワービス市の、ヴァイノラさんにはシャフティ市の舞姫に、それぞれ就いていただきます」

 短く揃えた若葉色の髪を揺らし、アンシア教官がそう告げた。

 高い魔力を有する舞姫たちは、風変わりでは説明できない髪色の者が多い。


 蜂蜜色のふわふわ髪に覆われた脳内で、ケーリィンは思考もふわふわと定まらなかった。

 とりあえずの脳内第一声は「嘘でしょう?」である。


 ノワービス市と言えば、大企業の本社を多く抱える一大商業都市だ。ここ聖域が設けられた、中央府からもほど近い。立地良し、景気良し、人多し、の流行の発信源でもある――と聞いている。

 片やケーリィンは、舞姫候補生であるにも関わらず、舞の最中によくすっ転ぶ落ちこぼれだ。おかしいだろう、落ちこぼれを大都市に宛がうなんて。


 なにせ街の繁栄には、舞姫の踊りが不可欠、と言われている。そのため、どんな小さな街であろうと、必ず舞姫が常駐しているのだ。


「どこの生まれとも分からない、地味で鈍臭くて踊りの下手な、半端者の舞姫を大都市がお望みなんですか? 先生?」

 うつむいたままのケーリィンの心情に、嫌味をトッピングして代弁したのは、シャフティ市から指名されたヴァイノラだ。鮮やかな紫色の髪をかき上げ、赤い唇で優雅に笑みを作っている。

 しかし視線は刺々しい。ヴァイノラは聖域へ多額の寄付を行っている大富豪一家の生まれであり、ケーリィンのような持たざる同期だけでなく、教官に対しても居丈高なのだ。


 今日もねっとりと、絡みつくような声音でアンシアに問う。

「私の方が、大都市の繁栄には持ってこいですよ。踊りの腕前は一番だって、先生も仰っていましたよね?」

「そう、ですね」

 ヴァイノラが素直にうなずくとは思っていなかったのだろう。あっさり、アンシアは認めた。

 ケーリィンとしては傷つかないでもないが、ヴァイノラの踊りが同世代の中で抜きん出ているのは事実だ。

 それに、自分がノワービス市に圧迫感を覚えているのも事実。


 シャフティ市の名前は記憶にないと断言できるので、聖域からも重要視されていない田舎町なのだろう。

 田舎で牛やら鶏やらを追いながら、干し草ベッドで眠るような生活の方が、自分には向いている気がする。今時、干し草ベッドがあるとも思えないが。


 いじめっ子のヴァイノラを図らずも応援しつつ、ケーリィンは成り行きを見守る。

 簡単に折れるかと思いきや、アンシアはなぜか渋い顔で言葉を続けた。

「ですがノワービス市が望まれているのは、大人しくて気立ての良い舞姫とのことで──」

 なるほど。これは言いづらそうな顔になるわけだ。

「私の気性が荒いと仰るわけっ?」

 案の定、ヴァイノラはゴルゴンのような形相で、目の前の机を叩いた。拳で。


 穏やかな人格なら、教官の机を叩いて凄まないんじゃないかしら、とケーリィンは思うが、言えば藪蛇だ。教官室を出たら……いや、出る前にぶたれかねない。

 代わりに、引きつった顔でアンシアを見つめる。

「わたしは、シャフティ市で大丈夫です。ヴァイノラさんの言う通り、未熟者なので……きっと、どこへ行ってもご迷惑を掛けると思うんです。それなら小さな街で、小さなことから頑張っていきます」


 本音は「雑用でもいいので、このまま聖域に置かせてください! 外の世界知らないんです! 外の世界怖い怖い怖い!」であるが、泣いて縋るのはさすがにみっともない。


 それにアンシアには、いっぱい注意も受けたが、それ以上に気遣ってもらっていたのも事実だ。ここで自分が折れれば、わずかなりとも恩返しになる。


 本当に良いの?といつもの心配そうな眼差しを、アンシアは向けて来た。

 出来るだけ強張らないよう、ケーリィンは気苦労の多い教官に微笑み返す。


 情けない笑顔の教え子と、人でも食いそうな顔の教え子を交互に見、彼女は一つ息を吐いた。

「……分かりました。先方の迎えは既に来られているので、ケーリィンさんはすみませんが、その方へ事情をお伝えください。追って正式な謝罪も、こちらからいたしますので」

「はい。迎えの方はどちらに?」

「十三番庭園にいらっしゃいます。ジルグリットさんという、男性の方です」


 ジルグリット氏の特徴を簡単に教わり、そそくさと教官室を出る。

 アンシアはきっと、折れることを知らないアダマス合金よりも百倍頑丈なヴァイノラに付き添って、ノワービス市に謝罪するのだろう。


 舞姫の不在は、どの街にとっても死活問題だ。不測の事態で空位になった場合、次代が本日すぐ即位、というのは珍しい話ではない。

 ケーリィンも聖域に引き取られてから十八年の間に、慌ただしく「自分の街」へと巣立っていく先輩方を見送って来ていた。


 そして孤児の彼女は、私物もごくわずかだ。贈り物をくれる相手がいないのだ。

 聖域から支給された、数点の私服を小さなトランク (これも、聖域からの支給品である)に詰め込み、机とベッドしかない部屋を出る。


「あ、いけない」

 しかし途中で慌てて、部屋の壁に吊るしっぱなしだったサンダルを履く。

 聖域は魔石の力で、年中常春だった。そのせいか、彼女たちの暮らす大神殿では裸足でいることが義務付けられていた。

 慣れないサンダルのリボンを足首に巻き、改めて大神殿を出た。

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